やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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相変わらず七里ヶ浜七海は鬱陶しい

 始まりから憂鬱だった一日も、残すは放課の部活動だけど相成った。

 相変わらず奉仕部の雰囲気は中々にエキサイティングかつエキセントリックにギスギスしている訳だが、それについて考えるのはもうやめた。というか、俺が考えたところでどうにかなるもんでもないということに気付いた。

 そんな訳で俺は、部室にて一人妄想を膨らましていたのだった。

 「…………七里ヶ浜くん、さっきから一体何をブツブツと呟いているのかしら。はっきり言って、気持ち悪いを通り越して気味が悪いわ」

 「え、ああ。もし学校に来る途中の曲がり角で、パンを咥えた女の子と激突した場合、どんな対応をすればその女の子とステディな仲になれるのかシミュレーションしてて」

 「大体分かったから結構よ。二度とその口を開かないでくれるとありがたいのだけれど」

 驚く程に冷たかった。流石、アナと雪乃女王。あ、もしかしてこれ、ライン越えか?

 一人ディスティニーランドにケンカを売ってないか不安になりつつ、俺は特等席である積み木机から飛び降りる。

 「身軽になったせいで躍動感がまるでねえな……やっぱ男に大切なのは重量感ってことか」

 「いや違うだろ。もっとあんだろ色々と」

 文庫本を読む手を止め、比企谷くんが胡乱気な瞳をこちらに向けた。彼がこういった俺の軽口に反応するのは珍しい。

 「へぇ。例えば?」

 「…………甲斐性とか?」

 「貴方に一番欠けているもの……いえ、ごめんなさい。貴方が持っているものなんて、その腐った目だけだったわね」

 「いやちょっと待て、どうしてちょっとツッコミ入れただけで俺の存在全否定されてるんだよ……」

 相変わらず舌鋒鋭い雪ノ下さんではあったが、その顔はいつものように嗜虐心を満たせて満足、といった風ではなかった。

 彼女もやはり、由比ヶ浜さんが来ない事で多少なりとも思うところはあるのだろう。多少で済むかどうかまでは知らないが。

 思えば比企谷くんが反応した所から、俺たちの『いつも通り』では無かったのだろう。

 「…………ふぅ」

 俺は一つ息を吐いて、部室のドアへと向かう。

 「何処へ、行くのかしら」

 「えらく弱気だな、雪ノ下さん。なんかあったの?」

 「それは…………いえ、何でもないわ。何処へなりと行って頂戴」

 「はいよー」

 言い残し、俺は部室を後にする。

 単純にタバコを吸いに行こうかなと思って部室を出ただけで、思うところがあって意地の悪い言い方をした訳じゃないのだが、後から考えるとちょっと雪ノ下さんをイジメ過ぎたのかもしれない。戻ったらちょっと茶化してお茶を濁そう。

 そんな事をぼーっと考えながら、俺の足は半ば機械的にベストプレイスである非常用階段へと向かう。

 特別棟から出た所で由比ヶ浜さんとすれ違ったが、何やら思いつめた様子だったので軽く手を振って挨拶をするだけに留めておいた。

 

 ああ、面倒くさい。一体俺は何に気を遣ってるんだ? 俺はいつからこんな間の抜けた茶番にまでマトモに付き合うお人好しになったんだ?

 頭の中で昔の自分、きっと小学生くらいの頃の俺が声を荒げる。

 うるせぇ。これが今の俺のやり方だ。

 こんなのとっとと解決すりゃ良い。お前が出張ればすぐにでもこの不和は収まるだろう。

 次は中学生の頃の自分が非難がましい目で俺を見る。

 それじゃ意味がねえだろが。あと妄想の分際でこっち見んな。

 今の俺のやり方はこれなんだ。変えるにしろ変わるにしろ、今はまだ、これが良いんだ。

 そこそこ居心地の良い空間があって、そこそこ気心の知れた奴らが居て、そこそこ満足できる程度には楽しい。それで良いだろう。

 過ぎたるは及ばざるが如しと言うが、まあそんな感じだ。

 今は確かにギスギスしているが、きっとこれは一過性のものだ。すぐに元に戻る。

 ここで全てを投げ出して今まで通りの退屈な生活に戻るくらいなら、暫くの間傍観してる方がまだマシだ。

 タバコの灰が風に舞い、俺は現実に戻る。えらく長い時間妄想の海を泳いでいたようだ。

 殆どが自然燃焼したタバコの火を惜しみながら消して、俺は一つ伸びをしてから立ち上がる。背伸びをすると屋上の給水塔が見えたが、川崎さんはどうやら居ないようだった。ま、放課後だしな。

 さて、現実逃避は止めにして、そろそろ部室に戻りますかね。

 

 

 

 部室に戻るとナナがいた。

 「それでお兄ちゃん、なんて言ったと思います? 『俺はお前と違って常識弁えてるから』ですよ? どの口がって思いません?」

 「確かに、あいつが常識弁えてたら俺なんかもう歩くルールブックだな」

 「何を言っているのかしら非常識谷くん。私はあなたが日曜の朝に何をしているか、七海さんに言ってもいいのよ」

 「いやなんで俺脅されてんの? プリキュア観てることくらい、別に言われても構わねーし非常識でもなんでもねえだろ」

 「比企谷さんプリキュア観てるんですか!? 因みに一番好きなのは!?」

 「ちょっと待て」

 余りにもナチュラルに会話してるもんだからいつ割り込めば良いか分からなかったが、流石に我慢の限界だった。何で居るんだよこいつ。

 「あら七里ヶ浜くん、戻ってたのね」

 「あ、お兄ちゃんだ。おかえりー」

 「おかえりじゃねえよぶっ飛ばすぞこの野郎」

 後半は某芸人兼映画監督の真似をしながら凄んでみる。俺はどんな状況でもユーモラスな人間なのだ。

 「……相変わらず変態的な声帯模写だな。何年修行したんだよ」

 「千年」

 呆れた様子の比企谷くんに、サムズアップを決めながら簡素に言うと、彼は更に呆れた顔をしながら首を振った。

 「お前には碁打ちの持ち霊でもいんのか」

 「ああ。神の一手を極めるのが俺たちの目標だ。因みに碁石にオーバーソウルも出来るぞ」

 「いや漫画変わってるし」

 やれやれと言わんばかりのツッコミを受け流してから、俺はナナの方へ向き直ってこれでもかという程の怨念の籠もった眼差しを向けた。

 「何しに来た」

 言うと、ナナはにへらと笑ってこちらへ駆け寄ってきた。重ねて何しに来たって感じだ。死ね。

 「あのねお兄ちゃん。私今度文化祭の実行委員する事になってるんだけど、手伝って欲しいなと思って予約しに来たの」

 「は? 文化祭? 一人でやれよ。大体、そんな依頼受けてたら、俺たちは学校でイベントがある度駆り出せる、とんでもなく都合の良い便利屋になっちまうだろうが」

 勘弁してくれ。俺は文化祭を楽しむ準備はしても、楽しい文化祭の準備をする気はさらさらないぞ。

 「七里ヶ浜くん、貴方の意見ははっきり言ってどうでも良いの。私はこの依頼、受けるつもりよ」

 なんでやねん。なんでこの人こんなノリノリなん?

 思わず関西弁でツッコミを入れながら、やたらとにこやかな笑顔を浮かべる雪ノ下さんを見やると、彼女は無い胸を張って、ふふんと笑った。それにしても見事な直線だ。定規の代わりになるぞ、ありゃ。

 「いや、何でだよ。そもそもこの部活、予約とか受け付けてるの?」

 俺が純粋な疑問をぶつけると、雪ノ下さんはまるでとんでもないアホを見るような目でこちらを見た。

 「私はね、奉仕部も部活である以上、文化祭には積極的に参加する義務があると思うの。出し物をする予算上の余裕が無い以上、裏方としてでも文化祭には参加すべきだわ」

 割と真っ当な理由で攻めてこられた。何も言えねえ。水泳で世界を獲った時みたいな気分だ。知らんけど。

 「え、この部活予算とか出てんの? 金の無駄じゃね?」

 「ええ、比企谷くんの人生に比べれば、とても有意義な使い方をさせて貰っているわ」

 「アナタホントに僕の事イジメるの好きですね……。ていうかまさかこの紅茶って……」

 「それは私の私物よ」

 「ならこれからも遠慮せず飲ませてもらおう」

 ほぼノータイムで畜生じみた発言をかました比企谷くんと、「ありがとうございますゆきの先輩ー!」などと人好きのする笑顔を浮かべながらほざくナナを横目に、俺はひたすらに考えていた。

 

 どうすれば、このカオス空間を抜け出すことが出来るのだろうか、と。


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