それではどうぞ。
次の日の朝、いつもの体操と訓練に加えてリオとの組み手もするようになった。これで私さらに強くなれるだろう。……私が強くなる意味ってあるのだろうか。少なくともトレーナーとしては必要ないよね。まあ、いいか。これでも武術家のはしくれだからね、強くなれればうれしい。それはそうとして、ミスティと朝食をとる。
「さて、ライモンシティについたわけだけど」
「わけだけど?」
ミスティは短く返す。
「この街にはいろんなところがあるよね」
「例えば?」
「ビッグスタジアムに、リトルコート、ミュージカルに、遊園地、そしてバトルサブウェイ。特にバトルサブウェイは行ってみたいよね」
バトルサブウェイがどうなっているかが知りたいんだよね。この世界はレベルという概念がはっきりしておらず、ポケモンのレベルの具体的な数値はわからない。だから、前世のゲームでメジャーだった、またバトルサブウェイにおけるルールでもあった、レベル50固定のバトルなんてできない。詳しいステータスなんかもわからない。当然努力値、個体値、種族値なんて概念なんてのもあるはずがない。
正直この世界における仕様というか法則なんてのを調べる気力はない。そんなことを本格的に調べようとしたらおそらく寿命が足りないと思う。それにそんなこと気にしなくてもレベルさえ上がれば強くなるし。技についてもポケモン図鑑に表示されるほどには詳しいが、まだまだ知られていない技もあり、威力の数値化なんてのもできていない。ポケモンのタイプと技のタイプが一致していれば威力があがることもおそらく知られていない。
特性も知られていないことが多い。特性の存在自体は昔から知られているみたいだが、どのポケモンがどのような特性を持っているかというのは詳しく知られていない。正確に言うと実証されているものが少ない。情報自体はネットを調べたりすればごろごろ出てくる。真偽のほどは別として。おそらく特性を特定する手段が乏しいからだろう。特性は目に見えてわかるものが少ないからなおさらだ。
今まで述べてきたことはすべてトレーナーの経験によって大まかに理解されるものなのだ。私にも詳しいステータスはわからないが、技の効果、技の威力、特性についてはわかる。ゲームの時とこの世界では違いも多いが、それでも私が持っている知識は何度も言うがチートと呼べ得るものだ。大事にしないとね。さて、バトルサブウェイがどうなっているかだけど、おそらくポケモンをどれだけ育てているかが重要になってくるだろう。
「メイが一番興味があるのはバトルサブウェイか。やっぱりね。バトルの時、いつも楽しそうに笑ってるもん」
「そう? まあ、バトルが楽しいのは否定しないけど」
リオたちにも訊いてみたけどバトルは楽しいらしい。
「まず、バトルサブウェイから行くの?」
「いや、まずは他のめぼしいところをまわってからにしようと思うんだ。ビッグスタジアムとかミュージカルとか!」
私は楽しげな雰囲気をだして言う。
「そのことだけど、メイは見るなら本格的なものがいい? それともレベルが低くてもいい?」
なんか意味深。
「どうせなら、本格的なものがいいかなあ」
レベルの低いものより高いものの方が面白いだろうからね。
「それならたぶん二週間先くらいまで予約でいっぱいだと思う。見ようと思って気軽に見れる代物じゃない。それに値段も高い。人気のミュージカルなんか、一か月以上先まで埋まってるって言うし」
「なん……だと……?」
「それでも行く?」
くぅ、どうする? 今までわざマシンのために貯めてきたお金が吹っ飛ぶらしい。時間の方は待つなら問題ない。修業でもしてればいいからね。ま、いいか。わざマシンなんてなくても自力で覚えさせられるし。
「行く。もう決めた。そういえばミスティの方はお金は大丈夫なの?」
「私? 大丈夫だけど?」
そうなんだ。ならいいか。
「じゃあ、さっそく予約に行こう」
そうして私たちはポケモンセンターで朝食を食べ終え、予約をとるためにビッグスタジアム、リトルコート、ミュージカルへと走る。そして割といい席をとれた。といってもミスティの言った通り、三週間弱先の話だけど。ランクは一応、一流と呼べるものを選んだ。ちなみに、ビッグスタジアムとリトルコートはそれぞれビッグスタジアムが野球、サッカー、アメフトをやるところ、リトルコートがテニス、バスケットをやるところだ。それで私たちが観戦するのはサッカーとテニスである。
「ふう、なんとか予約をとれたね。よかったよかった」
「そうね。で、これからどうするの?」
「そうだねー。バトルサブウェイに行ってもいいんだけど……。ねえ、遊園地に行かない?」
あわよくばお化け屋敷なんかで……ぐふふ。抱きついてきたりしないかなーなんて。男の夢だよね。今は女だけど。
「いいけど、どうして?」
ふふふ、これも男の夢のためだ! 尊い犠牲になってもらおうか!
「いいじゃない。きっと楽しいよ?」
「ふ~ん。ま、いいけど」
ミスティはじと目で言う。
「それじゃ、遊園地に行こう!」
私たちは遊園地に行く。いやっほう! お化け屋敷、あるといいなあ。できれば本格的なものを希望。遊園地に着いて入場料を払い、敷地内に入る。そしてパンフレットを見る。よし、お化け屋敷発見。
「う~ん、結構アトラクションがいっぱいだな」
「そうね。一日じゃ周りきれないかも」
「まあ、そんな中でアトラクションを選ぶのも醍醐味だと思うよ。それにどうしても行きたいところがあれば明日でもいいんだし」
「いや、こういうのは一日で制覇してこそ。行くよ、メイ!」
あら、意外とノリノリ。
「まずは、待ち時間の長いものから行くよ。今なら開園直後だからね」
私はミスティに手を引かれて、遊園地を走る。それから、私たちは様々なアトラクションを周った。イッシュ地方一の落差を誇るジェットコースター、映像を使った演出が秀逸なガンシューティング、子供向けだがポケモンたちと触れ合える広場など、どれもクオリティが高く大いに楽しめた。そして昼休憩をはさんで夕方頃にはお化け屋敷を残してすべてのアトラクションを制覇した。
「いよいよ最後のお化け屋敷だね」
ミスティは何やら俯いている。ん? どうしたのかな?
「ね、ねえ、お化け屋敷にはわざわざ行かなくてもいいんじゃない? ほ、ほら、今日は十分楽しんだし、ね?」
この反応は……もしかして!
「ええー、せっかくあとお化け屋敷だけで制覇完了なのに。もしかして、お化け屋敷が怖いとか?」
私はニヤニヤ笑いながら言う。さて、どうやってお化け屋敷まで誘おうか。
「そ、そんなわけないじゃない! 私がお化けを怖がるなんてありえない!」
ほうほう、そんな言い方していいのかな?
「じゃあ、お化け屋敷も怖くないよね? 行こうよ!」
「わ、わかった! 行く! 行けばいいんでしょ! ううぅ」
うほおおお、これは期待していいよね、ね! そうして私たちは遊園地の最後のアトラクション、お化け屋敷に入っていく。
「ほほう、結構いい作りじゃん」
中は薄暗く、点滅する電灯や建物の廃れた感じがいい雰囲気を醸し出している。まさに何か出てきそうな空気が流れている。ミスティはというとお化け屋敷に入ったときから私の腕を掴んで離さない。ふっふっふ、怖がってる怖がってる。
「大丈夫、ミスティのことは私が守るから」
ミスティは声を出さずにコクンと頷く。ふふふ、かわいいのう。すると目の前の空中に人形が通り過ぎる。
「ひっ!」
ミスティが小さな悲鳴を漏らし私の腕を握る力が強くなる。……この程度で怖がっていたら後々大丈夫か? と少し不安になりつつもミスティと共にお化け屋敷を進んでいく。
「きゃっ!」
「いやっ!」
何かが起こるたびに小さな悲鳴を上げ、硬直するミスティ。なんかちょっとかわいそうになってきたな。
「大丈夫、ミスティのそばにいるから」
私は優しく声を掛けてあげる。
「うん」
若干涙声になってない? 早く出るとしよう。少し進んでいくといかにも何かいそうなところに出る。
「うわあ、何か出そう」
「……」
ミスティは何も返事をしない。すると突然私たちの脇にあった扉が開き中から何かが飛び出してくる。
「ヴァアアアアアアア!」
「きゃあああああああ!」
ミスティは飛び出してくる何かに驚いて抱きついてくる。おお、胸が当たって、柔らけえ。なんという幸福感。これだけでここに来た甲斐があったというものだ。ついでに出てきた何かというのは髪の長い女性の幽霊、という役の人だった。
「大丈夫だよ。ミスティ、落ち着いて、ね?」
「はあ、はあ、うう、ひっく」
あちゃー泣き出しちゃったか。
「ミスティ、ここでやめとく?」
ミスティは黙ってフルフルと首を横に振る。
「いいの?」
今度は首を縦に振る。負けず嫌いだなあ。
「わかった。じゃあ進むよ?」
そうして私たちはお化け屋敷を進んでいった。お化け役の人やポケモンが声を上げて近づいてくるたびにミスティは悲鳴を上げて抱きついてくる。そのたびに私はミスティに途中でやめるかどうか聞くが頑として首を縦には振らなかった。強情だなあ。まあその分私は胸の感触を楽しめるけど。そしてついにお化け屋敷を抜けた。
「ふう、やっと抜けた。ミスティ、大丈夫?」
「ひっく、グスン」
はあ、こりゃどっかで休ませたほうがいいな。私はミスティを連れて近くの飲食コーナーに行く。そしてそこの席に座る。
「ごめんね。ミスティ。こんなに怖がるなんて思ってなかったからさ」
ミスティはプイっと顔を背ける。
「無理やり連れていくような真似をして本当にごめん。二度とこんなことしない。この通り、許して」
私は手をついて頭を下げる。
「ホントに? ホントにしない?」
ミスティはこっちに目を向けて言う。
「うん、約束する」
私は頭を上げ真剣な眼差しで言う。するとミスティはちらりと飲食店のメニューを見る。
「……なら、このお店のフルーツパフェをおごってくれたら許してあげる」
ミスティはメニューを指差して言う。
「わかった」
それくらいで許してもらえるなら安いものだ。私は店員にフルーツパフェとメロンソーダを頼んだ。注文した品が届き、ミスティはおいしそうにフルーツパフェを頬張る。これで機嫌が直ればいいのだが。私はメロンソーダを喉に流し込み、ミスティの様子を見守る。こうしておいしそうにパフェを食べているのを見ると年相応に見える。そうか、普段は大人びて見えるけど、まだ子供なんだよね。私がしっかりしないと。
「ねえミスティ、これを食べ終わったらもう一度観覧車に乗らない? 今なら夕日が出ていてきれいだと思うよ」
ミスティは食べながらコクンと頷く。ミスティが食べ終わり、観覧車に乗りに行く。その道中で会話はない。観覧車にミスティと二人で乗る。
「ほら、ミスティ、街がきれいだね」
外は夕日がライモンシティを照らし、昼間の街とは違う、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「ねえ、私の胸、どうだった?」
ミスティが突然訊いてくる。
「え゛? な、何のことかな?」
うん。ばれてるねこれは。
「ごまかさないでもいい。私の胸の感触、楽しんでたんでしょ? で、どうだった?」
仕方なかったんや! 男の夢やったんや!
「すごく……柔らかくて……ふわふわでした」
「……エッチ」
ミスティ頬を赤く染めては両手で胸を隠す。
「ご、ごめん! 私は、えっと、どうすれば許してくれる?」
あわわ、どうしよう。
「ふふふ、いいよ。何もしなくて。ただ慌てるメイを見たかっただけ」
ミスティはクスクスと笑って言う。
「え?」
「ただ、からかっただけ。メイは正直だね」
「……ミスティは嫌だって思わないの? こんな変な私が。私は体は女でも心は男のままなんだ。だから――」
「それ以上は言わなくていい」
「え?」
ミスティは真剣な表情で口を挟む。
「そんなことはとっくにわかってた。メイと旅を始めた時からね。メイはそのままでいていいんだよ。私はどんなメイでも受け入れる。だからこれからも、よろしくね?」
ミスティはにっこり笑って手を差し出す。はは、これは一本取られたな。私はミスティの言葉に一瞬目を見開き、そして、ふう、と息を吐く。
「ありがとう。ミスティ。おかげで楽になった。こんな私でもいいならこれからもよろしく頼む」
そう言って私はミスティの手を握る。心のどこかで気にしていたのかもしれない。
「夕焼けの街がいっそうきれいに見えるよ」
「そうね」
しばらく夕焼けに染まったライモンシティを眺めていると観覧車が終わり、外に出る。
「そういえば、忘れてたけど一日で制覇したんだね」
いやあ、この年でも遊園地は楽しいものだな。
「そうね。まあ、楽しかった。そういえば、メイって時々男みたいな言葉遣いになるけど普段の口調って作ってるの?」
ああ、そのこと。
「う~ん、どうなんだろう。昔、お母さんに言われて直したんだけど、今でも時々口をついて出ちゃうんだよね」
「まあ、どっちでも似合ってる。普段は年相応で、男言葉のときはカッコよくて」
「そう、ありがとう」
どうやら、うまく擬態できているようでよかった。
「じゃあ、今日はもうポケモンセンターに帰ろうか」
「そうね。そうしましょう」
そうして私たちは遊園地を出て、この日はポケモンセンターで休んだ。
ありがとうございました。