調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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Ⅸ 聖夜の決戦

 

 

「ーーーーーーーー」

 

 

ここは地球にある海鳴、その都市の一角にある海鳴総合病院。その屋上で黒いコートをはためかせながら町を見下ろしている女性が居た。

 

 

彼女の着ているコートは穴だらけでボロボロ、よく見れば赤い染みが着いているので何が事件に巻き込まれたのではないのかと思われる出で立ちであるがそうではない。

 

 

彼女の名前はシグナム。彼女は主である八神時雨の着ていたコートを着てこの病院に立っていた。

 

 

ことの始まりは時雨が死んだ日の翌日、彼の義子であり闇の書の主の片割れでもある八神はやての容態が急変したのだ。それは二人いた主が一人になった為に起こった負担の大きさにはやてが耐えられなくなったから。隠密に行動しなければならない立場なのだが背に腹は変えられないとコトミネの指示で入院、それ以来この病院が闇の書勢たちの拠点と半ばなっている。

 

 

今日は十二月の二十四日、世間的にはクリスマスイブと呼ばれている日で、病院から見える町は季節にあったイルミネーションできらびやかに光輝いている。美しいや綺麗と思えるような光景を見下ろしているシグナムは無表情。目にも精気が無く、まともな食事を取っていないのか少し窶れていた。

 

 

「こんなとこにいたの?シグナム」

「‥‥‥‥ギルか」

 

 

かけられた声にシグナムは振り替えることなく声の主を当てた。屋上に現れたのは金髪の少年、人懐っこそうなあどけない顔をシグナムに向けているがシグナムは振り替えることはしなかった。

 

 

「敵が来たみたいだよ。ここの守護は僕に任せて行ってきたら?」

「‥‥‥‥あぁ」

 

 

短い返事をしてようやくシグナムは振り替えるがその目はギルを見ていない。フラフラとまるで幽鬼を思わせるように歩きながら扉から屋上を出ていく。それを見てギルは溜め息を着いた。それはシグナムの今の状態を呆れているからではない。家族とも呼べるような親しい間柄の人間に何も出来ない自分の無力に苛立って出てきた溜め息だ。

 

 

「まったく‥‥最古の王だとか持ち上げられている癖に何も出来ない自分に腹が立つ。まぁ‥‥‥‥こればかりは本人の問題でどうしようも無いことは分かっているつもりなんだけどさ」

 

 

ギルはそう呟きながら屋上に備え付けられているベンチに腰を下ろし、あの日の‥‥‥‥時雨が死んだと分かってしまった日のことを思い出す。

 

 

時雨の捜索に出たザフィーラとシャマルは手掛かりは何も見つけられなかったが何事も無く帰ってきた。一人でどこかに出掛けていったコトミネは敵方のサーヴァントのマスターの一人であるエイリスフィール・フォン・アインツベルンと彼に召喚されたビーストのサーヴァントを引き連れて帰ってきた。コトミネが大分あれだがここまではいい。問題はシグナムが帰ってきた時の事だ。全身が傷だらけ、そして一緒に行ったはずのリニスの姿が見えない。泣きじゃくってしまっているシグナムをどうにかして落ち着かせたところ、聞き出せたのはたった一言だけだった。

 

 

『私は‥‥彼を‥‥時雨を殺した』

 

 

たった一言だったが、それは聞いていた者の動きを止めるのには十分すぎる一言だった。詳しく聞き出そうとしてもまるで自分に言い聞かせるように同じことを呟くシグナムは応えてくれない。仕方がないとコトミネがシグナムから記憶を読み取り、念写と呼ばれる魔術を応用した映像器を使うことでシグナムの視点で何が起きたのかをようやく知ることができた。

 

 

堕ちた存在になってしまった時雨

 

 

時雨を殺すと決めて命を散らしたリニス

 

 

時雨を殺す為に腕の封印を解いたシグナム

 

 

刹那の時間で決着した時雨とシグナムの戦い

 

 

横から入ってきた人間二人

 

 

そして‥‥‥‥シグナムに呪縛(ゆいごん)を遺して逝った時雨

 

 

これを見てギルはシグナムの責任ではないと思った。もしギルが同じ場面に出会っていたなら間違いなく自分も時雨のことを殺そうと考えていたに違いないから。しかしシグナムは自分のせいで時雨が死んだ、自分が時雨を殺したと自責の念に駈られている様だった。もしこれがシグナム自身の手で時雨が死んでいたならば多少は踏ん切りがついてここまで酷くはならなかったかもしれない。しかし結果を見るならば時雨にとどめを刺したのは横から入ってきた二人だった。それがシグナムが自分のことを責めている要因になっているのだろう。そのせいでシグナムは今日今日(きょうこんにち)まで食事をほとんど取っておらず、眠ることすらしておらず、感情が抜け落ちてしまいまるで人形の様だった。シャマルが無理矢理にでもスープを飲ませなかったり、コトミネが睡眠を促す魔術を使っていなければもっとひどい状態になっていただろう。

 

 

ザフィーラとシャマルはこの報せを聞いて落ち込んでいた物の、直ぐにいつも通りに振る舞えるようになる程度までは回復した。それははやてに要らぬ心配をかけさせない為だろう。それでも、ザフィーラは時には涙を流しながら鍛練に打ち込んでいたし、シャマルは台所でなにもしないで立っている時間ができた。スノウは‥‥‥‥時雨の死を聞いて泣いた。最初は嘘だと否定していた物の、あの映像を見せると泣き崩れて事実を受け止めたようだ。そしてはやての側にいる時間が増えた。それは贖罪からか、それとも時雨の遺志を汲み取ってのことか。

 

 

ハッキリと言って、シグナムは壊れてしまっている。あの様な生き様を曝してはもはや人と呼べない。人のなりをした人形でしかない。本当だったら時雨が死んでしまったあの瞬間にシグナムは自殺していただろうが、時雨の遺した呪縛(ゆいごん)だけがシグナムを生かす唯一の楔になっている。もし時雨がシグナムに呪縛(ゆいごん)を遺していなかったらーーーーーーーー考えただけでゾッとする。

 

 

「これはシグナムが解決しなきゃいけない問題だ。だけどそのシグナムが解決するつもりがないのが更なる問題‥‥‥‥はぁ、本当に無力だなぁ、僕って」

 

 

自虐的に呟き、ギルは夜空を見上げる。空は生憎の曇天、本当なら見えるはずの星空が隙間無い雲に遮られていて見ることが出来ない。それはまるでギルの心模様を現しているかのようだった。

 

 

「‥‥‥‥考えさせてくれる間も与えてくれないのかよ」

 

 

視界に映る色が夜空の黒から様々な色を混ぜ合わせたかのような気色の悪い色へと変わる。原因などとうに分かっている。闇の書を求めてやってきた管理局勢と魔術師勢たちの仕業である。

 

 

それを見てギルは文句一つ言わずに自身の宝物庫の扉を開いた。そこから顔を覗かせるのは古今東西に名を馳せた宝具の原典たち。それらを向ける矛先など等の昔から決まっている。自分の家族に害悪をもたらす愚者たち。それはギル自身の意思でもあるし、時雨がギルに遺した呪縛(ゆいごん)でもあった。

 

 

家族を頼んだと彼に言われた

 

家族を見届けてくれと彼に言われた

 

そして何より、はやてを頼んだと彼に言われた

 

 

絶対の命令権である令呪の効果は短時間でしか作用しないはずなのにギルは自身に満ちる自分の物とは違う力を感じていた。それに逆らう道理はギルには無い。

 

 

「ーーーーーーーー消え失せろ愚者共が。それに従わないと言うのならば、僕の逆鱗に触れる事と同意義と知れ」

 

 

ギルの指示と共に、宝物庫に納められていた宝具の原典たちが弧を描きながら降り注ぐ。

 

 

十二月の二十四日、原作において闇の書の管理人格が覚醒したこの日。闇の書勢たちと管理局勢&魔術師勢との決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の書勢たちの最前線。それは同時に管理局勢&魔術師勢たちの最前線でもあり、一番熾烈な戦いが繰り広げられている場所でもあった。管理局と魔術協会が呼び出した増援によって人数は圧倒的に闇の書勢らの不利。魔導師の放つ魔力弾が、魔術師の放つガントが闇の書勢に襲い掛かる。

 

 

戦争において、人数差はそのまま戦力の差へと繋がる。単純な話であるならば一騎当千が十人いようが、億の雑兵がいれば勝てるのだ。数こそが力とは良く言ったもの。

 

 

であるならば数で劣る闇の書勢はどうするか?諦める?そんなことは論外である。

 

 

相手方が単純に人海戦術でくるのならば、こちらも単純に考えればいい。

 

 

例え億の雑兵を揃えたとしても、それを覆せる存在を用意する。

 

 

本来ならば孤立している状態である闇の書勢たちにはそんな存在を呼び出せる伝はなかったはずだった。しかし、それはもはや過去の話。空を飛ぶ魔導師が暴力によって叩き落とされ、地を進む魔術師たちはやはり暴力によって吹き飛ばされる。赤銅色の巨体を持った正体不明の怪物ーーーーーーーージャバウォックの暴力によって。

 

 

本来ならば触れるだけで死を覚悟する様な理外の怪物を操れる術など無いはず。だが例外などどこにでも存在する。正体不明の怪物は自らを呼び出した魔女にだけは絶対服従だった。

 

 

ジャバウォックを操っていると気がついた代行者たちは、黒鍵を握り締めながらその魔女に向かって突貫する。それは見てから反応したのでは常人では間に合わない程の速度。そして代行者たちはーーーーーーーーその速度を維持したまま、一人残らず首を跳ねられた。

 

 

ここでようやく、彼らは魔女の側に佇む存在に気がつく。フリルの付いた赤いドレスを纏う髑髏(しゃれこうべ)、まるでどこかの国の王族の様な骸骨の手には一切の装飾を取っ払われてただ首を跳ねることだけを目的に作られた巨大な鎌が握られていた。彼女の名は【赤の女王】(クイーンオブハート)。ジャバウォックと同じ虚構の世界にある一国を治める首狩りの女王。女王は魔女の命に従って、近づいてくる者は敵味方の区別無く首を跳ねることにしていた。

 

 

魔女の名前はシャマル。湖の騎士の称号を持つ彼女はその一切を捨て払い、身内に害をなす輩を滅ぼさんとする魔女になっていた。

 

 

シャマルが宿した英霊の名は【ナーサリーライム】。それは過去に何かを成し遂げたという偉業を持った訳ではない。もっと言えば人間ですらない。ナーサリーライムとは童話の総称。多くの人間に愛されたそれは数えきれない程の信仰を得て英霊となったのだ。であるならば、それの力を得ているシャマルが童話の登場人物を現世に呼び出すことなど容易いことである。

 

 

「ヒュー♪やるねぇあの姉ちゃん」

「ランサー、集中してください」

 

 

囃し立てるように口笛を吹きながら迫る代行者を凪ぎ払い、シャマルのことを称賛するのはランサー。そんなランサーをマスターであるバゼットはガントを掻い潜りながら魔術師を殴る作業と平行して注意する。

 

 

「まったく、うちのマスターはお堅いな」

「同感だ。少しはふざけてないと息が詰まってしょうがない」

「二人共、喋るのは構わんが手を休めるな」

 

 

そんなランサーに賛同するように近づいてきたのはビルの壁面を蹴りながら魔導師をナイフで切り裂いていた七夜信喜とお得意の八極拳で防壁ごと魔術師の骨を砕いていたコトミネだった。

 

 

「そういやあの兄ちゃんはどうしたんだ?あの茶髪の刀持った」

「恭也のことか。あいつは親の経営している店が忙しいらしい、その手伝いで今日は来れないと口惜しそうに言っていたぞ」

「あぁ翠屋ね。確かに今日はイブだから忙しいだろうな」

 

 

本当ならここには高町恭也がいるはずだったのだが、コトミネの言った理由により参戦を断念している。もしこの戦いが昨日や明後日だったのなら恭也は例え徹夜後だとしても嬉々として参加していただろう。恭也が日常(へいわ)非日常(たたかい)を愛する異常者であることはコトミネと信喜は知っている。だからその二つを天秤にかけて日常(へいわ)を選んだとしても二人は何も言わなかった。

 

 

「っと、キャスターとビーストが始めたな」

 

 

戦線の奥、管理局勢&魔術師勢たちの方を見るとそこには巨大な氷柱が生え、雷が降り注いでいる。誰の仕業なのか考える迄もない。コトミネのサーヴァントのビーストと信喜のサーヴァントのキャスターの二騎の仕業だった。ビーストは呪術によってあの氷柱を、キャスターは魔術によってあの雷を発生させているのだろう。流石は英霊となった者たちだ。詳しく話していないのにコトミネらの考えていることを理解している。

 

 

コトミネたちはこの最前線の戦いが只の足止めであることを看破していた。でなければおかしいだろう。この場にはキャスターとランサーのマスターである信喜とバゼットがいる、だというのにサーヴァントがここにはいないのだ。無論、執行者や代行者として歴戦のバゼットやコトミネクラスの人間であればサーヴァントの相手も出来なくは無いだろう。しかしそんな人間は片手で数えられる程しか存在していないし、この場にその人間は見られない。であるならば相手の目的はこちらの戦力を分断させた上での足止め。その隙に本命らを闇の書の元へと向かわせる計らいなのだろう。

 

 

そしてコトミネたちはあえてこの計画に乗ってやった。こちらを分断されると言うデメリットはあるものの、それは相手も同じ。そうしてコトミネたちは管理局勢&魔術師勢たちの兵たちのほとんどを止めることに成功している。

 

 

無論、相手の本命が闇の書ーーーーーーーー八神はやての元へと向かっているのは防げない。しかしその事を忘れるはずなど無い。はやてのいる病院の道中には第二、第三の防衛が敷いてあり、個々の戦力であれば恐らくサーヴァントにも匹敵する面子である。故に、コトミネたちは安心してこの場で戦うことができている。

 

 

第一防衛

シャマル

ジャバウォック

赤の女王(クイーンオブハート)

バゼット

ランサー

七夜信喜

キャスター

コトミネ・キレイソン

ビースト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二防衛、ここはコトミネたちの戦う最前線と同じビル群の真っ只中。そこに立つのは平行世界で顕現して、この世界で八神家の一員となったマテリアルズのシュテル、レヴィ、ディアーチェと転生者であり、すべてを知っているにも関わらず闇の書側に立つ大人の姿の鳳凰院御門。四人だけ、と思われるかもしれないが実力は折り紙付き、一騎当千と呼んでも差し支えの無い人選である。彼らの前に現れたのは高町なのは、フェイト・テスタロッサ、藤峰アリス、クロノ・ハラオウンの管理局勢。

 

 

管理局勢の目的は闇の書、しかし前に立つ四人を目の前にして戦闘は避けられないと判断したフェイト、アリス、クロノは各々のデバイスを構える。が、なのはだけはそうしなかった。

 

 

「ねぇどうして!!どうしてこんなことするのか教えてよ!!」

 

 

まだ闇の書勢との会話が成り立つと思っているのか悲痛な声で四人に呼び掛ける。なるほど、問題を会話で解決しようとするその姿勢は確かに美徳であると言える。会話で解決できるのであれば誰も傷つくことはないし、無駄な血を流すことはない。しかしそれは会話で解決できる程度の問題であればの話だ。そのことを理解した三人の迷い無く臨戦態勢へと移行したのは正しい判断だと言える。そうならなのはの判断は間違っているとも言える。

 

 

「あの人に何か言われたの!?酷いことでもされたの!?いないから私たちに本当のことを話してよ!!力になるから!!」

 

 

断たれた。四人がギリギリのところで保っていた理性がなのはの一言で断たれた。四人を理性で何とか制御していた感情が支配する。アリスがなのはを蹴り飛ばし、フェイトが突貫し、クロノがなのはの前に立つ。

 

 

いきなり蹴られたことに怒りを感じたなのはの視界には憤怒の表情でアリスとフェイトに斬りかかっている御門とレヴィ、砲撃をなのはに向けて放っているシュテルとディアーチェの姿だった。

 

 

「「「「何も知らないお前がッ!!あの人のことを語るなぁ!!!!!」」」」

 

 

四人がなのはに向けているのは怒気を越えた殺意。それはそうだろう。何も知らない赤の他人が分かったような素振りで大切に思っている人物のことを侮辱している、それを見て怒るな?無茶を言う。精神が成熟した者ならともかく、四人がそれを我慢できるはずがない。

 

 

「どけや劣等ぅ!!!」

「断る!!お前の相手は俺だ!!」

 

 

御門の体から生やした剣をアリスはデバイスのヤクモで弾く。前回の戦いで何か対抗策でも見つけたのか、ヤクモの刀身は劣化することはなかった。

 

 

「どけぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「ごめんなさい‥‥君の気持ちは分かるけど退けてあげれない‥‥なのはは私の友達だから」

 

 

閃光のように軌跡を描きながらなのはに向かおうとするレヴィを同じく軌跡を描きながらフェイトが立ちはだかる。

 

 

「どけっ!!」

「悪いが引くことは出来ないんだ!!」

 

 

ディアーチェが闇雲に放つ広範囲魔法を防ぎながらクロノは魔力弾を放つ。防がれるがそんなことは分かっている。目的は自身に注意を向けさせる事だから。

 

 

しかしアリスが御門を、フェイトがレヴィを、クロノがディアーチェを押さえるとなるとどうしても一人空きが出来てしまう。

 

 

その者はマテリアルズの一角、星光の殲滅者の名を持つ時雨のことを心から愛した少女。シュテル。

 

 

「消えろオリジナル」

 

 

シュテルのデバイスのルシフェリオンから放たれる火炎の砲撃と魔弾がなのはに襲い掛かる。

 

 

第二防衛

鳳凰院御門

八神シュテル

八神レヴィ

八神ディアーチェ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三防衛、そこはもう病院とは目と鼻の先の場所。そこでは一方的な蹂躙が行われていた。

 

 

「ーーーーーーーークッ!!」

 

 

砕けた夫婦剣を投げ捨てて新たな夫婦剣を手に取るアーチャーの苦しそうな声が聞こえる。

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 

セイバーに至っては声をあげる暇さえも惜しいといった様子だ。

 

 

セイバーとアーチャーのサーヴァント、確実に闇の書の元へと辿り着けると思われたが故に選ばれた人選だったがそれは検討違いだった。サーヴァント二騎目掛けて降り注ぐのは古今東西に名を馳せた宝具の原典たち。点での攻撃などまったく考えていない、ひたすらに面で蹂躙する爆撃攻撃。それは二騎の足を止めるのに十分すぎる物だった。上空高く舞い上がり、急下降から襲い掛かる宝具の雨。狙撃場所は病院の屋上が金色に輝いていることからそこなのだろう。それだけならばサーヴァントである二騎が強引に押し進めば突破できたのかもしれない。

 

 

「ーーーーーーーーシィイッ!!!」

 

 

唸りをあげながら魔拳がセイバーに迫る。宝具の雨を防ぎながらもセイバーは何とか肘で防ぐことには成功する物の魔拳の一撃の重さが予想以上の為に後退を余儀無くされる。

 

 

宝具の雨を避けながら二騎目掛けて拳を振るうのは守護獣と呼ばれていたザフィーラだった。彼女はギルの宝具だけでは押しきられるとわかっていた為にこうしてサーヴァント二騎相手に真っ向から相手をすることを決めていた。宝具の雨を諸ともしないザフィーラの攻撃は宝具の雨によって足が鈍っているサーヴァント二騎を止めるのには十分すぎだ。

 

 

それでも、サーヴァント二騎は抗うことを止めない。自分たちに目を向けられて、一番厄介だと思われている敵の注意を向けさせることには成功しているのだから。

 

 

第三防衛

ギル・キレイソン

ザフィーラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーこっちだ!!」

 

 

夜の帳の落ちきった道を走る者がいた。衛宮士郎、遠坂凜、ルヴィアゼッタ・エーデルフェルト。魔術師勢に所属する彼らは自分の目的である闇の書の元へと向かっている。魔導師たちもサーヴァントもすべてを使いきって戦闘を開始し、その結果敵方の戦力は出尽くしている。ならば、その隙を狙わない通りは無い。一分一秒も惜しいと全力で夜道を走り病院の入り口が見えてーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「止まれ」

 

 

同時に、守護者の姿も見えた。黒いコートを着た感情の抜け落ちた人形のような女性、シグナムだった。彼女は左手にレヴァンティンを持ってバリアジャケットを展開しないで病院の入り口の前に立っていた。

 

 

「引くなら追わない。進もうと言うのなら切り払う」

 

 

淡々とシグナムは自分の使命を口に出したがハイそうですかと引けるわけがない。

 

 

凜とルヴィアが同時にポケットから宝石を取り出してシグナムに投げ付ける。宝石の数は全部で十。その何れもが彼女たちが丹精込めて魔力を籠めた一級品の宝石である。そして自身に迫る宝石をシグナムはーーーーーーーーレヴァンティンを一振りすることですべて切り払った。

 

 

「ーーーーーーーーくっ」

 

 

苦しそうな声をあげたのは凜。シグナムの実力は素でサーヴァントと同等クラスなのだ。それを只の魔術師風情三人で乗り越えろというのは無理がある。まだ感情のあった時のシグナムなら隙をついてどうにかなったのかもしれない。しかし今のシグナムには感情が無い、慢心も油断も存在しない、機械のように敵を切るだけの存在。

 

 

「俺が足止めする。その隙に二人は行ってくれ」

 

 

士郎が持っていた袋から木刀を取り出して二人に提案すると同時にシグナムに迫る。否定する間も無く行動に移されたために凜とルヴィアは行動するしかなかった。強化の魔術によって強化された木刀が振り上げられてーーーーーーーーレヴァンティンによって柄だけになっていた。何が起こったかわからずに唖然とする士郎の腹に強い衝撃。吹き飛ばされて地面に叩きつけられながら窓から病院に侵入しようとしている凜とルヴィアの足元に転がってようやく自分が蹴られたことに気づいた。

 

 

「ガハッーーーーーーーー」

「消えろ、目障りだ、我らの邪魔をするな」

「(ーーーーーーーー武器だ、武器がいる)」

 

 

腹部に走る鈍い痛みに堪えながらも、士郎はどうすればシグナムに対抗出来るのかを考えていた。

 

 

「(そうだーーーーーーーー()()()()のような武器がーーーーーーーー)」

 

 

ゆっくりと歩み寄って来るシグナムのことなど気にかけずに、士郎は自身の心の中に二人の人物を妄想していた。

 

 

一人は赤い外套を纏った弓兵。そのクラスに似合わぬ剣技を見せ付けてくれたあの夫婦剣。

 

 

一人は黒いコートを纏ったあの男。人間の身でありながら複数のサーヴァント相手に一歩も引くこと無く戦っていたあの刀。

 

 

シグナムのレヴァンティンが振り上げられる。

 

 

「ーーーーーーーー投影、開始」

 

 

カチリと、歯車の噛み合うような音が聞こえた。振り下ろされるレヴァンティンが士郎の手に現れた剣によって弾かれる。その黒と白の双剣はまさしくアーチャーの愛剣である夫婦剣だった。

 

 

「ーーーーーーーー」

 

 

予想外の出来事に驚くという感情は今のシグナムには無い。故に弾かれたレヴァンティンをそのまま振り下ろして追撃を放つ。

 

 

「アァッーーーーーーーー!!!」

 

 

声にならない叫びをあげながら士郎はレヴァンティンを夫婦剣で弾いた。これで二度目である。一度なら偶然で終わらせられるかもしれないが二度続けばそうはいかない。シグナムは咄嗟に距離を取るものの、士郎がしたことについては目星が着いていた。投影魔術、マイナーで知られている魔力で虚構の武器を作り出す魔術。本来投影魔術によって作られるのは中身の無い模造品でしか無いのだがある条件さえ満たしてしまえば真作に迫るほどの贋作を作り上げることも可能である。

 

 

シグナムはその投影の使い手を知っていた。何故なら、それは彼女が愛した人だから。

 

 

「ーーーーーーーー投影、開始ッ!!」

 

 

ふたたび行われる投影魔術。今度は形になること無く魔力が霧散したーーーーーーーーしかしシグナムは、その魔力が刀の形になろうとしていたことに気づいた。

 

 

「ーーーーーーーー違う、こうじゃない」

 

 

シグナムが目の前にいると言うのに士郎は目を閉じて自身の世界に没頭していた。誰にも負けない物を、誰をも騙し、自分さえ騙しうる、最強の模造品を造り出すために。

 

 

 

創造の理念を鑑定し、

 

基礎となる骨子を想定し、

 

構成された材質を複製し、

 

製作に及ぶ技術を模倣し、

 

成長に至る経験に共感し、

 

蓄積された年月を再現し、

 

あらゆる工程を凌駕し尽くしーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに、幻想を結び剣と成すーーーーーーーー!!!」

 

 

士郎の手には投影された一本の刀があった。

 

 

刀身は返り血にて漆黒。

 

刀身からは蒼炎が溢れ出している。

 

 

焔魔刀(エンマトウ)焔華(ホノカ)、それが士郎の手によって投影された、八神時雨の愛刀の銘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様が!!その刀を使うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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