調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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Ⅵ 聖職者の罪

 

 

闇の書の騎士たちとリニスが主である八神時雨を探しに出でいた頃、海鳴市の一角にある海鳴教会に訪れた人物がいた。痩躯に見えるが鍛え抜かれた長身にカソック衣装を纏わせたのはこの教会の元々の主であったコトミネ・キレイソン。元々というのは彼が闇の書の主である八神時雨に与したことにより聖堂教会から除名処分、並びに異端者認定を受けたからである。

 

 

そんなコトミネは自分の管理から離れた教会をいつもと変わらぬ我が物顔で歩く。コツリコツリと彼のはいている革靴が静かな教会内に響き、奥に飾られている祭壇の前で止まった。そしてコトミネは祭壇にある板の一部を外す。そこから現れたのはこの教会に似合わぬ機械仕掛けのキーボード、0から9の数字の組み合わせによって鍵が開く物だった。

 

 

元来、魔術師という輩は機械を嫌う傾向がある。それは魔術によってもたらされる結果が時間と資金をかければ科学でも代用することができることの反発からだろう。しかしかけられる手間などを考えれば魔術よりも科学の方が圧倒的と言っても良いくらいに楽である。そも魔術は限られた人間でしか使えないことを前提とし、科学は誰にでも扱えることが前提とされているからその差は当たり前なのだろう。

 

 

そしてコトミネはキーボードに手慣れた手付きで数字を打ち込み始めた。打ち込まれた数字の数は十、単純に考えても0から9の十の十乗の組み合わせがある数字をコトミネは間違うこと無く打ち込んでいく。それもその筈、その数字はコトミネからすれば自身の犯した罪その物であるのだから。

 

 

打ち込まれた数字に反応して祭壇の一部が開く。そこに置かれていたのは一束の書類。それをコトミネは大切に手に取り、懐にしまった。この書類は八神はやての実の親である八神宗次と八神奏が遺した物、それを回収する為だけにわざわざコトミネは一人でこの教会に足を運んできた。

 

 

何故このタイミングで、もっと早くに回収出来たのではないかと疑問に思うだろうが彼からすればこのタイミングこそが最も確実だった。闇の書の騎士たちであるシグナムらが動けば管理局や魔術師たちの目はそちらに向く。その隙を伺って行動することがコトミネの考えた最善の考えだった。

 

 

目的を果たしたコトミネは長居は無用と思い、反転して教会から出ようとしたがーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんわ、コトミネ・キレイソン」

 

 

教会の入り口に立つ少女を見て足を止めることになる。低い背丈に地面に届きそうなくらいに長い銀髪、紫のコートを羽織る少女の名前はエイリスフィール・フォン・アインツベルン。まともな魔術師であるなら誰でも知っている御三家と呼ばれる一角の時期当主である。

 

 

「ーーーーーーこれはこれは、アインツベルンの時期当主殿か。この様な夜分に教会に如何なる用かね?」

「教会には用なんて無いわ。私が用があるのは貴方よ、コトミネ・キレイソン」

 

 

自分のことを真っ直ぐに見つめているエイリスにポーカーフェイスを崩さないように努めてはいたがコトミネの心中は困惑で荒れていた。

 

 

エイリスフィール・フォン・アインツベルン。彼の名高いアインツベルン家の時期当主にして闇の書の打破に自らの名乗りを挙げたマスターの一人である。つまり彼女がここにいるということは、

 

 

「ヤガミソウジとヤガミカナデの遺した資料を此方に寄越しなさい。そうすれば苦しまずに殺してあげるわ」

「■■■■■■■ーーーーーーー!!!!」

 

 

彼女に従うサーヴァントもこの場にいることになる。妖精かと見間違う程に可憐な少女の後ろに朱色の鎧に身を包んだ狂戦士が顕現した。今は威嚇なのか動く気配は無いが少女から命令を受ければ瞬く間にコトミネを殺す暴力となるだろう。

 

 

「何故、貴様がこれを欲しがる?これは彼らが自分の娘の為に遺した魔術の教材に過ぎぬが?」

「しらばっくれないで、それがサーヴァントの召喚システムに関する資料だなんてことは分かってるんだから」

「ーーーーーー誰がそのようなことを」

『呵呵っ、儂じゃよコトミネ』

 

 

ギチギチと軋むような不愉快なしゃがれ声と共に虫が集まり人形になる。そうして出来上がったのは一人の老人。長く生きてきたのか腰は曲がりきってしまっている。

 

 

「ウォルゲン・マキリ・・・・・・!!」

 

 

予期せぬ人物の登場にコトミネは思わずポーカーフェイスを崩してしまった。

 

 

ウォルゲン・マキリ。遠坂、アインツベルンと並ぶ御三家の一角。しかし注意すべき点はそこではない。ウォルゲンの齢は実に500年以上だと知られている。人であることを捨てて、それでもなおこの世にすがり付いている妖怪、それこそがウォルゲン・マキリの正体なのだ。

 

 

「あの小僧らが何やら企んでいたことは虫を通して知っていたのでな。それを渡すならば交遊のある御主だと思っとったわい。まぁそのついでに小僧らのことをそれとなく教会の連中に教えてやったがなのぅ」

「貴様がか・・・・・・!!」

「呵呵っ!!怒ったかコトミネよ!!人でなしの御主が人並みの感情を持つなどとは片腹痛いわい!!」

 

 

八神宗次と八神奏の死ぬ原因となった者が突然に現れて自白したことにコトミネは熱くなって我を忘れそうになってしまう。しかし、代行者としての経験がコトミネを抑えた。この場にいるのはエイリスとウォルゲンのマスター二人、対してコトミネはただの人間。例え何度奇跡が起きようがこの圧倒的に不利な状況を覆せる訳がない。

 

 

それを理解したコトミネはーーーーーーーーーーーー

 

 

「ーーーーーー告げる(セット)

 

 

怒りで腸が煮え繰り返りそうになるのを堪えながら、教会に施していた魔術を起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会の最奥に設置された銅像がコトミネの起動の文句と共に強く光輝く。それはコトミネがもしもの為に仕掛けておいた緊急時用の手段。平時では時雨と高町恭也を招いて酒を飲んでいる時に前触れもなく発光させて恭也が「目がっ!!目がぁぁぁぁ!!!」とみんな大好き某大佐のように転げ回るのをいつの間にかサングラスをかけた時雨と共に愉悦しながら見て酒の肴としている。

 

 

宗教のシンポルに何をしてるんだこの人格破綻者は。

 

 

現在の教会内には光は無く、窓から差し込む僅かな月光だけが光源となっている。そんな中で強い光を放てばどうなるか?

 

 

「きゃぁ!?」

「ギィッーーーーーー!?」

 

 

当然暗闇に慣れていた目は強い光を受け入れることは出来ずに目が眩む。特に銅像と向き合うように立っていたエイリスとウォルゲンは突然の光を防ぐことが出来ずに光を受け入れることになってしまう。コトミネはこの仕掛けについて分かっていたのと銅像の前に背を向けて立っていたことから光を直視せずにすむ。

 

 

次にコトミネのとった行動は自分の近くにある窓に向かって駆け出し、カソック衣装の袖口から取り出した投擲用武器の黒鍵を目が眩んでいる魔術師たちに向かって投げつけることだった。この場で最も脅威となるのは比べるまでもなくエイリスが従える狂戦士である。しかし狂戦士はその理不尽な戦闘能力と引き換えに理性を無くしている。それはマスターであるエイリスの指示無しには動かないことを意味する。無論目が眩んだエイリスは即座に狂戦士に指示を出してコトミネを討とうとするだろう。それを阻止するための黒鍵だ。

 

 

投擲された黒鍵の数は四、それらは銃弾のごとき速度で動けないでいふ魔術師たちに向かっていきーーーーーー

 

 

「■■■ーーーーーー!!!!」

 

 

すべてが狂戦士の持つ戟の暴風によって打ち砕かれた。それでいい、サーヴァントである狂戦士がマスターを守るのは当たり前のことだ。その当たり前の行いが、コトミネを逃す隙となる。

 

 

右足一本で跳躍して腕で顔を庇いながら窓ガラスを突き破る。突き破った先にあるのは日本では当たり前の火葬や外国人の為に土葬された死者たちが眠る墓地。多少とは言えない程の高低差が教会と墓地の間にはあるのだがコトミネの身体能力ならば足を捻ることなく着地してそのまま逃走することは可能だった。

 

 

そうして空中で体制を整え、着地に身構えーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー死ネ」

 

 

闇の中で笑う髑髏の右腕が、コトミネの胸に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーゴハッ!?」

 

 

パチュンと水の入った袋が潰れるような音がして胸に感じるのは喪失感。体から力が抜けてコトミネは着地に失敗し、叩きつけられるように地面を跳ねて誰かの墓石にぶつかることでようやく止まった。どうにかして起き上がろうとするが体には力が入らず、出来たのは墓石を背にして上半身を起こすことだけ。そこでようやく、コトミネは自分の体から心臓が無くなっていることに気がついた。

 

 

「ーーーーーー」

 

 

死にかけているコトミネの前に立つのは髑髏の面を被り、ぼろ切れのようなローブに身を包んだサーヴァント。それはウォルゲン・マキリが契約した暗殺者のサーヴァントのアサシンだった。

 

 

コトミネの集めた資料にはあった右腕の拘束具は取り払われており、そこからは異形としか呼べないような腕が姿を見せていた。長いのだ。通常であるのなら多少の誤差はあるが左右の腕の長さは等しいものである。しかしアサシンの右腕は左腕の倍を優に越える長さがある。その異形の腕こそがアサシンの宝具の正体である。

 

 

悪性の精霊・シャイターンの腕であり、人間を呪い殺すことに長けた悪魔の腕。エーテル塊を用いて鏡に映した殺害対象の反鏡存在から本物と影響しあう二重存在を作成し、殺害対象と共鳴したその偽物を潰すことで本物には指一本触れることなく対象を呪い殺すことを可能とした異形の宝具ーーーーーーーーーーーー妄想心音(ザバーニーヤ)。それが中東における一大信仰の長となった【山の老翁】ハサン・サッバーハの宝具である。

 

 

如何なる豪傑であろうとも心臓を失っては生物は生きてはいけない。寧ろ心臓を潰された痛みでショック死しなかったコトミネは称賛されてもよい。

 

 

心臓を失ったことで感じる消失感と迫る死の足音を聞きながら、コトミネは走馬灯を見たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトミネ・キレイソンという男は物心ついた頃から人とは違う価値観を持っていた。

 

 

人が美しいと感嘆する物を美しいと感じない。

 

人が素晴らしいと絶賛するものを素晴らしいと思えない。

 

 

そしてコトミネという人物の最大の不幸を上げるなら、自分の価値観が大衆からずれた物だと分かってしまっていることだろう。

 

 

自分は他人とは異なる価値観を持ってしまっている。

 

それは何故か?

 

自分が間違っているから。

 

ならば間違った自分を正さなければならない。

 

 

こうしてコトミネは間違った自分を矯正するために様々な事に手を出した。学問には必要以上にのめり込み、武術には過剰なまでの鍛練を積み、父が聖職者だったことから宗教にも帰化した。学術、武術、宗教とあらゆるジャンルに手を出した結果ーーーーーーコトミネの歪みは正されることはなかった。寧ろ更なる歪みを見せたと思ってもいい。ありとあらゆるジャンルに手を出しながらもそれが自分には何の価値も無いものだとわかってしまうとそれまでの努力を捨てて新たなジャンルに向かう。そんなことを繰り返している内にコトミネは物事に関心を持てなくなってしまっていた。

 

 

その最中に代行者と呼ばれる教会の役職にもついたのだがコトミネからすればただ淡々とした作業に過ぎなかった。

 

 

そしてコトミネは妻を娶ることになる。代行者の任務の最中に出会った“悪魔憑き”と呼ばれる魔を引き寄せる体質の女性。身体中を魔に犯されて苦痛に耐える姿を見てコトミネは初めて“美しい”と感じることができたのだ。

 

 

そうしてコトミネは女と夫婦になる。女は一心の愛をコトミネに向けていた。コトミネも女を愛そうとしたーーーーーーーーーーーーその結果、コトミネは変わらなかった。女の死に間際、初めて会った時も酷かった物だが全身を病魔に犯されてベッドに横たわる女はまるでミイラのようだった。全身を容赦なく走っているだろう女の表情は苦痛の一色、この女の表情を見てなおコトミネは“美しい”と思っていた。

 

 

『済まない、私ではお前のことを愛せなかった』

 

 

医者からは匙を投げられていつ死んでもおかしくない女にコトミネは謝罪をした。自分のような壊れた人間では、お前を愛することなど出来なかったと。感情など読み取れない鉄皮面でそう告げた。

 

 

『いいえ、貴方は私を愛してくれていました。だって、泣いているんですもの』

 

 

そのコトミネの言葉を女は否定した。貴方は私を愛してくれていた、だから今泣いているのだと。だがコトミネは泣いてなどいなかった。病魔に犯されて死にかけている女の見た幻想だったかもしれないし、もしかすると女からすれば本当にコトミネは泣いていたのかもしれない。

 

 

そうして女はこの世を去った。

 

 

埋葬される女の遺体を見てコトミネが思ったことは、“あぁ、私が殺せばよかった”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妻であった女と死別したコトミネの心中を心配したコトミネの父は英国への転勤を勧めた。下手をすれば逆効果になるかもしれなかったが父からすれば妻であった女の故郷であった英国で心の傷を癒してほしいという気遣いだったのだろう。その事に気づき、特に否定する理由も無かったコトミネはその申し出を受け入れて単身で英国に渡ることになる。英国と言えば魔術師たちの総本山とも言える魔術師協会の本部“時計塔”がある場所。教会と協会は水と油の関係だったことから世話になる教会の司祭からも時計塔には近づくなと警告された。

 

 

その時計塔をコトミネは離れた橋の上から眺めていた。無論理由はない、ただすることがなかったから眺めていただけにすぎない。何をするわけでも無く、時計塔のことを眺めているとーーーーーーーーーーーー

 

 

『駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!』

 

 

背後から、少女の悲痛な声と共に頭部に鋭い痛みが走った。

 

 

後にコトミネはこう語る。

 

 

『あの膝蹴りは世界を狙えるな。それと冬のロンドンの河は寒かったぞ』

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほんっとうに申し訳ございませんでした!!!』

『あぁん?頭が高いぞ?てめぇそれが人様に飛び蹴りかましといて謝る態度かよ』

『イタイイタイイタイ!!これ以上下げたら地面にめり込むって!!』

『何、気にすることはない』

 

 

コトミネの目の前には土下座で頭を下げている少女とその少女の頭を力任せに下げようとしている少年の姿があった。自己紹介はすでに済ませている。少女は奏、歳は十六歳で日本人。少年は宗次、歳は十六歳で日本人。膝蹴りの理由を聞けば、

 

 

暗い顔した男が橋の中程で佇んでいる→これはもしや自殺か!?→ならば止めなければ!!→とりあえず抵抗させないように気絶させよう!!→あ、力加減間違えちゃった♪テヘペロ♪

 

 

とのことらしい。結果としてコトミネは河に飛び込むことになったのだがまぁそれは奏が他人であるコトミネの身を案じてした行動だと割り切ってコトミネは許すことにした。

 

 

『んでコトミネさん・・・・・・だっけ?はどうしてあんな顔してたんだ?あれじゃ自殺者と間違われてもしゃーないぞ』

 

 

奏に罰なのかアームロックを仕掛けながら宗次は訪ねてきた。宗次はコトミネの不安を取り除いてやりたいと思って聞いた訳ではない、ただ“気になったから”という理由で聞いただけだ。コトミネが拒否すれば追求すること無く終わらせるつもりではあった。

 

 

『・・・・・・そうだな、誰かに尋ねれば答えが見つかるやもしれぬな』

 

 

女を亡くしたことで心が弱くなったのか、それとも単なる気紛れか、コトミネは出会ったばかりの少年少女らに自分の胸の内を明かすことにした。

 

 

自分は他人が美しいと感嘆する物や素晴らしいと絶賛するものをそうだとは感じられないずれた人間であることを。

 

妻であった女を亡くした時に思ったことが悲しいではなく自分が殺せばよかったことを。

 

 

長い間語られたコトミネの心中を噛み締めて、宗次は、

 

 

『なぁコトミネさんよぉ、そう思うのはいけないことなのか?』

 

 

まるでコトミネが間違っていないかのようにそう言い切った。

 

 

その言葉の意味を理解できなかったコトミネは呆然として、ようやく飲み込むことができると宗次に向かって怒鳴り散らした。

 

 

人の不幸を喜ぶことなどいけないことだ。

 

それは私の信ずる道においては罰せられるべき悪徳であると。

 

 

その怒声を遮ること無くすべて聞いた宗次は奏に仕掛けていたコブラツイストをアンゼルチンバックブリッカーに移行しながらこう言った。

 

 

『別に人の不幸を喜ぶことなんて悪いことじゃないと思うんだけどよ、人の不幸は蜜の味だなんて言葉もあるくらいだし。それにテレビのドキュメンタリーでよく病気の人がうんたらかんたらやらシングルマザーがどうたらこうたらとかやってるだろう?あれだって他人の不幸が大衆が喜ぶ物だってわかってるから流してるんだよ、実際視聴率そこそこあるらしいし?人間っていうのは人の不幸・・・・・・つまり他の人間が自分よりも劣っている様を見て悦に浸る、そんな考えがあるんだよ。万人を救おうとした善人だって見方変えちまったら劣ってるt奴等救って悦に浸ってるって見れるんだしよ。まぁ長々と説教っぽくなったが俺の言いたいことはコトミネさんのその感性やら考えやらは別に間違っちゃいないさってことさ。いいんじゃないの?そんな人格破綻者の僧侶がいたってさ』

『あ・・・あの・・・・・・宗次さん?いい加減放して貰えるとありがたいのですが・・・・・・』

『あぁん?てめぇこの間もバッグ大事そうに抱えてキョロキョロしてる奴見つけて泥棒だとか言って蹴りかましたばかりじゃねぇか。話しききゃあ重要書類の入ったバッグだからキョドってただけだしよぉ。つー訳で反省の色が見られないからしばらくこのまんまだ!!』

『ギャァァァァァァァ・・・・・・!!』

 

 

今度は四の字固めをかけられてあがる奏の悲鳴をBGMに聞きながらコトミネは宗次の言葉を噛み締めて、心のどこかで安堵していた。

 

 

そう、コトミネは自分が異質があることを理由に他人から拒絶されることを恐れていたのだ。そんな中に宗次という自分を肯定する人物が現れた。

 

 

まぁそこからコトミネの内には複雑な葛藤があったのだが結論を言ってしまえば・・・・・・他人からすれば異質である自分のことをコトミネは受け入れた。

 

 

人の不幸であるからという理由で忌諱していたなんたらの犠牲者が出てくるドキュメンタリーやバッドエンド物の小説をよく見るようになったし、部下の立場に当たるシスターたちにちょっとした無理難題を押し付けておろおろしている様をワイングラス片手に見てニヤニヤしてたりした。

 

 

そして今の自分になる切っ掛けを与えてくれた宗次と奏との交流を重ねた。そこで知ったのは二人は親族すらいない孤児であり、保護者になっている魔術師の勧めから時計塔に通っていること。確かにコトミネの教会と宗次と奏の協会とは水と油、相容れぬ間柄ではあるが今のコトミネからすればそんなことは些末なことだった。

 

 

そうして時間は過ぎて、宗次と奏は友人の間柄から恋人の関係へと変わり、時計塔で納めるべき過程をすべて終えて故郷である日本へと変えることになった。それを知ったコトミネはとある考えを思い付く。

 

 

日本に帰ってきた二人が久しぶりになる町中を歩いていて見つけたのは建設途中の教会、そしめその翌日には折菓子を持ったコトミネが二人の家に現れていた。

 

 

『この度新しく設立されることになった海鳴教会に勤めることになったコトミネ・キレイソンだ』

 

 

まるではとが豆鉄砲を食らったかのように呆けた顔をしていた宗次と奏を見てコトミネは隠すこと無く愉悦面をして宗次から強烈なパンチを貰ったとかなんとか。

 

 

ちなみに宗次と奏が結婚する時の式場に海鳴教会を選んだのは語るまでもない。建てられたばかりで染み一つない無い教会の中で行われる新郎新婦、牧師と一人だけの来客である二人の保護者の魔術師しかいない結婚式であったが宗次と奏は幸せそうで、それを見ていたコトミネと保護者の魔術師の顔には隠しきれない喜びの笑みが浮かべられていた。

 

 

それが今から十一年前の出来事である。

 

 

宗次と奏の門出を見届けて満足したのか保護者の魔術師は老衰でこの世から去り、結婚二年目には待望の第一子であるはやてが産まれたりと、人格破綻者であるコトミネからしてみても二人の人生が順風満帆であることは明らかだった。

 

 

あの日、までは。

 

 

宗次と奏の結婚から七年、今から四年前のある日のこと、コトミネ宛に聖堂教会から一本の連絡があった。内容は【その地に異端者が現れたのでそちらに代行者を送る】とのこと。コトミネからすれば数は少ないが決してあり得ない出来事ではなかった。ここは極東と呼ばれ、魔術師協会と聖堂教会から遠く離れていることを理由に封印指定の魔術師や異端者が現れることは珍しくは無いのだ。事実、コトミネも代行者を退いた身ではあるが海鳴にやって来た死徒を討伐したことがある。

 

 

故にコトミネはその件を了承した。異端者を討伐しろというのではなく代行者を送るということならば拒否する理由にはならない。寧ろ頼みたいくらいである。そうすれば自分達に危害が加わることは無いのだろうとコトミネは判断した。

 

 

その判断が間違いだったとすぐに気づかされることになる。

 

 

教会からの伝達から数日後、コトミネは宗次と奏からはやてを預かっていた。この日は二人の結婚記念日であり、そんな日に旅行くらいしても罰は当たらないだろうと考えたコトミネが二人に一泊二日の旅行をプレゼントしたのだ。何故か足を悪くしたはやてをーーーーーー闇の書が原因であり、はやての身近にいた宗次と奏はそれとなく気づいていたが確実な対処法が見つからないことと現状でそれ以上の被害がないことから対処法を探しながら保留していたーーーーーーひとりにするわけにはいかないと断っていたがコトミネが自分が預かると言ったので受け取り、二人で旅行へと行っていた。帰ってくるのは明日の夜になる予定だ。

 

 

そんな時に、海鳴教会に備え付けられた黒電話が鳴り響く。昼寝をしているはやてを一瞥し、コトミネは電話の受話器を手に取った。

 

 

『もしもし』

『あーーコトーネかーーーーー』

 

 

電波が悪いのか酷く聞き取りづらいがそこから聞こえる声は間違いなく宗次の声だった。

 

 

『宗次か?どうかしたのか?』

『はやーをたのーーー、お前ーーまかーー』

『宗次!?おい!!どうした!!』

 

 

受話器から届く宗次の声にただならぬ気配を感じたコトミネは思わず声を荒げてしまう。寝ているはやてのことなど、この時のコトミネの頭からは消え去っていた。

 

 

『俺ー部屋ーーー書類ーーー、金庫ーーー番ごーーはやーー誕生日ーーーーー』

『コトミーーー、はやてをーーーー』

『宗次!?奏!?おい!!』

 

 

聞き取れたのはそこまで、その先から聞こえてくるのはツーツーと無機質な電話が切れたことを証明する音だけ。

 

 

そしてコトミネは教会から飛び出した。天気は今にも降りだしそうな曇天、しかしそんなことを気にする余裕は今のコトミネには無かった。

 

 

二人の移動経路はコトミネの頭の中に入っている。今の時間帯ならば宿泊地ではなく、そこに向かう途中の山道だろうと予想をつけたコトミネは答えを求めていた頃の鍛練と代行者の激務によって磨き抜かれた身体をフルに使って二人のいるであろう場所に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてコトミネは山道にて二人を見つけた。

 

降りだしそうな曇天だったのは数十分前のことで今ではバケツをひっくり返したような土砂降り。

 

土砂降りに濡れて、アスファルトの上で傷だらけになって倒れている二人の姿と、それを取り囲むようにして立つ代行者たちの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先のことをコトミネは覚えていない。気がついた時には黒鍵に心臓を貫かれ、顔面を拳でヘコまされて物言わぬ骸になった代行者たちの死骸。しばらく目の前の現実が受け入れなれなくて佇んでいたコトミネだったが宗次と奏をそのままにしておく訳にはいかないと二人の遺体を二人の家に運ぶことにした。無論、代行者たちの死骸は放置して。

 

 

宗次と奏の家にたどり着いた頃にはすっかり日も暮れていて、天気が理由なのか幸いなことに人目につくことも無かった。どうして二人が代行者に殺されることになったのか分からなかったがあの電話に宗次の部屋にある書類という言葉があったことを思い出して宗次の部屋に向かう。そして金庫に入れられていた書類を見たとき、二人がなぜ殺されなければならなかったのか、その理由がわかった。

 

 

その書類に書かれているのはこれまでに何度か地球に現れ、その度に魔術師から魔術回路を奪っていく最悪と称された魔術書である闇の書とその対抗策であるサーヴァントの関連性だった。どうやって調べたのかまでは不明だがサーヴァント召喚の際に使用された膨大な魔力は闇の書撃退後に世界に還元されずにそのまま消失していることを数々のデータと共に証明している。そしてその書類の最後には宗次の筆跡で“サーヴァントの魔力”“闇の書に貯蓄?”“根源への到達?”と宗次なりの予想らしき物が書かれていた。

 

 

もしこれが本当だとすれば闇の書の対策としてサーヴァントを呼び出すことは悪手でしかない。恐らく教会はこの書類のことを知り、この書類を処分するために宗次と奏を異端者認定したのだろう。

 

 

そしてーーーーーーこの地に代行者を招いたのは、コトミネ自身に他ならない。

 

 

その事実に気がつき、絶望し、咀嚼し、自分が何をすべきかを決めたコトミネは宗次の書類を教会に隠してから即座に行動に移した。

 

 

まずは宗次と奏の死因について。普通の魔術師らとは違い二人は普通の一般人となんら代わりのない生活をしていた。故に死因の偽造、他殺ではなく事故死扱いにする。

 

続いて教会への報告。送り込まれた代行者たちは異端者によって殺害され、そこに偶々自分が現れて代わりに任務を果たしたと報告する。代行者たちの死骸はすでにこちらで処理したことも忘れずに告げる。

 

そして異端者認定された二人の娘である八神はやて。彼女を代行者に育てることを条件にコトミネが監視兼管理を引き受けた。これで少なくとも見知らぬ魔術師に引き取られて拷問紛いの魔術の修練をさせられることはない。

 

 

宗次と奏はコトミネにはやてを任せると言っていた。代行者たちが現れたことからコトミネと何か繋がりがあることを察していたかもしれないのに、だ。

 

 

だからコトミネは二人の遺言(遺した言葉)に従う。はやてが一人前になるまで自分が見届けることを決めた。そしてその時に宗次と奏の死の真相をはやてに教え、殺されることを覚悟していた。

 

 

二人の命は自分が原因で消されることになった。故に自分の命ははやてに消されることが相応しい。

 

 

だから、コトミネははやて以外に殺される訳にはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーァア!!!」

「ホゥーーーーーーまだ生きようとするか、コトミネよ」

 

 

自分の命をまだ終わらせる訳にはいかないと思い出したコトミネの行いをアサシンのマスターであるウォルゲンは興味深そうに見届けた。

 

 

アサシンの宝具によって潰された心臓。心臓がなければ生物は生きることが出来ないーーーーーーーーーーーーならば、無くなった心臓を別の物で代用すれば良い。そう考えたコトミネがしたことは時雨から渡されていた魔力の込められた大粒の宝石を()()()()()なっ()()()()()()()()()()()だっ()た。()

 

 

それは治療とは言いがたい行為、ただ欠けた部位を別の物で塞いだだけの処置に過ぎない。しかし、少なくとも心臓が潰れたことで訪れる死は回避できる。心臓の鼓動は無くなってしまったが血液は心臓があった頃と変わりなく巡っている。

 

 

「そこまでして生き延びたいか、コトミネ」

「何、この命をくれてやる相手は決まっているのでな。貴様のような下衆な輩にくれてやるわけにはいかんのだよ」

「呵呵っ!!死人がホザきよるわい!!アサシン、慈悲をくれてやれ」

「ーーーーーー御意」

 

 

ウォルゲンの指示に従いアサシンは無動作(ノーモーション)で短刀を撃つ。狙われる箇所は眉間膵臓横隔膜(急所三点)。まったくの同時、一息で放たれた紫電に対抗する術をコトミネは持たない。心臓を宝石で代用したとはいえそれは死んでいた身体を無理矢理に生かすためにした行為であって身体能力の強化などはまったく勘定には入っていない。いまだにコトミネは死にかけたままである。

 

 

しかし、コトミネは己を殺すべく放たれた紫電を目の前にしても生を諦めてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この命ははやての為に。

 

それが親友である宗次と奏を殺した私の罰。

 

この罪の精算が終らぬ内にはーーーーーー死ぬことなど、出来ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺される為に生きるという歪みきった生への渇望。

 

今のコトミネを支配するのはその渇望のみ。

 

眉間膵臓横隔膜(急所三点)へと向かってくる短刀三本を死の間際故の感覚なのかゆっくりと、それでいて回避行動すら取れずに自分を殺す必殺を眺めーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その魂、ちょ~~~~っと待った。しばらく、しぃ~ばぁ~らぁ~くぅ~』

 

 

この場ににつかわない、能天気な声がコトミネを殺す必殺を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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