「■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
爆音、それも吐き気を催すような叫びが洞窟内に響き渡り鼓膜を叩く。叫びをあげているのは私たちの主である八神時雨
しかし、今の彼はなんだ?肌は青を通り越して白く、黒かったはずの眼は爬虫類を思わせるような冷たい金。歯を剥き出しにした口から唾液が垂れ流されている。そこには私たちが惹かれた時雨の面影など欠片も残っていなかった。
「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
時雨だった者が群がる化け物たちを目障りだと言わんばかりに凪ぎ払う。残っていた左腕から打ち下ろされた振り下ろしは直撃した化け物を霧散させ、当たらずともその余波だけで化け物を吹き飛ばした。
「
意図してか、無意識にか、どちらかはわからないが出来た空白の瞬間、それは何もなかった虚空から一本の剣を掴んでいた。その剣は刀身から柄に至るまで全てが黒く染められていて、引かれた赤いラインが血管のように脈打っている。そして私はその剣に見覚えがあった。何故ならそれはサーヴァントのセイバーが振るっていた剣、カードを使っている今ならば私も使うことができる神造兵器ーーーーーーーーーーーー
「■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!」
剣から漆黒の閃光が燃え盛る。離れたここから感じられる魔力の余波は個人が使えるレベルを遥かに越えている。それを前にしても化け物は歩みを止めない。効かないと高を括っているのか、それともあれを危険だと感じられる程の知性がないのか。
「リニス!!」
「ッ!!はい!!」
あれの恐ろしさに気づけた私たちは咄嗟に全方位に全力の障壁を張り巡らせる。魔力の変換効率などは欠片も考えずにただ強固になることだけを考えながら。
「■■■■■《穢愚図》ーーーーーーーーーーーー」
剣から放たれる魔力は暴風、それを左腕のみで押さえ込み、
「■■■■《餓理婆亜》!!!!!!!!!!!!!!!!」
剣を地面にへと突き立てた。そして私たちの視界は黒く染められた。
「ーーーーーー生きているか、リニス」
「えぇ生きていますよ。まさかあれだけ溜め込んだ魔力を地面に向かって放って爆発で周囲を一掃するとは・・・・・・少しでも障壁が緩かったら死んでいましたね」
「余波であれだけの威力なのだ・・・・・・直接は食らいたくはないな」
回復した視界に写るのは先程よりも深さを増した擂り鉢状の穴、そしてその中心にいる時雨だった存在。辺り一面に群がっていてなお余るほどいたはずの化け物は一匹も残らずに消えていた。あの化け物が放つ耳障りな声が無くなっていることが証拠になるだろう。
「・・・・・・リニス、【アレ】は本当に時雨なんだな?」
「えぇ・・・・・・信じたく無いかもしれませんけど。私だって信じたくないですよ・・・・・・でも、時雨と結ばれているはずの魔力のラインがあれに結ばれているんです。シグナムだって時雨との繋がりがあるのだから分かるでしょう?間違いなくあれは時雨
「そう、か・・・・・・」
リニスの言う通りに、私とザフィーラの主は時雨で、彼とはラインが繋がっているので例え別の誰かが変装していたとしても本人かどうか見極めることができる。そしてその結果ーーーーーー【アレ】は間違いなく時雨だと分かってしまった。
「はぁ・・・・・・選ばなくてはならないですね」
「・・・・・・どうしようも無いのか?」
「さっきの攻撃の影響で通信も転移も発動しません。外部との連絡は不可能。そして時雨が元に戻る可能性があるかどうか不明。コトミネたちがいればどうにかなったかもしれませんが【アレ】を無力化して地球まで連れていくことは危険、それ以前にそんな加減ができるような相手じゃないことはシグナムだって分かっているはずです。だから私たちが選べる選択肢は二つ。一つはこのまま逃げて地球に戻りこのことを報告すること。もう一つはーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーー我々の手で、彼を、殺す」
言ってはならないことを口にしてしまう。【アレ】はこちらから手を出さなければこの世界で永遠にあの化け物を相手に暴れているのだろう。しかしそうなれば遅かれ早かれ管理局が【アレ】の存在に気がつき、期限だと判断されて・・・・・・【処分】されるだろう。そうなる前に、私たちの手で彼を楽にしてやる・・・・・・危篤に陥った重症患者に安楽死を与えるような物だ。そもそも私たちには彼のことを見捨てるか、殺すかの二つしか残されていない。助けたい、とは思っている。しかし私たちにはその手段がない。
何を選ばなければならないか、何てことはすでに頭では分かっているのだ。見捨てるくらいなら、この手でーーーーーーーーーーーーしかし、心がその判断を否定する。時雨はまだ生きている、見捨てることも殺すこともしたくないと。
手が震える
足が竦む
体が固まる
そんなことをすると考えただけで、私は動くことができなかった。しかしリニスはーーーーーー
「さてっと」
鎖で繋がれた短刀を手に取り、覚悟を決めていた。
「リニス・・・・・・」
「シグナム・・・・・・私は時雨と使い魔のラインで繋がっているから分かるんです・・・・・・
「ーーーーーーまて、主である時雨が死んだら使い魔のお前は」
「消える、でしょうね。まぁ消える前に新しく契約を結べばそれは避けられるのでしょうが・・・・・・そんなことはしません」
「どうして・・・・・・」
「だって、時雨ってば一人で何でも出来るクセに、すっごい寂しがり屋なんですよ。一人で逝くなんてことになったら寂しさから泣いてしまうかもしれません。だから、私が着いて逝ってあげるんです。そうすれば時雨は泣かなくて済むでしょう?」
そう言いきったリニスの顔には眼帯で隠されているとはいえど、死ぬ覚悟をした者の顔とは思えない程に綺麗な笑みを浮かべていた。
ーーーーーーあぁ、私は何をしているのだ?リニスが覚悟を決めたというのに私一人だけ駄々をこねて、まるでガキのようではないか。
体から固さが抜ける
足は思うように動く
手の震えなど、いつの間にか止まっていた
「だからシグナムは帰っても良いですよ。誰もシグナムのことを責めたりなんてしないでしょうから」
「いや、覚悟は定まった。我らで時雨に引導を渡そう」
「・・・・・・いいんですか?」
「覚悟は定まったと言っただろう?それに私だって時雨のあんな姿を見たくも見せたくも無いのは同じだ。それならば、せめてこの手で、彼にあんな捩れ曲がった物ではなく、綺麗な終わりを迎えさせてあげたい」
「・・・・・・はぁ、シグナムも馬鹿ですね。折角私一人で主殺しだなんていう不名誉を承ろうとしていたのに」
「何、家族とは一蓮托生なのだろう?」
「ーーーーーーあぁ、そうでしたね。時雨が見ていたら喜んでいたでしょうに」
あぁ、きっと喜んでいたに違いないと、心の中で思うだけに留めて剣を握る。それはレヴァンティンではない。私の愛剣とはいえど、【アレ】を相手にするのには荷が重すぎる。故に使うのはさっきあれが使っていたのと同じ剣。元はきらびやかな装飾の着いた名剣であったのだろうがすべてを黒く染められそれは台無しになっている。それでも、この剣の本質は失われていない。
「ーーーーーー着いてこれるか」
「ーーーーーー冗談、そちらこそ遅れないでください」
気軽に叩ける軽口はこれで最後。それだけを交わして私たちは穴にいる時雨だった存在目掛けて向かっていった。
堕ちた聖剣を使った影響か動きを止めていた【ソレ】は向かってくる敵意に過剰に反応し、休息を求める体を無視して敵意がやって来る方向を見た。
「ハァァア!!!!」
やって来たのはシグナム、手には同じ堕ちた聖剣が握られていて躊躇うこと無く【ソレ】目掛けて堕ちた聖剣を振るう。
「ーーーーーー」
過剰に反応したが故に行動に余裕の持てた【ソレ】は避けるのではなく、自身の持つ堕ちた聖剣でその一撃を受けることを選んだ。そして堕ちた聖剣同士がぶつかり合いーーーーーー【ソレ】の持つ聖剣だけが砕け散った。なに、それは別段驚くべきことではない。シグナムが持つ聖剣はまさにアーサー王が持っていた勝利を約束する剣と存在までもが同一の物。それに対して【ソレ】が持つ聖剣は投影魔術によって編まれた限り無く真作に迫る贋作でしかない。加えて【ソレ】には真作が何故作られたのかを知ろうとする意思もなかった。故に十全に真作を扱えるシグナムと形性能だけを真似ただけの贋作を振るう【ソレ】では贋作が負けるのは真理である。しかし【ソレ】は慌てることはなかった。そも【ソレ】に慌てるという感情は無く、堕ちた聖剣でさえ【ソレ】からすれば使い捨ての効く道具でしか無かったのだから。【ソレ】が使った堕ちた聖剣は砕けたがシグナムの堕ちた聖剣を剃らすという役割は十分に果たした。そして行動を終えたことで生じてしまう間を狙い、シグナムに目掛けて新たな道具を突き出す。それを実行しようとした時ーーーーーー
「オラァ!!」
横合いから痛烈な蹴りを受けた。反応できなかった【ソレ】はそれをまともに受けてしまい、その隙にシグナムは距離をとる。【ソレ】は横合いから現れた新手に気づいていなかった訳ではない、寧ろシグナムが向かってきた瞬間からもう一つの存在には気がついていた。それでいて反応できなかった理由ーーーーーーそれは新手が【ソレ】よりも速く行動したからというシンプルな物だった。
【ソレ】は蹴りを受けたことで上半身だけを倒した状態で己に蹴りを見舞った不届き者に視線を向ける。そのもう一人の正体はリニス。まるで獣のように四つん這いで身を低く姿勢から【ソレ】のことを睨み付けーーーーーー装着されていた眼帯を戸惑うこと無く投げ捨てた。
リニスの双眼が露になった瞬間に【ソレ】が感じたのは重力が数倍になったかのようなまとわりつくような重たい感覚。リニスの眼帯によって封印されていたのは視界に入れただけでその対象を石に変えるという石化の魔眼。【ソレ】は石に変わることは無かったがその副次作用として全ステータスが1ランク強制的に下げられている。
そこから始まるのは蹂躙とも言っても良い一方的な展開だった。シグナムが恐れること無く斬りかかり、無手では対応しきれないと【ソレ】が判断して新しい道具を
「■■■ーーーーーー」
【ソレ】は二人のコンビネーションに圧倒されて一方的に攻められていることを苛立たしく思ったのか低く唸った。それはそうだろう、一方的に攻められて喜ぶことが出来るのは
「■■■■■■■ーーーーーー■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「「ッ!?」」
この状況を打破するために【ソレ】が行ったのはーーーーーー自傷行為、左手で自らの首を掻き毟って血管に傷をつけて血を噴き出させた。【ソレ】の首から流れる血の色は赤ではなく黒、そして流れ出した血は【ソレ】の足元に血溜まりを作りーーーーーー
「
血溜まりから、無数の武器が飛び出してきた。武器の種類は剣槍弓根丈etc etc・・・・・・形状や用途だけではなく時代さえも統一されていない武器の出現にシグナムとリニスは身を守る為に距離を取ってしまう。そしてその距離を取った一瞬の隙を突き、【ソレ】は血溜まりから飛び出してきた内の一本の剣を手に取った。
その剣は刀身から柄に至るまで全てが黒に染められていた。そう、それは始めに【ソレ】が化け物を殲滅するために使い、シグナムとの打ち合いで砕かれた堕ちた聖剣だった。
「■■ーーーーーー■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
漆黒の閃光が灼熱する。それはすべてを例外無く切断する絶対の光、放たれればシグナムとリニスには防ぐ手縦はない。いや、シグナムの持つ堕ちた聖剣を使えば相殺することは出来るのかもしれないだろう。しかしその聖剣は絶大な力を振るうために溜めを要した。そして先に溜めを始めたのは【ソレ】の方が早い。つまりは今から溜めをしたところで【ソレ】が聖剣を振るう方が圧倒的に早い。
「ーーーーーーシグナム」
吹き荒れる魔力の嵐の中でシグナムはリニスが自分の名を呼ぶのが聞こえた。
「何があっても、私の後ろを着いてきてください。私が貴女の道を作ります」
そしてリニスは手にしていた短刀を躊躇うこと無く自分の首にへと突き刺した。
「リニス!?」
リニスの行動の意図が掴めずにシグナムは困惑する。確かにいきなり目の前で自傷行為をされれば慌てるのも無理は無い。しかしリニスはただ自棄になって自傷行為をしたわけでは無かった。
リニスの首から流れ出す血が地面に向かわずに空中で陣を作る。そしてそこに集まる魔力は【ソレ】の聖剣には届かない物の膨大な物であった。
「
「
【ソレ】とリニスが叫ぶ。それは物語に登場する英雄たちのシンボルとも言える宝具と名付けられた神秘。今は堕ちたアーサー王が振るった聖剣が、神によって運命を狂わされた
「ーーーーーー
「ーーーーーー
リニスは一筋の閃光へとなり、【ソレ】が放つ聖剣の闇に飲み込まれた。
「(これはーーーーーーキツいですね)」
堕ちた聖剣の闇に飲み込まれてなお、リニスは存命していた。じわりじわりと聖剣の闇の本流に逆らいながら前に進んでいる物の圧されていることは誰の目から見ても明らかだった。そもそもリニスが使った
故に、リニスの宝具では【ソレ】の宝具には届かない。闇に飲み込まれて跡形も無く消滅する未来は確定事項として決められたことだ。
ーーーーーーしかし、負けることは決まったとしても、決して抗えない訳ではない。
「ーーーーーーァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶対の闇の中で、リニスは進む。保有する魔力を、時雨が貯めていた宝石の魔力を、そして自身を構築している魔力をすべて推進力に代え、闇を切り裂く閃光となって【ソレ】に迫る。
7m、
6m、
5m、
闇の本流に逆らいながら進むことは容易いことではなく、体感時間では永遠に等しいような瞬間を味わいながらリニスは迫る。そして、【ソレ】との距離が僅か3mにまで縮まった時ーーーーーー
「後は任せましたよーーーーーーシグナム」
「ーーーーーーあぁ、任された」
リニスの背後から影が闇の本流から飛び出して現れた。その正体はシグナム。彼女は
「ーーーーーー決めてください、シグナム」
最後にその言葉を残して、リニスは闇に飲み込まれて見えなくなった。それもその筈、対軍宝具で対城宝具にここまで抗えたことが奇跡なのだ。そしてリニスは力尽きた。
「リニス・・・・・・ッ!!
その言葉を受け止めたシグナムは涙を流しながらも、眼下で無防備でいる【ソレ】に目掛け、
「ーーーーーーー
聖剣を振り下ろした。頭部から入っていった聖剣は【ソレ】の体を切り裂きながら右脇腹から抜けていく。
「■■ーーーーーー■■■ーーーーーーーーーーーー」
頭部半分に加えて事実上体の半分を失った【ソレ】は力尽きたのか二、三歩たたらを踏みながら後退しーーーーーー仰向けに倒れた。
「あぁーーーーーーあぁぁぁぁぁ・・・・・・!!」
苦戦の末にようやく勝利を掴んだシグナムは喜ぶことのではなく、顔を涙でグシャグシャにしながら膝をつき顔を手で覆った。それはそうだ。この戦いで彼女が獲られたものは何もなく、失ったものが大きすぎるから。
リニスからの指示だったとはいえ彼女を見捨てるような真似をした。
堕ちてしまったとはいえ主である時雨をこの手で切り殺した。
剣から伝わった時雨を切り殺した時の感触はシグナムの手に残っている。カードの効果も切れたのか堕ちた聖剣は無くなっていて代わりにあるのは騎士の絵が描かれているカードが一枚。ここにいるのは闇の書の騎士などではなく、自分のしたことに後悔して泣いているただの女だった。
だが、まだ終わらない。
「■■、■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
死んだと思われていた【ソレ】だったが元々生きていたのか、それとも息を吹き替えしたのかは定かではないが再び起き上がったのだ。上半身の半分を失っていまだに生きているその生存力には呆れるしかない。
そして【ソレ】が起き上がったことを知ったシグナムは涙を流しながらも【ソレ】のことを睨み付けた。リニスが命を賭けてまでも自分に任せたと言ってきたのだ。それならば自分も命に代えてでも倒さなければならない。
しかし、今のシグナムには打つ手がない。素のシグナムで行ったところで瞬殺されることは明らか、英雄のカードを使ったとしても【ソレ】を殺すには届かない。
万事休す、絶体絶命かーーーーーーーーーーーーいや、まだ手はある。
シグナムは自分の右腕に巻き付けられている赤い布に目を向けた。シグナムの力では【アレ】を倒すのには至らない。ならば時雨の力を使えることが出来れば【アレ】を打倒することが出来るのではないか?布に手が伸びそうになるがコトミネから言われた言葉と以前に緩めただけで【闇】に飲まれそうになったことを思い出して手が止まる。
コトミネは言った、この腕は時限爆弾だと。この布を外せば彼の力を得られるがその果てにあるのは避けようのない終わりだと。
布を緩めた時に見た、あの自分を溶かす【闇】を。緩めた程度であれなのだ、もしも完全に外したのならば時限爆弾の爆発を待つまでもなくシグナムという存在は【闇】に溶かされて消えるだろう。
避けられない終わりとその前に訪れるだろう恐怖を想像してシグナムの手は止まった。しかし眼前に立つ【ソレ】をーーーーーーーーーーーー堕ちた時雨の姿を見て、時雨は笑った。
「時雨・・・・・・貴方は怒るかもしれません。でも私も、貴方がやって来たように、自分を犠牲にしてでも自分の大切な者を守りたいと思っています。そんな狂ってしまった貴方は貴方ではない。だからーーーーーーーごめんなさい」
そう謝罪をしたシグナムはーーーーーーー腕に巻き付けられている布を一気に取り払った。