調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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Ⅲ 探索

 

 

夜になり、月が昇る。時雨がいなくなってから四日目の夜の8時。いよいよ、時雨の捜索が始まるのだ。

 

 

「ーーーーーー皆、準備は良いですか?」

 

 

カードを使い、髪が伸びて眼帯をしたリニスが私とザフィーラとシャマルに声をかけてきた。それに私たちは声を出すこと無く首を振ることで肯定の意を見せる。

 

 

「私たちの目的は時雨の発見と連れて帰ることです。よって二手に別れて行動します。私とシグナムで前回逃げた世界を、シャマルとザフィーラでその世界の周辺の世界を調べてください。もしかすると他の世界に逃げているのかもしれないので」

「分かった」

「了解した」

「分かったわ」

 

 

もちろんリニスだけでなく私たちもカードを使い、それぞれが英雄の力を宿している。備えあれば憂いなし、何が起こるか分からないからこそ初めから何があってもいいように用意しておいて損はない。もし何事もなく上手くいけばそれはそれで笑い話になるだろう。

 

 

「それでは、行きますよ」

「「「応!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は代わり、ここは戦艦アースラ。そこでは管理局員たちが忙しそうに走り回りながら海鳴全域に捜査の網を張り巡らせて闇の書の騎士たちとその主である時雨のことを探し回っていた。闇の書側に立つもの達との勢力の差は魔術師たちが連れてきたサーヴァントたちを合わせても互角ーーーーーーいや、希望的な願望が入ってしまった、圧されている。しかしそれでも管理局員たちは諦めることはしない。各々が信じた正義を貫くために誰もが不眠不休で捜査を続けていた。

 

 

しかしどれだけ探しても姿は愚か魔力の残滓すら見つけることができない。それもその筈、闇の書側に立っているサーヴァントは神代の時代に生きた魔術師であるキャスターとルーンを納めたことでキャスターの適性も備えているランサー。そこに封印指定を受け、結界魔術ならば魔法の領域にも届きうると言われた荒耶宗蓮が加わっているのだ。彼らが本気を出して隠れることを選んだのならば見つけることは容易いことではない。

 

 

「ーーーーーーもう一度データを洗い直せ!!ほんの僅かでも不自然に感じたのならそれを徹底的に調べろ!!」

「「「「「はいっ!!!」」」」」

 

 

そんな局員たちの指揮をとっているのは執務官であるクロノ・ハラオウン。中性的な顔付きだった彼だったがその顔はやつれ、目元には大きなくまが出来ている。誰がどう見ても休んでいないことは明らかだった。他の局員たちはクロノとリンディからの指示でローテーションを組んで僅かながらにも休憩の時間が与えられている。しかしクロノはその僅かな休憩の時間すらも惜しいと言わんばかりに鬼気迫る雰囲気でデータに目を向けて、局員たちに指示を飛ばしていた。

 

 

「クロノ君、私も手伝うよ!!」

 

 

そんなクロノの手助けをしたいと申し出たのは高町なのはだった。何も出来ないのは辛いから、せめて何かを手伝いたいという心境からクロノに申し出たのだったが、

 

 

「いい。君に手伝えることは何もない」

 

 

クロノから返ってきたのは冷たい反応だった。事実、この場面でなのはが出来ることなど何もない。なのははこの空間に浮かんでいる情報を多少なら理解できるだろうがそれだけだ。この場にいるのはスペシャリストとまではいかないがその筋のベテランたち、そんな中に半端者が加われば足を引っ張ることは目に見えている。今のなのはの領分はこうした裏方役ではなく戦闘にあるのだ。闇の書の騎士たちと他の魔導師たちと互角に対抗できる数少ない貴重な戦力、それならばこんなことで疲れてもらうよりも来るべき時に備えて休んでもらった方が良い。それがクロノの下した判断だった。

 

 

「そう・・・なの・・・・・・」

 

 

クロノから返ってきたーーーーーーそれもなのはに顔を向けずにーーーーーー返事を聞いたなのはは落ち込んだ雰囲気を浮かべながら部屋から出ていった。そしてなのはと入れ替わるようにして部屋にやって来たのは両手にカップを持った藤峰アリスだった。

 

 

「ホイ、差し入れ。なのはが落ち込んでたけど何か言ったのか?」

「ありがとう。手伝いたいと言われたから要らないと言っただけだ。なのはが手伝って足を引っ張ることは目に見えて分かっていたからな」

「あ~事実だとしてもキツい言い方だな、もう少し優しく言えなかったのか?」

「そんな暇は無いからな」

 

 

なのはとクロノの心境を何となく察していたアリスはどちらも間違っていないと思い、軽くクロノを諭した程度で終わらせた。もしこれを偽善に酔っている奴が見ていたらクロノのことを一方的に悪に仕立てて攻め立てていただろう。クロノがアリスから渡されたカップに口をつける。中身はカフェオレだった。砂糖が多目に使ってあるらしく、疲れた体に糖分が染み渡っていく。

 

 

「まぁそうだよなぁ。向こうは一致団結しての一枚岩なのにこっちは内部分裂しまくってるもんな」

「まったく・・・あの馬鹿は・・・・・・」

 

 

頭にやって来た鈍い痛みを抑えるためにクロノはデータから目を話して手で頭を押さえる。アリスが言った通りにこちらは色々と酷い状態だ。大多数の局員たちはぶれていないのだがそれでも少数が何かと反発している。

 

 

まずはアルフ。彼女は酷かった。あの場に突然現れた化け物の駆逐が終わるや否や相井神悟に殴りかかった。気持ちは分からないでもない、惚れた相手が殺されかけたとなればその心中は穏やかではないだろう。周りの制止を振り切りながら神悟を殴っていたアルフだったがやって来たプレシアの手によって気絶させられた。プレシアの判断は正しかったと思われる、もしあの場を強引にでも止めていなければアルフは神悟のことを殴り殺していたであろう。そうしてしばらくして目を覚ましたアルフは管理局には手を貸さないと言い出した。

 

 

「あたしは時雨を捕まえるために手を貸したんだ。それなのに時雨が殺されかけた。例え裁判で死刑やそれに近い判決が出たならまだあたしは納得できる。でも話も聞かずに殺すだなんて認めた覚えはない。そんな横暴が許される組織なら、消えてなくなってしまえ」

 

 

とはアルフの言だ。それを言った後はもう話すことなど無いと黙ってしまったので話が続かなかったがクロノとリンディはアルフの心境を分かっていたので深くは追求しなかった。クロノの姉であるシリア・ハラオウンはアルフの態度が勘に触ったのか今すぐ本局に送り返して処分するべきだと言い出したがリンディと現れたプレシアの手によって物理的に黙らされていた。そしてアルフには無期限の謹慎が言い渡された。今のアルフに必要なのは時間だ。フェイトやプレシアはそれが分かっているのかアルフに何も言わないがなのははアルフの部屋を訪れて話そうとする姿が何度も目撃されている。その度にアリスやフェイトに引きずられている姿も目撃されているのだが。

 

 

そして相井神悟。彼がしたことは犯罪でしかない。幸いと言って良いのか時雨は死ぬことは無かったが一歩間違えば、相手が時雨でなければ死んでいてもおかしくは無かったのだ。何故こんなことをしたかと聞けば、

 

 

「あいつは犯罪者だ、犯罪者は悪なんだ。悪はいるだけで周りに影響を与える。だからだ」

 

 

狂っているとしか思えなかった。ただ犯罪者(あく)であるからという理由だけで更正の機会も与えずに殺そうと決める。しかもそれを本人は一切間違っていないと信じきっているのだから尚の事質が悪い。時空管理局では殺人は認められていない。犯罪者を捕らえて、裁判を受けさせ、その罪を償わせる。その為に非殺傷魔法を使わせているというのにだ。無論神悟と彼がどこからか連れてきた少女たち四人はデバイスを没収した上で監視付きの拘束をしている。ここでもやはりと言うべきか、シリアが反論してきたが二番漸次の光景のようにプレシアとリンディの手によって物理的に黙らされていた。

 

 

その事を思い出して頭痛が強くなった気がする。それをカフェオレを口に含んで甘さを感じることで誤魔化そうとする・・・・・・が紛れなかった。気のせいではないらしい。

 

 

「犯罪者絶対殺すマンだよなあの馬鹿は。どうすればあんなんになれるのやら」

「しかも彼には信念が感じられない。正義というのは人それぞれ、十人十色で形があるものなんだ。それなのに彼の正義は・・・・・・なんというか借りた物を自分の物のように胸を張っているようにしか見えない」

「あ~他人から聞いた正義を深く考えもせずに我が物顔で使ってる感じ?」

「そうだ。時雨のように例え間違っていると気づいていながらもそれを通す様は少数ながらも人を惹き付ける輝きがあるんだ。それなのに彼の正義は安っぽい、軽い、脆い、そんな張りぼてに惹かれて集まるのも」

「安っぽくて軽くて脆い正義を掲げた連中だよな」

「その通りだ」

 

 

クロノはそう言い切るとカフェオレを一気に飲み干して空になったカップをアリスに渡した。

 

 

「御馳走様、いい息抜きになったよ」

「そりゃあ持ってきた甲斐があるってもんだ。見つかりそうか?」

「絶対に見つけてやるとも」

 

 

そう言ってクロノが再びデータに没頭しようとするとーーーーーーーーーーーーアースラ全体に警報が鳴り響いた。

 

 

「何があった!?」

「じ、次元震に匹敵する魔力反応をキャッチしました!!」

「嘘だろ!?」

 

 

局員の一人から告げられた言葉にアリスは思わず嘘であってほしいと口にしてしまう。次元震ーーーーーーそれはその名の通り時空規模で起こる地震のような物。下手をすればその時空が丸ごと消滅する危険も孕んでいる災害のようなものだ。過去に地球でもジュエルシードが原因で小規模の次元震が起こりかけたことがある。

 

 

「発生源の特定は出来たのか!?」

「今しています!!発生源は・・・・・・管理外世界です!!その世界には生命はいないはずです!!」

 

 

局員からの報告にクロノは少し安堵した。管理外世界とは言えど管理局が管理するべき世界なのかどうか調査するのである程度ならばデータはあるのだ。少なくともその世界の生命体を心配する必要は無い。

 

 

「ッ!?再び次元震規模の魔力反応です!!」

 

 

しかしそれも局員からの報告で消えることになる。短時間に二度も次元震規模の魔力反応、それは自然に発生した物ではなく何かの要因があって発生したことは誰の目から見ても明らかである。その要因を何とかしなければその世界は崩壊、最悪他の世界にまで影響を及ぼすことになる。

 

 

「また次元震規模の魔力反応です!!」

「三度目か!!サーチャーは飛ばせるか!?」

「飛ばしてあります!!・・・・・・・・・映像、来ます!!」

 

 

原因を探るべくサーチャーが飛ばされ、その世界の風景をモニターに写し出した。次元震規模の魔力の影響かサーチャーから送られてくる映像は粗い物だがそんな贅沢は言ってられない。

 

 

「これはーーーーーーーーーーーー」

 

 

サーチャーから送られた映像を見てクロノは言葉を失った。いやクロノだけではない、この映像を見た全員が言葉を失っている。サーチャーから送られた映像にはーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがそうか・・・・・・」

「えぇ、シグナムは気絶していたから知らないとは思いますがここが私たちが逃げてきた世界です」

 

 

リニスによって連れて行かれた世界は一面を石に覆われた殺風景な場所・・・・・・もったいぶらずに言ってしまえば洞窟だった。しかし洞窟と言っても狭いものではなく、小規模の町であるならすっぽりと入ってしまいそうな程の広さと高さがある。閉鎖された空間なはずなのに妙な解放感があった。

 

 

「洞窟なのに明るいな」

「前に来たときには気づきませんでしたがここの鉱石が光源になっているみたいですね」

 

 

確かにリニスが言った通りに洞窟の石が僅かながらにも光を放っている。それは洞窟全体を照らすには物足りないが視界を確保するのには十分な光量だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!!」」

 

 

何か時雨の手がかりは無いかと洞窟内を探索している時に奥から聞こえてきたのはまるで地獄の底から響いているのではないかと思ってしまうほどにおぞましい音。咄嗟にリニスと背中合わせになり、前後左右を警戒する。

 

 

「・・・・・・聞こえたか、今の」

「えぇ・・・奥からでしたね」

 

 

洞窟の奥は今私が向いている方向、そちらに目を凝らして見るが音の正体を見ることは出来ない。どうやら黙視できない程の距離が空いているようだ。

 

 

「ッ!?シグナム!!」

 

 

何か見えないかと注視しているところにリニスが焦ったような声をあげ、突然私の首根っこを持って空を飛んだ。上に持ち上げられたことで首がしまり、飛行魔法を使ってから文句の一つでも言おうかと思ったのだが視界に入ってきた物を確認して辞めた。

 

 

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

 

 

現れたのはあの夜に【影】と共に現れた化け物、それが今群れをなして洞窟の奥にへと向かっていた。

 

 

「・・・どうやら私たちには気づいていないみたいですね」

「それは私たちなど気にしていないということか・・・・・・」

「それとも奥に私たちよりも優先順位の高い物があるか、ですね」

「どうする、追いかけるか?それとも退くか?」

「・・・・・・追いかけましょう。幸いなことにあの【影】はいないみたいです。それにあれの目的は時雨なのかもしれません。【影】が現れたら速攻で退避、時雨を見つけたら引っ張って引きずってでも逃げましょう」

「分かった」

 

 

化け物に気づかれないように念には念を入れて、私たちは洞窟の天井すれすれを飛びながら化け物の後を追い、洞窟の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーこれ、は」

「そんな・・・・・・ッ!!」

 

 

洞窟の奥にあったのは更に広い空間だった。今までも広い空間だったがここは桁が違う。地面は擂り鉢状にヘコんだ穴があり、上は目を凝らさなければ天井が見えないほどに高い。何も知らされずにここに連れてこられていたなら外かと見間違う程に広い空間。しかし今の私たちにとってそんなことはどうでもよかった。

 

 

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

「■■■■■ッ!!」

 

 

穴に群がるのは地面を埋め尽くしてなお余るほどに膨大な化け物の集団。飛んでいる私たちに一切目を向けることなく、穴の中央に我先にと向かっている。

 

 

化け物の目的は恐らくあの穴の中央にいる存在なのだろう。砕かれ、斬られ、凪ぎ払われても鈍ることなく歩みを続けている。

 

 

そしてその穴にいたのはーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時雨・・・・・・ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての面影など欠片も残っていない、私たちの主の姿だった。

 

 


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