調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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第弐拾弐幕 約束された勝利の剣

 

 

夜空を駆ける一条の光が合った。それを見ていた人は流れ星だと指を指したがその光が急激な方向転換、下降、上昇を繰り返すことからUFOだと持っている携帯電話で夢中になって撮影している。しかしその光の正体は流れ星でも、ましてやUFOでもなかった。光の正体は幻想の存在とされている翼を生やした馬【天馬(ペガサス)】。その天馬(ペガサス)は上昇と下降を繰り返して地面に這いつくばっている存在に向けて突進をしていた。無論それは天馬(ペガサス)の意思ではない。天馬(ペガサス)に股がる一人の女性、(ネロ)の意思によってだ。

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 

おおよそ人があげるとは思えないような獣じみた咆哮、それと共に天馬(ペガサス)は大気を切り裂き、地面を抉り、瓦礫を粉砕する。(ネロ)が主に攻撃しているのは青いドレスを着たセイバー(てき)と赤い外套を纏ったアーチャー(てき)。マスターである三人の魔術師はまったくのスルー状態である。

 

 

それにはもちろん理由があった。目の前には手強い敵と一目で見て脆弱で自分に害を成すことができないとわかる敵がいる。ならばどちらを先に倒すか?余程の愚者か弱者をいたぶることを好む者でもない限り前者を先に倒すと判断するだろう。今の彼女にとって魔術師たちは後者同然であった。

 

 

時雨が切り札として(ネロ)に渡したのは自身も使っているカード【騎兵・ゴーゴンの三女】。そのカードに宿しているのはギリシャ神話に出てくる怪物メデューサそのもの。それによって彼女はこの一時サーヴァントと同じ神秘の存在となっている。故に、魔法使い(きせきのにないて)か超一流の魔術師でもない限り彼女を阻むことはできない。

 

 

「ーーーーーーーくっ!!」

「ーーーーーーーチィ」

 

 

セイバーとアーチャーが何度目かになる天馬(ペガサス)の突進を避け、忌々しそうに顔を歪めた。(ネロ)の攻撃は単純極まりないただの体当たり、しかし彼女が乗る天馬(ペガサス)のせいでそれが最悪の攻撃方法になっていた。セイバーとアーチャーが押されている理由、それは速度である。天馬(ペガサス)に乗る(ネロ)の速度は時速に換算すれば実に400kmほど。彼らの持つ【直感】と【心眼(真)】による先読みが成立していなければとっくの昔に彼らは天馬(ペガサス)の突進によって死んでいただろう。

 

 

しかしそれだけ。例え避けることが出来たとしても閃光と見間違うほどの速度で移動し、攻撃してくる(ネロ)を迎撃する手段がない。いや、あることにはあるのだがそれは余りに威力が大きすぎた。

 

 

「どうにかならんのか!!セイバー!!」

「かつてライダーを倒したときには宝具を使った・・・・・・その時は高層ビルの上だったが今回は地面だ!!間違いなく周囲に被害が出る!!」

 

 

そう、セイバーは過去にライダーとして召喚されたメデューサと対峙し、彼女を下している。その時の舞台は高層ビルの屋上でセイバーの宝具を使ったとしても周囲に被害は少なかった。しかし今回は大地、さらにここから離れた場所には住宅街と思わしき場所が見える。闇の書の主である八神時雨が認識阻害や防音の魔術を使ったのか知らないがこの場に人の集まる気配はない。だが周囲に人が住まう場所があることには変わりない。セイバーの宝具ではその場所を巻き込む故に宝具を使うことができなかった。

 

 

「グゥゥウ・・・邪マ・・・・・・スルな・・・・・・」

 

 

その時、宙に停滞した(ネロ)が初めて人の言葉を発した。時雨の獣性を引き継いだとしてもその根本は時雨と同じ人間である。それ故に彼女が人の言葉を発する可能性があったのだがそんなことを知らないセイバーとアーチャーはバーサーカーが理性を持っていたかのような驚愕を受ける。しかし彼女はそんなことを意にも止めずに言葉を続ける。

 

 

「アノ人・・・笑いタいだけ・・・皆ト一しョに・・・シアわせにいたかっタだけ・・・!!ナンデ!!ナンデ邪マスル!!アノ人が!!笑ウこト!!イケなイカ!!タだ・・・タだ・・・マモリタイ人ヲマモるこトはイケなイか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ネロ)の眼帯で隠された目からは涙が流れていた。それもその筈、彼女や他の独立思考たちは根本を時雨と同じにする存在。だから彼女たちは時雨の考えを、気持ちを、願いを誰よりも分かっているつもりだった。

 

 

ー闇の書の呪縛を解き、変わらぬ日常を送りたい

 

 

それが時雨の、最悪を冠する闇の書の主の片割れが祈る細やかな願い。

 

 

彼女はその考えを美しいと感じた。

 

彼女はその気持ちを尊い(たっと)と思った。

 

彼女はその願いを愛おしいと惹かれた。

 

 

だから彼女は時雨の獣性を引き継いだ。例え獣だとしても、彼の祈りはとても清らかな物だと感じたから。

 

 

だから、それを邪魔する者を許さない。

 

だから、それを阻む者を許さない。

 

だから、それを阻害する輩を獣性が赴くままに蹂躙する。

 

 

それが彼女ーーーーーーーネロと名付けられた獣性の思い。獣性はそれに従い、

 

 

「だカラーーーーーーーお前タチ!!殺す!!」

 

 

目にかけられていた眼帯を投げ捨てた。それに従い、隠されていた両目が遮られる物が無くなって開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、大気が凍った。

 

 

「っ!?やはり!!」

「これはーーーーーーー凜!!対魔力(レジスト)を!!そしてあいつの目を見るな!!」

 

 

(ネロ)の裸眼は人の物とは思えない灰色で、四角の瞳孔で、光を宿していない角膜が冷たかった。魔眼ーーーーーーーそれがメデューサの力を宿した彼女が与えられた物だった。石化の魔眼、自己封印・暗黒神殿(ブレイカー・ゴルゴーン)によってかけられていた魔眼殺しの眼帯を取り払ったことで見た者を例外なく石化する魔術師のなかでも最高位の魔眼は解き放たれた。

 

 

アーチャーは(ネロ)の目を見た為に手首足首が完全に石化してしまい行動不能、対魔力が高いセイバーは石化せずに済んだがそれでも全身を締め付けるような重圧からは逃れられない。

 

 

「だカラ死ネ!!騎英の(ベルレ)ーーーーーーー」

 

 

天馬(ペガサス)が急上昇する。今までになかった急激な上昇はこの一撃を必殺にするための準備だろう。そんな中、手足を石化されて動けないアーチャーは自分を守ろうとしているセイバーに話しかけた。

 

 

「セイバー、場所さえどうにかなればアレを倒せるのだな?」

「アーチャー?・・・そうだがこの場所ではーーーーーーー」

「場所は私が整える。だから君はその聖剣を抜け」

「ーーーーーーーアーチャー」

 

 

セイバーにはアーチャーの胃とが分からなかった。セイバーがアーチャーに抱いている認識としては物事を客観的に見ることができる皮肉屋と言った物。しかし、何故だか信用できるという確信があった。

 

 

「ーーーーーーー風よ」

 

 

【直感】のスキルの恩恵かもしれないその確信をセイバーは信じ、己の宝剣を風の鞘から解き放った。セイバーが今まで手にしていた不可視の武器が姿を現す。その武器の正体は剣だった。しかもただの剣ではない、魔術師が見れば卒倒しかねない程に宿された神秘は濃厚。それもそうだろう、何故ならその宝剣は人々の理想が集まって具現化した剣、人類史において最高峰の幻想(ファンタズム)に数えられる存在、星の光を集めた最強の聖剣。

 

 

「黄金のーーーーーーー剣?」

 

 

誰が呟いたかは分からないがその声は暴風が吹き荒れる中でも透き通って聞こえた。

 

 

手綱(フォォォォォォォン)!!!!!」

 

 

この土地一帯を飲み込まんがばかりに成長した閃光が辺りを照らし出す。それを見た者はまるで雷のようだと比喩するだろう。その雷を前にしてセイバーは黄金の剣を怯むことなく振りかざす 。

 

 

時が止まる。数秒後には訪れる逃れられない破滅を前にして魔術師たちの思考は停止した。それは騎英の手綱によるものもあったのだろう。しかし、その原因は(ネロ)ではなくーーーーーーーセイバーによってもたらされた物だった。

 

 

セイバーの黄金の剣に光が収束する。その純度は巨大なだけの(ネロ)の騎影とは比べ物にならない。

 

 

約束された(エクス)ーーーーーーー」

【I am the bone of my sword.】(身体は剣で出来ている)

 

 

その聖剣の輝きを見るや否や、アーチャーは言霊を紡いだ。そして世界が塗り替えられる。

 

 

現れたのは剣が乱立する荒れ果てた大地。錆び付いた歯車の回る紅に染まった空。アーチャーは自分の世界を展開したーーーーーーーセイバーの聖剣による被害を無くす、それだけのために。

 

 

「ーーーーーーー勝利の剣(カリバー)!!!!!」

 

 

それは文字通り光の線だった。触れる物を例外なく切断する光の刃。(ネロ)を一刀のもとに両断し、アーチャーの世界を食い破り、元の世界の夜空を翔け、雲を断ち切って消えていく。もしこれがアーチャーの世界ではなく地上で使われていたのなら、そこには消えることのない傷跡が残されていただろう。

 

 

セイバーがあえて見せることのしなかった黄金の剣、見る者の心を奪うそれはあまりにも有名すぎた。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

それがセイバーのクラスによって召喚されたブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンの宝具だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーは聖剣を抜いたか・・・・・・にしても流石は対城の宝具といったところか。まさかアーチャーの世界を食い破るとは」

 

 

海鳴にそびえ立つ高層ビルの群れ、その一つの屋上の上に時雨は立っていてサーヴァントたちと(ネロ)の戦いを観戦していた。この場所から廃工場までは5kmは離れているが驚くことに時雨は裸眼でその戦いを観ていた。

 

 

「騎士王に正義の味方、征服王と飛将軍、山の翁に魔術師たち、そこに加えて時空管理局と来たものだ。これ程のキャストが揃っていれば水銀の蛇(カリオストロ)でなくとも謳いたくなるものだな。

 

 

 

 

 

 

 

私の書く台本は二流どまり、そして舞台は三流どまり、だがそこに立つ役者たちは一流であると俺は進行している。故に、この歌劇は面白くなると思うよ」

 

 

時雨は謳い、尾を引く黄金の光を眺めながら聖剣の一撃を受けた(ネロ)に祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーア、アァァァァァァ・・・・・・」

 

 

ここは海鳴を流れる川の河川敷、そこには川から必死になって岸に這い上がっている存在がいた。

 

 

「アァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

その正体は(ネロ)だった。しかしセイバーの聖剣の一撃を受けて五体満足とはいかず、川から這い上がったその身体は胸部から上と右腕だけを残してすべて()()なっ()()()()

 

 

しかしそれでもまだ、(ネロ)は生きていた。

 

 

「(死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない!!!!まだ、ここで死ぬわけにはいかない!!)」

 

 

その心の内にあるのは死ねないと言う想いだけ、驚くことに彼女は死んでもおかしくない傷をその想いだけで耐えていた。

 

 

「(ここで死んだら・・・あの人を守れなくなる!!あの家族を守ろうと思うあの人を・・・・・・家族を救いたいと願うあの人を守れなくなる!!それだけはダメだ!!)」

 

 

残された右腕だけを使って、彼女は岸から土手に向かって這いずっていく。

 

 

惨めだと、嘲笑う者は多いだろう。それは可笑しいことではない。今この場では彼女は絶対的な弱者で、どの時代背景からしても弱者と言うのは蔑まれるような立ち位置にいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その姿を、想いを素晴らしいと言って涙を流す者も小数ながらにいるのだろう。自分の身を省みずに誰かの為にあろうとするその姿は心を打つ物がある。

 

 

彼女の前に現れたのも、その小数の一人だった。

 

 

「ーーーーーーーお疲れ様でした」

「(あーーーーーーー)」

 

 

誰かが地面を這いずっていた彼女を抱き上げた。水と血で汚れている身体は抱かれでもすれば間違いなくその相手の衣服を汚してしまうだろう。しかしその相手は迷うことも、戸惑うこともせずに彼女を優しく、そして力強く抱き締めた。

 

 

「貴女の意思は、私が引き継ぎます。あの人を・・・・・・貴女が守ろうとしたあの人は、私が命に代えてでも守ってみせます」

「(ーーーーーーー守ってくれるの?貴女があの人を?私の代わりに守ってくれるの?)」

「えぇーーーーーーーだから、貴女はもう休んでください」

「(守ってあげて・・・あの人を・・・・・・誰よりもささやかで優しい願いを願っていたあの・・・人・・・・・・を・・・・・・)」

 

 

この場で言葉を発したのは抱き締めている人物だけだったが不思議なことに二人の想いは通じていた。

 

 

そして自分の代わりにあの人をーーーーーーー時雨を守ってくれると誓ってくれた人物の抱擁に包まれながら、時雨の獣性が独立した存在である(ネロ)は片方だけの壊れた拘束具と血塗れのローブ、そして騎兵の絵が描かれたカードを遺して消滅した。

 

 

「えぇ、絶対に。貴女が守ろうとしてくれたあの人をーーーーーーー時雨を、私は守りますから」

 

 

そう言って彼女を抱き締めた人物ーーーーーーー時雨の使い魔であるリニスは、(ネロ)の遺した物をすべて大事そうに抱えてその場を後にした。

 

 

 

 






後書きは後で更新します・・・・・・仕事終わりにゼロから書いて五時間、これはツラい。


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