調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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第拾久幕 狂信者と怪物と

 

 

ライダーは空中にて戦況を改めていた。予定では封印指定、及び闇の書に関わりがあるとされている八神時雨を捉えるだけのはずだった。しかし現況では先行していたはずのセイバーとアーチャー、そのマスター二人が時雨のによって捉えられ、強襲も失敗して時雨に呼び出されたアレクサンド・アンデルセンと呼ばれる神父と対峙している。己の力を過信している愚者なら兎も角、征服王と呼ばれていたライダーを警戒させるのにその戦力は十分すぎた。

 

 

「ーーーーーーシィィィィィィイ!!!」

「ーーーーーーやっぱりね」

 

 

そして突然、時雨に呼び出されたアンデルセン神父が、時雨の首めがけて手にしていた銃剣を振るった。完全に不意打ちと呼べるような一撃を時雨は予想していたらしく、手にしていた【Alice in wonder land】と【HELLSING】と書かれている本を開いたまま片手で持って、鞘に納められた状態の日本刀で防ぐ。ガギィンと金属がぶつかり合う音がして銃剣と日本刀が競り合うがアンデルセン神父は時雨のことをまるで仇を見るような目で睨み付けていた。

 

 

「貴様魔術師(異端者)だな?」

「それがどうした?」

「ならば殺す!!」

 

 

呼び出されたはずのアンデルセン神父が呼び出した時雨に向かってまさかの宣告をした。これには思わずライダーとルヴィアゼッタ・エーデルフェルトも度肝を向かれる。それもそのはずだ、何故なら時雨が呼び出したアレクサンド・アンデルセン神父という人物は異端者や化物ーーーーーーつまりカトリックにおいて神の敵とされるような存在を全て神の身元へ送るために存在している。それは即ち、例え呼び出した存在であろうが魔術師(異端者)であるならば殺す対象である。

 

 

無論、時雨はアンデルセン神父のことを知っていたし、こうなることも予想できた。敵対する可能性はあったのだがそれを差し引いてもこのアレクサンド・アンデルセン神父の戦力は十分すぎるものだった。

 

 

「待て、お前が異端者である俺を殺そうというならばそれでもいい・・・・・・まぁ抵抗はするがな。そうだとしてもお前には一つ頼みたいことがある」

「ーーーーーー何ぃ?」

 

 

時雨の言葉に僅かながらアンデルセン神父の力が弱まる。アンデルセン神父が対峙してきた魔術師(異端者)はどいつもこいつもやって来たのが自分だと分かると一目散に逃げ出すか異端の魔術を使って攻撃してくるかの二択だった。それなのに目の前にいる時雨(異端者)は己をどのような存在か分かっていてなお話しかけてくる。その好奇心がアンデルセン神父を動かした。

 

 

「目の前の奴らを殺してほしい。あいつらもお前からすれば充分に異端者だろう?それまで俺を殺すのは待て」

「何故だ、何故そんなことを宣う(のたま)?」

「俺の愛しい娘の為、それで納得してくれないか?先生さんよ」

 

 

先生、そう言われてアンデルセン神父が思い付いたのは自身が経営している孤児院。その中で自分のことを先生と呼んで親しんでくれている子供たちの顔だった。アレクサンド・アンデルセン神父が登場する作品の中において吸血鬼との戦いに敗れ、死に行く間際に口にしていたのはその孤児院の子供たちのことだった。それはそれだけ子供たちのことを思っていたことを現す。

 

 

先生として子供たちに接していたアンデルセン

 

(はやて)の為に殺される覚悟を背負っている時雨

 

 

信仰する神は違えど守ろうと願っている物は同じ、そのことにアンデルセン神父は妙な親近感を覚えた。そして時雨に向けていた銃剣を納める。

 

 

「おい、貴様の娘は魔術師か?」

「いや、あいつは魔術になんぞ欠片も関わらせないつもりで育ててきた。そして付け加えるなら日曜日に知り合いの神父が開く教会のミサに顔を出している」

「ーーーーーーふん、ならば同じカトリックである貴様の娘に免じて貴様の戯れ言に付き合ってやろう」

「おぉキリスト様の信者は寛容だねぇ!!まぁ俺は神を奉るつもりは無いけどな」

「それは我が神に対する冒涜と受け取ってもいいのか」

「いんや、俺は生まれながらにドン底を味わったからね。それで神様なんて都合よく助けてくれる存在は居ないんだと覚ったわけよ」

「そうであるならばなおのこと我が神を信仰するといい。我らの神キリストは万人を受け入れるが故にな」

「考えとこう」

 

 

やり取りを終えて、アンデルセン神父は時雨に背を向けた。それは一時の気紛れかもしれない。しかし、この時、この場において、アンデルセン神父は時雨を神罰の対象者から外していた。そして、彼の目の前には他の魔術師(異端者)サーヴァント(化物)が存在している。

 

 

「ーーーーーーさて、私の一存においてこの魔術師(異端者)の神罰は遅らせることにしたが・・・・・・貴様らは逃さぬ。

魔術という異端を扱う者だけでなく!!

亡霊が我が物顔で現世を闊歩している!!

人の世の理を外れた貴様らを!!

カトリックが!!ヴァチカンがぁ!!

そして何よりこの私が許すわけがない!!!

貴様らは生け贄の子羊のように震えながらではなく

藁のように死ぬのだ!!Aィィィィィmen(エィィィィィメン)!!!!」

 

 

目の前で異端者が、死に絶えたはずの亡霊が、我が物顔で存在している。それはアンデルセン神父が狂信するキリスト教は何よりも耐えがたい冒涜である。

 

 

故に、アンデルセン神父は逃さない

 

異端者たる魔術師を、亡霊たるサーヴァントを

 

すべて一切合切を殺し尽くし神の身元に送るために

 

シンボルたる十字を掲げて笑う

 

 

 

Amen(そうあれかし)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライダーが呼び出されたアンデルセン神父と対峙している頃、時雨の作り出した固有結界虚構現実(リアルフィクション)の中にいる衛宮士郎、遠坂凜、セイバー、アーチャーの四人は現在少女二人を肩に乗せた怪物に追いかけられていた。

 

 

「「いけいけジャバウォック!!」」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 

明らかな偉業の肩に乗っているというのに少女二人の声は遊んでいるかのように楽しげ、それに答えるように怪物も咆哮をあげて“獲物”たちを追いかけていた。

 

 

すると逃げていたセイバーとアーチャーが反転、ジャバウォックに向かって不可視の剣と夫婦剣で斬りかかった。ジャバウォックは怪物、その知性は獣同然であったが為に突然向かってきた“獲物”に嬉々として襲い掛かる。丸太のような腕から放たれるのは大岩のように巨大な握りしめられた拳。風を切って襲い掛かる暴力をセイバーとアーチャーは恐れること無く踏み込み、かわす。そしてセイバーの不可視の剣がジャバウォックの巨体を袈裟斬りに切り裂き、アーチャーの夫婦剣がジャバウォックの丸太のような両腕を切り落とした。

 

 

「ーーーーーーやった!?」

 

 

後方を注意しながら走っていた士郎と凜がセイバーとアーチャーの反撃が成功したことで足を止める。両腕の欠損に胴体に大掛かりな損傷、普通の生物であるならば間違いなく致命傷になる物である。サーヴァントだとしても一部の例外を除けば消滅を免れない程の負傷。

 

 

ーーーーーーだが、目の前にいるのは怪物。怪物にはそんな常識は通用しない。

 

 

袈裟斬りにされた胴体が、切り落とされた両腕が、まるでビデオを逆再生を見ているかのように回帰し、無傷の状態で何事もなかったかのようにそこに怪物は立っていた。

 

 

「そんなんじゃジャバウォックは倒せないよ?」

「ジャバウォックを倒したいなら【ヴォーパルの剣】を持ってこないとね?」

 

 

黒い服を着た少女ーーーーーーアリスの言葉に反応したのはアーチャーだった。セイバーに向かって目配せ一つすると意図を察したのかセイバーは頷き、

 

 

「ーーーーーー風よ!!!」

 

 

不可視の剣に纏わせていた風を解放した。何故剣が不可視になっているのか、それはセイバーの所有する宝具【風王結界】(インビジブル・エア)が原因である。彼女は剣に風を纏わせ、光の屈折を妨げることで剣を不可視にしていたのだった。光の屈折を妨げる程の風を解き放てばそれだけで行動を阻害することなど容易い。事実、突然吹き荒れた風にジャバウォックは足を止め、風が止んだときには四人の姿は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ここでいいだろう」

 

 

少女たちとジャバウォックから逃げた四人は遠く離れた木の影に隠れるように立ち止まった。そこまで短時間で来るのは人の足では不可能であるがセイバーが士郎を、アーチャーが凜を抱えて走ることでその不可能を可能にした。

 

 

「アーチャー、何か思い付いたの?」

「あぁ、一先ずこの世界がどういった類いの世界なのかは理解できた」

「この世界?ここは固有結界じゃないのか?」

「ーーーーーーはっ」

「テメッ・・・・・・!!」

「シロウ、落ち着いてください。アーチャーも煽らないでください」

「小僧の無知に笑っただけだが?」

「それを煽ると言うのです」

 

 

士郎が口を開けばアーチャーが煽り、それをセイバーが諫める。サーヴァントの二人が召喚されてから恒例となっているこの風景を見て凜は少しばかし落ち着きを取り戻した。

 

 

「でアーチャー、この世界の何が分かったの?」

「あぁ、恐らくこの世界は童話が元に作られている。ジャバウォックというのは不思議の国のアリスの中で現れる正体不明の怪物の名前だ。それにアリスと名乗る少女たちに走る白兎・・・・・・十中八九間違いないだろう」

「この世界の正体が分かったのはいいですがあのジャバウォックに対抗できる手段はあるのですか?私とアーチャーの剣を受けて何事もなかったかのように再生した敵を」

「それならば彼女たちが答えを言っていただろう?ジャバウォックを倒したいならヴォーパルの剣を持ってこいと」

「ヴォーパルの剣?」

「確か・・・・・・一部の存在に有効な概念武装のはずのよね?」

「そうだ、そして作中のジャバウォックもヴォーパルの剣によって首を切り落とされて死んでいる」

「つまりはジャバウォックはヴォーパルの剣以外では倒せないと?」

「でもそれがわかったところでどうするのよ?確かヴォーパルの剣は錬金術の産物だって言われてるし、ここがアーチャーのいう通り不思議の国のアリスの世界だとしてもどこにあるか分からないわよ?」

「ヴォーパルの剣ならば私がどうにかする。その代わりそれまでジャバウォックの足止めを頼みたい」

「他に案は無さそうだしね・・・・・・オーケー、その作戦で行きましょう」

 

 

自分のサーヴァントが出した作戦に凜は迷うこと無く頷いた。そしてそれを受けて士郎とセイバーも準備を行う。セイバーが木の影から出て、士郎と凜は木の上に隠れ、アーチャーは木の影に隠れたまま、そしてタイミングを見計らったかのように木々を薙ぎ倒しながら怪物とそれに乗ったありすとアリスが現れた。

 

 

「「お姉ちゃんみっけ!!」」

「GUuuuuuuRAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 

大気を震わせ身を叩くような咆哮がアーチャーに届く、がそれはアーチャーの耳には入らなかった。アーチャーは自分の世界に集中していた。余分な物などは入る余地は一切無し、ただ自分の世界にのみ没頭しあの怪物を打倒しうる武器のみを探し続ける。

 

 

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投影開始(トレース・オン)

 

 

自分の世界から目的の剣を探り当てたアーチャーは即座にその剣の投影を開始した。そして編み出されたのは青く透き通った長い刀身の西洋剣。アーチャーの手によってヴォーパルの剣が現れた瞬間にジャバウォックはアーチャーの隠れている木の方へと体を向けた。怪物には理性など無い、しかしその分本能には長けている。その本能が警鐘を鳴らしたのだ。

 

 

ーあそこには怪物(ジャバウォック)を殺せる存在があるぞ、と

 

 

「下がれセイバー!!」

 

 

ヴォーパルの剣を手にしたアーチャーが木の影から飛び出してジャバウォックへ向かう。その時にはジャバウォックの意識はアーチャーへ向けられていた。自分に害を成せない者と命を脅かす存在、どちらに気を配るべきかなど考えるまでもない。

 

 

故に、怪物は足下を掬われるのだ。

 

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!!!」

 

 

視界から外したセイバーから暴風がジャバウォックに向けて放たれる。さっきの逃走の時とは違い指向性を持って放たれた暴風はジャバウォックの動きを止める。そしてーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

そこにアーチャーが突進、動けないジャバウォックの心臓に投影魔術によって作り出された虚構のヴォーパルの剣が突き刺さった。虚構とは言えどもそれはヴォーパルの剣に間違いなく、ジャバウォックは錆びたブリキの人形のように体を震えさせた。そしてジャバウォックの体が徐々に赤茶の錆のような色に変わっていきーーーーーーーーーーーー最後には霧散して消えた。

 

 

「すごいすごーい!!お兄ちゃんたちジャバウォックを倒しちゃった!!」

「まさかほんとうにヴォーパルの剣を持ってくるなんて!!」

 

 

声がしたのは上から。首をそちらに向ければ太い木の枝に腰掛けたありすとアリスが楽しそうにジャバウォックを倒した四人に向けて賞賛を送っていた。お友だちと呼んでいたジャバウォックを殺されたというのにだ。

 

 

「お兄ちゃんたちとはもっと遊んでたかったんだけど・・・・・・」

「ざんねん、もう時間ね」

 

 

ヒビが入る。地面に、木々に、空に、そしてこの物語の登場人物たる少女たちも例外無くヒビが入っていた。

 

 

「もう終わっちゃうのね」

「終わりじゃないわありす(わたし)ありす(わたし)たちは永遠だもの、本を開けばまた会えるわ」

「うん、そうだねアリス(わたし)。じゃあねお兄ちゃんたち、また遊ぼうね!!」

 

 

そう言ってありすとアリスは始めに出会った時と同じような無垢な笑顔を四人に向ける。

 

 

そして甘く精巧に作られた砂糖細工のように、この夢の世界と共に、二人のアリス(ありす)は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固有結界が解けたのであれば原則発動時にいた場所に戻されるはずである。

 

 

それなのに四人は元いた場所に戻されていなかった。

 

 

もっと言うならば海鳴にすら戻されていなかった。

 

 

四人が目にした世界は

 

赤く染まった空に錆び付いた歯車が無数に回り

 

地面は荒れ果てた荒野が広がり

 

荒野には数えるのが億劫になるほどの剣が突き刺さっていた

 

 

そしてその世界の中心と思われる場所には

 

血塗れで膝をつく征服王と、それを見下す八神時雨の姿があった。

 

 

 





~アレクサンド・アンデルセン神父
虚構現実(リアルフィクション)によって呼び出された対象の意思は発動者の任意で無くすことができる。つまり命令に従う兵隊がいくらでも作れるということである。しかし時雨はそれを良しと思わなかったのか、アンデルセン神父の意識は奪わなかった。それ故にこの様ないざこざが起こった。言いくるめが成功しているがあくまでも“後回しにしている”だけなのでライダーたちをコロコロしたら次は時雨の番である。

~ジャバウォック
筋力B+ 耐久B+ 敏捷C+ 幸運E- 魔力E- 宝具無し
クラス別スキル【狂化A】
固有スキル【不明の怪物A】【不思議の国の怪物A】
不明の怪物・・・正体不明の怪物であるジャバウォックに与えられたスキル。このスキルを所持している限り対峙者はジャバウォックの詳細を記憶することは出来ない。
不思議の国の怪物・・・アリスの夢見たワンダーランドに巣食うジャバウォックに与えられたスキル。このスキルを所持している限りジャバウォックは如何なる攻撃でも死ぬことはない。しかしジャバウォックの死因であるヴォーパルの剣は別であり、ヴォーパルの剣で与えられたダメージならば些細な傷だとしても致命傷に至る。
ジャバウォックをサーヴァント風のステータスで現すとこんな感じになります。クラス別スキルの狂化持ちなのは察してください。

~ヴォーパルの剣
物語においてジャバウォックの首を切り落としたとされる概念武装。理性を無くした存在に対して有効な武装となる。

~ありすとアリス
サーヴァントではなくあくまで物語の登場人物として登場した少女たち。アリスたる存在は一人なはずなのにどうして二人なのかは時雨も知らない。この小説ではマスターとしてではなく登場人物兼不思議の国の管理人立ち位置として登場させました。二人は死んではおらず、時雨が【Alice in wonder land】を開いた時には現れてくれます。二人のありす(アリス)は永遠です・・・・・・


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