調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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あけましておめでとうございます。

だらだらと書いていたので三が日ギリギリに投稿です。

今年中には終わればなぁ・・・・・・




第拾漆幕 工房

 

 

明かりの着いていない廃工場の一室で、窓から射し込む月明かりだけを頼りにカメラの画面に映し出された映像を慈しむような眼差しで見ているのは時雨。約三十時間ほど前に時雨はアルフとのデート中に教会から異端者認定を受け、それを撃退してから協会から封印指定を受けるという一般の魔術師なら自殺してしまいそうな状況から自身の工房であるこの廃工場に逃げてきたのだ。

 

 

「主」

「報告を」

 

その時雨の前に音もなく現れたのは時雨から独立した分割思考の一つである不忍(しのばず)。時雨は報告を促すもののカメラから顔をあげることはしなかった。

 

 

「神父コトミネに報告完了。はやて様、リニス様、シグナム様、ザフィーラ様、シャマル様、スノウ様、ギル様は予定通りに近隣でガス爆発があり、ガス管の調査の名目で付近のホテルに移られました。ヴィータ様、シュテル様、レヴィ様、ディアーチェ様、ユーリ様は御門様の家に宿泊されるとのことです」

「御苦労、ならばここの撤去作業に手を貸せ。ワラキアとDBがやってるはずだ、指示を仰げ」

「はっ」

 

 

それだけ言うと不忍(しのばず)は現れたときと同じように音もなく消え、残ったのは時雨だけだった。そうしてカメラの写真を全部確認した時雨は腰かけていたソファーに体を倒してそのまま横になる。廃工場に放置されていたのでかなり埃っぽくなっている上にカビ臭さも感じられるがそんなことを気に出来る余裕は今の時雨にはなかった。

 

 

「アルフ・・・・・・怒ってるだろうな・・・・・・」

 

 

教会と協会、魔術師なら誰もが知っている二大勢力に狙われてなお、時雨はアルフの心配をしていた。その時、時雨の使っている携帯に着信が入った。傍らのテーブルに置かれていたそれを見ることなく手探りで手繰り寄せて電話に出る。

 

 

「誰だ」

『七夜だ』

 

 

電話の相手は七夜と名乗った。その名前に相手が自分の知っている人物だと気付いた時雨は気だるそうにソファーから体を起こした。

 

 

「どうだった?」

『遂行したさ、思ったより簡単な依頼だったよ』

「お前・・・・・・相手は一応組織の幹部レベルの筈なんだが?」

『それでも簡単に完遂した。ならそれは簡単な依頼だったことに代わりないさ』

「まぁ・・・それもそうか。で、帰りはどうするつもりだ?表立って俺が整えるのは難しいが金なら回せるぞ」

『問題ない、【彼女】に手伝ってもらう』

「・・・・・・そう言えばあいつがいたな・・・それなら簡単になるだろうさ・・・・・・悪かったな、折角七夜から抜け出せたお前を使うようなことをして」

『気にするな。お前には返しきれないほどの恩があるんだ。その利子だけでもこれで返せたなら俺は嬉しいよ』

「ハハッ・・・・・・この後天的な殺人喜(ひとごろし)め」

『俺が勝手にやってるだけだよ、家族思いな死神(ひとごろし)さん?』

 

 

それだけ言うと七夜と呼ばれた人物は自分から電話を切った。そして携帯をソファーに投げて時雨は目を閉じる。思い出すのはアルフと過ごした一日、もう会わないと決めた筈なのに記憶の中で何度でも会ってしまう。女々しいと自分のことを嘲笑いながら時雨は追憶に耽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が勝手にやってるだけだよ、家族思いな死神(ひとごろし)さん?」

 

 

それだけ言って時雨に電話をかけた相手である七夜信喜(ななやしき)は携帯の通話を終わらせた。彼は今いる部屋の高級そうなソファーに腰かけて電話をしていた。そしてこの部屋の主である人物はこれまた高級そうな執務机の上で七夜信喜の手によって()()()()()()成り果てて嫌みったらしく置かれている豪華な調度品を赤く染める染色剤になっていた。

 

 

この肉塊になっている人物こそが時雨を異端者認定し、さらに八神の血筋を皆殺そうとした張本人である。報告によりコトミネの口から八神に恨みのありそうな人物、及び出世意欲の高い人物を聞き出した時雨は独自の情報によりその両方に当たる人物を割り出し、七夜信喜に依頼を出したのだった。それが今から約二十八時間前の話。そんな短時間で犯人を探し当てた時雨を誉めるべきか、迅速に犯人を処理した七夜を誉めるべきかは個人の自由である。

 

 

「信喜」

「あぁディか」

 

 

七夜の目の前に紫がかった霞が集まり、人の形になった。そして現れたのは薄い水色の髪をした少女と女性の丁度中間の辺りの年頃の少女。それなのに彼女から放たれる色香は男を拐かす傾国の毒婦のそれその物だった。その色香を放つ少女を前にしても七夜の態度はまるで変わらない。何故なら、そういう類いの物には慣れていたから。

 

 

「良かったのかしら?ただの友人相手にここまでして。貴方が望むものとは真反対のことを貴方はしているのよ。分かっているの?」

「あぁもちろん、骨の髄まで理解納得して俺は動いているよ。あの人は俺を【七夜】の血から解放してくれたんだ。あの人はその事を気にするなと言っていた、けどその恩を忘れる俺じゃない。だから俺はあの人の助けになることを進んでやることを決めてるんだよ。まぁディにまで強制はしないけどな」

「・・・・・・そう、貴方が決めたことなら私は何も言わないわ」

「ごめんな、こんなダメな奴で」

「・・・惚れた弱味よ」

 

 

顔を赤くしてそっぽを向くディを七夜は微笑ましそうに眺めていた。すぐ側にバラバラの死体があるのになんだこの空気は。

 

 

「それじゃあ、行こうか【キャスター】」

「そうね、行きましょう【マスター】」

 

 

キャスターと呼ばれたディはマスターと呼んだ七夜の手をとる。すると二人の姿はぼけて、紫の霞となって消えた。

 

 

その日、聖堂教会で大司教一人とその部下約二百名が変死体となって死んでいるのが発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわね・・・・・・」

「ここか・・・・・・」

 

 

時雨が魔術師の工房として利用している廃工場の前に二人の魔術師の姿があった。黒髪の少女と赤毛の少年、名前を遠坂凜と衛宮士郎といった。凜は手ぶらで身軽そうな格好であるが、士郎は手に武器代わりらしき木刀が握られていた。

 

 

「ええ、コトミネから聞いた通りならここが八神時雨の工房らしいわ」

「町からそんなに離れてないんだな」

「離れすぎてたら工房として意味がないでしょ?それに普通の魔術師は自宅に工房を構えている物だわ、それを考えると異質であると言えるわね」

 

 

魔術師として半人前の士郎の感想に一流の魔術師である凜から補足を交えた説明がされる。二人は封印指定された時雨を確保するために海鳴の監督役であるコトミネに時雨の工房について聞きにいった。その時コトミネは驚いたような表情を浮かべていたがすぐに顔を戻して時雨の工房の場所をあっさりと教えた。本当ならば隠すかはぐらかす位のことをするつもりだったが事前に時雨から工房について聞かれたらこの場所を教えろと言われていたので大人しく従ったのだ。これは隠し立てをしてコトミネに要らぬ厄介事がいかぬように時雨が配慮していたからだ。

 

 

そんな思惑など露知らず、凜と時雨は廃工場をまるでRPGのラスダンを見るかのような目で睨む。

 

 

「ここにあいつはいるんだな?」

「確証は無いけど恐らく間違いないわ。魔術師が追い詰められたときに逃げる場所と言ったら工房くらいな物だから。それにしてもルヴィアはまだ来れないの?」

「あぁ・・・・・・プレシアさんのお仕置きがキツかったみたいだ・・・・・・」

「・・・・・・あれね」

 

 

プレシアのお仕置きの言葉を聞いて凜と士郎の目が遠いここではないどこかを見る。事は時雨が異端者認定され、封印指定された時点から数時間後になる・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「判決、死刑」

 

 

アースラにある訓練室にて遠坂凜、衛宮士郎、ルヴィアゼッタ・エーデルフェルトの魔術師三人はどこかの悪の科学者のような格好をしたプレシア・テスタロッサから無慈悲な死刑宣告をされていた。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」

「なんでさぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁあ!?!?」

 

 

訓練室内部に紫電が走り、魔術師三人に降り注ぐ。事の始まりは時雨とデートに出かけたはずのアルフがよていしていた時刻よりも早くに帰宅したことから始まる。自分が立てていたデートプランは十中八九時雨に却下されるだろうと思っていたがそれでもホテルでディナーをするまでは実行されるだろうとプレシアは考えていたがそれよりも早い帰宅、それに加えてアルフの顔はかなり落ち込んだ表情だった。外道ではあるが鬼畜ではないと自称する時雨に限ってアルフを悲しませるような事はしないとプレシアは思っていた。人間性に問題があるかもしれないが時雨は自分と同じ身内には甘いタイプの人間だと理解していたからだ。

 

 

帰ってきて早々部屋に閉じ籠ろうとしていたアルフから何とか事情を聞き出せばなんと途中で聖堂教会と魔術師協会から敵対認定されてデートを邪魔された、それに加えて時雨が自分に向かってもう会わないような意味合いの発言をしたとかなんとか。

 

 

それを聞いたプレシアは激怒した。それはもう王様の悪政に腹をたてたメロスのような、クリリンを殺されて蔑まれた悟空のような、女神様を辱しめられた宇宙規模(コズミック)の変態である水銀の蛇のような、そんな感じにぶちギレた。

 

 

プレシアはアルフに対してぞんざいな扱いをしているような素振りを見せているがそれは折角の年頃なのに男っ気の全くないアルフを心配しての行いであったりする。要するに発破をかけて男を捕まえさせようとプレシアは考えていたのだ。そうして見つけた男は八神時雨、知己の中でもあった彼ならアルフを任せられると思ったプレシアは年甲斐もなく服を買ったりしてアルフの恋路を応援していた。

 

 

それなのにその晴れ舞台がよくわからない組織の介入によって御破算、恐らく時雨はアルフを捲き込まないように会わないような発言をしたのだろう。その結果、多少励ましはしたもののアルフは部屋に引きこもった。アルフの好物の料理で釣ろうとしたが全くの無反応で返された。アリシアとフェイトが声をかけているが生返事すら返ってこない。そして扉に耳を着ければ部屋からは時雨の名前を呼ぶアルフの泣き声が聞こえてくる・・・・・・

 

 

これにプレシアは聖堂教会と魔術師協会にぶちギレた。アルフの話から聖堂教会の連中は時雨によって文字通り跡形もなく焼却されたようなので魔術師協会・・・・・・つまり遠坂凜、衛宮士郎、ルヴィアゼッタ・エーデルフェルトにプレシアの怒りの矛先は向けられた。本来なら殺傷設定のサンダーレイジで跡形もなく吹き飛ばしてやりたいところなのだがそれでも現状管理局と魔術師協会は協力関係にある。

 

 

なのでプレシアは三人に忘れられないようなトラウマを植え付ける程度で済ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷が・・・・・・!!紫色の雷が!!」

「ル、ルヴィアは動けるようになってから来るってさ」

「そう・・・・・・なら私たちで行きましょう」

「良いのか?ルヴィアを待たなくて」

「いつ来るかわからないルヴィアを待って逃げられたら本末転倒だわ。こういうのはね早い方が良いのよ」

 

 

プレシアによって植え付けられたトラウマが再発する前に凜は堂々と正面に設置されている入り口から廃工場に入っていった。それに呆れるような表情になりながらも士郎、そして霊体になっている二人のサーヴァントも彼女に続いて廃工場に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主」

「うん、分かってる」

 

 

ソファーに寝転がっていた時雨の元に再び音もなく不忍(しのばず)、そして時雨は目を閉じたままに不忍(しのばず)の言葉を遮った。魔術師の工房というのは言ってしまえばその工房の主の体内に等しい。流石に全てを把握するのは無理があるが少なくとも敵意のあるものが侵入すればその存在は手に取るように分かる。

 

 

「人間が二人に霊体が二つ・・・・・・マスター二人とサーヴァントが二騎、迷うことなく疑うことなく魔術師協会の奴等か。不忍(しのばず)、撤収の状況は?」

「終了しております。何時でも移動が可能です」

「ワラキア、DB、不忍(しのばず)の三者で全資料設備を海鳴教会の地下に移せ。コトミネに話はつけてある」

「主と(ネロ)は?」

「足止めだ、あわよくば一騎は落としたいところだがな」

 

 

そう言うと時雨はソファーから体を起こしてカードを手にする。それは英霊の力が封じ込められた奇跡の結晶、現存するサーヴァントのように人型をとってはいないがそれでもサーヴァントとイコール(同質)の存在であるそれを時雨は迷うことなく握り潰した。

 

 

「【魔術師・童話の象徴】」

 

 

握り潰されたカードは光に代わりないさ時雨に吸収される。光が無くなったとき時雨の身に変化は見られなかったがその身にはカードに宿っていた英霊の力が時雨に宿っていた。

 

 

「さて、巻き込まれないうちに()く行け。流石に加減も手抜きもするつもりは無いのでな」

「御意に」

 

 

そして不忍(しのばず)は音もなく消えた。それを確認してから時雨は側にあった本を手に取ってページをめくる。書かれている文字は日本語では無く英語、背表紙には【Alice in wonder land 】とある。

 

 

「さぁアリス、ウサギを追いかけようか」

 

 

その言葉と共に、廃工場は異界へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・おかしいわね」

「何がおかしいんだ?」

 

 

廃工場を進むのは凜と士郎、埃っぽくあるが歩くには不自由しない程度に片付けられた通路を進んでいる中で凜はふと、そんなことをもらした。

 

 

「半人前の衛宮君にはわからないかもしれないけど工房っていうのは魔術師にとって城と同じものなのよ」

「それなのに罠の一つも無いのはおかしいと?」

「そうね・・・・・・あちこちに魔術の痕跡は見られるから恐らく罠はあったんだろうとは推測出来るんだけど・・・・・・」

『しかし対霊体用の仕掛けは残されている・・・・・・ここの主は何と戦うつもりだったのだか』

 

 

凜の説明に追従するように霊体状態のアーチャーが補足を付け加える。本当ならセイバーとアーチャーをここにいるであろう時雨の探索に向かわせたいのだがここにある物体すべてに対霊体用の魔術が施されている。この魔術のせいで今霊体でいるサーヴァントたちも通路に沿って歩くしか無いのだ。

 

 

「にしても、わざわざ罠を用意していないってことはーーーーーー」

「ここにはもう用がないーーーーーーそれか、その罠を上回る防衛方があるのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、廃工場は異界へと変わった。

 

 

 






~廃工場
空の境界で起源覚醒した大食いの先輩が葉っぱを育てていた工場を想像して貰えればおk

~八神家
派遣された代行者を皆殺したとはいえ教会から目をつけられていることにはかわりない。なので色々と理由をつけて住居を移させた。はやて、ギル、騎士たちがそこで住む手筈になっている。時雨は全てを終えるまで家に帰るつもりはない。

~七夜信喜
時雨が殺人喜と呼ぶ人物。時雨からの依頼で聖堂教会の大司教一人とその部下を殺した事から殺す事に特化した技術を持っていると推測される。

~十七分割
七夜と言ったらこれでしょ?

~ディ
七夜信喜からキャスターと呼ばれた少女。今回だけでも空間転移を容易く使用していることから魔術師としてかなりの技量を持っていると推測される。いったいどこの魔女なんだ・・・・・・

~激オコのプレシア
アリシアとフェイト程では無いとはいえアルフのことを思っているプレシアさんはアルフの幸せを願っています。それを邪魔されたら当然のごとくぶちギレます。時雨に対しては怒っていません、邪魔した連中にキレています。

~メロス
~悟空
~水銀の蛇
作者の中で思い付いた怒らせたら怖い人たち。特に最後の人を怒らせれば宇宙が消えます。

~魔術師・童話の象徴
~さぁアリス、ウサギを追いかけようか
何のサーヴァントか分かるかな?真名が分かったら感想に答えを書いてみよう!!


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