宝石がばら撒かれたことにより結界が張られ、景色がノイズに犯されながら変わっていく。
「これは・・・」
「ただの記憶を投影するだけの結界だ、【メモリア】と俺は呼んでいる。ただ口頭でダラダラ言うだけよりも映像を交えて話した方が分かりやすいからな」
ノイズが晴れると景色が公園からスラム街のように荒れた道に変わる。辺りにはゴミや瓦礫が散らばっており、空からは黒い雨、地面には黒い水溜まりが出来ている。
「ここが俺の中にある一番古い記憶だ。俺はこことは違う世界の生まれでそこの最下層から一歩手前の所で生きていた」
目の前にはボロボロの布切れを身に纏った子供が地べたに座っている。布切れの隙間から見える手足や体は骨と皮だけで少し小突けば折れてしまいそうな程に痩せこけている。辛うじて見える顔の瞳は光を灯しておらず死ぬ一歩手前と言っても過言ではない。
「空から降る雨はどこかの工場から出ているガスのせいで真っ黒、加えてそこでは珍しくないストリートチルドレンだったから食料もなし、あの時は本当に死ぬかと思った」
そんな子供の前に一人の人間が現れた。
『捨て子か・・・・・・おい小僧、いく宛が無いなら着いてくるか?少なくともここよりもマシな生活を保証するぞ?』
レインコートのフードを外したのは白髪の女性。彼女は子供の前にしゃがみ、そう訪ねた。
「彼女の名前はゼロ、俺の母親になってくれた魔女だ」
ノイズが走り場面が変わる。そこは家の中で乱雑に置かれた本や資料やらで場所を取られているが残っていた僅かなスペースでゼロは子供の体をタオルで拭いていた。
『小僧、名前はあるか?』
『・・・名前・・・・・・無い・・・』
『無いか・・・・・・なら【時雨】、というのはどうだ?』
『しぐれ・・・』
『あぁ、時の雨と書いてしぐれと読むんだ。安直だがいい名前だろ?』
『しぐれ・・・しぐれ・・・・・・』
「そうして俺は、名前の無いストリートチルドレンから時雨になったんだ」
景色にノイズが走る。すると次々に景色が変わっていった。
『時雨、飯が出来たぞ』
『時雨、風呂に行くぞ』
『時雨、今日は銃の使い方を教えてやる』
『どうした時雨、雷が怖くて眠れないのか?仕方無い、一緒に寝てやろう』
『時雨』
『時雨』
『時雨』
『時雨』
浮かび上がってくるのはゼロと過ごした懐かしい日々。戻りたいと願ったとしても、もう戻ることの出来ない過去の出来事。
「彼女は俺に多くのことを教えてくれた・・・家事に物の計算に常識、外れた所でいくと銃の使い方や効率的な人の殺し方、そして彼女が受け継いだ魔導の片鱗とか・・・・・・だけどそれでも俺は人には成れなかった。ポッカリと空いた心の穴は塞がらず、人の真似をする人形のように生きていたんだ」
あんな環境で生きていたからか俺はゼロのように、人としての生き方が出来なかった。そこで出したのは人の真似をすることで人のように生きること。端から見れば人のように見えるのだがゼロはそれに気がついていたらしく時折悲しそうな顔をして俺のことを見ていたっけな。
「15になって
再び景色が変わる。そこはあの日まで俺が暮らしていた魔導を扱う弾き者たちが寄り添い合う集落。異端同士は寄り添わないとか誰かが言っていたはずだがここではそんなことはなく、隣人同士が力を合わせて生きていた。それこそ、この世界のどこ人間たちよりも人間らしく。
「『魔導は人類にとって害である』、そんな発言をした奴のせいで」
木で作られた家々のドアは見るも無惨に壊され、その場にいた生物がすべて殺されていた。家畜はただ殺されていただけであるが、人はどうしてここまでするのかと問い掛けたくなるほどに無惨だった。四肢がないのは当たり前、眼球がくり貫かれ、舌と耳を切り落とされ、腹を裂かれて中身を繰り出し残るはただがらんどうの肉袋。そしてその死体すべてが例外なく吊し上げられていた。中には首を切り落とされた死体もあるがそれにはフックを使ってまで。
「魔女狩りーーーーーー魔導を扱う者を容赦なく殺すだけの行いだ。どいつもこいつも拷問されて、見知らぬ罪科を背負わされながら死んでいった。笑いながら話しかけてくる叔母さんも、畑を耕していたじいさんも、洗濯物を干していた女も、肉を裁いていた男も、元気に遊び回っていた子供も、全員殺された」
体が震える。ここまでなら俺は乗り越えられた。だがこの先は
「仕事に出ていた俺が帰ってきたときには幸か不幸か殆ど終わっていた・・・・・・そして集落の奥、俺とゼロが住んでいる家の方角から声が聞こえた。俺は全力で走った、嫌な予感が外れることを願いながら・・・・・・でも」
景色が、変わる。変わった場面に浮かび上がるのは俺が拾われた時にやって来た時と変わりのしない散らかった部屋・・・・・・ただ、部屋の中心で、血溜まりに沈む女性と同じ服を着た集団がいることを除いては。
「ーーーーーー
『生き残りか』
『穢れた魔女の一族・・・・・・』
『死んで罪を償え』
『ーーーーーー
【正義の法】の連中が口を開いた瞬間、最早反射的とも言える動きで腰に差していた
『母さん・・・母さん!!母さん!!』
『ん・・・時雨か・・・・・・情けない様見せたね・・・あと半世紀若ければあんな連中簡単に蹴散らせたのに・・・・・・』
『そんな分かりにくい冗談いってる場合じゃないだろ!!早く医者の所に!!』
『無駄だね・・・・・・肺片方潰された上に毒まで撃ち込まれてる・・・・・・もう五分もしない間にお陀仏さ』
『畜生・・・・・・畜生!!』
『ははっ・・・・・・ようやく人間らしくなれたね。いつもあんたは人になろうとしている人形らしくて・・・見ているこっちが申し訳なくなっちまうように生きていたからね・・・・・・あたしの死が切っ掛けとはいえ、あんたが人間に慣れるのなら嬉しいよ』
『こっちは嬉しく無いんだよ!!』
『あんたが嬉しくなくてもこっちは嬉しいよ・・・・・・時雨、あんたは誰がなんと言おうが人間だ。この先、誰かは知らないが大切な
『そんな・・・そんな遺言みたいなことを言うなよ・・・!!』
『あぁ、これは遺言さ。先立つ者が遺す、残った者に向ける呪縛さ。家族は大切にしろ、これがあたしの
『母さん・・・・・・』
『・・・・・・時雨、楽にしてくれ・・・・・・毒が回って苦しくなってきた・・・・・・逝くならこんな自己満足集団の手じゃなくてあたしの手で逝きたい・・・・・・』
『は、ははっ・・・・・・自分の子供に親殺しをやらせるのかよ・・・・・・地獄に落ちるぜ?』
『くくっ・・・どうせ魔女の落ちる先は地獄さ・・・それが早いか遅いかの違いだろう?』
やり取りはそこまで、映像の俺は起こしていた母さんを抱き締めて、青白く汗ばんだ頭に手を添えた。
『ありがとう時雨、自慢のバカ息子』
『今までありがとう、自慢のバカ母さん』
ゴギリ
何が砕けるような湿った音がして、母さんの首はあり得ない角度に曲がって、糸の切れた人形のように力なく倒れた。
ノイズ、ノイズ、ノイズが走り映像が終わる。ばら撒かれていた宝石はすべて砕けて、元の夜の公園に戻っていた。
「これが俺の過去、家族に依存と言ってもいい程の執着を見せる理由だ。答えを言ってしまえば、それが母さんの遺した
体が震える、寒さではなく、あれを間近で見たトラウマから。内羽雀の時のような自己の崩壊寸前までとはいかないがそれでも精神的にかなり来ている。
「これを知って、着いてきたくないというなら、命令に従いたくないというならそれでいい、俺一人でやる。だけど・・・・・・それなら、はやてを守ってほしい。それが俺の願いだ」
震える体に鞭を打ちながらベンチから立ち上がり、公園を後にする。リニスは知っていたから着いてきてくれたが、シグナムたちは公園に残ったままだった・・・・・・
公園に残ったシグナムたちは誰一人として口を開けなかった。前々から知りたいと願っていた時雨の過去の内容の悲惨さに言葉を失っていたからだ。
「ーーーーーー時雨殿は」
最初に口を開いたのはザフィーラだった。音量は小さいが、しっかりとその声はシグナムたちに届いた。
「時雨殿は・・・ツラかったのだろうな、母親を失っていた時は」
「そして今ははやてちゃんを亡くそうとしている・・・・・・それは嫌でしょうね、誰だって何度も家族を亡くしたいとは思わないでしょうし」
続いたのはシャマル、いつもの発言はなりを潜めて真面目な物だった。
「そんな時雨にわ、私は何てことを・・・・・・!!」
「シグナム落ち着け、知らなければああいってしまっても無理はない」
自分の発言の思慮の無さに涙を流すシグナムをスノウが慰める。例えそれがその人からしたら地雷だとしても知らなければ踏み抜いてしまっても無理はない。
「これで私たちが居なくなって時雨さんに闇の書を破壊してもらうって案は無理になったわね、あんな話を聞かされた後じゃとてもじゃないけど実行しようなんて思わないわ。どうするの、シグナム」
最良と思われた手段が使えなくなったことを説明しつつ、シャマルはシグナムに指示を仰ぐ。ボロボロと涙を流していたシグナムだったが何度か嘔吐いた後、涙を拭い、闇の書の騎士たちの将としての顔になった。
「・・・例えそれが最悪の手段だとしても、誰からも批判される道であっても、私は主の・・・時雨の望みを叶えたいと思う」
烈火の将が、主の過去を見て思い至った答えを口にした。例えそれが誰からも望まれない茨の道だとしても、時雨の望みを叶えたいと。
「私も同じだ。私は守護獣、主を守る盾となる者だ。しかしその使命を抜きにしても、私は皆を・・・・・・家族を守りたい」
盾の守護獣が意思を口にした。使命等ではなく、自らの意思で家族を守りたいと。
「私も同じよ。私は今の馬鹿やって皆と笑いあっていられる家族が好きなの。それなのにはやてちゃんが欠けたら、誰かが欠けたらそれがつまらなくなっちゃうわ」
湖の騎士が欲望を口にした。自らの好いた今を、誰一人欠けること無い未来を欲すると。
「主は・・・・・・時雨は、約束してくれたのだ。闇の書の奥で届かぬ光に憧れていた私に、その日溜まりに居させてくれると。なら・・・・・・私がその手助けをしないで何をするというのだ」
闇の書ーーーーーー夜天の書の管理人格が願いを口にした。闇のそこで届かぬ光に憧れ、自らの呪いに嘆いていた自分を救いだして日溜まりに居させてくれるといった主、その手助けをすることを願うと。
「「「「我らは誓う、誰一人欠けること無く、はやてを救い、あの暖かな日常に戻ることを!!!」」」」
闇の書から作られた者たちは誓った。今の主の望みのままに、誰一人欠けること無くはやてを救い、いつも通りの暖かな日常に戻ることを。
語ることはありません。
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