Cブロックリング
そこには覆面で顔を隠した男性
「・・・・・・」
「・・・・・・」
試合前ということもあり二人の間にあるのは和気あいあいとした雰囲気ではなく真剣勝負をする一歩手前の
「試合開始っ!!」
レフリーの開始の声がかかりーーーーーーーーーーーー二人は動かない。時雨はポケットに手を突っ込んだままの自然体で、隱は両手を前に持ち上げて構えているが足の踵はリングにベッタリと着いたままの状態でお互いに向かい合っていた。
「ーーーーーーシッ!!」
先に動いたのは時雨の方だった。小さい掛け声と共にポケットに納められていた拳を隱に向けて振るい、隱の頭に突き刺さる前に再びポケットに納める。一般人からしたら何が起きたのか分からないような不可視の攻撃、これは居合い拳と呼ばれる拳法の一つ。要するに剣術にある居合いを素手で再現しているのだ。拳は刀、ポケットは鞘、一流の剣客の居合いは何時刀を抜いたのか分からないほどの速さを誇る。例にも漏れず時雨の居合いは高速、普通の相手なら何が起きたのか分かる間も無く試合は終わっているだろう。
しかし時雨の居合い拳を受けた隱は仰け反ることすら無く不動、それどころか受けた後に接近して時雨の膝に目掛けてローキックを放った。蹴りがぶつかると爆発音と間違えてしまいそうな打撃音が響く。
「っ!?」
膝を狙った一撃を受けて顔を顰めたがただでは終わらないと時雨は蹴りを放った胴着の袖を取り、
一回目の攻防は時雨が蹴りによって膝にダメージを負い、隱は叩き付けられたことで全身にダメージを負った。ダメージからすれば優勢なのは時雨の方なのだが膝を蹴られたのは痛い。足にダメージを負えば機動力は言うまでもなく下がり、踏み込みが崩れてしまうために蹴りや突きの威力が落ちる。思いの外手痛い反撃を食らった時雨は苦笑し、
「ふっ!!」
膝を蹴られた足を軸足にして蹴りを放った。ここで弱味を見せれば追い込まれると判断してのこの一撃、痛めた足を軸足にするとは思わなかったのかその蹴りは隱の腹部に突き刺さり、
「またっ!?」
カウンターで軸足になった足の膝に再度蹴りが放たれた。関節というのはどう鍛えても丈夫にはならない。加えて二度の特効に近い打撃を受けた時雨の膝は少なくとも試合が終わるまでは使うのに支障が出るほどのダメージを負った。それを好機と判断した隱は一気に攻め立てる。覆面を着けて視界と通気性が悪い中だというのに重たい拳と蹴りの連撃、時雨もポケットから手を出して攻撃を捌いていくが片足が実質使えないという状況から追い込まれていた。そして隱が決めにかかる。
時雨の手を取り関節を極めて足払いをかけて飛んだ。時雨の体は宙にあり、眼前には隱の肘がある。これが決まれば時雨はリングに叩きつけられると同時に腕を折られて顔面に肘を叩き込まれることになる。
ーーーーーー圓明流、
初見ならば対処が遅れていたであろうが幸いにも時雨は知っていた。リングに叩きつけられる前にオーバーヘッドキックのような蹴りを隱の後頭部に叩き込み、体制が崩れた隙に腕を逃がして顔をそらす。結果、腕は折られることなく肘は時雨の首筋を薄く切る程度で終わった。
「あーあ・・・・・・血が出てるよ・・・・・・」
「・・・・・・」
首から出ている血を手で拭う時雨を前にして隱は最初の構えを取る。
「こんなに血が出てよぉ・・・リニスが、シグナムがスノウが心配するじゃねぇかよ・・・・・・」
ベッタリと血が着いた手で前髪をかき揚げて時雨は隱を睨んだ。時雨の雰囲気が代わったことを察した隱は高速でリングを駆けながら攪乱しようとする。その速さは尋常ではなくモニター越しに見ている観客からすれば隱が消えては現れているようにしか見えなかった。そんな隱の高速機動に対して時雨は不動、だらりと手を下げたまま動かなかった。そして隱が姿を現したら場所は時雨の真下、逆立ちになって時雨の首目掛けてハサミのように開いた足を閉じようとしていた。
ーーーーーー圓明流、
開いた足を高速で閉じることで鎌鼬を発生させ足をかわしたとしても鎌鼬が相手の首を切り裂く技。その技を前にして時雨は足を避けるのではなく逆に前進して足の間に体を入れた。こうすれば足は閉じられずに鎌鼬が発生することはない、だからといって戸惑い無く高速で閉じられる顎を前にして前進することが出来るのだろうか?普通なら無理で時雨だから出来たという話だろう。予期せぬ対処法に隱は一瞬体を強張らせる。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その隙を見逃す時雨ではない。獣染みた方向をあげながら左手で胴着をつかみ、右手で隱の顔面をつかんでリングに叩きつける。何度も何度もリングに叩きつけ、十いくかどうかのところで隱が強引に時雨の顔面に拳をぶつけることで離れることに成功した。しかしそのせいで時雨につかまれていた覆面が取れて隱の顔が晒されることになる。
髪は雑に切り揃えられた銀髪、目は普段では見ることは無いだろうオッドアイ、そして覆面に隠されていた顔を時雨は知っていた。
「あぁ、やっぱりお前か」
「ゲホッ・・・・・・バレてましたか?」
「何となくそんな気はしていたさ」
隱の正体は鳳凰院御門、鳳凰院帝王の実子であり実年齢九歳であるはずの彼だったが今はどう見ても二十代の肉体に成長している。
「アーカードだな」
「そうですよ・・・・・・もっとも身体能力は自前ですけど」
「そうじゃなかったら
「危なかった・・・・・・!!」
御門がこの姿になっているネタは彼のデバイスであるアーカードにあった。御門はアーカードとユニゾンすることで体を成長させることが出来るのだ。若人や老人はもちろん、頑張れば性別を変えることも出来るのだとか、無論御門はそれをしないしこれから先もするつもりはない。
「正体がバレたからといって止めるのか?」
「止めませんよ。このまま勝たせてもらいます」
「上等」
御門が構えを取ると同時に時雨は痛めていない足一本で御門の懐まで飛び込み、
「シィッ!!」
「ガァッ!?」
拳を叩き込んだ。御門は反応できなかった。まばたきをした一瞬の隙をついての一撃、それは御門が受けた場所が千切れたのではないかと錯覚する程の威力だった。そして時雨の攻撃は止まらない。腎臓、膵臓、心臓、肺、喉と人体の急所ばかりを的確に殴り抜く。
「ーーーーーーぁぁあ!!!」
命を刈り取る連撃を受けながら御門は反撃に右の拳を振るった。それは偶然にも時雨の心臓を狙っていた右の拳とぶつかりあいーーーーーーゴキリと嫌な音がして弾けとんだ。最悪でも手の骨が粉砕したであろう激痛を歯を食い縛りながら堪えて御門は残された左の拳を時雨の腹に添える。
ーーーーーー圓明流、
拳を振動させながら突き出すことで打撃ではなく衝撃で相手の内部にダメージを与える技。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ギィッ!!」
無空破を受けた時雨は衝撃によるダメージで口から血を漏らしているが堪えた。そして御門は無空破を放ったことにより動きが止まる。時雨は左手で御門の腕をつかみ、逆関節を極めながら一本背負いをかける。動けなくなった御門にそれに抗う術はなく、腕を折られることはなかったがリングへと叩きつけられた。
「歯ぁ食い縛れや」
起き上がる間すら与えずに時雨は御門の腹を踏み抜いた。中国拳法にある技術の一つ震脚を利用した踏みつけは御門という緩和材がありながらもリングを砕くほどの威力を誇った。
蜘蛛の巣のように割れたリングの上にいるのは瓦礫に沈む御門と膝と拳にダメージを負いながらも立っている時雨。それを見たレフリーは試合を止め、勝者の名前を叫んだ。
Cブロック代表、八神時雨
Dブロックリング
そこにはザフィーラと高町恭也が対峙していた。
「(強いな・・・・・・)」
恭也の雰囲気から強さを感じ取り相手はこれまで戦った者たちとは別格だとザフィーラは悟った。一騎討ちのような一度限りの戦いの場であるなら全力を出し、負傷を省みずに戦うことができる。しかし今回のような複数の戦いが用意されているトーナメントならば消耗と負傷をできる限り押さえた方が後々に余裕が出てくる。実際にザフィーラはこれまでの戦いは一撃で、相手の攻撃を受けないようにして戦ってきた。だがこの相手は別格、これまでのように出し惜しみをしていてはもたない。
「試合開始っ!!」
「フンッ!!」
「ハァッ!!」
開始の声と共に両者は拳を相手の顔面目掛けて突き出す。それをお互いに紙一重、風切り音が聞こえるほどの近距離でかわして頭突き、鏡合わせのように同じ動きの流れを崩したのはザフィーラだった。痛みを堪えながら右足を恭也の股間目掛けて蹴りあげる。それを受けるわけにはいかないと両手をクロスさせて蹴りを押さえるがそこにザフィーラが飛び上がって左足で顔面に蹴りを放った。たたらを踏む恭也に対してザフィーラは後退して距離を取る。最初の攻防を制したのはザフィーラだったがかなりギリギリの物だった。最初の拳、あれをもし受けていたらザフィーラは間違いなくリングに沈んでいた。それだけの威力があの拳に込められていたのだ。無論ザフィーラの拳も出し惜しみをしたわけではないがあの拳には劣る。
残念なことにここで性別の差が出ていた。
ザフィーラは確かに一般男性に比べれば力は強い方だが、流石に鍛え上げられた一流の武芸者相手では劣ってしまう。魔法による強化があるならば話は別になるだろうが今回は使用していない、というよりもザフィーラは使うつもりはなかった。時雨から魔法は使わないようにと言われていたし、ザフィーラ本人も素の実力で時雨と戦うことを望んでいたからだ。
「くっ、くくく・・・」
静かなリングに響くのは恭也の笑い声。ザフィーラの蹴りによって腫れつつあった顔を狂気染みた笑顔で歪めながら恭也は真っ直ぐに
「イイ・・・イイぞ・・・イイ蹴りだ・・・・・・時雨の家族を名乗ってこの大会に出ているのだからこのくらいやってもらえないと困るんだよなぁオイ・・・・・・」
「なるほど、戦闘狂の類いか」
言動から恭也の本質を見抜いたザフィーラだったが恭也本人からすれば【それがどうした】程度の物だった。この本質を見抜いた時雨はもちろん恭也の父である高町士郎と恋人である月村忍も恭也の本質は知っている。恭也はこの意味嫌われるであろう戦闘狂の本質を隠すつもりはなかった。
ーーーーーー日常を愛する俺と戦闘を楽しむ俺、どちらも俺だしどちらも愉しいんだ
時雨と知り合ってからしばらくあったある日に恭也が言った言葉である。
ーーーーーー狂ってるな、まるで糸の切れたことに気がつかないで躍り狂ってる
それに対して時雨は楽しそうに笑いながらその言葉を肯定した。
あぁそうだ、自分は糸の切れた操り人形でいい。ただただ、
そしてザフィーラの前から恭也が消えた。理性が探そうとする前に本能が危険を察知してその場から転がるようにして逃げる。そこには拳を振り下ろした姿の恭也がいた。あの一瞬で恭也はザフィーラの背後に回り拳を振り下ろしたのだった。
拳が空を切ったことなど意に介せず恭也は立ち上がろうとしているザフィーラに接近して蹴りを見舞う。サッカー選手がボールを蹴るようなモーションで放たれた蹴りは深々と胸部に突き刺さる。
「ーーーーーガハッ!!」
その衝撃はザフィーラの肺にあった空気を根こそぎ追い出し、肋骨に悲鳴を上げさせた。あぁ折れたかもしれないなとどこか他人事のように薄れいく意識の中で考えていたザフィーラだったが落ちてリングに叩きつけられたことで正気を取り戻す。
一瞬でも意識が飛んでしまったことを恥じ、飛び起きながら恭也を探すが姿が見えない。そして再び本能が警鐘を鳴らす。
「上か!?」
「ハァァァァァァ!!!」
上を見れば仮面ライダーの必殺技のように片足を突きだした体制で落下してくる恭也の姿があった。あれを受けるなど論外、間一髪でその場から飛び退いたザフィーラの脇に恭也が落ちてくる。その威力は凄まじく、リングを砕いた足は付け根までリングに埋まった。もし避けるのが一瞬でも遅ければザフィーラがリングに埋まっていただろう。
「(力、速度共にあちらの方が上か・・・・・・だが、時雨殿の本気に比べれば)」
ザフィーラはかつて平行世界に訪れた時の時雨の戦いをすべて知っていた。どうしてザフィーラが平行世界の時の時雨の戦いを知っているかというとシュテルが密かに監視スフィアを使って時雨のことを盗撮していたからである。ディスクに保存されていたそれをリニスが発見、まともな奴が見るものではないと時雨によって破棄されたがザフィーラはその映像を見ていた。その映像すべてがザフィーラを震えさせた。そして誓った、あれ程までの圧倒的な存在と戦ってみたい、自分のすべてをぶつけてみたいと。
恭也の蹴りによって痛めた肋骨のせいで動き回ることができない。ならば狙うはカウンター。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
爆発的な加速を見せて恭也があげた拳を振り下ろす。それは一撃でザフィーラを沈める程の威力を持った驚異。
「ーーーーーーフンッ!!」
それに対してザフィーラが行ったのは突き。パンチのような緩やかな弧を描く物ではなくただ真っ直ぐに突き出すだけの物。
そして恭也の拳がザフィーラに届き、ザフィーラの突きが恭也に届いた。両者の動きが止まり、レフリーが駆け寄ったときに崩れ落ちたのはーーーーーーーーーーーーーーーーーー恭也だった。白眼を剥き、だらしくなく開けた口からは舌が飛び出している。
恭也の拳はザフィーラの顔面を狙ったものだった。直感的に顔を狙っていることを察したザフィーラはその拳を歯を食い縛り、額で受け止めた。来ることが分かっているなら耐えることもできた。
ザフィーラの突きは恭也の喉を狙った物だった。生き物は呼吸をして酸素を取り込まなければ活動することができない。だからザフィーラは恭也の喉を潰して意識を奪うことにした。剣士としての冷静な恭也ならば防げたであろう一撃だったがここにいるのは戦闘狂の恭也、自分が
しかし代償は大きい。突進して来る恭也に向けて突きを出す、それは分かりやすく言えば走ってくる自動車に真っ正面から突っ込むことと同じだった。突きを出したザフィーラの左手の人指し指と中指は折れ曲がっていた。
しかしそれでもザフィーラは痛む肋骨と指を無視して恭也に勝てたことを示すようにガッツポーズをした。
Dブロック代表、ザフィーラ
代表四人が決定しました~
Aブロック 高町士郎
Bブロック 鳳凰院帝王
Cブロック 八神時雨
Dブロック ザフィーラ
終わりが近づいて来ましたね~次かその次くらいで終わる予定です。
ザフィーラがこのメンツ相手に戦えるのか・・・・・・作者の腕にかかっていますね!!上手く書けたら良いなぁと考えています。
感想、評価をお待ちしています。