時雨がオルタと化してイリヤのツヴァイフォームを下していた頃、海に出ていた時雨の家族たちは海上にて戦闘を行っていた。元々は時雨の提案により海にある【何か】の調査をするために海に出ていたのだが、あのここで戦っていた少女たちが何かをしたのかその【何か】が少女の形を作り、襲い掛かってきた。シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人はこの少女に心当たりがあったのか喜びを含んだ声で近寄っていったのだが・・・・・・帰ってきたのは殺意を持った攻撃だった。反射的にその攻撃を避けることが出来たのだがそれでも三人は重傷であることに代わりはない。
現在は闇の書の騎士であるシグナム、ザフィーラ、シャマル、そして管理人格であるスノウの四人が少女と戦っているが戦況は五分と五分ーーーーーーいや、僅かながらに少女が押している。他にも人はいるのだがはやては論外、ギルガメッシュははやての守護の為に動けず、ヴィータと御門、ヴィヴィオとアインハルトは少女との実力の差を理解しているのでシグナムたちの邪魔を阻害しないように、そして身を守る為にギルガメッシュの後ろにいた。シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人は重傷の体を引きずりながら戦場に近づこうとするが無理だとはやてに止められていた。
「くっ・・・ユーリ・・・・・・!!」
「シット!!あの金髪幼女め・・・・・・!!こんなところで死ぬわけにはいかないんですよ・・・・・・!!時雨とラブラブイチャイチャの胸焼けするような甘々のR18エブリデイを過ごすまではーーーーーー!!!!」
「・・・・・・ねぇ王さま、シュテルんこのまま逝かせちゃった方がお兄さんの為何じゃない?」
「・・・否定、しきれぬなぁ・・・・・・」
どうしてこうなったのだろうか・・・・・・などと傷のことなど忘れて思わず思案に更けてしまう。
そんなやり取りをしている中でも戦闘は続いていく。シグナムたちが押されていく理由には大間かに二つある。一つは少女、ユーリの背中から生えている巨大な二本の腕。一見して見れば炎のようにも見える腕は並の障壁ならば容易く砕くほどの威力があり、盾の守護獣であるザフィーラの障壁でなければ防ぐことは出来なかったーーーーーー最も、そのザフィーラの障壁でさえも砕かれる一歩手前といったギリギリではあるが。しかしその腕の攻撃だけならばシグナムが隙を突き一刀で叩き伏せているだろうがそれが二つ目の理由になる。ユーリの周りには彼女を守るように障壁が張られているーーーーーーそれも三層、例え一層破壊できたとしても二層目に届く前に腕によって振り払われ、そして距離を取った隙に障壁は修復されていく。破壊力を持った腕の攻撃、そして修復能力を持った障壁、その二つの矛と盾がシグナムたちに劣勢を強いていた。
「どうして・・・・・・引かないのですか」
ユーリは涙を流しながら問いかけた。本来ならばユーリ本人は争いを望まない優しい性格であった。
ならばどうして彼女は戦っているのか?それはユーリの核となっている永遠結晶エグザミア、そしてそれを守護するために組み込まれた
傷つけたくない、だが傷つけてしまう。
理性が嘆こうが組み込まれた
「どうして、か・・・・・・何、理由は簡単な物だ」
「そうだな、考えるまでもない」
「そうよね、とっても簡単だわ」
「あぁ、確かにそうだな」
「「「「お前(貴女)がシュテルたちを傷つけたから。それだけで十分だ(よ)」」」」
四人の口から出るのは全く同じ返答、そして実に単純な物だった。
身内を傷つけられたから報復する。やられたからやり返す。それは至極単純な理由にして、誰もが出来るようで出来ないものだった。自分に毒されたかもしれないと時雨が聞いたら言いそうなのだが彼女たちは喜ぶかもしれない(シャマルを除く)
子供のような理由を聞いてユーリはシグナムたちを羨ましく思った。自分が出来ないことをやれる、それは他人からすれば当たり前であればあるほど感じる妬みの感情。それなのに体は、組み込まれたシステムは感傷に浸ることすら許してくれない。目の前にいる四人を凪ぎ払い、後ろにいたはやてたち目掛けて突進する。システムが下した命令はーーーーーーこの場において最低の戦闘力を持つ者から排除する。この中で戦えないのは言うまでもなくはやて一人。
「ほぅ、こちらに来るのか傀儡よ。
ギルガメッシュの手が上がると共に彼の蔵が開かれ黄金の渦の中から古今東西に名を馳せた宝具の原典が現れ、射出される。降り注ぐ宝具の豪雨を前にしてユーリは突進の手を緩めることはしない。二本の豪腕を振るい宝具を蹴散らし、それでも溢れるものは張られている障壁で受け止める。一層、二層と破壊されながらもユーリはヴィマーナの前にたどり着き、豪腕をはやてに向けて伸ばした。
「ーーーーーーーーー天の鎖よ!!」
はやてに伸ばされた豪腕をギルガメッシュは彼の朋友の名を持つ鎖の宝具にて拘束する、が
「無駄です」
「しまーーーーーー」
豪腕が鎖の拘束に抗うようにはやてに伸ばされた。性格には拘束されたところから腕を伸ばしている。ギルガメッシュは神すら逃れられない宝具に慢心していたことから反応が遅れる。
「ーーーーーーごめんなさい!!」
「ーーーーーーへ?」
そして誰もが動けずに五指が開かれ、はやてが豪腕に包まれようとしたときに、彼女を突き飛ばす者がいた。それは御門だった。ただ一人ギルガメッシュの慢心によって失敗することを警戒していた御門ははやてを突き飛ばすことで豪腕から逃すことに成功した。突き飛ばす力が強すぎてはやてがヴィマーナから落ちてしまったがそれは誰かが回収に向かうだろう。
それよりも問題は御門だ。彼が考えていたのははやてを助けることだけ、つまりそれはーーーーーー自分の身を守ることを考えていない。はやてを突き飛ばすことには成功した。しかし、その代わりにはやてのいた場所には御門がいる、そして御門はそれから逃げられる程の余力を残してはいない。
「御門っ!!」
「ヴィータ・・・・・・」
ごめんね、と口が動き音が届く前に五指は閉じられーーーーーー
ゴシャッ!!!
豪腕から、何かが潰れるような音がした。
「ーーーえ?」
「ーーーーーー」
「なーーー」
「ーーーーーー嘘?」
「ーーーーーーくっ」
「御門・・・さん・・・?」
「そんな・・・・・・!!」
突き飛ばされたはやてはシャマルによって助けられたがヴィマーナに乗っていたものたちはこの光景を信じられないでいた。
命が無くなる瞬間というのは余程のことが無ければ目にはしないだろう。それなのに御門の命は容易く奪われた。ユーリの豪腕からこぼれ落ちる赤い滴が何よりの証拠。
「みか・・・ど・・・?」
ヴィータは御門が死んだことを信じたくはなかった。しかし彼女は闇の書の騎士、すぐに目の前の光景を受け入れーーーーーー御門の死を理解してしまった。
「ーーーーーーーーーーーーてんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
激高したヴィータがアイゼンを片手にユーリへ突進する。本心としてはその一撃を受け止めたいのだがそれをシステムは許してくれない。魔力によって触れてしまうだけて蒸発するような超高温の炎の剣を構築する。そしてそれをヴィータに向かって降り下ろそうとしたとき
「ーーーーーー
横合いから乱入者が現れて炎の剣を砕いた。そして阻むものが無くなったヴィータの一撃は障壁にへとぶつかり二層目まで砕いた。鎖の拘束が緩くなっていたのでユーリは距離を取り、乱入者を警戒する。
「どういう状況だ」
それは先程まで平行世界の魔術師と死闘を繰り広げていた時雨だった。
「父ちゃん・・・・・・御門が・・・・・・御門がぁ・・・・・・!!」
時雨の姿を確認したヴィータが泣きながら時雨へと抱きつく。ヴィータの言葉とヴィマーナの上に残されていた血痕から何があったのか大体のことは把握できた。
「そうか・・・無様だな、英雄王。お前がいてこの様とはな」
「・・・・・・そうだな」
「なんだい?えらく殊勝じゃないか」
「・・・・・・何故だ、どうして家臣一人がいなくなっただけでこうも虚しい?」
「・・・・・・虚しいじゃねぇよ、その感情は多分悲しいって言うんだ」
「悲しい・・・そうか・・・これが・・・」
時雨の言葉を受けてギルガメッシュは暗い表情で自らの胸に手を置いた。史実によればギルガメッシュが悲しんだのは朋友であるエルキドゥが死んだときの一度だけ、それならば悲しいという感情を理解しできないとしても不自然ではない。
「さて・・・・・・御門!!何してんだ!!」
ヴィータをあやしながら時雨はユーリへーーーーーー性格には閉じられたままになっているユーリの豪腕に向けて叫んだ。
「・・・無駄です、この人はもう・・・・・・」
「へぇ、ならなんでその手を開かない?死んでいるならさっさと手を開いて死体を捨てれば良いじゃないか。それなのに開かないと言うことはまだ息があるんだろ?」
「ーーーーーー」
確かに、時雨の言う通りシステムは手を開いて御門の死体を捨てることを命令している。しかし何故か、ユーリ自身の直感はこの豪腕の手を開いてはいけないと告げていた。
「おい御門!!ヴィータが泣いているぞ!!お前がヴィータを守ると決めたんじゃないのか!?あの日に俺の前でヴィータを守りたいと誓ったことを忘れたのか!?」
時雨は御門に向かって叫ぶことを辞めない。どこからどう見ても、この状況であるなら御門は死んだと断定するだろう。しかし時雨だけは、御門の生存を信じていた。
「御門!!」
「(ここは・・・・・・)」
はやてを助け、ユーリに握り潰されたはずの御門は雨に打たれコンクリートの上で倒れていた。そして泣きそうになりながら前世での御門の名前を呼ぶ学生服の少年の顔が見える。
「(こいつは・・・・・・俺の友達だった)」
泣きそうになっている彼は前世での御門の友達だった少年。いわゆるオタク趣味を持っていた御門は周りから疎外されがちだったが同じ趣味を持つ彼は自分のことを友達だといって笑ってくれた。ある雨の日のこと、御門はこの少年と学校から帰っていた時に信号無視をしたトラックに引かれそうになり、反射的に少年を突き飛ばして助けたのだった。今考えればどうしてそんなことをしたのかわからないのだがその結果少年は助かり、御門はトラックに引かれた。そして神を名乗る人物に会い、特典を貰って転生することになったのだ。
そして場面は変わる。天候はさっきと同じ雨。しかし地面は土で、側には相井神悟が立っていた。
「(これは・・・相井に負けた日の・・・・・・)」
この日はリリカルなのはの世界に転生し、ハーレムを作ると意気込んでいた自分が同じ転生者であろう相井神悟に目をつけられて決闘をして負けた日。そして相井神悟に特典である
「これは・・・・・・死に間際の走馬灯ってやつかな?」
「貴様はここで諦めるのか?」
相井神悟のクサイ言葉と雨がまるでビデオの静止スイッチを押したときのように止まり、御門の前に影が立つ。それは子供のようで、大人のようで、男のようで、女のような存在だった。
「貴様は死に、そしてこの小僧に負け、そして今再び死にかけている。ここで諦め、死を受け入れるのか?」
「ーーーーーーーーー」
影から再び問いが投げ掛けられ、御門の心臓がドクンと高く脈打つ。自分は今、ユーリに握り潰され死にかけている。確かにここで死を受け入れれば楽になれるのだろう。自分には優しくない世界、この世界に来たばかりの御門であったなら迷わずに死ぬことを選んだのかもしれない。
「・・・や・・・・・・だ・・・・・・」
痛む体に鞭を打ちながら動かそうとするが思うようにいかない。確かに世界は御門にとっては優しくないのかもしれない。それでも時雨は、はやては、リニスは、シグナムはザフィーラはシャマルは自分に優しくしてくれた。時雨からは色々と便宜を図ってもらい、はやてからは疲れた体に優しい飲み物をくれたり、リニスからは魔法を教わり、シグナムからは剣を教わり、ザフィーラからは体術を教わり、シャマルからは・・・・・・・・・何かをしてくれたはずだ、うん。
そして何よりもヴィータの存在が大きい。相井神悟に負けてすべてに対して無気力になっていた自分を救ってくれた。もしかしたらこちらのことを考えずにヴィータが遊ぶためだったのかもしれない。しかし、それでも自分は救われたのだ。あの言葉に、あの笑顔に、あの態度に、救われて御門はこの先に待ち受けている避けようのない不幸に見舞われるヴィータの助けになりたいと願ったのだ。ならば、こんなところで死ぬわけにはいかない。そんなことをすればあの夕暮れの河川で時雨に誓ったことが嘘になってしまう。
全身が燃えるように熱いーーーーーーそれがどうした
手足には感覚が無くまるで石のようーーーーーーそれがどうした
頭で動けと命令しているのに体はそれに従わないーーーーーーそれがどうした
いつの日か死はやって来るのだろう。それは人として生きるのなら避けられないことなのだ。しかしそれでも御門は今の死を受け入れることはできないーーーーーーあの少女を、まるで太陽のように微笑む少女の笑顔を守りたいと誓ったのだからーーーーーーーーー!!!
「諦めを拒み、苦痛を選ぶか」
影からどことなく嬉しそうな声が聞こえると同時に御門の視界にあるものが入った。それは黒い【何か】。まるで液体のように流動しながら黒い【何か】は御門の顔の近くに集まる。普通ならば嫌悪するような存在であるそれを何故か御門は舌を伸ばして受け入れようとした。
「諦めが人を殺す。人は諦めを拒絶した時、人間は人道を踏破する権利人となるのだ」
影からの声は御門の耳には届かない。顔を雨のせいでぬかるんだ泥で汚しながらも御門は舌を伸ばしてーーーーーー
黒い【何か】を、受け入れた。
「っ!?」
ユーリの閉じられていた豪腕の手が軋む。ここに入っているのは肉の塊になった、もしくは死にかけているはずの少年のはず。それなのにこの手は
「ハハッ!!そうだろう?そうでなくっちゃな!!お前は一度心を完全に折られて再起した!!それは即ち諦めを受け入れて拒絶したと同意義だ!!ならここでお前は諦めを受け入れない!!拒絶するに決まっている!!そぉら!!刮目してみろよ!!お前が殺したと思っていた者が意気揚々と帰ってくるぞ!!」
ユーリの驚愕に満ちた表情を時雨は笑い飛ばした。そして僅かに豪腕の手が開かれ、そこから白と黒の銃身が飛び出した。隙間の無かった銃身の間隔が徐々に開かれていきーーーーーーーーー豪腕から
黒のメッシュの入った銀の長髪を靡かせ
白銀のコートを風にはためかせ
左右で色の違う目を真っ直ぐに時雨にへと向ける
豪腕で握り潰されたことなど無かったかのように堂々とした立ち振舞いで青年ーーーーーー御門は時雨の元へと向かい、膝を折った。
「ただいま、魔術師」
ニヒルな笑みを向けた御門を見た時雨は優しい笑みを御門に向けーーーーーーーーー
その顔面を、思いっきり蹴り飛ばした。
「あびゃ!?」
「なぁにがただいま魔術師だよあ゛あ゛ん!?お帰り魔導師とでも言えばよかったのか!?言うわけ無いだろうが!!お前は自分を粗末にし過ぎだ!!もっと自分を大事にしろや!!おいギル!!お前も蹴るの手伝え!!」ゲシゲシゲシゲシ
「高々臣の身分にして
「ちょ!?やめ!!やめて!!横腹とか肩のつけ根とか地味にキツいところばかり蹴らないで!!リニスさんもニヤニヤしながら参加しないで!!シャマルさんはそんな羨ましそうな目でこっちを見ないでください!!」
この光景を説明するならカオスと言うしかないだろう。さっきまでシリアス満点の空気だったはずなのに今ではシリアル満タンである。あと御門は気づいていないが時雨に蹴られている姿を見てシュテルが御門のことを羨ましそうに見ていた。もちろん時雨はそれに気がつきながらスルーである。
「御門!!」
そこにヴィータが割って入って御門に抱きついた。ヴィータのことに気がついた時雨たちはリンチをやめて御門とヴィータから距離を取る。空気が読めないのと空気を読まないのは違うのだ。
「ヴィータ・・・・・・」
「バカ!!バカバカバカバカバカ!!このバカ!!死んだかと・・・・・・死んだかと思ったんだぞ・・・・・・」
「うん・・・・・・ゴメンね」
今ここに泣きながら腹に抱きついている少女をあやしている銀髪の青年の絵が完成した。
お巡りさん、こっちです。
「・・・・・・はぁ、次やったらプリンセスカメハメハが考案した殺人技全部実行するとして・・・・・・御門君、一つ忠告だ」
「何ですか?」
「興奮しているヴィータは高確率で抱きつきからさば折りに移行する」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?内臓と肋骨が悲鳴をあげるぅぅぅぅぅう!?!?」
無意識でヴィータが御門に刑を実行しているのを満足げに眺め、時雨は距離を取って離れたところに浮かんでいるユーリに顔を向けた。
「さて少女よ、なぜ泣いている?」
「・・・・・・悲しいからです。私は人を傷付けたくない、でも私に組み込まれたプログラムがそれを強要する。だから泣いてるんです」
「なら助けを求めれば良いじゃないか」
「それは無駄です。助けを求めたとしても誰もが私を助けられない」
「求めよ、さすれば得られんって知ってるか?」
「求めたとしても私には得ることは出来ません・・・これなら、私なんて生まれてこなければよかったのに・・・・・・!!」
時雨からの問いかけに答えていくうちにユーリの瞳から流れ出る涙の量が増えていく。心の内に閉じ込めてしまえば耐えられることは出来ても口にしてしまえば耐えることが出来ないことがある。ユーリの状態はまさにそれだった。時雨との短い会話で本心を出してしまったユーリは傷付けたくない理性と破壊してしまうシステムとの磨耗で自分の存在を嘆き悲しんだ。
「ーーーーーー【人は、天使よりも優れた存在である】」
「・・・・・・?それは?」
「俺の知り合いのエセ神父が持っていた聖典の中の一文だ。善と悪の二面を持ち合わせながらにして悪の味を知りながらも善とあろうとする人間は善しか知らない天使よりも優れているって意味らしい。あぁ、うん、己を悪と知りながらその己の存在を悪しと嘆けるのならお前は善何だろうよ。あぁそうだ、今はストレスも発散できていい気分なんだ。例えば、どこかにいる救われない少女でも気紛れに助けたい気分なんだ」
そこまで言い切り、時雨はわざとらしく間を開けた。シュテル以外のマテリアルとユーリを除いた人間は時雨が何をしたいのか理解できた。理解して、こう思った。
あぁ、時雨らしいなぁ。と
「さぁユーリ、お前はどうして欲しい?叶わないと知っていても叶えたい願いがあるんだろう?」
なんとも意地悪な問いかけである。そしてユーリは叶わないと知りながら叶えたい願いを口にした。
「誰か・・・・・・助けて・・・・・・」
「承知した」
【I am the bone of my sword.】
一言、時雨の口にした一説の言霊により世界が変わる。そこは海原のまっただ中などではなく数え切れないほどの剣が墓標のように乱立した剣の丘。その世界にいるのは時雨と、剣の丘において存在を許したユーリだけである。
「ーーーーーーーーー
時雨自身のではなく、この世界の持ち主たる彼の詠唱を唱えて手にしたのは夫婦剣干将莫耶。それは時雨が改造した攻刀守剣の形ではなく、とある弓兵が持っていた原型の双剣の形をしていた。
「
この夫婦剣に刻み込まれた彼のすべてを読み込む。この場において必要なのは彼が多くの戦いを制してきた【必殺の一撃】。擬似的な物は作り出したが今ここではその贋作では役に立たない。もとめるのは彼がの剣で編み出した必至となる真作の戦術のみーーーーーー!!
二つの曲線
引かれ合う陰と陽
連続投影
剣術自体は基本を守る。
即ち、
鶴翼不欠落
心技至泰山
心技渡黄河
唯名納別天
両雄倶別命
「
干将莫耶から経験を余さず読み込む。これから行うのは弓兵が必至とした三手。余計なことなど考える暇はない。ただ読み込んだ経験に身を委ねるのみ。
「ーーーーーー
一手目、手にした干将莫耶を投げる。左右から同時に、全力をもって一投する。弧を描きながら二つの刃は敵の首めがけて交差するように飛翔する。鶴翼は美しい十字を象る。如何なる英傑でであろうともまともに食らえば無傷ではすまない。
「ーーーーーー」
全力の一投はユーリの周りに展開されていた障壁によって防がれた。本来なら防がれようと弧を描きながら戻ってくるはずの双剣は弾かれて有らぬ方向へと飛んでいく。
これで時雨は無刀。それなのに時雨はそのまま地面を蹴ってユーリへ向かい突進した。
「ーーーーーー
「同じ武器・・・・・・?」
接近したことで振り下ろされたユーリの豪腕を再び投影した干将莫耶でいなす。なぜその武器を、という表情をユーリはしているがこれは無意味ではない、否、この攻撃はこの夫婦剣でなければ成立しないーーーーーー!!
「ーーーーーー
豪腕からの攻撃がされる直前、あり得ない方角から奇襲があり、振るわれる寸前の豪腕を切り落とした。
「なっ!?」
予想できなかったであろう一撃にユーリの動きは一瞬止まり、その隙に莫耶を叩きつける。その一撃に莫耶は耐えきれずに砕け散ってしまったが展開されている障壁の一層を砕いた。
「ーーーーーー
「またーーーーーー!?」
二度、背後から飛来するのは砕け散ったはずの莫耶。言うまでもないがこれは投擲し、障壁に弾かれた一度目の双剣。
干将莫耶は夫婦剣、その性質は磁石のように互いを引き寄せ合う。つまりは、この手に干将が有る限り莫耶は自動的に手元へと戻ってくるーーーーーー!!
残された豪腕が振るわれようとした瞬間に莫耶の奇襲によって再び切り落とされた。そして残った干将を叩きつける。叩きつけられた干将は先程の莫耶同様に砕け散ってしまったが障壁の二層目を道ずれにする。
時雨の攻撃はここで止まる。二つの干将莫耶、四つの刃による前後からの同時攻撃はユーリの障壁を二つの打ち砕くだけに終わってしまった。対するユーリも動けない。障壁と豪腕が破損したことによりプログラムが全動力をもって修復を強制する。ここで手詰まり、完全に無防備をさらけ出したままに時が進む。
ーーーーーーされど、時雨の手にはその先が用意されている。
「ーーーーーー
ユーリの表情が凍りつく。時雨の手にあるのは干将莫耶。理性がそれを何とかしろと叫びかけるがプログラムがそれを無視して破損した豪腕と障壁を修復する。そして無防備なままのユーリに向かいーーーーーー
「ーーーーーー
渾身の一撃を胴体めがけ、左右から双剣を振り抜いた。その一撃は最後の障壁を砕き、そしてユーリ本体にも届くほどの威力を持っていた。
「(これで・・・・・・誰も傷付けないですむ・・・・・・)」
体に走る激痛を受け入れながらユーリは誰も傷付けないですむことを喜んでいた。時雨の一撃はユーリの体に深刻なダメージを与えた、それも顕現するのが困難になるほどの物を。自分が消えれば誰も傷付かないですむ。ユーリは数秒後に来るだろう消滅を心待ちにしていた。
しかしそれを
今回も難産でしたよ~まさかの一万字越えです。この小説の一話平均が大体五千字ですので単純に倍ですね。辛かったです。
御門君のなんやかんやはまた別の機会に説明したいと思います。
後大体2、3話でGOD編は終わりそうです。
感想、評価をお待ちしています。