ここは地獄かと問いかけたくなるような光景がここにはあった。炎の巨人が顕現し、無機質であるはずのコンクリートが燃え盛る。そしてその炎に当てられた空が真っ赤に染められる。形容するなら地獄、魔女の釜、というのが相応しいこの惨状の中でとある集団が同じ顔をした軍団と戦っていた。
戦の華、とでも言うべきか。
剣閃を煌めかせ
急所に殴打を振るい
数十もの拘束を一息の間にすませ
獄炎を燃やし
雷鳴を轟かせ
暗黒を爆ぜらせる
軍団に立ち向かっているのはまだ未熟な体つきをしている少女三人と成人したと思われる女性三人。数だけを見れば六人対おおよそ百人、しかも倒されたとしても即座に復活してくるような不滅の軍団。それらを相手にしていながら彼女たちは衰えることなく、寧ろ猛っているように見えた。
「ーーーーーーーまったく、ここまでくると呆れるというよりも寧ろ感心してくるな。すでに
多少荒くなった息を整えるためか独り言のように呟く剣を持った女性、シグナムは倒してなお増え続ける軍団を見据えながら警戒をしていた。
「四十か、私は五十は倒しているはずだぞ」
その呟きに反応して青い武道家が着るような服に身を包んだ女性、ザフィーラが同じような服装の男性の鳩尾に拳を叩きつけながら答えた。殴られた男性は光になって消滅する。
「四十から数えていないだけだ。しかしよくもここまで我々相手に質量戦を維持できる物だな」
「確認してみたけど一定数から増えはしないけど減りもしないみたいよ」
シグナムとザフィーラに狙いを着けた五人の四肢をバインドで拘束して金髪の女性、シャマルが会話に加わった。シャマルの指示かバインドは徐々に強く締め付けていき、最後にはブツンと四肢を切断した。いわゆる達磨状態になった五人は光になって消滅する。
「敵のレベルはそう高くないけどまるで無限に沸き続ける無双ゲーをしている気分だわ。どうにかしないと私たちの魔力が尽きて負けるわよ」
「あぁ・・・しかしどういうことだ?ここまで戦っているのにそこまで疲弊しているようには感じられない」
「シグナムもか?私もだ。まるで何か忘れていた物を思い出しているような気がするのだが・・・・・・」
「こらーーー!!!お前たちーーー!!話をしている暇があるのなら手伝わぬかーーー!!」
思わず戦場で話し込んでしまっていた闇の書の騎士たちの意識を現実に向けたのは一人の少女の切羽詰まったような声だった。声の主はディアーチェ。着弾した地点に衝撃波を生じさせる砲撃を乱発しながら叫んでいた。生粋の魔法使いのように高い火力を持ちながらも装甲が紙同然である彼女は敵を近づけさせない為に魔法を機関銃のように発動させながら距離を保っていた。しかしそれでも敵は無限に沸き続ける軍団、例え三人で事実上焼け石に水のような手でも欲しいものは欲しいのだ。実は彼女には護衛のような存在がいるのだが、
「ハッハッハー!!遅いぞ遅いぞーー!!そんな速さで僕が捕まるものかーーー!!!」
「ふふふっ・・・・・・まるで黒いGのように増えますね・・・・・・そんなに潰してほしいのですか?」
ディアーチェそっちのけで軍団相手に無双していた。水色のツインテールの少女レヴィは残像を残すスピードで飛び回りながら楽しそうに鎌のような形態の武器を振り回し、茶髪のショートカットの少女シュテルは何処か恍惚とした表情で魔力弾をを発射していた。そして二人のいない場所に炎の巨人、
しかしそれでも軍団は減らず。僅か数秒にも満たない間に元の数に戻っていく。
「そうだったな、そんなことを考えるよりも今はこっちにーーーーーーーーえ?時雨?」
「どうしたシグナム?」
「時雨が私に今から見る光景を忘れるなと」
突然入った時雨からの連絡。その真意が分からずに困惑していたシグナムの前にあり得ない光景が広がっていた。
その世界の空は黄昏時のように紅く
錆び付いた歯車が軋みをあげながら回っている
その世界の大地には数えるのが億劫になるほどの剣があり
それらはまるで死者を弔う墓標のようであった
そしてそれを見たシグナムは
見たこともないはずのこの世界のことを
何処か懐かしいと感じていた
「ーーーーーーーー嗚呼、素敵だ。ここはこの世のあの世、現世の地獄、まるで俺がいたあの世界のような世界じゃないか」
愉しそうな表情で語りながら闇の書の欠片の少年が振るってきた大剣を素手で握り潰し、がら空きになった喉元に抜き手を突き刺す。消える間際にゴホッと吐き出された血を顔で受け止めながらもその表情を変えることなく男性時雨は楽しそうに辺りを見渡す。視界に入るのは徒手拳ながらにも闇の書の欠片に立ち向かっている女性ヴィヴィオとアインハルト、砲撃魔力弾バインドと使い分けながら立ち回っている女性リニス、そしてこの世界の魔導師たちに守られながら顔を青くしている平行世界の魔術師たちだった。
「そう思わないかい?この世界の魔導師諸君、並びに平行世界の魔術師諸君よ」
「こんなの・・・・・・こんなの絶対に間違ってる!!」
目の前の惨状を見た魔導師、魔術師たちが震えて声が出せないでいる中で掠れているとはいえ声を発したのはイリヤだった。そして出てくるのはこの惨状を否定する言葉。それを聞いた時雨は楽しげな笑みを崩さずにやれやれと言いたげに分かりやすく肩を竦めた。
「何を言ってるんだ?これは互いを否定し合い、そして奪い合う闘争だ。そして人間を含めたすべての生き物の本質というのは突き詰めていけば闘争に尽きる。過去を紐解いてみろ、
まるで欲しかったオモチャを待ち続けた挙げ句にようやく買ってもらえた子供のように無垢な笑顔を浮かべながら時雨は常人であるなら唾棄するはずのおぞましい地獄を肯定した。それを見てイリヤは察してしまった。
「(この人にとって・・・これは当たり前のことだったんだ)」
人が人を殺すという光景は見慣れぬ人からすれば嫌悪すべき事柄なのだろう。しかしそれを見慣れていれば、もしくはすることに慣れていれば、それは当たり前の行いになってしまう。イリヤは時雨を見てそのことに気づいてしまった。
彼女たちにとっての非日常が時雨にとっての日常で
彼女たちの否定すべき事柄が時雨の肯定すべき事柄で
彼女たちが嫌悪する光景が時雨が歓喜する光景になる
どこで踏み外したのかわからないがイリヤは時雨を人としての道を踏み外した逸脱者だと感じた。
「・・・狂ってるわね」
顔色は多少戻ったが体調まで戻っていないのかフラつきながらクロエは時雨に向かって吐き捨てるように言葉を投げ掛けた。実際、正常な人間百人が見れば今の時雨のことを狂ってると罵声を浴びせるだろう。その事を理解していた時雨はクロエの言葉を否定する訳でもなく肯定する訳でもなく、笑みをクロエに向けた。
「あぁ、えっと、そうだ、クロだったな。お前には一つ聞きたいことがあったんだ。お前はお前が核にしている英霊についてどこまで理解している?」
「・・・・・・投影魔術を施行して武器を投影し、それを弓矢の如く使うから
「ーーーーーーーーあぁ駄目だな、落第点以下だよ、お前は」
クロエの出した答えに目に見えて分かるほどに時雨は苛立っていた。まるで役者のような言葉遣いも成りを潜めて冷たいものになって、先程まで浮かんでいた笑みは崩されて鋭い眼光がクロエに向けられていた。
「そんなんでよくアーチャーを名乗れる。実力も伴っていないのに世襲制で名を継いだだけの浮かれた馬鹿か、お前は」
「なっ!?」
「それはあくまでアーチャーの戦い方だ、俺が聞いたことはそんなんじゃない。お前の核になっている弓兵のクラスに据えられた英霊その物について聞いているんだ」
「それ、は・・・・・・」
時雨の問いかけにクロエは答えることができない。アーチャーの戦い方ならその具現化であるクロエ自身がよくわかっている。しかしその物について答えられるかどうかになると話は変わる。実際にそうだろう、銃の使い方を理解した人間が必ずしも銃の歴史まで理解しているとは限らないのだから。だからここで答えられなかったクロエは間違ってはいない。しかしその事を時雨は不愉快だと感じていた。
「やっぱり餓鬼だな、理解が薄すぎる。そんなんじゃそいつも報われないだろうに」
「時雨」
「リニスか」
唾でも吐き出しそうなほどに顔を歪めた時雨の側に猫の耳と尾を生やした女性リニスが降り立った。この世界のフェイトがリニスに反応しているがリニスはそんなフェイトに反応することはない。
「どうだった?」
「やはり時雨の予想していた通りにこの場の魔力は外部からの影響で循環しています。ここを完全に遮断するか外部からの影響をどうにかしないと敵無限沸きの無限ループですよ」
「そうか・・・・・・」
その時時雨はあることを思い付いた。それはこの状況を打破でき、クロエに理解させ、加えてシグナムの利益にもなる一石三鳥と言える閃きだった。
『シグナム聞け、出来ないなら返事はいらない。今から現れる光景を忘れるんじゃない』
短く、それでいて一方的な念話でシグナムに伝えたいことを教え時雨はクロエの方を向いた。
「興が乗った、お前に弓兵になった英霊のことを語ってやろう」
いつものように時雨自身のキーではなく彼自身のキーで魔術回路を起動させる。
「彼は、幼い頃に災害に合い、多くが死に行く地獄の中で男に助けられた」
【
語らう
まるで歌うように
まるで讃えるように
「そうして生を得た彼は、助けられた自分は自分を犠牲にしてでも誰かを助けなければならないという強迫概念に囚われた」
【
彼の一生を
「義父との誓いもあり、彼は正義の味方というすべての人間を救済できる存在になろうとしていた」
【
謳う言葉はただの言葉、魔術的な意味用など欠片も含まれていない
「長き年月をかけて彼は多くの困難を乗り越えた」
【
しかしそれは彼からすれば千金の価値にも変えられない価値を持つ外界と自身を切り離す言霊
「そして、彼は戦地に赴き多くの人を救った」
【
世界が軋んでいく、彼の言霊に反応して世界が形を変えていく
「そうして彼は救える命に限度があることを悟った。いくら死力を尽くしたところで指の隙間から溢れていく者はどうしようもなく存在する」
【
異変に気づいた闇の書の欠片が時雨に矛先を向ける、しかしその害はリニスとヴィヴィオとアインハルトによって阻まれて届かない
「それでも彼は救うことを止めなかった。十を救うために一を、百を救うために十を、千を救うために百を、万を救うために千を切り捨てながら彼は救い続けた。自らに返る利益も求めずに、自身の死後を世界に預け、死の運命を変えるようなこともした」
【So as i pray ーーーーーーーー】
あと一言で世界は変わる、名残惜しい気もするが元より一人の一生を短時間で語ることは難しかったと時雨は割り切った。
「その彼の最後は助けた人間に後ろから撃たれた。当然だろう、利益も求めずに淡々と救済を続け、それでいて救済した人間を即座に切り捨てられるような人間に恐怖を覚えない訳がない」
【
「彼が生涯を賭けて追い求めた物の集大成、特とご覧あれ」
時雨を中心に炎が走る。それに思わず腕で顔を庇おうとするが熱さは感じられない。そして視界を塞いでいた腕を退かした時に目の前にあった光景を誰もが信じられなかった。
ーーーーーー世界が、変わっていた。
コンクリートが火種となって燃え盛っている地獄は消え失せ、錆び付いた歯車が軋みをあげながら回っている紅蓮の空が、夥しい数の剣が突き刺さっている荒野が、そこにはあった。
剣の丘、とでも言えばいいのか。誰もがこの現象に困惑してる中でイリヤと美遊の魔術礼装であるルビーとサファイアが反応を見せた。
『これはーーーーーー固有結界!?』
『自身の心象風景を実現させる大魔術!!何故これを貴方が!!』
「別段、これといった理由はない。この固有結界を渡された、だから使えるだけた。固有結界Unlimited blade work、目にした武器を把握し、心象風景の中に納めることで通常の投影とは違い世界からの補正を受けることがなくなる。これが、この剣の丘が、錬鉄の英霊と呼ばれた彼の生涯だ。どうだ?理解出来たか?
」
時雨の説明などクロエの耳に届いていなかった。見覚えのない無機質な世界、普通ならば受け入れられない世界のはず。
それなのにーーーーーーーーーーーーどうしてこんなにも惹かれるのか?
「さて、これで外部からの手は断たれたぞ欠片共」
何も答えはしなかったがクロエの様子から判断した時雨は宙に集まっている闇の書の欠片百に視線を向ける。今この場は固有結界によって外界から遮断された状態にある。つまり、彼らはもう倒されたところで復活しないということ。
「ご覧の通りお相手するのは無限の剣、剣撃の極地・・・・・・臆せずしてかかってこい」
その言葉を皮切りに闇の書の欠片は一斉に時雨へと向かう。それに対して時雨は手を一度、横に振る。それだけの動作で呼応したように突き刺さっていた古今東西の魔剣聖剣が宙に浮き、一斉に射出された。弾丸の如くスピードで射出された剣は淡々と闇の書の欠片たちを殺していく。
「ーーーーーー
守りに入るためか一ヶ所に集まりだしたことを見計らい時雨はある一本の槍を投影した。それは時雨が現在に残っていた聖人を殺した槍の破片から作った槍。内包されている魔力は例え聖剣だろうと引けをとらない程である。
「穿て、
真名解放、からの投擲。現在に蘇った聖人を殺した槍は集まっていた闇の書の欠片たちをその周辺ごと吹き飛ばすだけには止まらず、この剣の世界にも穴を開けた。
そして剣の世界は崩壊し、地獄のような光景は消え失せ、時雨たちの姿も消えていたのだった。
残っていたのは何があったか理解出来ていない魔導師たちと魔術師たち、そして悔しそうに歯を食い縛っているクロエだけだった。
VS闇の書の欠片(無限沸き)でした。こっちの連中は兎も角時雨たちからしたら無双ゲー気分でした。
そして時雨の特典が公開されました。Unlimitedbladeworks、良いですよね!男心をくすぐる感じが何とも言えません!!
そしてクロエの反応は兎も角、シグナムの反応が気になるところですが・・・・・・
感想、評価をお待ちしています。