調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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A's編の終わりです。この終わり方に納得の出来ない方はこうなった原因であろう人物の名前で「お前のせいかっ!!」と突っ込んでください。




ⅩⅩⅢ 闇の終わり

 

 

ここはアースラ内にある食堂。そこにはスノウとスノウの話を聞きながら書類に書き込んでいるクロノがいた。

 

 

「っと、こんなところか」

「長話になってしまったな」

「いいや、古代ベルカに関しては情報が少ないんだ。例え無駄話でも聞けるのならありがたい」

 

 

スノウとクロノの話し合いの内容は大雑把に言ってしまえば今回の闇の書事件に関する加害者側からの視点だった。時雨たちが何故闇の書の蒐集を始めたのかという動機から始まり、どの様な蒐集の仕方だったのかをスノウから聞いていたのだ。

 

 

「ところで……私たちはどうなるのだ?」

「動機が動機だから多少の減刑はつくかもしれない可能性はあるが…………知っての通り闇の書の被害者は多い。彼らが騒げばその可能性が消えるかもしれない。まぁ、詳しい話は全員が起きてからだがな」

「そう、だな……」

 

 

クロノがそう言ったのには理由がある。汚物を消滅させ、【根源】への孔を破壊したのち、時雨、リニス、シグナム、ザフィーラ、シャマル、ヴィータ、御門、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリが全員意識を失ったのだ。残骸との長時間の戦いに加えて汚物の殲滅、例え時雨の流出による回帰があったとしても精神的な疲労まで回帰出来る訳ではない。気絶している彼らを何とかアースラまで連れてきて、そこで目を覚ましたスノウから話を聞いているのだ。

 

 

ちなみに他の闇の書勢たちはコトミネとバゼットを残して全員帰ったとか。管理局にサーヴァントの存在を教えるのは不味いので判断としては間違ってはいないだろう。実際、始めから管理局側にいたサーヴァントたちはリンディとクロノの判断で外部協力者という扱いにしてある。

 

 

「そんな顔をするな。時雨はどうしているか知らないが他の全員は時間が経てば目を覚ますだろう」

「時雨はいったい何をしているのだろうか…………」

 

 

そう、今このアースラには時雨がいない。一番早く目を覚ました時雨はクロノに行く場所があることを告げた。それはどうしても必要な事らしく、クロノはリンディに相談し、アルフとプレシアの監視の下でならという条件付きで外出を許可した。今の時雨は闇の書の被害者であると同時に加害者でもあるというややこしい立ち位置にいる。その事を承知しているのか時雨はその条件を飲んで地球に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ワラキア、DB、不忍(しのばず)

 

 

海鳴の町中にある廃墟の一つに、時雨はいた。誇りだらけの床に膝をつき、そこにあった服を手に取る。アルフとプレシアは時雨のことを信頼して気を効かせたのかそこにはいない。

 

 

「やっぱり、俺が死んだことでラインが切れて消滅したか」

 

 

ワラキア、DB、不忍(しのばず)。彼らは時雨の分割思考から独立したソンザイデサーヴァントに近い。肉体があるかどうかの違いで時雨からの魔力の供給が無ければその存在を教えるのは保つことはできない。一度時雨が死んだことでその供給が断たれ、彼らは消滅したのだ。

 

 

「でも、あれは完成してくれたと。良くやってくれたな、手が空いたら墓でも作ってやるよ」

 

 

時雨がいた部屋には用途不明な機械が置かれており、その部屋にあった机の上に一冊の本が置かれていた。

 

 

これこそが時雨がここに来た理由。時雨がスノウを救うために用意した方法。

 

 

時雨はその本を手に取ると懐に入れ、廃墟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、暴走体は消滅したが時間が経てばそのプログラムは再構築されると言うのは本当か?」

「あぁ、歪められたプログラムは修復されていない。時間が経てば暴走したプログラムは再構築され、再び蒐集するようにはやてを蝕むだろう」

「…………それは防げないのか?」

「闇の書があれば話は違ったのだがギルに暴走体ごと消滅させられた様だからな。次善は私を消滅させることだ。私は闇の書の管理人格だ。つまり私が居なくなれば暴走するプログラムも無くなる」

「客観的に見ればそうだろう…………でも、君はそれをするつもりはないんだろ?」

 

 

クロノはスノウの出した答えを、スノウはしないだろうと確信していた。それは理由のない確信。確かにスノウが居なくなればプログラムは無くなる、そうすれば今後闇の書の被害は出ることはない。見方によっては自殺と同じ、それを目の前にいるスノウがするとは考えられなかったのだ。

 

 

「…………前までの私ならそうする事を躊躇わなかっただろう。しかし、今の私には時雨と一緒に生きたいという欲があるんだ。それに…………彼は、私を全力で助けると約束してくれたからな」

「全力?必ずじゃないのか?」

「なんでも保証がないのにそんなことは言えないだってさ。時雨らしいよ」

「確かに、そうだな」

 

 

調書を取り終え、コーヒーを片手に会話をしているクロノとスノウ。クロノの父親は闇の書の暴走に巻き込まれて死亡したというのにクロノにはその蟠りが感じられない。それはそうだろう、クロノの父親を殺したのは闇の書の暴走であってスノウではない。その事を分かっているから、クロノはスノウに何の憎しみも持つこと無く接することが出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーー何をしている、クロノ」

 

 

かけられたのは低くしゃがれた老人の声、そして虚空から鎖が現れてクロノとスノウを縛り上げた。

 

 

「なっ!?」

「これは、ギルの!!」

「それは闇の書の管理人格、つまりはクライドの仇だ。何故笑って話し合っている」

 

 

食堂の出入り口の通路から、老人と車イスに乗せられた女性と思わしき人、そしてーーーーーーーーーークロノの姉であり拘束されているはずのシリア・ハラオウンと同じく拘束されているはずの相井神悟が現れた。

 

 

「グレアム長官!?」

「何者だ?」

「僕の父の上司だった人だ」

「…………あぁ、敵討ちか」

 

 

そう、ギル・グレアムの狙いはクライドを殺した闇の書、スノウへの復讐。その為に拘束されている使い勝手のいい駒のシリアと神悟を解放して連れてきた。

 

 

「シリアさん、グレアムさん、これで良いんですね?」

「えぇそうよ神悟。この女は闇の書、この女さえ居なくなれば今後の闇の書による被害は無くなるわ」

「それでは、私とロッテで闇の書の消去を行う」

 

 

グレアムと車イスに乗せられた女性ロッテがスノウを挟むように立ち、床に魔法陣が現れる。闇の書の蒐集によって数多くの魔法を知っていたスノウはその魔法陣の効果を見抜くことが出来た。この魔法陣の効果は消滅、時間がかかるという欠点があるがそれはスノウに命の危険を感じさせるには十分すぎた。

 

 

「クッ!?このっ!!」

 

 

スノウは鎖の拘束から逃げようともがくが、解けない。この鎖は天の鎖、神性を持つもの以外ではただの頑丈な鎖でしかないが少なくともスノウを捕まえるのには十分だった。スノウは魔法を使おうとするも、発動どころか構築すらすることが出来ない。グレアムが何かしらの細工をしたからだろう。クロノももがくものの、スノウと同じ結果になっている。

 

 

解けないと分かりながらもスノウはもがく。しかしそれは解けず、グレアムとロッテによる儀式は着々と進んでしまっている。

 

 

「いや………嫌だ…………私はここにいたいんだ…………」

「プログラムが泣き落としか?そんなものは私には効かんよ」

 

 

あと数十秒で儀式は完遂され、スノウは消滅する。この世界に、あの人の隣にいたいのにというスノウの願いが、踏みにじられる。

 

 

しかし、スノウにはどうすることも出来ない。

 

 

「助けて…………」

 

 

死にたくないと、スノウは涙を流す。そうしている間に、儀式は完遂に近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時雨ぇ…………っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滅尽滅相」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーー」

 

 

グレアムは言葉を失った。今さっきまで自分の向かいにいたはずのグレアムの使い魔であるロッテが、腕を残して居なくなったから。残った腕も、魔力となって消えていく。

 

 

そして儀式を行う存在が居なくなったことで魔法陣が消える。

 

 

「ーーーーーーーーーー人が野暮用済ませている間になぁに愉快な事をしてくれているのかねぇ?」

 

 

コツンコツンと、渇いた音が響く。それはグレアムの背後の食堂の出入り口から聞こえていた。誰だという好奇心と振り返ってはいけないという怯えに近い警鐘がせめぎあいーーーーーーーーーーグレアムは好奇心に負けて、後ろを振り返った。

 

 

そこにいたのは軍服を纏った一人の青年、八神時雨だった。口元は人を小バカにするように歪んでいるというのに、その目は笑っていない。

 

 

「殺すぞ塵屑」

 

 

一撃、長く生きたグレアムですら何が起きたか分からない。ただ何かされたという事実だけを残して、グレアムは壁に叩きつけられて意識を失った。

 

 

「グレアムさん!?よくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あぁ、ここは塵箱か?こんなところにも塵が居やがる」

 

 

グレアムが攻撃されたと理解できた瞬間、神悟はデバイス片手に時雨に突貫しーーーーーーーーーー何が起きたか分からないまま、壁に埋もれて意識を失った。

 

 

「ったく、好き勝手やってくれやがって…………大丈夫か?」

「し、時雨ぇ…………」

「あーはいはい、よしよし、恐かったな」

 

 

時雨が天の鎖を砕いたことで拘束から解放されたスノウは泣きながら時雨に抱き着く。それを時雨は拒むのではなく抱き返してスノウをあやすことを選んだ。

 

 

「すまないな時雨、これは完全に僕の落ち度だ」

「まったくだ、内部分裂くらい予期して動けってぇの」

「ところで、何故グレアム長官を殺さなかったんだ?こちらとしては有り難いが」

「殺すよりもさぁ、目的を達成できなかったっていう絶望を抱かせて生かすことの方がこういう手合いには効果的だと思って」(ゲス顔)

「なるほど…………独断行動とロストロギアの違法所持でも着けて刑期を長引かせるか」(ゲス顔)

 

 

時雨とクロノが良からぬことを考えている顔で倒れているグレアムのことを見る。クロノは成長したようだ、おめでとう。

 

 

「っ!!クロノ!!何をしているのか分かっているの!?その女は!!闇の書は父さんの仇なのよ!!」

「だからといって彼女を殺していい理由にはならない。自分からそれを望んでいるのなら話は別だが彼女はそれを望んでいない」

「この!!分からず屋がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだ、この塵は?」

「ガハッ!?」

 

 

シリアがクロノに殴りかかろうとした瞬間、横から時雨が腕を伸ばしてシリアの首を掴み持ち上げる。

 

 

「はな、せっ!!」

「お前も滅相してやろ…………待て、魂が二重に?」

 

 

シリアの処分を考えていた時雨だが、シリアの体がぶれていることに気がつく。それに気づいた時雨はシリアの背後に手を伸ばし、虚空を掴む。

 

 

するとシリアは何もされていないのに意識を失い、時雨が掴んだ何かの姿が現れた。

 

 

それは女性だった。男を誘うような挑発的な衣服で豊満な体を強調し、人の物とは思えない程に美しい造形の顔を首を絞められているからか苦痛で歪ませている。

 

 

その女性の顔を見た時雨はーーーーーーーーーー可笑しくてたまらないといった具合で突然笑いだした。

 

 

「アハッ!!アハッ!!アァーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッハ!!なるほどお前か!!お前がこいつに憑いていたのか!!そうかそうか!!ならこの女がクロノの姉のくせしてあんな行動をとっていたのも頷ける!!」

「時雨、彼女は?何故シリアから出てきたんだ?」

「これの名前はフレイア、俺のいた世界で美男美女ばかりを摘まんでた尻軽ビッチだ。何故いるのかは知らんが恐らくこいつがシリアに憑いていたんだろう。心当たりはないか?」

「…………そう言えば、五年くらい前から急に性格が変わったような」

「その頃から憑いていたんだろう。肉体が無かったからという理由で中身は知らんが見た目が良かったシリアにへばりついたか?なぁ、ナァ、なァ?」

『クッ!!離せ!!女神である私にこんなことをしめ許されると思っているの!?』

 

 

怒りと苦痛に顔を歪ませながらフレイアと呼ばれた霊は時雨の手から逃れようともがく。

 

 

フレイアがこの世界に来たのは時雨が予想した通り五年前、正義の法(ジャスティス・ロウ)に協力していたからという理由で時雨に屠殺された彼女はこの世界に流れ着き、偶々目の前にいた少女シリアに取り憑いた。その後彼女はクロノとリンディが頭を抱える程に好き勝手にやり、この地球に来て正義の法(ジャスティス・ロウ)で目をつけていたカインこと相井神悟に出会った。フレイアはカインに出会えたことに歓喜し、彼を再び英雄に仕立て上げる為に尽力しーーーーーーーーーーその結果、再び時雨に殺されかけている。

 

 

「さてどうするか…………あぁ、そう言えばこいつは女神を自称していたなぁ…………メルクリウス!!聞こえるか!?こいつは女神だそうだ!!黄昏を差し置いて女神を自称する糞をどう思うよ!!」

 

 

時雨は何を考えたのか誰かに問いかけている。それはこの場にいない誰か。クロノとスノウは時雨が何をしているのか疑問に思っていたのだがーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは聞き捨てならないな』

 

 

ーーーーーーーーーーその声に応えるように、黄昏の女神に膝をつく水銀の蛇が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーは?」

 

 

一番始めに声を出せたのはクロノだった。さっきまで自分たちは食堂にいたはず、それなのに気がついたら黄金に輝く玉座の間に来ていた。転移の魔力も感知できなかった。

 

 

その玉座には、この部屋の黄金の輝きすら霞む程の黄金の男が座っている。そしてその傍らには、影のような人間が一人佇んでいる。

 

 

黄金の男の名はラインハルト、この黄金の城の主。

 

 

影の名前はメルクリウス、女神の為に回帰を繰り返す水銀の蛇。

 

 

「カールよ、相変わらず女の事になると我を忘れるようだな」

「すまないね獣殿。しかし、私が認めた女神はマルグリットただ一人。他の芥が女神の名を語っているなど、私には耐えられない事なのだよ」

 

 

カールと呼ばれたメルクリウスと獣と呼ばれたラインハルトが親しそうに話し合っているが、クロノな二人を視界に入れただけでその重圧に押し潰されそうになる。時雨はともかくスノウが平気そうなのは以外だが時雨に掴まれているフレイアは重圧に負けたのか白目を向いて泡を吹いている。

 

 

「その芥がそうなのかね?」

「あぁそうだ。起きろよ」

『グエッ!?』

 

 

持ち上げた状態から、時雨がフレイアを床に叩き付けた。その衝撃でフレイアは目を覚ますがこれからの事を考えれば気絶していた方が幸せだったのかもしれない。

 

 

「さて、女神の名を汚した君の罪は重い。その罪の清算する機会を与えよう。なぁに、自我を残したまま那由多程回帰を繰り返すだけだよ。無論人ではない生物になってもらうがね」

『き、貴様!!私に何を』

「異論は認めん。断じて認めん。私が法だ。黙して従え」

 

 

メルクリウスがそう言った瞬間、影と共にフレイアは時雨の手から消えた。影が言った刑が実行されたのだろう。少なくとも、これでシリアに憑いていた悪霊が消えた事には変わりない。

 

 

「カールが戻ってくるまでに時間が掛かるだろう、その間に済ませてしまってはどうだね?」

「それもそうだな…………スノウ、おいで」

 

 

時雨がスノウを近寄らせると、懐から一冊の本を手渡した。その本は時雨が地球に降りて回収してきた本で、スノウを救うための手段だった。

 

 

「これ、は…………」

「白夜の書って付けた。闇の書を真似ただけの粗悪品だが少なくともスノウが移れるだけの機能はあるはずだ。闇の書からこっちに移れ、そうすれば歪んだプログラムは闇の書に残ったままでスノウは闇の書から解放される」

「でも、そうすれば私が居なくなった闇の書が暴走してしまう。それに闇の書はギルに消滅されたはずだ」

「俺が処分してやるから心配するな。それに、闇の書ならここにある」

 

 

さらに時雨が懐から本を取り出す。それは間違いなく暴走体に取り込まれていたはずの闇の書だった。

 

 

「いつの間に…………」

「出るときに見つけたもんでね。手癖が悪いからちょろっと持ってきた」

「…………ありがとう」

 

 

茶目っ気たっぷりに言っているがこのお陰でスノウが救われることには間違いない。泣きながらも、笑顔で時雨に礼を言ったスノウは白夜の書と闇の書を手に取り意識を集中させる。特別な動作をしているようには見えないがプログラムであるスノウが移動するのに仰々しい動きは要らない。

 

 

移動が終わったのか、スノウは闇の書を時雨に返した。

 

 

「終わったか?」

「あぁ、私とナハトヴァールの移動は終わった。これで闇の書に残っているのは暴走体だけだ」

「だな、少し離れてくれ」

 

 

スノウを離れた場所に移動させると時雨は右腕の袖を捲り上げて、肌を露出させた。

 

 

「ふぅーーーーーーーーーー

 

Tod! Sterden Einz' ge Gnade!(死よ 死の幕引きこそ唯一の救い)

 

Die schreckliche Wunde, das Gift, ersterde,( この毒に穢れ 蝕まれた心臓が動きを止め)

 

das es zernagt,(忌まわしき毒も傷も跡形もなく)

 

erstarredas Herz!(消え去るように )

 

Hier bin ich, die off'ne Wunde hier!(この開いた傷口 癒えぬ病巣を見るがいい)

 

Das mich vergiftet, hier fliesst mein Blut:(滴り落ちる血の雫を 全身に巡る呪詛の毒を )

 

Heraus die Waffe! Taucht eure Schwerte.(武器を執れ 剣を突き刺せ )

 

tief,tief bis ans Heft!(深く 深く 柄まで通れと)

 

Auf! lhr Helden(さあ 騎士達よ )

 

Totet den Sunder mit seiner Qual,(罪人にその苦悩もろとも止めを刺せば )

 

von selbst dann leuchtet(至高の光はおのずから)

 

euch wohl der Gral!(その上に照り輝いて降りるだろう)

 

創造(Briah)ーーーーーーーーーー

 

人世界・終焉変生( Miðgarðr Völsunga Saga )

 

 

 

時雨の右腕が、黒鉄の剛腕にへと変貌する。

 

 

時雨の腕はシグナムを救うために切り落とされた。サーヴァントとして召喚される前にその事に気がついたメルクリウスが時雨の腕の代わりにと渡したのがこの腕だった。

 

 

本人から切り落としたのか、それともメルクリウスが複製品を作ったのかは分からないが少なくとも時雨が今この創造を使えているという事実には変わりない。

 

 

この腕は死の腕。死を尊いと思った男の渇望から生まれた生ある物の幕を引く一撃。この世に生まれて一秒以上あるものがその一撃に触れたのなら、物質非物質、そして事象に至るまで終わりを与える。

 

 

皮肉かは分からないが、呪われた運命を背負わされた闇の書を終わらせるのに相応しい創造だった。

 

 

「去らば、呪われた魔導書よ」

 

 

時雨が黒鉄の剛腕を振り抜く。その拳は闇の書の表紙にぶつかりーーーーーーーーーー消えた。闇の書があった場所には塵の一つも残っていない。

 

 

そして創造を使ったことで時雨の右腕が崩壊する。それはそうだ、時雨が使っていたのは所詮急拵えで取り付けた物で時雨と親和性があるという訳ではない。一度とはいえ創造が使えただけでも奇跡のようなものなのだ。

 

 

だが、その犠牲と引き換えに、数々の世界を滅ぼした闇の書が消滅したというのは紛れもない事実である。

 

 

「これで、終わった…………のか?」

「あぁ、これで本当の終わりだ。スノウを縛り付けていた物は消えた。これで晴れて自由の身だな」

「良かったぁ…………ッ!!」

「嬉し泣きか?ならどんどん泣け。悲しみの涙は見るに耐えんが喜びの涙は綺麗だからな」

 

 

スノウの流す涙を時雨は拭わない。これは自由になったことで流れている涙なのだからそれを遮るのは無粋だと時雨はスノウの気がすむまで泣かせるつもりなのだ。

 

 

そしてスノウが泣き止んだ頃にメルクリウスが戻ってくる。どうやらフレイアに罰を下して幾らか気が晴れたようだ。

 

 

「気はすんだか?カール」

「えぇ、何とも清々しい気分だ」

「そりゃあ女神馬鹿にした奴が居なくなれば清々しいだろうよ。で、他にも用があるんだろう?」

「ふっ、気がついたか」

「あの糞を掃除するだけなら俺だけを呼べば良かった。それなのにスノウとクロノもここに来ている。なら、糞の掃除以外にも何かあると思っただけだよ」

「その通り。それなのだが…………まずは役者たちを招き入れよう」

 

 

メルクリウスが指を鳴らす、その一動でこの場にいなかったはずの人間たちが現れた。はやて、リニス、シグナム、ザフィーラ、シャマル、ヴィータ、御門、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ、アルフ、そして少年になっているギル。時雨と関わりのある人間たちが黄金の玉座の間に招かれた。

 

 

「…………ここは?」

「失礼、君の疑問は最もだが私たちに与えられた時間が少ないのでそれには答えられない。後で彼にでも聞くといい」

 

 

はやての呟くような疑問の声にメルクリウスはそう答えると、役者のような演技じみた動作で両手を広げた。

 

 

「八神時雨、リニス、君たちは私たちの望みを叶えてくれた。故に、その報酬を送りたい。願いを言いたまえ。その願い、私が叶えて差し上げよう」

「…………どう言うことですか?」

「そのまんまの意味だろうよ。頼み事を聞いてくれたからお礼がしたいって、まぁ俺の願いは決まっているけど」

「なら言っちゃってください。胸を張って、堂々と。何となくどんな願いなのか分かりますし、時雨がそれを望むなら私は文句は言いません」

「そうか…………メルクリウス、遠慮無く言わせてもらう。シグナムたち、それとリニスを人間にしてくれ。それが俺の願いだ」

「…………それで良いのかね?その願いでは君は人間には成れぬのだが」

 

 

メルクリウスがそう聞き直したのも無理はない。あれほど家族に狂気的な愛を向けていた男が生を望んでいないのだから。

 

 

確かに、時雨は家族の側にいたいと思っているがその身は既に死んだ身であり、流出という神の領域に至った存在でもある。そんな自分が近くに居れば、厄介事を招く原因になりかねないという配慮から、時雨は生を拒んだ。

 

 

その配慮を察したのか、誰も時雨の言葉を否定しない。

 

 

「お父………さん?なに言うてるん?まるで自分が死んでるみたいな言い方して」

「…………」

「あ、分かった。うちのこと驚かそうとしてるんやろ?そうやろ?」

「はやて…………」

「嘘や嘘や嘘や嘘や!!!お父さんは死んでなんかない!!あの時のあれも良くできた偽物や!!」

「はやて」

 

 

時雨がはやての言葉を遮り、優しく抱き締める。それですべてを理解したのかはやてはボロボロと涙を流しだした。

 

 

「なんで…………まだ、うち、お父さんに何も返してないのに…………貰って守ってもらってばっかりだったのに…………」

「いいや、はやては俺にいろんなものをくれたさ。家族の温もりを与えてくれたし、守ることの大切さを教えてくれたし、何より俺の叶えたかった願いを叶えさせてくれた。あぁ、俺が返せない程のものを俺にくれたんだ。そうしてなった結末なら、そこには未練も悔いも何もない。だから誇らせてくれ、俺がはやての親であったことを。だから誇ってくれ、はやての親が俺であったことを」

「…………ッ!!ァァ…………!!」

 

 

はやては泣いた。自分を守ってくれた父に、その恩を何も返せなかったことに。

 

 

時雨は笑った。自分に満ち足りた生を与えてくれた少女との別れを、悲哀で終わらせない為に。

 

 

「さて、メルクリウス、幕を引け。演出家を名乗るのなら歌劇に幕を引くのはお前の役目だ」

「…………確かに、君の言うことには違いはない。その歌劇が本当に終わったのならね」

「…………あ?」

 

 

時雨が終わりを告げてほしいとメルクリウスに頼むものの、その本人はまだ終わりではないとこの歌劇を続ける。

 

 

バッドエンドで終わる物語を、演出家の気紛れでハッピーエンドで終わらせる為に。

 

 

「今宵の歌劇は実に良いものだった。その脚本はありきたりなれど役者たちの演技は一流。己の胸の内をさらけ出し、この宇宙の法に逆らおうともがく姿は心打つ。そして私の考案した永劫破壊の法に自ら辿り着き、あまつさえその永劫破壊の真価に至ったという事実は私に感じたことの無い未知を与えてくれた。未知の結末(Acta est Fabula )はここにあり。だからこそ、私に未知を与えてくれた君たちに一つ送らせてほしい。己が力を理解しているが故に君たちから離れようとしている者の懸念の一切を排除し、君たちと共に居られるようにさせてほしい」

「え…………?」

「おいメルクリウス、お前まさか…………」

「何を言おうとも無駄だぞ、八神時雨。カールはこうなれば黄昏の女神に言われようともその考えを変えることは無いだろう。卿の配慮を無視し、卿の懸念の一切を排除し、卿が家族と共にあれるようにするだろう」

「せっかくに辛気臭い別れを堪えながら迎えようとしたのに…………こんな時どんな顔したらいいのか分からないんだが」

「笑えば良いのではないか?甘粕ならば躊躇わずにそうするであろう」

「あいつ死ぬ時も笑って死ぬ奴だから。泣いて産まれるから笑って死のうぜを実現する奴だから」

 

 

自分の覚悟を踏みにじられるような感覚を味わいながらも、時雨はそれは悪くはないといった様子で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、この歌劇に幕を引こうーーーーーーーーーーこの歌劇の終演を讃えよう(Acta est Fabula)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてこの物語は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





闇の書事件のまとめ
クロノがまとめている。加害者である八神家の事情が事情なもので出来るだけの配慮をしようとしているが闇の書が色々と暴れすぎているために難しくなっている模様。

ギル・グレアム、シリア・ハラオウン、相井神悟登場
原作では色々と企んでいたグレアムオジサンここで登場。この小説では時雨とコトミネがはやての親と後見人になっているのでグレアムオジサンの入り込む隙が微塵もなかった。そして誰も闇の書を破壊封印する気配が見られなかったので拘束されていた使い勝手の良い駒扱いでシリアと神悟、時雨のボコボコにされたロッテを引き連れて登場。その結果ロッテは滅尽滅相され、シリアと神悟は袖にされ、グレアムは原作のように辞職ではなく犯罪者として投獄される事になった。

クロノ黒化=ブラックロノ
ゲス顔クロノ。清廉潔白では巨大な組織である管理局ではやっていけないので。グレアムオジサンはクロノの出世の礎となったのだ…………

シリア・ハラオウン
本当は良い子だったシリアだが尻軽ビッチ女神のフレイアが取り憑いたことが原因で今の性格に。体の所有権はフレイアにあったので取り憑かれてからのことをシリアはまったく知らない。正気に戻ったら五年後でしたというプチ浦島太郎状態。

尻軽ビッチ女神フレイア
時雨がいた世界の女神で正義の法(ジャスティス・ロウ)の支援者の一人でもあった。性格はビッチ、美しい可愛いのなら老若男女問わずに性的な意味で食っていた。実は時雨の見た目に惹かれて性的な意味で手を出そうとしたのだが一蹴されている。時雨はこの事を覚えていない。

フレイア、メルクリウスの怒りに触れる
時雨「被告人フレイア、裁判官判決を」
メルクリウス「有罪である」
ビッチ「ちょ」
メルクリウス「異論は認めん。断じて認めん。私が法だ。黙して従え」

白夜の書
闇の書と夜天の書のデータを元にして作られた粗悪品。スノウとナハトヴァールを入れる器としてだけ機能しており、他の機能は一切無い。時雨が裏でこそこそ作っていたのはこれ。ワラキア、DB、不忍(しのばず)はこれを完成させて消滅した。

幕引きの一撃
暴走の原因を残した闇の書はマキナの創造で消し飛ばそうと作者が考えていたからこうなった。転生プログラム?あぁ、あいつなら幕引きされたよ。

報酬、時雨の願い
プログラムであるシグナム、ザフィーラ、シャマル、ヴィータ、スノウとサーヴァントであるリニスの人間化。本当なら自分の手でしたいと時雨は考えていたが出来なかったのでメルクリウスに頼んだ。

空気を読まないメルクリウス
未知を与えてくれた報酬として時雨の配慮を一切無視して時雨を人間にした。感動的な終わりを迎えそうだったのに喜劇になってしまったのはこいつのせい。空気読めよメルクリウス。


これでエピローグを書いてこの小説は完結させ、別の作品に移るつもりです。

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