調律者は八神家の父   作:鎌鼬

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ⅩⅨ last night ⑥

 

 

降りる、下りる。足の裏から感じられる堅い感触をにじるように踏み締めながら今いる地点から下へ下へと下っていく。

 

 

さっきまでいた場所が表面的な場所だとするならばここは中層。表面と最奥を繋げる間にあたる空間。

 

 

下るには不自由無い、最初に来たときのように延々と堕ち続けるという訳ではないので自分の意思で降りていける。

 

 

ただ、この空間にある存在がよろしくない。

 

 

粘度の高いタールのような泥が空気の代わりに敷き詰められている。一歩歩けば、指を僅かに動かせば、その泥が俺の体にへばりつく。

 

 

これが何かなど考えるまでもなく分かってしまう。

 

 

此の世全ての悪、(アンリ・マユ)人々の悪性の総合体。かつてある村にて此の世にある全ての悪性を背負わされた人間に名付けられたゾロアスター教に登場する悪神。

 

 

その悪性がはやてとスノウの体を媒体に顕現した寄生虫の中に詰められていて、寄生虫の中にいる俺のことを犯そうとする。

 

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 

 

 

始まりの刑罰は五種。

 

生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財 産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける 刑罰を与えよ。

 

『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を 呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収 する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する 我欲と裁決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科 料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る 罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、 強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、過 失致死、集団暴力、業務致死、過信による事故、 護身による事故、隠蔽。

 

益を得る為に犯す。

 

己を 得る為に犯す。

 

愛を得る為に犯す。

 

得を得る為に犯す。

 

自分の為に■す。

 

窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃 攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え 償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状 あらゆる被害者から償え。

 

『この世は、人でない人に支配されている』 罪を正すための良心を知れ罪を正すための刑罰を知れ。

 

人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。

 

罪を隠す為の暴力を知れ。

 

罪を隠す為の権力を知れ。

 

人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故 に、その存在が浮き彫りになる。

 

百の良性と一の悪性。

 

バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無 象の良性と拮抗する為兄弟で凶悪な『悪』として 君臨する。

 

 

故に死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。

 

死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ーーーーーーーーなんだこれは?」

 

 

泥による汚染など俺には効かない。そも家族の為に全人類と敵対しようとした俺が高々悪神でしかない此の世全ての悪(アンリ・マユ)の悪性を受け入れてやる義理はない。

 

 

それよりも、こんな物がスノウの内に組み込まれていたことに怒りが沸き上がる。

 

 

こんな物をスノウは背負わされていたのかと。

 

 

寄生虫のように自分から背負ったならば俺はなにも言わない。どうなろうがそいつの自己責任であるから俺には関係がない。

 

 

無関係の奴が他者から背負わされたならば俺はなにも言わない。大変だなと、少しばかりの同情の念が浮かぶかもしれないが、俺には関係がない。

 

 

しかし、それが家族に背負わされたならば話は別だ。

 

 

これはスノウを苦しめている。あの始めてスノウと会ったときに涙ながらに日溜まりの中で笑いたいと言っていた時の顔を忘れない。

 

 

こんな物が、スノウを泣かせたことが許せない。

 

 

「ーーーーーーーー“座”、(シン)アクセス」

 

 

悪性の泥を見る目が、怒りの物から憎悪の物に変わる。

 

 

泥が俺に触れている。

 

泥が俺にまとわりついている。

 

泥が俺にへばりついている。

 

 

それだけの、ただあるだけという他人からしたら身勝手すぎる理由がこの憎悪の原因だった。

 

 

「なんだこれはーーーーーーーーなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな俺に触るな」

 

 

その憎悪が、俺の中で力となって駆け巡り、泥の排除を叫んでいる。

 

 

 

なんだこれは

 

気持ち悪いぞ

 

俺に触るな

 

消えてなくなれ

 

 

 

片足を持ち上げ、今にも爆発しそうな力をすべてそこに集める。

 

 

 

第六天波旬・滅尽滅相

 

 

 

叩き付けるように振り下ろした足から、覇道の理が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六天波旬。それは俺のいた世界で最も徳の高い僧侶と呼ばれた人物。

 

 

ありとあらゆる徳を積み重ねた波旬は死に間際に即身仏となることが決定され、地面に埋められた。そしてその際に、この世全ての欲から解き放たれた解脱者となった。

 

 

欲の無い世界は静寂で心地が良いと、波旬は喜んだ。

 

 

そして出来上がった即身仏となった波旬を掘り起こした時にそれは起きてしまった。即身仏となって死んだはずの波旬だったが魂は残っており、即身仏の体から世界を見通してしまった。

 

 

この世全ての欲から解き放たれた波旬が目にした世界はーーーーーーーーーーーーーーーー地獄としか言えなかった。

 

 

この世全てが欲に穢れている。自分の周りに群がる人間も、空を飛び行く鳥も、大地に根を張る木々も、そしてこの身に触れている空気でさえも、波旬が見るものすべてが欲に穢れていた。

 

 

その事実を見てしまった波旬の魂は当然の如く発狂した。それはそうだろう。ありとあらゆる徳を積み重ねた末に欲から解き放たれた波旬からすれば、欲に穢れている世界など地獄に等しい。

 

 

そして波旬は発狂した中で願った。

 

 

【自分一人だけで満たされた世界が欲しい】と。

 

 

あらゆる欲から解き放たれた解脱者が、欲を懐くという矛盾。すべての欲を捨て去ったからこその曇りなき純粋な渇望。波旬の魂からの叫びを聞き届けたのか、波旬は魂だけの死人でありながら異能に目覚めた。

 

 

その名は【滅尽滅相】。自分以外のすべてを滅する波旬だけで満たされた世界を創る規格外過ぎる能力。

 

 

結果波旬の即身仏が作られていた地点から半径50kmが消失、そこは波旬だけで満たされた世界となった。

 

 

正義の法(ジャスティス・ロウ)は波旬のことを規格外危険生物と認定して度々討伐部隊を送るものの、波旬の世界に踏み込んだ瞬間に滅されることから、波旬の世界の周囲を猛毒ガスが発生するなどというもっともらしい理由を着けて封鎖、波旬の存在を無かったことにした。

 

 

どうして俺が波旬の存在を知っているかというと、波旬と対面したことがあるからである。どうやら俺の魂は一度死んだことで解離した波旬の魂の一部から作られたとか何とかで波旬と同一の存在らしい。それに気がついた波旬が自分と同じ存在()に興味を持って呼び出したとか言っていた。

 

 

あの時に食ったカレーは美味かった。ゼロに拾われた直後だから人らしい反応を返してやれなかったが今でも俺がカレーを作るときは波旬の作ったカレーを目標として作っている。近いところまでは行けるんだが後一歩届かないのがもどかしい。

 

 

‥‥‥‥下らない話になったが俺が滅尽滅相を使えたのはこういう理由からだ。

 

 

過去に波旬の滅尽滅相を見たことがある、だから偽者の模倣(フェイク・フェイカー)で再現できた。それだけの理由だ。

 

 

波旬の滅尽滅相を真似たとしても、俺の滅尽滅相は少しばかし毛色が違う。

 

 

波旬の滅尽滅相が【自分以外のすべての消滅】だとするなら、俺の滅尽滅相は【自分と家族を脅かす存在の消滅】だ。今で言うなら滅されるのは俺にへばりついている泥だけ、景色が黒いのは変わらないが、俺にまとわりつく泥が無くなったことは理解できた。

 

 

「あ~あ、気持ち悪かった」

 

 

泥が無くなったことで沸き上がる憎悪は鳴りを潜めた。

 

 

そしてまた降り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間か二時間か、泥による不快感が無くなった俺は最奥に続くと思われるもっともらしい扉を見つけた。青銅で作られ、それらしいレリーフが刻まれた巨大な扉。例え馬鹿でもこの先に何かあることぐらいは理解できるだろう。

 

 

「ーーーーーーーーで、お前はいつまで着いてくる気だ?」

「ーーーーーーーーありゃ?気づいてた?」

 

 

なにも無いはずの空間から、返るはずのない声が返ってきた。振り替えればそこには浅黒い肌に呪詛を書き込んでいる少年が立っていた。

 

 

「そりゃあ気づくさ。お前、俺がこの空間に来たときから着いてきてただろ?」

「え、最初からバレてたのかよ‥‥‥‥ショックだわ~‥‥‥‥これでもサーヴァント何だぜ?俺」

「俺だってサーヴァントだよ。お前がアヴェンジャーのサーヴァントのアンリ・マユで間違いないな」

「ーーーーーーーーへぇ、俺のこと知ってるの?」

「あぁ、ピースマンから頼まれてた。地球に降りたまま帰ってこないお前を探して欲しいってな」

 

 

そう、これが俺がピースマンから頼まれた事だ。地球に呼び出されたまま帰ってこないアンリ・マユを探して欲しい。何でも月の聖杯の元で行われている茶番にはアンリ・マユも参加しているようなのだ‥‥‥‥ラインハルトとカリオストロ、甘粕にピースマンとアンリ・マユってどんな面子だよ。

 

 

「あ~ピースマンか~心配させちまったかな‥‥‥‥でもちょっと今は難しいぜ?俺の今のマスターのこと分かってるだろ?」

「寄生虫の事だな?スノウ‥‥‥‥闇の書を魔力タンクとして扱い、アンリ・マユの性能だけを自由に使えるようになっている。どうやったかは知らないが結び付きが強すぎる。しかも寄生虫のバックアップが闇の書の中にあるから外の寄生虫滅殺したところで無意味だしな」

「なんだ、分かってんじゃん。で、あんたはどうやって俺を月に帰すつもり?」

「一応考えてある。が、その為にはスノウとお前との間にあるラインを切る必要があるからな」

 

 

俺の予想にしか過ぎないがスノウとアンリ・マユのラインが残ったまま寄生虫を滅殺してしまうとそのままスノウがアンリ・マユのマスターになってしまう可能性がある。

 

 

「ふ~ん‥‥‥‥でもあんたはもうその為の手段を考えてるんだろ?」

「よく分かったな」

「伊達に人の悪性背負わされちゃいねぇよ。それにあんたは気づいてないかもしれないけど一度ここに来てるからな、死にかけてたけど」

「あぁ‥‥‥‥あの時にね」

 

 

思い当たるのは残骸が初登場して、死にかけていたシグナムを逃がすために殿を勤めたとき。あの時に取り込まれて吐き出されて堕ちたと、うん辻褄は合うな。

 

 

「でも、それが上手く行かない可能性だってある。それでも、あんたやるのかい?」

 

 

‥‥‥‥意地悪な質問をしてくれる。

 

 

確かに、俺の考えてることは俺の思い付いた中で最も成功確率が高いと踏んでいる。しかし高いだけで、必ず成功するとは限らないのだ。良くて五分五分、希望的観測がなければ3:7。失敗する確率は高いだろう。

 

 

だけど、それでも、

 

 

「やるよ、俺は。失敗するかもしれないことは分かってる。だけどやらないとはやてもスノウも救われないだろ?だったらやるしかないさ。失敗なんて考えたくも無いけど‥‥‥‥したら、俺が全部終わらせるさ。それがスノウとの約束だ」

 

 

やらなければならないからやる。そして失敗したなら、俺が全部の責任を取る。元はと言えば俺の我が儘から始まった事だ、それなら俺が幕引きをしなければならない。

 

 

それにスノウとの約束もある。スノウを救う為に尽力し、それでダメならば俺が介錯をする。そうなるとは思いたくもないしやりたくもないのだが、約束した以上はやらないとならないだろ。

 

 

あ~あ、下らない意地だなぁおい。

 

 

「ーーーーーーーーなぁんだ、もう覚悟決めてんのかよ。つまんねぇの」

「おっとお前俺のこと揺さぶろうとしたなぁ?ハッハッハァ、地獄に堕ちろ、糞野郎が」

 

 

アンリ・マユが俺のことを揺さぶろうとしていたので笑いながら親指を下に向ける。やっぱりこいつは此の世全ての悪(アンリ・マユ)だわ。人を悪性に導く悪の担い手。人を陥れる邪。

 

 

甘粕とは仲良くなれそうだな。アンリ・マユは人の悪を知り尽くしているし、甘粕は人の勇気を信じているし。んで、最終的には対立しそうだ。

 

 

魔王アンリ・マユVS勇者甘粕正彦‥‥‥‥ちょっと気になる。

 

 

「覚悟決まってるならさっさとその扉潜れば?あんたの待ち人が待ってるよ」

「そうさせてもらうさ」

 

 

アンリ・マユとの会話を切って扉に手を置き、扉を開く。重たそうな見た目に反して扉は簡単に開いた。

 

 

「さよならだ、此の世全ての悪性。次に会うなら月の玉座だがまた会わないことを祈ってるよ」

「じゃなあ、優しい死神さん。悪神の加護が有らんことを」

「要らんわ、んなもん」

 

 

それだけで扉を閉めてアンリ・マユと別れる。

 

 

奥に続く通路は今までと同じ真っ暗闇。体にまとわりつく重圧はまるで深海に潜ったときの様だった。

 

 

そして感じる。目で見えず、肌で触れられず、耳で聞こえず、五感の半分以上が役に立たないこの世界の中でも、はやてとスノウが近くにいることだけは感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーやっと見つけたぞ、スノウ」

「ーーーーーーーー時雨、なのか?」

 

 

淀んだ悪性の底の底、恐らく此の世全ての悪(アンリ・マユ)を宿している魔術師ですら気づいていないであろう心理層の最奥にスノウはいた。

 

 

体の自由を地面から生えている蕀によって奪われて、肌を蕀のトゲに傷つけられ、十字架に磔にされたキリストのような体制で拘束されていた。

 

 

その光景を見たとき、時雨はスノウが蕀に魔力を吸いとられていることに気がついた。これは魔術師がスノウを介して闇の書から魔力を供給しているからだろう。

 

 

つまり、魔術師にとってスノウは魔力タンクと同じなのだ。

 

 

「‥‥‥‥はやては?」

 

 

怒りを抑え込みながら時雨はスノウに訪ねた。ここが最奥なのは分かっているがここにいるのはスノウだけではやての姿が見えない。一本道だから見落としたという訳ではないだろう。

 

 

「はやては、私の中で眠っている。あの子にこんな場面を見せなくても良いだろう」

「そうか」

「っ!?駄目だ!!」

 

 

はやての居所を聞き、スノウを蕀の拘束から解放しようとした時雨をスノウが止めようとする。

 

 

時雨がスノウに一歩近づく。

 

 

「ーーーーーーーーッ!?」

 

 

地面から蕀が生え、時雨の体を貫いた。踏み出した足に蕀が絡み付き、そこから悪性が時雨の中に流れ込む。それは中層でまとわりついていた悪性よりも濃密で、皮膚に始まり筋肉血管神経を伝って時雨を犯す。

 

 

此の世全ての悪(アンリ・マユ)の悪性にとって、スノウは自身を顕現させるための貴重な栄養なのだ。それに危機が迫れば全力で排除しようとするのは当然の事だろう。

 

 

今時雨のいる場所からスノウの場所まではどう見積もっても二十歩程の間がある。蕀による肉体的苦痛と悪性による精神的苦痛を乗り越えスノウの元に辿り着く、それをスノウは不可能だと答えを出した。

 

 

「‥‥‥‥分かっただろう?私に近づけば時雨が傷付く。はやては私が外に出す。だから貴方は私のことを見捨てて早く出ていってくれ」

 

 

スノウが出した答えは残酷ではあるが正しい物だった。スノウに残された僅かな権限全てを使えばはやて一人なら外に出すことができる。しかしそうした場合、スノウは悪性に飲み込まれ完全に一体化することになる。

 

 

はやてを選び、スノウを見捨てる。それが、普通の人間なら正しい解答なのだろう。近づくことは許されず、助けられるのは一人だけ。それなら一人を救い、一人を見捨てることが正しいことなのだ。時雨も、普通ならばそうしていたであろう。

 

 

そして時雨はその選択肢をーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーふざけるなよ」

 

 

捨てた。足に絡み付いた蕀を引き千切りながら足を前に出して一歩近づく。新たな蕀が生え、時雨を体と精神を傷付ける。

 

 

「ギィーーーーーーーー!!」

「もう‥‥‥‥止めて‥‥‥‥」

 

 

そんなこと構うものかと、さらに時雨は踏み出した。そしてその足を、体を、精神を、蕀が悪性と共に傷付ける。

 

 

そんな時雨の姿を見てスノウは涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始めは奇妙な人間だと思った

 

 

厄介事でしかない自分のことを家族と呼んで受け入れてくれるなど、奇妙としか思えなかったから。

 

 

 

 

次に優しい人だと思った

 

 

魔力で構築されたプログラムに過ぎない自分と闇の書の騎士たちのことを人間として、家族として接している。だから優しい人。

 

 

 

 

いつからだろうか?

 

気が付けば、目が彼のことを自然と追っていた

 

彼が笑っているのを見ていると、自分も笑っていた

 

彼の知らない一面を知れた時は何故か気分が高揚した

 

彼が傷付くと、悲しくなった

 

彼が死んだとしらされた時、胸が張り裂けそうになるほどに痛くなって泣いてしまった

 

そして死んだはずの彼と再会出来たとき、こんな状況だと言うのに嬉しくなってしまった

 

 

 

その答えを探していて、答えが出そうになるとその答えを否定した。

 

 

何故なら、私は人ではないから。

 

 

夜天の書を管理する為の人格プログラムに過ぎないから。

 

 

だから私は、こんな気持ちを抱いてはいけない。

 

 

人間のような、【恋心】など持ってはいけない。

 

 

だから時雨、私を見捨てて。

 

 

はやてと一緒にここから出ていって。

 

 

私のことなど、気にしなくて良いから。

 

 

「ガァァァーーーーーーーー!!」

「止めて‥‥‥‥」

 

 

だと言うのに、彼は歩みを止めない。

 

 

蕀と悪性で、体と心を傷つけながら私に近づいている。

 

 

二十歩は空いていた距離はもう半分に縮まっている。

 

 

「グギィーーーーーーーー!!」

 

 

さらに一歩。

 

 

時雨の足はボロボロ、肉は削げ落ちて骨が見えてしまっている。

 

 

「ーーーーーーーー!!」

 

 

さらに一歩。

 

 

蕀のトゲが時雨の骨を削る。

 

 

 

「なんで‥‥‥‥」

 

 

傷付きながら近づいてくる時雨の姿を見て、頬を伝い涙が流れる。

 

 

「なんで時雨が傷付かないといけないんだ!!!私なんて‥‥‥‥私なんて!!見捨てれば良いのに!!!私が居なくなればすべてが終わるのに!!!なのに‥‥‥‥なんで‥‥‥‥」

 

 

胸が痛い。

 

 

胸が痛い。

 

 

こんなことは過去には無かった。

 

 

闇の書の完成の時に顕現して、世界を飲み込んだときには悲しいと感じた。

 

 

だけど、こんなに胸が痛くなることなんて無かった。

 

 

私は壊れてしまったのだろう。

 

 

でなければ、こんなことにはならないはずなのに。

 

 

「ーーーーーーーー度重ねて言うが、ふざけるなよこの野郎が」

 

 

蕀が肉を千切り、骨を削る音を経てながら時雨はそう言った。

 

 

「ーーーーーーーー私を見捨てれば良いのに?

ーーーーーーーー私なんて居なくなればすべてが終わるのに?

ーーーーーーーー何勝手なことをほざいてやがる大馬鹿野郎ォォォォォォォォ!!!」

 

 

明らかに怒っていると分かる怒声を上げながら、時雨は一歩ずつ踏み締めていた足を連続で動かした。

 

 

拷問にも近い痛みをかんじているはずなのに、時雨は歩みを止めない。

 

 

「お前は言ったよなぁスノウ!!笑い合いたいと!!皆と一緒にいたいと!!日溜まりの中にいたいと!!それは嘘だったのか!?口から言った出任せだったのか!?答えてみろよ!!」

「私が‥‥‥‥私が居たから!!こんなことになったんじゃないか!!だったら‥‥‥‥私なんて‥‥‥‥私なんて‥‥‥‥!!」

「だぁかぁらぁ!!ふざけるなって言ってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

時雨の拳が、私の頬を打つ。

 

 

いつの間にか空いていた距離は零になっていた。

 

 

「周りのことなんて考えるな!!お前の本心を言えよ!!綺麗事ばっか言ってんじゃねぇよ!!醜い本性さらけ出せや!!」

「‥‥‥‥ない」

 

 

あぁ、駄目だ。

 

 

この人は、私のことを心から案じている。

 

 

だからこそ、こんなに厳しいことを言うのだろう。

 

 

「なぁにぃ?聞こえんなぁ!?」

「‥‥‥‥たく、ない」

 

 

あぁ、駄目だ。

 

 

隠していた本心が、出てきてしまう。

 

 

私が居なくなればすべてが終わることは分かっている。

 

 

それが管理人格である私が出した最善の答え。

 

 

「聞こえねぇって言ってんだろうが!!叫べや!!お前の本心を!!」

 

 

でも、それなのに、私は別の考えを持ってしまった。

 

 

プログラムが持ってはいけない考えを。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーっ!!私は!!!死にたくない!!!」

 

 

生きたいという、願いを。

 

 

「もっと皆と一緒にいたい!!

皆と笑いたい!!

皆と生きていたい!!

時雨と‥‥‥‥一緒にいたい!!」

 

 

 

「ーーーーーーーーだろうよ。まったく、泣き虫のくせして意地張りやがって」

 

 

体を縛っていた蕀の拘束が解かれた。

 

 

時雨の手には短剣が握られている。

 

 

支えを無くして落ちるように倒れる私を、時雨は優しく抱き止めてくれた。

 

 

「プログラムだとかなんとか知ったこちゃねぇんだよ、こっちからしたら。お前は救われたい。俺はお前を救いたい。始めて会った時にそう約束しただろう?忘れたのか?」

「あ‥‥‥‥」

 

 

そうだ、なんで忘れていたのだろうか。

 

 

時雨は、私のことを救ってくれると言った。

 

 

必ず、とは言ってないが私を救おうとしてくれていたのだ。

 

 

「それに、俺ってば欲張りだからさ。折角増えた家族を手放すだなんてしないからな。その辺理解しといてくれ」

 

 

そう言って時雨は、抱き締める力を強めた。

 

 

蕀と悪性でボロボロになった体と心で、私のことを抱き締めてくれた。

 

 

「私は、生きていて、良いのか?」

「あぁ、生きろ。その生に飽きが来るまでな」

 

 

「私は、話していて、良いのか?」

「あぁ、話せ。疲れて話せなくなるまでな」

 

 

「私は、思っていて、良いのか?」

「あぁ、思え。現実と区別がつかなくなるほどにな」

 

 

「私は、ここにいて、良いのか?」

「あぁ、ここにいろ。誰もお前を拒絶しないさ」

 

 

「私は、貴方の隣にいても、良いのか?」

「あぁ、いてくれ。弱い俺を、どうか隣で支えてくれ」

 

 

あぁ、もう駄目だ。

 

 

否定していた考えを、何だか理解してしまった。

 

 

これは【恋】だ。

 

 

私は、貴方に恋をしてしまった。

 

 

貴方と生きていたい。

 

 

貴方と話していたい。

 

 

貴方を思っていたい。

 

 

貴方の隣にいたい。

 

 

壊れたプログラムだと、蔑まれてもいい。

 

 

例え壊れてしまったとしても、貴方へのこの想いは捨てたくない。

 

 

「ーーーーーーーーさて、悪いなスノウ。少し痛いぞ」

 

 

そう言った時雨の手にはさっきとは違う刀身が稲妻のような形の短剣が握られていた。

 

 

「ーーーーーーーーはい」

 

 

彼が身内を意味もなく傷付けることはしない、これは必要なことなのだろうと言葉はないけど理解できた。

 

 

そして稲妻のような形の短剣が振り下ろされーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー私の中から、闇が消えた。

 

 

 






【速報】、波旬登場。
時雨の世界にも波旬は居たようです。だけどこの波旬は“座”には行ってなく、その為黄昏の女神も殺していない。本家波旬程ではないが、一対一なら蓮炭、獣殿、水銀と殴り合える位には強い。時雨と波旬の関係は神咒神威神楽の覇吐と本家波旬みたいな物。

アヴェンジャー【アンリ・マユ】登場。
格好はHollowのアヴェンジャー。魔術師との強制的な契約で闇の書に取り込まれ、能力すべてを魔術師に簒奪されているので下手すると人間にも負ける最弱サーヴァントになっている。呼ばれる前までは獣殿、水銀、アマッカス、ピースマンと一緒に騒いでいたとか。

スノウ救済&恋心自覚。
書き終わってからHeaven's feelっぽいことに気がついてしまった。スノウの心境はCCCのサクラと同じ。自分の中にある感情が何かほとんど分かっているのに自分の正体を理由にそれを否定していた。だけど時雨からの説教でその想いを完全に理解して受け入れる。BBなんて作られていません。

波旬と時雨の食事風景はたぶんきっとこんな感じ↓

(∴)「どうだ?俺の作ったカレーは美味いか?」
ショタ時雨「‥‥‥」コクコク


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