「ーーーーーーーーそろそろ時間だね」
地面に蠢く残骸を見下ろしながら、黒いバリアジャケットを着た青年が一人言のように呟く。青年の顔に浮かぶのは残骸に対する嫌悪の表情。
「あれが‥‥‥‥こんなことになった原因なんだな?」
青年の隣に立つ赤いゴスロリの様な趣向を施したバリアジャケットを着た女性が青年に尋ねる。その顔には青年と同じように残骸に対する嫌悪の表情が浮かんでいる。あんな物がはやてを泣かせ、スノウを苦しめ、時雨を死に至らせたと知れば友好的な態度など取れるはずが無い。
怒りや憎しみといった負の感情、それはこの二人のみではなく時雨とはやてに関わりのある存在ならば誰もが抱いている感情だった。
「あぁそうだ。だから遠慮なんていらない。やっちまえ、やっちまおうぜ、
「あぁ‥‥‥‥分かってる、分かってるよ、
ヴィータと御門と、青年と女性はお互いの名前を呼び合った。
御門。彼は時雨と同じ生まれ変わった存在の人間であり、始めの頃はすべてが自分のおもいのままであると勘違いしていた。そして他の転生した人間に敗れ、力を奪われ、世界に絶望していたところをヴィータに救われる。そこから時雨と関わりを持ち、御門はもう一人の父のように思っている。
ヴィータ。闇の書の騎士の一人で幼かった彼女は何が起きているのか知らされていなかった。それ故に暴走してしまい時雨に迷惑をかけてしまった。それ以降、心配いらないと諭されて待つことを決めた彼女だったが今は幼い体ではなく、成熟した大人の体になってこの場に立っている。
「立ちはだかるのは無限に等しい英雄の残骸。相手にとって不足しかない。残骸程度の存在があの人の邪魔をするなんて許されないし許さない」
「ぶっ叩いてぶっ潰す。それがあれに相応しい終わり方だな」
御門が黒く染まった剣を、ヴィータがハンマー型のデバイスのグラーフアイゼンを握る。握られている部位から軋みが上がっていることから彼らの心中を察することは難しくない。
「‥‥‥‥なぁ御門」
「何ヴィーーーーーーーーー」
ヴィータの声に応えようとそちらを向いた御門だったがそらは無理矢理中断させられる。何故ならヴィータが御門の胸元をつかみーーーーーーーー頭を下げさせて御門にキスをしたからだ。
唇を重ね合っただけの軽いキス。しかしそこから感じられる感触は疑いようもない。このヴィータの行動に御門は固まってしまう。
一秒か二秒か、僅かだが本人たちからすれば長い時間の口付けは、キスをしてきたヴィータが離れたことで終わりを告げる。ヴィータは恥ずかしいのか赤く染まった顔に子供の頃のような笑顔を浮かべた。
「こんな時に言うのはなんだけど、こんな時だから言っておく。私は御門のことが好きだ。子供の時は分からなかったけど成長した今なら分かる。私は御門のことが一人の男として好きなんだ。だからーーーーーーーー勝とう。勝ってまた皆でいつものように笑い合える日々を送ろう」
未熟な子供の時には分からず、成熟した今だから理解できた思いをヴィータは御門に告げた。そしてヴィータは御門からの答えを聞かずに残骸目掛けて降下を始める。
「アイゼン‥‥‥‥ごめんな。私はヴォルケンリッターのヴィータとしてじゃなくて、八神時雨の娘のヴィータとして戦う」
『問題無し。貴女の思うがままに』
「ありがとう、アイゼン」
グラーフアイゼンの言葉を聞いてヴィータは感謝の言葉を紡ぎーーーーーーーー聖句を唱えた。
「
私は幼く未熟、守られる子供だった
貴方は老いて成熟、守る大人だった
」
語られるのはヴィータが抱いていた感謝の思い。
「
貴方は私を守ってくれた
私たちを脅かす害悪から、私たちを守ってくれた
」
ヴィータが時雨に抱いていた感情。
「
砕かれ、磨り減り、傷付いても、貴方は膝をつくことはない
その逞しい背中を見せて私たちを守ってくれた
」
貴方は私を守ってくれた。厄介な存在である私たちを家族と呼んで守ってくれた。
「
だから、父よ
私は貴方を守りたい
貴方を傷つける害悪から、私は貴方を守りたい
」
だから今度は私の番だ。私を守ってくれた貴方を私が守るのだ。
「
もしそれが許されないというのなら
万象打ち砕いても貴方を傷つける害悪を打ち砕く存在になろう
だから、父よ、泣かないで
貴方を泣かせる物は、私がすべて打ち砕くから
」
だから私は打ち砕く者となろう。
「ーーーーーーーー形成」
グラーフアイゼンが溶ける。ハンマーであったその形を無くして、ヴィータの思いに応えるように、ヴィータの望む別の形に成る。
そしてそのまま、ヴィータは残骸の群れの中央にへと落ちていきーーーーーーーー
「ーーーーーーーー
爆ぜた。前触れ無く突然起きた爆発に残骸は無抵抗のままに吹き飛ばされ、爆発の直撃を受けた残骸は崩壊していく。
爆発によって地面に出来たクレーター、そこには破壊槌と成ったヴィータがいた。
手に握られているハンマー型だったアイゼンはヴィータを手から肘までを覆うような武骨な朱色のガントレットとして付けられている。
「ーーーーーーーーオラァ!!!」
近くにいた残骸に接近し、掛け声と共に拳を叩き込む。それだけ、魔力も込められていないただの打撃技。それだけのはずなのに、拳を叩き込まれた残骸は崩壊した。比喩ではなく、文字通りの意味での崩壊。崩壊した残骸は塵すら残さずにこの世から退場させられる。
しかし相手は考えることを放棄した残骸、ヴィータの破壊槌の意味など理解せずに、愚直に突貫することしか出来ない。
「目障りなんだよてめぇら‥‥‥‥砕けろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
ヴィータの拳が迫り来る残骸を次々と崩壊させていく。残骸の身を守るための盾鎧は意味をなさず、ヴィータの拳に触れられるだけで塵すら残さずに崩壊する。
そしてようやくヴィータの拳の驚異を学んだのか、残骸はヴィータを囲った。これは正しい、ヴィータの腕は二本しか無い。だから取り囲み、同時に攻撃すればヴィータには手段がないーーーーーーーー
「
しかし、それはヴィータが何も対策を立てていない場合にのみ有効である。ヴィータが握り締めた両の拳で地面を殴る。それだけで地面が爆ぜ、取り囲んでいた残骸を崩壊させた。
拳法の技の中に通しという技法がある。鎧や筋肉で守られている相手にそれらを通して内臓に直接衝撃を与える技。ヴィータがしたのはそれに近い。殴った地面を通して周りにいる残骸に崩壊の一撃を与えたのだ。威力が高すぎるのか通した地面まで爆ぜてしまったがこの技が有る限り、ヴィータは囲まれることを気にせずに戦うことが出来る。
「ーーーーーーーー」
そして上空にはヴィータにキスをされたことで呆然としている御門がいた。未だにキスをされたことが信じられないのか自分の唇をなぞっている。
「ーーーーーーーーハ、ハハッ」
『主?』
御門が唐突に笑いだしたことにユニゾンしているデバイスのアーカードが心配の声をあげる。
「ハハッ!!ハハハ!!!アッハハハハッ!!!!!」
それが届いていないのか、御門は腹の底から喉を震わせて笑い声をあげた。
「あぁ!!なんだ!!そういうことか!!なんだよまったく!!笑うしか無いじゃないか!!!!」
『主よ、どうしたのだ?気でも違えたか?』
「いやいやアーカード、ようやく気づいただけだよ」
突然笑った御門を気遣ったアーカードを御門は違うと言い切る。そしてーーーーーーーー
「俺って、ヴィータのことが好きだったんだなって」
ようやく気づいた自分の気持ちを口にした。
御門にとってヴィータは恩人という意味合いが強かった。この世界に絶望していた自分を救ってくれた恩人。時雨たちも恩人という範囲には入っていたのだがヴィータの方が御門の中で大きな存在だった。
そしてヴィータにキスをされ、ヴィータの思いを聞いてようやく気づいた。
自分は、ヴィータのことが好きだということを。
「鼓動が五月蝿い!!体が熱い!!ヴィータのことを考えるだけで息が苦しくなる!!!!あぁなんだそういうことじゃんか!!!!俺はヴィータのことが好きだっ!!!!ラブ!!ラブラブラブっ!!!!愛している!!!!」
自分の気持ちに気づけた御門は叫ぶように、歌うように、言い聞かせるように、ヴィータへの思いを口にする。
それだけで世界を絶望にへと陥れるような悲劇ですら、希望を後押しするような喜劇にしかならない。
「あぁいいなこれ!!薬決めたら!!悲願を果たしたら!!初めてヤったら!!こんな風に高ぶるのか!!いいや!!しないだろうな!!今だから!!こんなに滾っている!!あぁ断言できる!!!!」
考えてみれば、これが御門にとっての初恋と呼べるようなものだった。まだヴィータと時雨に出会っていないときには自分は好かれているだろうと思い込んでいた。それは勘違いな訳だったが。好かれているが好いてはいなかった。
しかし今は違う。自分はヴィータのことを心から愛していると確信できていた。それこそ、今自分がしなければならないことがすべて抜け落ちてヴィータのことで頭の中が一杯に成るほどに。
「君は美しい!!可憐か!!醇美か!!妖美、八面玲瓏、清楚、風光明媚、キュート!!駄目だ!!こんな言葉では言い表せない!!こんなことならゲームなんてしてないで詩吟を学んでおけばよかった!!」
今の御門にはこの状況など些末なことに過ぎなかった。溢れんばかりに沸き上がるこの思いをどうやってヴィータに伝えるかを真剣に考えていた。
「あぁーーーーーーーーそういえば残骸が沸いていたなぁ。なら、この思いを伝える語彙を考える片手間に葬ってやるか」
御門の足元から黒い泥水のような液体が沸き上がり、それは重力に従い落ちていき地面を黒く染め上げる。
「この愛の成就の為に!!!救われろ世界よ!!!
泥水から生えるのは黒い剣。それはヴィータを避け、残骸だけを串刺しにするために次々と生えていく。そして串刺しにされた残骸は塵も残さずに剣に存在ごと吸われていく。
この剣の正体は御門がギルから気紛れに渡されたデュランダルの原典。御門が吸血鬼に至った際に取り込み、御門の牙として新生を果たした三つの奇跡を宿した剣。
吸血鬼は生きるために人間の生き血を啜る。その為の牙を御門はデュランダルにした。つまりこのデュランダルは吸血鬼としての御門の牙、血だけではなく無機質有機質はたまた魂までも食らう悪食。
故に、この大地を覆い尽くす程の残骸の群れであっても御門からすればバイキングに並べられた料理に等しかった。
「気分がいいからお前らの冥福を祈ってやるよ‥‥‥‥逝けやヴァルハラァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
叫び、手から生えたデュランダルと黒塗りの銃を握り締めながら御門は残骸の群れにへと突貫する。
ここは戦場などではない
悪食の吸血鬼が愛歌を歌い
破壊槌の騎士が破壊のダンスを踊る舞踏会
伝え方の分からない思いを
破壊の音色をBGMに踊る
ここは舞踏会
悪食の吸血鬼は
破壊槌の騎士に思いを伝える為に
不馴れな躍りを躍り続ける
「はぁはぁーーーーーーーー」
ギルとユーリ、マテリアル、御門とヴィータが残骸の殲滅に勤しんでいる頃、ペイルライダーと戦っていたリニスは息絶え絶えになって膝をついていた。
「ーーーーーーーーっ、まったく‥‥‥‥全然減ってないじゃないですか」
リニスは自分に群がってくるペイルライダーの群れを見ながら呆れ気味に呟いた。
どのくらい時間が経っただろうか。倒したペイルライダーの数は百を越えたところから数えるのを止めたが間違いなく千は越えているだろう。それなのにペイルライダーは減るどころか数を殖やしている。
増殖に増殖を重ねたペイルライダーは数えることが億劫に成るほどに殖えていた。ちまちまとした戦闘では意味がない、この辺り一帯を纏めて焼き払えるくらいの火力がなければペイルライダーを殲滅することは出来ないだろう。
リニスはカードからメデューサの霊格を使っていたことからメデューサの宝具である
「っ!!」
近づいてきたペイルライダーから距離を取るために飛び退く、が疲れていたことから反応が遅れたのかペイルライダーかリニスの足に触れた。するとリニスの足に悪寒がはしった。
「っ!!病気の発病とかホント厄介なことしますね‥‥‥‥!!」
短剣をペイルライダーの顔面に投げて触れられた足を確認するとそこには黒い斑点が浮かび上がっていた。黒い斑点という分かりやすい手がかりで思い当たる病気など一つしかない。ヨーロッパで猛威を振るった病気【
これがペイルライダーの宝具。病魔が英霊となったペイルライダーは生命を殺すために病気を自在に使うことが出来る。名前があるとすれば
人間ならば空気感染で即発病する宝具だが同じサーヴァントであるリニスには効きにくいのか直接触れなければ発病しなかった。
始めにリニスが触れられたのは左腕、ペイルライダーが触れた瞬間に激痛が走ったことからそれに気づけた。
リニスの左腕が犯された病気は【痛風】。元は食生活の乱れからくる病気で知っている者も多いだろう。たかが痛風と思うかもしれないが甘く見てはいけない。痛風は酷い場合には触れたか触れてないか分からないような接触、それでこそ微風でも吹かれただけでも激痛が走るのだ。
ペストによる高熱と痛風による激痛はよってリニスの体から動きを奪う。今はなんとか距離を取ることが出来ているがその内満足に動くことすら出来なくなるだろう。
だが、
「かかってきなさい病原菌。例え目玉だけになっても殺してやりますから」
その体からは、殺意が衰えることはなかった。犯されていない足で立ち上がり、右腕で短剣を握り、ペイルライダーの群れに向ける。
リニスは死ぬつもりは無いが死を覚悟している。時雨にこの事を知られたら泣かれそうだが時雨も時雨で自分たちのことを置き去りにして堕ちてしまったのだ。その仕返しには丁度いいだろうとリニスは考えていた。
そしてリニスに無機質な光球三つを回転させながらペイルライダーが迫る。
ペイルライダーには人格も知能も無い。ただここにある命を病気で犯すことだけに関心が向けられていた。その使命にペイルライダーは従いリニスを犯そうとする。
そしてーーーーーーーーリニスに迫るペイルライダーが、上から降ってきた白い杭の様なものに貫かれた。
乱入者かとリニスは警戒するが、すぐ側に現れた人物二人の背中を見て安堵のため息をついた。
「まったく‥‥‥‥遅いですよ。
ザフィーラ、シャマル」
「済まん、遅れた」
「ごめんなさい、戦況を把握してたら遅くなったわ」
現れたのは青い胴着のような服と黄緑色のドレスのような服を着た二人の女性。ヴォルケンリッターの一員のザフィーラとシャマルだった。
「あれはなんだ?」
「ペイルライダー、病気のサーヴァントです。病原菌らしく増殖して数が殖えますし、触れられると病気が発病します」
ザフィーラの疑問にリニスが簡潔に答える。今必要なのは二人にあのサーヴァントの驚異を教えること。何も知らずに戦って自分と同じ目に合わせるのは馬鹿らしい。
「さて、リニスは休んでいてくれ。行くぞ、シャマル」
「えぇ分かってるわ」
「‥‥‥‥大丈夫なんですか?魔力盗られてダウンしてたはずですよね?」
「心配せずとも時雨殿から頂いた宝石で魔力は戻っている」
「ギル君から色々説明してもらったわよ。言いたいことは山ほどあるけど、まずはあれを片付けてからね」
そう言ってザフィーラとシャマルはペイルライダーの群れと対峙する。ペイルライダーは突然現れた二人を警戒しているのか一定の距離を取ったまま近づこうとしない。
「ーーーーーーーーよくも好き勝手やってくれたな、病魔共」
「ーーーーーーーーよくも好き勝手やってくれたわね、病原菌」
二人の顔に浮かんでいるのは背中を見ているリニスでも分かる。怒りだ。はやてとスノウを害されて、二度と会えないと思っていた身内に危害を加えたペイルライダーに対する怒り。それの矛先はもちろんこの場にいるペイルライダーに向けられている。
「
貴方は、私たちを抱き締めてくれた
」
「
貴方は、私たちを受け入れてくれた
」
魔力の供給の有る限り無限に殖え続ける病魔を前にして、二人は聖句を紡いだ。
「
貴方の温もりは、何も知らない私にとってとても大きな存在だった
」
「
貴方の優しさは、拒絶されていた私にとってかけがえの無い存在だった
」
「
私は貴方から多くのことを教わった
温もり、思い、強さ、狂気
それらすべては無知な私が知らない物だった
」
「
私は貴方を見て悲しんだ
守りたいと願うことは素晴らしい
だけどそれで貴方が傷ついては意味がない
」
語られるのは、二人が時雨の対して思っていた想い。時雨の信念の根幹に有るものを知り、狂っているとしか言えない時雨の愛を肯定する言葉。
「
だから私は、貴方を守ろう
それだけで貴方から教わった恩を返せるとは思わない
だけど貴方の生き様を見て
私は貴方を守る爪牙でありたいと思ったのだから
」
「
だから私は、貴方を癒そう
貴方の生き方を否定することは出来ない
だから私は、貴方の生き方の後押しをしたい
傷ついた貴方を見て、貴方を癒したいと思ったのだから
」
「「
だけど、優しい貴方はそれを否定するだろう
誰よりも家族を愛おしいと思う貴方だから
私たちが傷つくことを嫌うだろう
それでも私たちの想いは変わらない
だからどうか、愛しい君よ
貴方の生き方を支えることを許してほしい
」」
ペイルライダーが迫る。前方から、左右から後方から。穢れた世界の風に乗って新しく現れた命を犯す為に。
「「ーーーーーーーー形成」」
「ーーーーーーーー
「ーーーーーーーー
襲い掛かってきたペイルライダーすべてが一瞬の内に切り刻まれた。誰がやったかなど説明するまでもない。ザフィーラとシャマルだ。
ザフィーラの手には白いガントレットが着けられていたがそれは消えてなくなり、変わりに禍々しさしか感じられない凶器としか言えない巨大な爪があった。
そしてシャマルの手には何も無いように見えるが目を凝らせばうっすらと細い糸ーーーーーーーー切り裂くことに特化したワイヤーがペイルライダーの方に伸びていることが分かる。
「ォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
ザフィーラが叫びをあげながらペイルライダーの群れに突貫して、その巨大な爪を振り回した。ペイルライダーの霊格は最低位の物だとしても、ザフィーラの爪は容易く切り刻んでいく。
事実、ザフィーラは爪を掻い潜ってやって来たペイルライダーに触れられても平然としていた。
「まずは貴女の治療からね」
シャマルのワイヤーが伸び、リニスを囲う。
それだけでリニスの体は回復した。左腕の痛風の痛みも足のペストの黒い斑点も綺麗に消えている。いや、それだけではない。これまでの戦いで消費した体力や魔力までもが戻っている。ここまで来ると回復ではなく回帰に近いだろう。
「ーーーーーーーー凄いですね、これ。どうしたんですか?」
十全の状態に戻った体を確かめる様に動かしながらリニスは訪ねる。
「眠っている時にね、夢の中で影から言われたのよ。【彼と家族を守りたいと願うかね?ならば力を授けよう。その想いを形にする力だよ】って、私とザフィーラだけじゃなくてヴィータも同じ夢を見たらしいわよ」
「‥‥‥‥あっ(察し)」
会話の片手間にワイヤーでペイルライダーを切り刻みながらシャマルは答えてくれた。そしてリニスにはこんなことをする人物に心当たりがあった。というよりも影でこんなことが出来る存在をリニスは一人しか知らない。何を考えているのだろうかあの
「‥‥‥‥まぁ細かいことは気にしないことにしましょう!!うん!!そうしましょう!!」
あの変質者が何を企んでいるのかなんて考えても答えは出ない。それでも力を与えられたことは確かなのだ。与えられた物だとしても、彼の力になれるのなら十分である。
「シャマル、少し時間を稼いでください」
「何かするつもりね?分かったわ。ここまで頑張ってくれたリニスに免じて病原菌一匹たりとも寄らせないことを誓うわ」
「ありがとうございます」
時間を稼いでくれるシャマルに礼を言い、リニスは膝をついて手を組み、神に祈りを捧げる敬虔な信者のような姿勢になった。
「
大切な者を守ろうと奮闘する貴方
そんな貴方が私は誰よりも愛おしいと思っている
」
リニスは聖句を紡ぐ。
「
傷つき、心砕かれてなお
貴方の輝きは汚されること無く、
貴方への私の想いは募るばかり
」
些細なことから消えてしまうはずだった自分を救ってくれた彼への想いを聖句として歌い上げる。
「
私はそんな貴方が愛おしい
貴方はその生き方を貫いて欲しい
そして、許されるのなら私が貴方の隣に立つことを許してほしい
」
自分が彼の隣に立つことが出来ないとリニスは誰よりも理解している。それでもその想いは抑えられず、強くなるばかり。
「
私では貴方の隣に立てないことは私が一番分かっている
だというのなら、私は貴方の隣に立つことが出来る存在に至ろう
だから、貴方の生き方を手伝うことをどうか許してほしい
」
だから私は成ろう、貴方の隣に立つことが出来ることが許される程の存在に。
「ーーーーーーーー形成」
「ーーーーーーーー
聖句を紡ぎ終えるとリニスの気配が変わったことにシャマルは気づいた。いつものリニスの気配ではなく‥‥‥‥そう、彼女たちが主としている時雨のそれに近い。
「
リニスが呟くとリニスの手には黒と白の双剣ーーーーーーーー時雨が使っていた攻めと守りの夫婦剣の攻刀守剣が握られた。
攻刀守剣を握り締め、リニスは病魔の群れの中で孤軍奮闘しているザフィーラの元に向かう。リニスに気がついたペイルライダーが迫るものの、それらは攻刀の一振りと守剣の守りによって阻まれる。
時雨と同格に至れるという破格の効果を持つ
それは制限時間。一定時間を過ぎれば
だが今は違う。リニス一人ではなく想いを同じにした家族がいる。だからリニスはここぞと思い
ここにいるのは従者と爪牙と拒絶の癒し。
病魔の群れに対して抵抗ではなく、殲滅が行われていた。
「ーーーーーーーーカ、ハッ」
ここはシグナムとギルガメッシュの戦場。贋作の剣群と真作の剣群がぶつかり合い、その結果騎士が膝をつき、黄金の王が立っている。ギルガメッシュが無傷なのに対しシグナムは全身が裂傷だらけで疲労困憊の有り様だった。
「はん、所詮は雑種を真似て作られた傀儡か。己の物でもない借り物で
シグナムは元より、闇の書の騎士たちは誰もがプログラムである。つまりはそのプログラムをシグナムたちの姿にした原型がある。ギルガメッシュはそれを見抜いてシグナムのことを原型を真似て作った傀儡と呼んでいた。
「ーーーーーーーーそんなこと、貴様に言われるまでもなく分かっているさ」
息を整えたシグナムが立ち上がり、ギルガメッシュに言葉を返した。
シグナムの贋作は所詮借り物
正義の味方の様にその生き方を突き詰めた訳でもなく
時雨のように正義の味方のことを理解している訳でもない
この体は闇の書を作った者がその時代の誰かをモデルに作った偽り
技術や思考も、そのモデルに引かれているのかもしれない
愛剣と信じているレヴァンティンも、そのモデルが使っていた物かもしれない
作り物、借り物、偽物と、ギルガメッシュから言われるのも無理はないだろう
それでもーーーーーーーー
「それでもな英雄王、そうだとしても、私が抱いているこの思いは私だけの物だ。家族を守りたいと願うこの思いも、時雨を愛おしいと思うこの気持ちも、すべてが私だけの物だ。元になった者など関係無い。私だけが抱ける私だけの思いだ」
そう、例えシグナムの元になる存在があったとしても、ここにいるシグナムの想いは他の誰でもないシグナムだけの物なのだ。ギルガメッシュに存在丸ごとを否定されようとも、それだけは胸を張って言えること。
「ーーーーーーーーハッ!!壊れたか?傀儡風情が人間の真似事とは笑わせる。壊れたのならば、疾く塵となれ!!!!」
開かれたギルガメッシュの宝物庫から放たれる宝具の原典の数々。点ではなく面で制圧することを目的に放たれたそれを回避することも迎撃することも疲弊しているシグナムには難しかった。
『ーーーーーーーー勝ちたいかね?』
一秒先に迫る死を眼前に控えながら、シグナムは声を聞いた。
『君たちが主と慕う彼の為に、勝利を求めるかね?』
「ーーーーーーーー誰だ貴様は」
ギルガメッシュの放った宝具は止まっている‥‥‥‥いや、恐ろしく遅くなっているだけだ。少しずつ近づいていることとギルガメッシュの顔に変化がないことから時間が限り無く引き伸ばされ、その時間の中を動けるのはシグナムとこの声の主だけのようだ。
『死神と呼ばれた彼の知り合いだよ。私は君に力を与えることが出来る。他の騎士たちには既に渡した。後は君だけだ。これを受けとれば君は英雄王を打倒することが出来る』
どうやらこの声の主はシグナムに力を与えることを目的としている様だった。何を企んでいるのか分からないが、確かにシグナム個人でギルガメッシュを打倒することは難しいだろう。
伸ばされた手は悪魔か、それとも天使か、それを知ることは出来ない。
そしてシグナムはその手をーーーーーーーー
「いらん」
『ーーーーーーーー』
拒んだ。これは予想できなかったのか声の主が絶句しているのが分かった。
『何故?勝つつもりは無いのかね?』
「ふっ、侮辱するなよ。私は、私の想いを持ってあの英雄王を打倒する。何故なら、時雨から私だからこそあれを倒せると言われたのだからな。故に勝つ。時雨の言葉を嘘にするつもりなど欠片もない。時雨の信頼に勝利を手土産に応える。どこの誰かは知らんがこの戦いを、私の戦いを邪魔するな」
シグナムは、姿の見えない人物にそう言った。力を持つが故の慢心ではなく、負けているからの虚勢でもない。シグナムは心の底から時雨の言葉を信じていた。
他の誰でもない、シグナムだからこそあの英雄王を打倒出来ると。
そして声の主は見た。シグナムの中に見間違いかと思うほどに小さいが、自分が渡そうとしていた力と同じ輝きがあることを。
『ーーーーーーーー嗚呼成る程、これが人の輝きというものか。よもや君がそれに至るとは‥‥‥‥甘粕の言ってることも強ち間違いではないのだな。確かに、これは惹かれる物がある。膝をつくのは女神のみだと決めていたのに思わず恋をしそうになってしまったではないか』
「生憎だが私の愛は時雨だけの物だ。分かったのならとっとと失せろ」
『そうだな、これ以上この歌劇に手を加えるのは無粋と言うものだ。最後に、貴女のその輝きに敬意を払わせてくれーーーーーーーー
声の主はそれだけ言い残し、この引き伸ばされた時間を終わらせた。時間が元に戻ったことで加速した宝具がシグナムに迫る。
それを前にしてシグナムは自分の右腕ーーーーーーーー移植された時雨の腕を前に出した。
回避は許されず、迎撃は不可能。
ならば、残された手段は防御のみ。
「ーーーーーーーー
剣の華が咲いた。
「なーーーーーーーー」
七つの花弁一つ一つが剣で作られた剣の華がシグナムに迫る宝具を遮る。
これは時雨の投影ではなく、正義の味方の投影でもない、シグナム自身の投影。
時雨はかつて言っていた、シグナムは作る者ではなく戦う者だと。
その言葉を信じるならば、作る者として極地に至った正義の味方の剣製はシグナムには合わない。シグナム自身の投影を見つけなければならなかった。時雨はその事に気づいていたからあのような言葉を言ったのだろう。
「突破できぬ、だとーーーーーーーー」
剣の華の向こうから、華を突破出来ないで驚愕しているギルガメッシュの声が聞こえる。慢心していたからか、していなければ動揺していなかっただろうに。
動揺は僅かに一瞬、しかしこの一間は千金に値する。
この一瞬に、シグナムは自分だけの想いを込めた聖句を歌う。
「
私は貴方を愛している
その運命に従い、血濡れた私の手を取ってくれた
その時の喜びを、私は忘れることは無いだろう
貴方の言葉に、貴方の想いに、貴方の願いに、私は惹かれていった
無知な私ではあるが、その想いは愛だと信じている
私のすべては作り物、私のすべては借り物なのかもしれない
誰かの代わりを目的に作られた偽者なのかもしれない
だけど、この想いだけは真実だと私は信じている
この胸の鼓動は、この身体の熱は
他の誰でもない、この私だけの物だと胸を張って言える
例え本物が現れたとしても、私のすべてが否定されようとも
この想いは譲ることは認めない
私に笑顔を向けてくれた時の感情を、私は誰にも譲りたくは無い
だから、君よ
どうか許してほしい
貴方の剣となって傷つくことを
貴方を守るために剣となることを
貴方が顕在であること
それこそが私の至福なのだから
だから、君よ
どうか笑っていてほしい
貴方の剣となって傷ついた私を
その笑顔で迎えてほしい
それだけで、私は戦えるから
」
「ーーーーーーーー創造」
「ーーーーーーーー
そしてその時、時雨の腕に残れていた世界とシグナムの世界が、一つになった。
「ヌゥーーーーーーーー!?」
シグナムを中心に蒼炎が広がる。それは剣の華を飲み込み、宝具の原典を飲み込み、ギルガメッシュをも飲み込む。とっさに蒼炎から顔を守るために手で庇うギルガメッシュ。そして顔から手を退けたとき、
世界が、改変されていた。
先程までは穢れた大地に穢れた空の見るに耐えない穢れた世界だった。
しかし今は違う。空は暁、西には夜があり東には朝がある。穢れた大地は乾ききった荒野になっている。
そして何より目を引くのは、その荒野にまるで墓標の如く乱立している武具の数々。そのどれもが宝具と呼ばれる物と同じ存在で、そのどれもが機械仕掛けの武具になっている。
「固有結界ーーーーーーーー!?心象風景の書き換えか!?」
流石は英雄王と言うべきか、この世界の改変に近い答えを出していた。
しかしそれは近いだけで正解には至らない。この世界はシグナムの
【
「ーーーーーーーー確かに、贋作よりも真作の方が優秀なのは認めよう。贋作を作ることを極めた身なのならいざ知らず、半端な剣製で挑んだことを詫びる」
全身が裂傷だらけになりながら、血だらけの顔を拭うこと無く立っているシグナムがギルガメッシュに語る。
「私の贋作では貴様の真作には勝てない。ならば、私の剣製をもって貴様を打倒しよう。この世界にある武器はすべて私が見た武器。それらすべてを
「な、にーーーーーーーー」
シグナムの言葉にギルガメッシュは唖然とするしかなかった。これだけの武器すべてを改変するなど正気の沙汰とは思えない。
時雨が持っていた正義の味方の世界の本質を【贋作】と言うのなら、シグナムの世界の本質は【改変】だと言えよう。シグナムは作る者ではなく戦う者だ。故に、他に担い手のいる武具すべてをデバイスとして改変し、自分を担い手とした武具とした。
戦う為にあらゆる武器を自分の武器として扱う。それがシグナムの魂の形である【剣】が至った極地だった。
この異界にある武具は時雨が持っていた世界から流れ、シグナムの世界によって改変されたもの。この異界にある武具すべてが、シグナムを担い手だと認めている。
「贋作では真作に届かないと言うのなら、改変品をもって挑もう。真作こそが至高と詠うのならば、我が剣製をもってそのすべてを悉く打倒して地に堕としてみせよう」
シグナムが側に立てられていた白と黒の双剣のデバイスーーーーーーーー夫婦剣攻刀漠耶と守剣干将を引き抜いた。
「ーーーーーーーー行くぞ英雄王、武器の貯蔵は十分か」
「ーーーーーーーーハッ!!思い上がったか、傀儡ゥ!!!!」
今ここにシグナムの率いる改変の剣製と、ギルガメッシュの率いる真作の剣群がぶつかり合うーーーーーーーー!!!!
VS残骸、VSペイルライダー、VSギルガメッシュです。
御門がヒャッハー団に入団しました。ランサーと恭也が大手を振って迎え入れてくれます。
そしてここからはヴォルケンリッター+リニスの説明です。
使用者:ヴィータ
渇望:家族を苦しめる存在を打ち砕きたい
聖遺物:グラーフアイゼン
位階:形成
手から肘までを覆うガントレット。その拳に触れたものを崩壊させる。モデルはマキナの
使用者:ザフィーラ
渇望:彼を守る爪牙でありたい
聖遺物:ザフィーラ
位階:形成
禍々しい巨大な爪。爪に触れたものを切り裂く。モデルはCCCのパッションリップ。だけどリップの様にロケットパンチが出来ない。
使用者:シャマル
渇望:彼らを癒す存在でありたい
聖遺物:クラールヴィント
位階:形成
ワイヤー。敵対者を拒絶して切り刻み、味方を癒す。モデルはHELLSINGのウォルター。拒絶の効果を無くせば相手を拘束することも出来る。
使用者:リニス
渇望:彼の隣に立てる存在でありたい
聖遺物:リニス
位階:形成
リニス自身を時雨と同格の存在にする。発動中は時雨が出来ることならば全て出来るようになる。しかし一定時間で効果は切れ、リニス自身は弱体化する。
使用者:シグナム
渇望:彼の為の剣でありたい
聖遺物:シグナム
位階:創造
時雨の持っていた剣製とシグナムの剣製が融合した剣製。覇道型であり求道型でもある。この異界にある武器は時雨の剣製から流れ着いた物で、その全てがシグナムの剣製によって改変され、デバイス化している。この異界を展開している間はギルガメッシュの乖離剣が
‥‥‥‥ヴォルケンリッター+リニスの魔改造待ったなし。なんだこれは‥‥たまげたなぁ‥‥‥‥
ちなみに全員が形成(笑)を使っているシュピ虫を圧殺できます。シグナムに至っては多分瞬殺です。
これをした正体が分かった方は、その人の名前と罵倒と共にコメントをくださいな(震え声)
感想、評価をお待ちしています。