「あ‥‥‥‥」
シグナムが目を覚ますとそこは見たことのない天井だった。そして鼻につく消毒用アルコールの臭い。その事からシグナムはここはどこかの医療施設だと判断した。
「ここは‥‥」
「お、シグナム目ぇ覚ましたか」
体を起こして周囲を見渡そうとしたときに横から声をかけられた。顔をそちらに向けるとそこには、
「‥‥何をしているのですか?」
「んー?ボロボロだったからね~直してるところ」
ボロボロになっていたコートを縫い直している時雨の姿があった。普通ここまでボロボロになったら買い直すのだがわざわざ修繕しているのが妙に家庭的だ。
「よし、直った」
「あの‥‥どうなったのですか?」
「はやてとスノウは寄生虫野郎にパラサイトされて、シグナムたちは魔力抜かれた影響で気絶。それで管理局に頭下げて復讐準備中ってところかな。ザフィーラたちが目ぇ覚ますのはもう少しかかりそうだ。シグナムは俺の腕着けてるからか魔力に余裕があったみたいだな」
「そうですか‥‥‥‥時雨?なんで腕がついてるんですか?」
そう、時雨の右腕はシグナムに移植されたはずなのに今の時雨にはきちんと右腕があった。
「これ?これは
「なんですかそのコズミックストーカーって」
「女神と崇めた女性のために世界を回帰させる変態神様」
「なにそれ怖い」
その
「さて、シグナムが色々と言いたいことがあるのは分かってるがそれは全部後回しにしてもらう。十二時にはやてとスノウを拉致りやがった寄生虫野郎のところに殴り込みに行くつもりだ。メンバーは御門とギルとシュテルレヴィディアーチェユーリ。ザフィーラたちには書き置き残しての後からの参加になるだろうが‥‥‥‥シグナムはどうする?」
「行きます。私は貴方との誓いを守ることが出来なかった‥‥‥‥なら、せめて貴方が守りたかった者を守りたい」
そう言いきったシグナムの目にはさっきまで宿ってなかった強い意思が感じられた。どうやらアルフの説教と時雨と再会できたことで乗り越えられたようだ。
「俺は気にしちゃいないんだけどね‥‥‥‥まぁいい、人手が欲しかったからな。でもどうするつもりだ?今のシグナムには魔力が無い、正直起きてるのも辛いだろう?」
時雨の言った通り今のシグナムには魔力がほとんど無い。正直体を構築するので手一杯だ。ザフィーラたちもギリギリまで魔力を抜かれているのでその回復のために眠っているのだ。今のシグナムは戦闘どころか普通に行動することすら難しい。
「っ‥‥!!でも!!」
「あぁ分かってるよ。その事を分かってて俺がそんな提案すると思ってるのか?きちんと魔力どうにかする方法も考えてあるよ」
「なら、それを!!」
「なら服脱げ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥へ?」
「すいません、耳がおかしくなったみたいです。もう一度お願いします」
「服脱げ」
「聞き違いじゃない!?ど、どういうことですか!?」
突然の脱衣命令にシグナムは思わずベットの端によって時雨から距離を取った。それは当然だろう、
「いいか、今のシグナムには魔力がほとんど無い。ならどうするか?簡単だ、足りなければ他のところから持ってきてやれば良い。本当なら性交渉した方が効率は良いがそんなことをしている時間も体力も勿体無い。だから次点で効率の良い方を選んだんだよ。つー訳で選べ。自分で脱ぐか、それとも無理矢理脱がされるがいいか」
「結局脱ぐしか選択肢無いじゃないですか!!わ、分かりました!!脱ぎます!!自分で脱ぎます!!だから手をワキワキ動かしながら近寄らないでください!!」
「あ、脱ぐのは上だけで良いからな」
ほぼ一択でかしか無い選択肢を選ばされてシグナムは自分から服を脱ぐことを選んだ。時雨は脱ぐ様子を見ない様気遣っているのかシグナムに背を向ける。シグナムは羞恥心で顔を真っ赤にしながら服を脱ぎ、ブラジャーを外して上半身裸になった。恥ずかしさから胸を腕で隠すようにしているがそのせいで大きな胸がムニュムニュと形を変えるのでその‥‥スゴく‥‥エッチぃです‥‥
「ぬ、脱ぎました‥‥って、どうして時雨も脱いでいるのですか!?」
「ん?魔力の受け渡しには精神を可能な限り同調させることが必要なんでね、だから脱いだ」
「そのポーズの意味は!?」
「何となく」
服を脱いだシグナムが目にしたのは向こうを向いたままだがシグナムと同じ様に上半身裸になっている時雨の背中だった。しかもその肉体を惜しまずにさらけ出すようなポージングで。もしこれが黄金閣下だったならまさに人体の黄金比っ!!とか言われていたであろう。
「んじゃ、失礼するぞ」
「ぁ‥‥‥‥」
シグナムが脱いだことを確認してから時雨はシグナムを抱き締めた。一度は居なくなった時雨にまた触れられたことを嬉しく思ったシグナムは安堵するが、今の自分達は上半身裸であるということを思い出して更に顔を赤くする。
「深呼吸しろ‥‥‥‥
放さないと言わんばかりに力を強め、時雨は詠唱を始める。その詠唱は途絶えてしまったシグナムと時雨のパスを再度繋ぐための物。断たれてしまった二人の関係を元に戻す為だった。
「
数を数える、一つ、二つ、三つ、四つ。
数を数えろ、五つ、六つ、七つ、八つ。
彼女との繋がりを、九つ。
断たれてしまった繋がりを、十。
私は望む、私は願う、私は欲する。
断たれることのない繋がりを。
私は希む、私は求める、私は乞う。
断つことの出来ない繋がりを。
」
まるで言い聞かせる様に囁かれる言霊を聞きながら、シグナムは幻視した。それはかつて
そしてシグナムの中に時雨の過去が流れ込む。
母と慕う女性に拾われてから感情を無くしてしまい人形の様に過ごした虚しい日々
正義をうたう連中によって母を死なせ、復讐の為に生きた怒濤の日々
はやてと、リニスと、シグナムとザフィーラとシャマルとヴィータとギルと御門とスノウとシュテルとレヴィとディアーチェとユーリと過ごした満たされた日々
どれもが時雨を語る上で欠かせない、どれか一つでも無くなってしまったらそれはもう時雨ではない別の誰かになってしまう。
そうして闇の中を漂っていたシグナムだったが、その闇の中でシグナムは人の姿を見た。その人の髪と肌は雪のように白く目は緋色、俗に言うアルビノと呼ばれる人種なのだろう。シグナムはその人物に見覚えがあった。
知らないわけがない。その純白の女性こそが時雨を拾い上げ、育てた女性なのだから。
彼女は死してこの闇に堕ちてなお、時雨のことを思っていた。
ーーーーーー済まないな、あのバカ息子のことを頼む。お前たちなら‥‥‥‥いや、お前たちだからこそ、あいつのことを任せられる。
女性の声はシグナムには届かなかった。しかし言いたいことはハッキリと理解できた。そしてシグナムの意識は浮上する。
「ーーーーーーーーおう、どうだ調子は?」
戻ってきたシグナムが最初に見たのは心配そうな表情でシグナムのこたを見ている時雨の顔だった。
「悪くないです。寧ろこれまでに無いくらいに好調です」
シグナムの言葉に嘘はなかった。全身に魔力が満ち、リンカーコアも正常、加えて時雨の腕の魔術回路もシグナムの意思で制御できていた。
「そうか、俺の腕は細工しておいた。少なくとも一日はその腕の浸食は止められるはずだ。もう服着て良いぞ。まぁ見せびらかしたいなら俺は止めないぞ、眼福だしな」
時雨にそう言われてシグナムは気がついた。意識が沈んだせいか胸を隠していた腕がいつの間にか退けられている。それはつまり時雨に自身の裸を隠すことなく見せていると言うことでーーーーーーーー
「っ!!み、見ないでください!!!」
そのことに気づいたシグナムは慌てて毛布を被って自分の体を隠した。まぁ時雨にすべてを見られていて遅いのだが。シグナムもそのことを分かっているのか顔だけではなく耳まで赤くしている。
「ははっ。十二時だからそれまで休んどけ。時間になったら呼びに来るからよ」
それを見て時雨は愉快そうに笑い、投げ捨てていた服を取って医療室から出ていった。
「~~~~~~~~~~っ!!!」
時雨がいなくなってからも、羞恥でシグナムが悶えていたことは語るまでもないだろう。
「お楽しみでしたね」
「第一声がそれかよ」
医療室から出た時雨は入り口で待っていたリニスに開口一番にそう言われた。とは言ってもからかっているだけだが。そんなことをする時間も余裕も無いことはリニスも分かっているのだ。
「魔術師と魔導師組の反応は?」
「とりあえず手を貸すことには異論は無いみたいですよ。まぁあのクソ餓鬼とその取り巻きたちはクロノが意地でも出さないと言ってましたけど」
「だろうな。あれとの共闘とか俺だって願い下げだ。あれは突っ込むことしか脳が無い。それ以外のことを知ろうともしないし、それだけでどうにかなってきた奴だからな。そんなのにチームプレイとか要求しても無駄でしかない」
「良く分かってますね、あのクソ餓鬼のこと」
「過去に復讐の為に色々と調べたからな、程ほどには理解してるつもりだ」
リニスの言うクソ餓鬼とは他でもない相井神悟のことである。彼は現在アースラにて拘束されていて魔力の封印、デバイスの没収、さらにリンディとクロノ二名の許可無しには会話すら禁止されているのである。組織に所属していながらすべてを無視して突っ走っている神悟は迷惑以外の何者でも無いのだろう。現にリンディとクロノはこの事件が終わり次第、神悟のことを命令違反やその他諸々の罪状で裁判にかけるつもりである。
「ーーーーーーーー待ってください」
他にもやることがあるのか歩き出そうとした時雨とリニスを止めたのは顔を腫らせたセイバーだった。何故セイバーの顔が腫れているのかと言うと、時雨の召喚後にギルがセイバーに襲われていることに気がついた時雨がセイバーをグーパン、吹っ飛んだセイバーのマウントを取って某スタンド使いのようにオラオラ言いながら顔面を殴った結果である。マスターである衛宮士郎が三流の魔術師であるが為か完治はしていないがサーヴァントであるセイバーのことだから後数十分もすれば完治するだろう。
「なんだセイバー、まだ殴られ足りないのか?」
「一つ聞かせてください、貴方は何を企んでいる?」
セイバーの質問は最もだろう。少なくとも敵対している時雨のことを理解している存在は魔術師勢と管理局勢の中では片手で数える程しかいなかった。クロノやプレシアはそうだったが意外なことにアーチャーも時雨の意図を朧気ながら理解している様だった。
無関係な大多数の救済を望んだアーチャーと関係のある少数の幸せを願った時雨。ベクトルは逆方向ながら類似している。だから分かったのだろう。
だがセイバーは時雨のことを理解できなかった。それまで殺意を持ちながら敵対していたのに今では手のひらを返したようにしている。不気味と言われても仕方ない。
「なんだ‥‥‥‥そんなことかよ。下らないことで時間とらせるなよ。俺の目的なんぞ終始一貫して同じで変わることない。身内が幸福であること、それだけだ。
「ーーーーーーーー狂っている」
「ハッ!!何を今さら!!俺が狂ってることなんぞ俺自身が一番理解してる!!直そう矯正しようだなんぞ欠片も考えたこと無いわ!!何故なら、それは狂っている俺の否定に他ならない。自身の否定なんぞしても無駄!無意味!無価値でしかない!!狂っている俺だからこそ俺なのだ。それを良く分かっていないぽっと出の分際で脊髄反射で口にするんじゃねぇよ!!」
セイバーは時雨の言葉を否定できないのか悔しそうに歯を食い縛ったまま。そのセイバーの横を時雨はいつもと変わらぬニヤニヤとした厭らしい笑みのまま通り過ぎていった。もちろんリニスも時雨の後に続く。
「相変わらずの狂いっぷりですね」
「それが俺だからな。
「いいえ、それが貴方です。惹かれて好ましく思うのならまだしも、そんなことを考えるだなんて有り得ません」
「クハッ!!そう言いきれるリニスも随分とイっちまってるよ!!Welcome to this crazy worldってな!!」
「このイカれた世界へようこそですか?酷いですね、こんな可愛らしい猫耳美女を捕まえて狂人扱いだなんて」
「その発言と狂人である俺に惹かれているのに正気であると?それに何よりお前はバーサーカーのクラスも持ち合わせているだろうが。喜べよ、お前の狂気は俺が保証してやるよ」
「あら嬉しい。なら私は時雨の狂気を保証してあげますね」
「人間誰しもがどこかに狂気を持っている物だ。それを否定して自称健常者を名乗る奴等なんぞ放っておけばいい。俺達は俺達の道を行く。道無き道を歩いて行くってな」
「それで、この後はどんな悪巧みを?」
「ギル、御門、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリを集める。あいつらにはイイ気になった寄生虫野郎の横っ面を思いっきり殴り抜く役をやってもらおう。それにコトミネたちだな、保険はいくらあっても良い。何事もなかったらなかったで笑い話にすれば良いからな」
そう言いながら時雨とリニスは狂気を隠すことなくアースラを歩いていく。
「そう言えば時雨、何時まで裸でいるつもりですか?」
「あ、忘れてた」
「ーーーーーーーーさて」
十一時四十五分、アースラ内にある会議室には人が集まっていた。本来ならば敵対する間柄でありながら、片一方は大衆の為と、片一方は身内の為という名目にて手を組むことになった。
「諸君らも知っての通り、
管理局勢からはクロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライア藤峰アリス。
魔術師勢からは衛宮士郎、セイバー、遠坂凜、ルヴィアゼッタ・エーデルフェルト。
闇の書勢からは
「
一方的に語っているのは時雨。本当なら管理局所属のクロノがするべきことなのだがクロノはあえて時雨にやらせていた。
「それなのにあの
時雨の演説に管理局勢と魔術師勢はアルフとアーチャーを除いてどこか戸惑いの表情を見せている。しかしそれに比例するように闇の書勢の目は怒りに燃えていて、爆発するのを堪えている様だった。
「ならば、我々は今宵この一時狂気に堕ちよう。俺達を汚す者には剣を、魔弾を、破壊をもって報復しよう。我らは愚者の顎を食い千切る為の狂気と成ろう」
それはそうだろう、時雨の取っては管理局勢と魔術師勢などただの数合わせに過ぎない。偶々利害が一致したから足並みを揃えているだけだ。故にこの演説はこの部屋にいる全員に向けた物ではなく、闇の書勢だけに向けられた物だ。
「ーーーーーーーー諸君、撃鉄を起こせ」
「「「「「「「「
ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!
」」」」」」」」
管理局勢と魔術師勢が唖然としている中でリニスが、シグナムが、御門が、ギルが、シュテルが、レヴィが、ディアーチェが、ユーリが腹の底からあらんかぎりの咆哮をあげた。
ここは世界の外側に最も近い場所。無論、地球上のどこを探してもその様な場所があるはずがない。作られたのだ。世界の外側にあるとされている【根源】へと到達するが為だけに作り出された異界。それがここの正体だった。
この世界はすべてが穢れていた。地面も、空気も、空も崩壊しかけているビルも、例外など無くすべてがそうであるかのように穢れていた。そして何よりも目を引くのは太陽。その威光をもって万象を照らすのではなく、穢れをもって万象を汚染する漆黒の太陽が穢れた空にあった。
「ーーーーーーーー素晴らしい、あれが【根源】へと通じる道か」
穢れをもたらす漆黒の太陽を称賛する人物がいた。穢れによって構築された世界にありながら彼だけが純白である。しかし誰かが彼を見れば間違いなく彼こそが一番穢れていると口を揃えて言うだろう。
彼の正体は魔術師。この穢れた世界を作り出し、【根源】の到達という望みの為に肉体を捨てて人ではない何かにはと成り下がった下賤。
空にある漆黒の太陽は魔術師が言った通りに【根源】へと通じる道。しかし魔術師はそこを通ろうとはしない。何故ならその道は開いたばかりで不安定、今通れば【根源】ではない場所に辿り着いてしまう可能性があるのだから。だからこうして道が安定するのを待っていた。恐らくは数時間かかるだろうが永い時を闇の書の中で待っていた魔術師からすれば数時間などすぐ済む時間だった。
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
「■■■■■■ッ!!」
魔術師に向かって穢れた祝福を向けるのは陽炎のように揺らめく化け物。それらはかつて【根源】を目指して抑止力に破れた魔術師たちや、【根源】を目指す魔術師たちの犠牲となった人間たちの成れの果て。
「もう少しだ‥‥‥‥もう少しで私は【根源】にへと辿り着くことができる!!」
自分の永年の望みが叶うまであと僅かだと思い、魔術師の顔には笑みが溢れた。多くの魔術師たちが追い求め、届かなかった【根源】に自分が届く。その偉業を達成できた時のことを想像したのだろう。
しかし、そう上手く行くはずがない。何故なら、この魔術師は敵に回してはいけない存在を敵に回したのだなら。
「ーーーーーーーー何?」
魔術師がいる場所から遠く離れた地点から爆音が聞こえた。そちらを見ればそこには土煙と空を舞うバラバラになった残骸が見える。
「無粋な輩め」
魔術師はこの世界にやって来たのが誰かわかっていた。
「
ここは敵のホームグラウンド
奇襲不意打ちなんて無価値無意味回りくどい
ならばどうする?こうしよう」
「
正面からの強襲だ
虫みたいに潰してやるよ、寄生虫野郎が
」
死神の蹂躙が始まる。