何とか生きて帰ってきました。
ほぼ2年という月日がたち、待っていてくださった方も忘れた頃かと思います。
申し訳ない気持ちと、また読んでくださる方がいるのかという不安でいっぱいです。
ですが、またこうやって投稿できるのを嬉しく思ってもいます。
読んでいただける方、もしいらしたら今一度「戦争を知る世代」をよろしくお願い致します。
この話を書き始めるにあたり、この小説を一から読み直したのですが、すごく恥ずかしくなりました(笑)
投稿間隔は長くなりそうですが、続けて書いていきます。
さて、今回の話はこの章の末となります。
そんなに長い話でもないですが、彼らがどういう道を進もうとするのか、それを垣間見る章末となりました。明るい話ではないですが、この小説のメインテーマにも触れているところです。久しぶりの投稿で表現の仕方、文章等変わっているところもあるかもしれません。そこも含めて、よろしくお願いいたします。
「道の末」
火の国暦60年9月1日
木ノ葉隠れの里
この日は、久しぶりの快晴となった。
澄んだ青色がどこまでも続き、雲ひとつ見えない程だ。
太陽は眩しく輝きを見せ、里中の木々達がこれを漏れなく吸収しようと緑々と葉を大きく膨らませているように感じた。
ただ、人の心の中までは快晴であったか、とは言えない。
里は8月28日に発生した事件について公表した。子細漏らさず、すべてを。
それを知った里の者は驚き、動揺し、不安を覚えた。
明確な不安ではない、言い得ぬ、そして掴みにくい形のないものだ。
「ようやく晴れたのに、何だか気分は晴れないね。」
そう、誰かが言った。
「確かにな、こう…喉に何かつっかえてるみたいだ。」
応えた誰かはゆっくりと空を見上げる。
快晴の空…深く澄んだその色はどこまでも何もかも吸い込んでくれそうな気がしていた。
同時刻
木ノ葉隠れの里 共同墓地
「皆、黙とうしよう。我らが同胞が、家族が安らかに眠れるように。」
火影が発した言葉に皆が頷き、目線を下に落とし瞼を閉じた。それぞれが何かしらの思いを込め、手を結んだ。すすり泣く声、歯ぎしり、土を踏み締める音、何かを呟く声、様々な音が犠牲となった者へと捧げられた。
数分の沈黙の後、火影が皆に振り向きゆっくりと話し始めた。
「皆、事情は知っておろう。」
一人一人に目を合わせるように辺りを見回しつつ、そう言った。悲しく、空しく、絞り出すような声だった。
「とても…とても辛い事じゃ。里の内部で争いが起き、犠牲を伴った。これを防げなったのは儂の責任である。本当に済まんかった。」
皆から目線を逸らし、火影が被る傘にそれを隠した。
「いいえ、火影様の責任ではありません!」
若い男の声が響いた。それを聞いた者たちが視線を交し合い、次々と言葉を発した。
「そうです!火影様が悪いんじゃないです。あいつが悪いんだ!」
「そうよ!あの子供がっ!」
「そうだ、あんな子供がいなければこんなことにならんかった!」
口々に罵声を乗せ、大声で叫んだ。
怒声を罵声が飲み込み、罵声が怒声を返し、大きなうねりとなって揺らいだ。
そのうねりは大きさを増し、人々の心に流れ込んでいく。止めることなど叶わないかのような勢いをもって。
誰もが不安だったのだ。
戦争が激化し、友人が死に、家族が死に、親しい人、親しくない人も関係なく、消えていく。当たり前であったことがそうでなくなり、そうでなかったことが当たり前になる。人は気持ちを整理する間もなく、大きな流れに流されていく。それがどれほどに不安だったかは考えるには難くないだろう。そんな人の心の水面に大きな石を放り込んだのが今回の事件だったのだ。憎しみが、憤りが、不安が彼に向くのは自然として正しい流れなのだ。
ただ、それが事実ではなく、その事実がそれよりも暗く、悲しいものであると知っている人間がこの場にいたとすれば、怒声や罵声を挙げる人々に同意できるはずもない。
「…皆、やめよ。」
ただ一言、それほど大きくもない声が響いた。感情など含まれもしない、淡々とした声だった。いや、押し殺したという方が近いかもしれない。濃い感情が渦巻いていた場であったからこそ、その声がその場にいた人間に響いた。
「彼だけが悪いのではない。これは…戦争が産み落とした災禍なのじゃ。我々忍が忍足り得ようとした結果でもある。それは暗く、重いものではないか…。この場にいる皆一人一人の心にもあろうことだ。そうではないか。」
そう言って、火影は周りを見渡した。それは周りにいる人々に問いかけるように、または問い詰めるように。
彼は里を思い、仲間を思い、愛する者を思い“戦禍”を背負った。知るものは少なく、知らぬものは彼を憎む。どのような思いも、それは決して間違いではない。ただ、それを看過できるのか、そこで芽生えた思いを無視できるのか。小さな子らが“戦争”という苦しく暗い災いの中で見出した光を打ち消すことができようか。
できぬ、できるはずがないのだ。
大切な人を想うことは、決して大人の特権ではない。愛を想うことも、決して大人の特権ではない。命あるものすべてに等しく、分け隔てなく紡がれるものなのだ。だから、彼女が愛し、大切に思った行動も…彼がそれを受けて感じた悲しみも、絶望でさえも何にも代えがたい真実なのだ。
真実は決して“戦争”という名の暗いものに惑わされてはいけない。心の内に燃える炎は決して消えてはならないのだ。それが木ノ葉隠れの里であり、災いが荒れ狂う時代に里を作った人の、人々の思いである。
「皆思い出せ。初代がどのような思いで里を作り、同胞を“家族”と呼んだのか。」
ヒルゼンはそう呟き、瞼を閉じた。その瞼の裏には初代の姿が浮かび、彼が残した言葉、彼がそうした行動、彼が心に宿した思いを映し出し、それにあの少年と少女が重なった。ヒルゼンは思っていた、“届け、届け”と。
初代から紡がれる“火の意思”が木ノ葉に住まうすべての者へ。
なぜなら、誰よりも小さき戦士たちにその意思が受け継がれていたのだから。
火の国暦60年9月1日
木ノ葉隠れの里
稲荷神社の片隅
深緑の葉が風に揺られ、囁くように音を立てる。深い色を持ち、長年の日焼けで褪せたようにも見える戸が風で騒ぐように音を立てる。久しぶりの晴天から見える日が葉の間から光を零し、そこにある建物を微かに映し出した。
住まうものを失くしたこの場所は、何十年、何百年と放置されていたような錯覚さえ見せた。どうしてだろうか、この場所はたくさんの思いがあるはずなのに、心の中に浮かんでくるものは直前の“あの約束”ばかりなのだ。
「どうして…、どうしてこうなった。」
囁くように、絞り出すように声が出る。
「なぜ…、なぜこうなる。」
ただただ、この言葉を繰り返す。
彼女の笑う顔、それに応えるような照れくさそうな彼。それを見ていて思ったのだ、自分が入る場所など、あの場にはないのだ。これは叶わない思いなのだと。そのことに気づいた時、どうしようもなく悲しかった、辛かった。でも、すぐにそんな思いなど失くしてしまった。だって、それと同時気づいたのだから…自分が二人を大好きだったということに。
だから、二人が笑い、幸せそうにするのなら自分は諦めようと思えた。そして、その思いを“あの約束”に乗せたのだ。これで自分の思いは叶わなくとも、大好きな二人が幸せになれる、その道へ歩いて行ける。
…そう思っていたのに。
現実はどこまでも厳しく、非情で、不条理だった。
火影からその話を聞いた時、震えた。身体が、心が震えだして止まらなかった。言葉を理解する度に、心に入り込む度に大きくなっていき…弾けた。俺は泣き叫び、拳の感覚がなくなるまで地面を叩き続けた。
分かっている、理解しているんだ。どれだけ大きな声で泣こうとも、どれだけ大量の涙を流そうとも、どれだけ地面を殴ろうとも現実は変わらない。失ったものは帰らない。
ただ、そうしなければ崩れそうになる心を保てなかった。
だからこそ、少しだけでも落ち着きを取り戻した心に残った思いは…間違いじゃない。泣いて、叫んで、心の内からすべてを吐き出し、そこに微かに残るものは自分の心の奥底にある“心の結晶”だろうから。
風がそよぎ、身体を駆け抜けた。
その風を感じながら、俺はポケットに手を突っ込み、そこにあるモノを取り出した。しばらくそれを掌で包み、力を込めた。潰すほどの力ではない、ただ何かを込めるように、何かを擦り付けるように握っていた。
それを握りしめたまま、家へと入った。何度となく訪れた場所だ、迷うこともない。淡々と床を踏み締め、目的の場所へと進み、その目的の戸を開けた。何とも特徴のない部屋だ。木の机があり、白いシーツのベットがある。腰ぐらいの高さの本棚が二つあり、忍術書や漫画、小説が並べられている。
そこは彼の自室であり、何ともない部屋なのに俺との思い出も、彼女との思い出も溢れていた。何も考えていないはずなのに、心は大きくゆっくりと渦巻いている。色んなものが巻き込まれている。
ふと、机の上にある写真立てが目に入った。
部屋の中を横断し、それを手に取った。そこには幸せそうに笑う三人の子供と、一人の大人が写っていた。写る人達は本当に幸せそうで、日々起きることが多彩に色づき、光に溢れているのだろうと思わせた。
何も不安などかった、苦しいことも、辛い事も。
未来は明るく、光り輝いていた。この時は。
俺はそれから手を放した。まるで汚らわしいもののように。
地面へとそれは落ち、音を立てて砕けた。写真がこぼれ出て、表を向いた。写真に写る人達が自分を見つめ、笑いかけた。
しばらくそれを見つめ返し、ゆっくりとそれを踏んだ。そして、踏んだ足をもう一度上げ、踏んだ。それから何度も何度もその行為を繰り返した。踏みつけるたびにそれは早くなり、力を込めた。くしゃくしゃになる写真を見つめ、笑顔を向ける彼らが見えなくなるまで。
何度踏みつけたか分からなくなった。自分の息があがっていることに気が付き、踏みつけることをやめても、しばらく肩で息をしていた。
そして、くしゃくしゃになった写真をも一度見て、自分の手に持っていた“札”をその近くに落とし、離れた。その札はしばらくすると小さく燃えだした。火は札全体に燃え移り、札自体が丸まりはじめ、その火を大きくした。少しずつ大きなる火は、踏みつけた写真へと燃え移り、写真の端から燃え始めた。端から少しずつ侵食するようにゆっくりと広がり、燃えたところから墨を塗りつぶしたように黒くなっていく。
それはまるで、何かを消し去るように、上書きするように見えた。
写真のすべての部分が黒くなった頃、俺はその部屋を後にした。開けた戸をもう一度占閉め、来た道を戻り始めた。その途中で鏡が目に入った。ゆっくりとそちらに身体を向け、鏡に映るものを見つめた。鏡には黒髪の少年が写り、その顔は笑っていた。口角をあげ、白い歯を見せていたのだ。ただ、その頬には涙が流れたような跡が残っていた。アンバランスなその様相がよりその笑顔を不気味に見せていた。
そして、そこに映るものは笑う口を動かし、微かに聞こえるような声で呟いた。
「どうして…どうして、“約束”を破った…。」
火の国歴60年9月1日、この日、木ノ葉隠れの里で事件の発端ともいえる場所…稲荷神社は火に包まれた。燃え盛る炎は高く伸び、空を焦がすようにも見えた。黒く濛々とした煙を吐き、夜の帳を降ろした里を赤々しく照らし続けた。それを見た者の心は様々だ。嬉々として喜ぶもの、理解が及ばないもの、恨めしく思うもの、不安にかられるもの。
そして、それのどれにも当てはまらないものが里を見下ろす顔岩からそれを見つめていた。
赤々しく照らす光がその者を照らし、その姿を宵闇の内に映し出した。その者の眼には炎が写り、瞳が揺らいでるように見えたが、何も感じ取ることはできない。何を思い、何を感じているのか、推し量ることさえも。
ただただ、炎が赤々しく照らす光が、そのものが身に着ける白く美しい“狐のお面”を鈍く反射していた。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
これにてこの章は終了となります。
次回以降は、また新しい展開となります。
前回の内容から話は進んだわけではないので、物足りない感も否めないですがお許しください。
次話は、
「轍のない道」
です。
彼らが進んだ新しい道にはいったい何が待っているのか。
そのあたりから始めたいと思います。
ありがとうございました。