戦争を知る世代   作:moota

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こんにちは、mootaです。

大変お待たせいたしました。
ごめんなさい。

今回の話で第2幕を終了しようと思っていたのですが、予想以上に長くなりそうなので、
前編と後編に致します。難しそうな、ややこしそうなところもありますが最後まで読んでいただければ幸いです。

では、どうぞ。


第二十一話 別れと、違える道(前編)

第二十一話 別れと、違える道(前編)

 

 

 

火の国暦60年8月28日 深夜

木ノ葉隠れの里 共同墓地

ふしみイナリ

 

 

 腕に、柔らかく、それでいて何かを砕くような感触が響いた。クナイを持つ手先に、暖かい液体が滴る。冷えた身体を、その液体が少しばかり温めた。

 

「何だろう?」 

意識を失っていた僕は、そう思った。ハナの言葉が聞こえて、それで身体を“青い炎”が包んだところまでは覚えている。その後、どうなった?・・・そして、この暖かいものは何?―視線を何となく、下に向けた。そこにあったものは、華奢な細い体に、僕の手が持つクナイを突き刺している光景だった。突き刺した所から血が吹き出し、クナイを握る手を赤く濡らしている。

 

「・・・?」

何だ、これは。僕はその光景を、遠くから見ているような気分だった。今、目の前にある光景を理解出来なくて、ただ、呆けていた。

ゆっくりと、顔を上げる。僕の良く知る女の子が瞳に写った。その距離は、お互いの息が掛かりあう程に近い。彼女は僕をまっすぐに見つめて、こう言った。

 

「ごめんね・・・イナリ。大好き・・。」

彼女は、その言葉を発すると同時に倒れ込む。刺されていたクナイは抜け、彼女の身体は、濡れた地面へと大きな音を立てて臥した。

 僕は、理解した。何が起きたのか・・・僕が、何をしたのか。握り締めて離さないクナイを見つめて。

 

「ハナ・・・!」

クナイを投げ捨てて、彼女を抱きかかえる。その体はとても冷たくて、とても軽かった。視界は滲みだして、彼女の顔をしっかりと捉える事が出来ないでいる。

 

「ハナっ!・・ハナ!・・・・・ハ、ハナ・・!」

何度も、その名前を呼ぶ。呼び慣れた名前の筈なのに、言葉は喉に詰まったような感覚だ。彼女の胸からは止まることなく、赤い液体が溢れだす。片手で彼女を抱き、もう一方でそれを抑える。

 

「くそっ、止まれ!止まれよ・・・。」

抑えた手の指の間から、赤い液体は零れていく。何とか止められないか。このままだとダメだ。そんな思いばかりが頭をグルグルと回っている。自分の鼓動が大きくなり、周りの音が聴こえない。呼吸も、苦しい。

 

「イナリ・・・?」

全ての音を遮って、彼女の声が聞こえた。顔を上げ、彼女の顔を見た。瞼を少しばかりに開けて、こちらを見ている。

 

「ハナ!大丈夫?!・・・僕、僕・・・」

言葉が続かない。涙が堰を溢れて一気に零れだす。色んな気持ちが心に溢れ、ぐちゃぐちゃになっている・・そんな感じだ。焦って・・何が何だか分からない。そんな時、右頬に冷たい何かが触れた。撫でる様に、労わる様に。はっと眼をやると、それは彼女の手だ。

 

「イナリ・・・本当に、本当にごめんなさい。」

 

「そんな・・!謝るのは、僕の方・・・」

 

「ううん。そんな事ない。イナリは何も悪くないよ。」

微かに、首を横に振る。彼女は、そんな状況でもないのに笑っていた。

 

「そんな事・・・!」

そう、言うつもりだった。でも、それは彼女の言葉に遮られる。

 

「さっきも言ったけど、ちゃんと聞いて欲しいの。私ね・・ごほっ、ごほ」

言葉の節々で、血を吐く。口元を赤く濡らして。

 

「ハナ!?話しちゃダメだ・・・すぐに誰かを!」

 

「イナリ・・・こっちを見て・・?」

その言葉は心に響く。否、心を鎖で締め付けるような感覚に襲われた。僕は彼女に眼を向けた。彼女の瞳は、僕を捉えて離さない。

 

「・・・・大好き。最近まで気付かなかったけど、気付いたら・・・分かったの。ごほっ・・・ごほ・・・ずっと、ずっと昔から好きだったんだって。」

そう言いながらも、彼女の手は僕の頬を撫でる。

 

「・・・ずっと一緒に居たかった。もっと、あなたの傍に寄りたかった。」

涙が、彼女の頬を伝う。僕の頬に充てる手は震え、指で僕の唇を撫でる。

 

「・・・こんなに好きなのに、こんなに大好きなのに。何で、こうなっちゃたんだろう?ただ一緒にいる事が、こんなに難しいことなの?」

 

「ごめん、ハナ。僕が、僕に力があれば。守るだけの、強さがあれば・・!」

彼女から視線を逸らす。見ていられなかった。彼女の瞳に写る“自分の姿”が情けなくて、苦しくて、どうしようもなかった。

 そんな時、一瞬腕が軽くなったと感じた後、僕の唇に暖かくて、柔らかいものが触れた。それは・・とても切なくて、とても優しいものだった。

 

「ふふ・・・最初で、最後のキス。あなたで・・・よかった。好きになって、よかった。」

彼女は笑う。いつも見せた、花のように咲く笑顔で。僕の心はこれ程までに無い程に、締めつけられる。それはとても痛く、針で刺したようなものだ。涙は雨とともに頬を伝い、彼女の笑顔に滴った。瞬きをするのも忘れて、彼女の顔を瞳に映し続ける。しかし、その花が咲いた時間は、余りにも短い。短すぎた。

 

 彼女は、その言葉を残して瞼を閉じた。頬を触れていた手は、力を失くしたように地面に落ちる。・・・何度も呼びかけた。何度でも、呼びかけた。そうしてさえいれば、もう一度その瞼を開けて、花が咲いたような笑顔を見せてくれると思った。いつものように、僕の名前を呼んでくれると思った・・・。

 

でも、二度と彼女はその瞼を開ける事はなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

僕は、彼女を抱いて叫んだ。彼女と過ごした日々が走馬灯のように駆けていく。女の子の割に強気だし、怒ると怖いし、すぐに手が出ちゃう。でも、優しくて、暖かかった。彼女が笑ってくれるだけで、陽だまりに体を注いだかのように癒された。

瞼の裏に彼女が写る。花が咲いたように笑っている。でも、彼女は少しずつ少しずつ離れていく。僕は走った。走って、走って、追いかけた。それでも彼女は、その微笑みを絶やすことなく遠ざかる。まだ走る。手を伸ばして彼女の名前を呼ぶ。それでも、手は届かなかった。

 

そこで、僕の意識は途絶えた。

 

 

 

同時刻

木ノ葉隠れの里 共同墓地

はたけカカシ

 

 

 目が離せない。大粒の雨が降り、大きな水溜りをいくつも作っている共同墓地の真ん中で、女の子と男の子が抱き合う。ただ、それが通常のそれと違うのは、黒く光るクナイが女の子に刺さり、赤い血が滴るところだろう。

 何故だか分からない。俺はその光景から眼を離す事が出来なかった。心がざわついて、鼓動が激しく音を立てる。時間の経過すら分からない程に、それに目が留まり、それだけが思考の全てを支配していた。

 

「そんな・・・こんな事って・・!?」

動揺と悲愴に包まれる声が隣から聞こえた。どうやら視界の端で上忍が呟いたらしい。その声が、思考を取り戻すきっかけとなった。ミナト先生と、火影様に至っては言葉も発しない。ただ、今までに見た事のないような表情を浮かべて時を止めている。

 

 ふと、辺りを照らしていた“青い炎”が消える。全てを黒に染めるような宵闇が、再び地に降りかかってきた。静寂が包み、雨が地面に落ちる音だけが響く。

 抱き合っていた二人は倒れ、折り重なるように地に臥していた。女の子を下にして、男の子・・ふしみイナリが覆うようにして。それは、彼女が死んだであろう今も、守るという意思を見せているように見えた。

 その刹那、彼らの傍で蠢く影が目に付いた。片手を抑えながら、ゆっくりと彼らに近づく。その影は、何事かを呟いていた。

 

「・・・ナ・・・ハナ・・・。良くやった、それでこそ、私の娘だよ。父を守り、死ぬ。なんて、親孝行な娘だ・・・。それに引き替え、罪を背負った親に助けられ、卑しい身でありながら生きる君は、やはり“悪”だよ。死んで当然だ・・・。」

その言葉に戦慄を覚える。あぁ、親なんてこんなものなのだ。里の英雄と謳われた“あの人”だって、俺を置いて行った。子供の気持ちなんて、微塵も考えてやしない。俺は身を固くして、そいつを睨みつけた。負の感情をたっぷりと染み込ませて。しかし、そいつはこちらに気付く様子もなく、ふしみイナリと女の子に近づいて行った。

 

「まずい!ミナト、トバリ・・・!」

火影様が緊張した声を挙げる。

 

「「はい!」」

二人の上忍は火影様の言葉を瞬時に理解し、返事と共に走り出す。しかし、彼らは多数の人間にその進路を阻まれた。

 

「・・・くっ!あなた達は本気なのか?!こんな事をして何になるって言うんだ!」

 

「どいてください、皆さん。今ならまだ、火影様のご容赦も考えられます。懸命な判断をお願いします。」

二人の上忍は口々に、そう促すが、相手は聞いているような節さえ見せない。20人ほどはいるその相手は、それぞれが懐から獲物を取り出し、身構えた。異様な緊張感と殺伐とした冷たい空気が辺りを包む。土を踏む足に力が入り、姿勢が少しずつ低くなる。お互いが飛びかかる隙を窺っているのだ。張り詰めた糸が今にも切れる・・その刹那、彼らの頭上から、そして地面から無数の人間が現れた。仮面を被り、表情を隠す彼らは瞬く間に“菜野一族”へと飛び掛かる。菜野一族は思わぬ奇襲に驚き、動きが止まった。それによって出来た隙を逃す程、二人の上忍は甘くない。低くしていた姿勢から駆け出し、瞬く間に敵へと攻撃を加えた。

 

「暗部か・・っ!」

俺も驚いた。中忍と成り、それなりに力に自信があったのに一片たりとも暗部の接近に気付かなかったのだ。暗部の数は10人程だが、数をものともしない圧倒的な強さで瞬く間に敵を打ち倒していく。

 

「間に合ったか・・・。しかし、ちと遅かったの。代償はあまりにも大きい。さて、行こうかの、カカシ。」

火影様がそう、俺に声を掛けた時にはすでに、この場にいた“菜野一族”は全員が地に臥していた。赤い血飛沫が辺りに散らばり、降り頻る雨がそれを洗い流そうとしていた。

 

「お前も、ここまで見てしまった以上は“知らぬ事には出来ん”からの。おいで、カカシ。」

止まって動こうとしない俺に対して、火影様はもう一度声を掛けた。身体を叱咤し、動こうとしない身体を無理に動かした。この場にいた人間は、ふしみイナリと女の子の下へと集まる。トバリと呼ばれた上忍が、二人を仰向けに寝かせた。

 

「・・・どうじゃ、トバリ?」

遠慮がち、そう言うに相応しい程の小さな声で火影様が問い掛ける。分かっているのだろう・・・目の前の現実が。

 トバリと呼ばれた上忍は、ゆっくりと首を横に振った。全員が息を飲む。“死”を常に感じる人間ですら、この光景に何か感じるのかもしれない。

 

「イナリは、息をしています。しかし・・・ハナは、もう。」

そこで言葉が詰まる。トバリと呼ばれた上忍は俯いて肩を震わせていた。泣いているのかもしれない、いや、泣いているに違いない。俺ですら、何か熱いものが胸を渦巻いて、チクチクと針を刺すような痛みを感じるのだから。

 

「済まぬ・・・儂がもう少し強硬に策を講じておれば、こんな事にはならんだかもしれぬ。菜野一族のクーデターも、菜野ハナの事も・・・。」

 

「い、いえ・・・そんな事はありません。火影様の御考えは間違いではなかったと、思います。強硬策を講じていれば、菜野一族はもっと強い反抗に出た筈です。ですが、ですが・・・こんな結果は、あんまりだ。不条理だ・・・。」

その言葉には、憎しみすら感じる。この気持ちは知っている。だから、分かる。“あの人”が自宅で首を吊ったただの肉塊と成した時、その光景を見た俺は同じ思いを感じた。何のだこれは、何故こんな不条理が許されるのかと・・・目に見えるモノ全てを憎んだ。抗う事が許されない“それ”に憤り、それが許された世界を、それを看過してしまった自分を恨んだのだ。

 

 こんな時ですら、重く鉛のような色した雲から雨は降り続ける。その雨は俺たちの身体を濡らす。身体はすっかりと冷え、芯から震えるような錯覚を起こした。誰もが何も言葉を発する事なく、動こうとしない。その永遠に続くかに思えた沈黙は、不意に破られた。

 

「・・・んっ。」

俺らの中心で横たわっていたふしみイナリが目を覚ました。ゆっくりと瞼を開け、二度三度と確かめるように瞬きをした。そうして完全に瞼を開けた後、彼は身を起こした。

 

「イナリっ!大丈夫!?」

トバリさんがすぐさまに声を掛け、彼の身体を支えた。

 

「大丈夫かい、イナリ君?」

 

「イナリ・・・気分はどうじゃ?」

ミナト先生、火影様もトバリさんに続いて声を掛ける。身を起こした彼は、ゆっくりと辺りを見渡す。何だ・・・どこか、違う。そんな気持ちが湧き出てきた。目の前にいる彼は、自分の知る彼と何かが決定的に違うと、感じたのだ。不意に彼と目が合う・・・あぁ、そうか、眼が違うのだ。彼の眼は、何もかもを捨ててしまったような眼をしていた。

 

 

 

少し戻る、

???

ふしみイナリ

 

 

 泣いている。僕の目の前に、小さな男の子が膝を抱えて泣いている。僕からは、彼の背中しか見えないのでどんな表情なのか分からない。辺りは青白い靄に包まれているようだ、何も見て取れる事はない。しかし、泣いている子どもだけがしっかりと見えた。

 

「・・・どうしたの?」

僕は、声を掛けた。彼を放っておく気にはなれなかったのだ。しかし、彼は何も聞こえなかったかの様に、肩を震わせて泣き続けた。声が聴こえなかったのか、そう思ってもう一度声を掛けようとした。ただ、それは僕が声を発する前に、違う声によって遮られる。

 

「やめなさい。」

声が僕の後ろから響いた。鈴が鳴る様な、綺麗で美しく、心に響くような気持ちになる。その声を追って、後ろに振り向いた。そこには、幼い頃から幾度となく目にしたモノがいた。目にした事はあるものの、目の前に現れ、僕に話しかける事は初めてだ。心に少しばかり温かいものが流れ、ゆっくりと呼吸する。

 

「やめなさい・・イナリ。それは、何者でもないもの。あなたの心の内側に巣食う“黒い異物”です。」

白く、美しい毛並みを持つ“彼女”は、尾を揺らしながら、忠告めいた言葉を発した。―そう、僕の目の前に現れた“それ”は、“白い狐”だ。白く輝く毛並み、凛とした佇まい・・・触れてはならない、そう感じてしまう程に神々しいと言える。

 

「黒い・・異物?」

僕は、目の前に佇む“白い狐”を瞳に映して答える。何度も見た狐・・・幼い頃から“お稲荷様”だと信じていた存在。何故だか、その時は“彼女”に対して疑問を一つも感じなかった。

 

「その通り。良く見なさい・・・それの為りを。」

そう言われて、初めて小さな男の子をしっかりと観察した。彼の前に周り、そこで心が動揺する。彼は良く似ていたのだ。小さい頃、何度となく鏡を前にして見た“自分の姿”に。

 

「理解出来たかしら・・?」

 

「うん・・でも、これは僕だ。昔の、僕だ。」

 

「当たり前よ、それはあなたの心の一部だもの。だけど、あなたが生きてきた過程で捨てたモノ・・・不必要だと、邪魔なものだと思ってね。ううん、違うのかもしれない・・・あなたにとっては。」

彼女は、白い毛並みの間に見える赤く輝く瞳を閉じる。人間ほどに表情が豊かとは言えないが、恐らく彼女は“憂い”を含んだ表情をしているのだろう。

 

「まぁ、そんなものはあなたの心の問題。私には関係ないわ。さて、本題を話そうかしら?」

 

「本題・・・?」

急に彼女が持つ空気が変わり、緊張が体を駆け巡る。

 

「あなた、私に聞きたい事があるんじゃないの?」

呆れたように、少しばかりの溜息を付いてそう言った。聞きたい事・・・たくさんある。ふしみ一族について、お稲荷様について、能力に・・・そう、色んな事が理解できないままに時が進み、流されているような気持ちになる。火影様から聞いた話も、どこか自分が納得できるような解答でなかったのだ。まだ、何かが足りないか、根本的に違うか・・・。これは、それを知る大きなチャンスだった。当の本人である“お稲荷様”に聞けるのだから・・・でも、今の僕の心はそれに思いを持っていなかった。違う事が、僕の心を支配していた。

 

「どうして・・・どうして、こうなってしまったの?」

 

「?」

彼女が怪訝そうな瞳を向ける。しかし、そんな事は何も気にならない。

 

「どうして、ハナは死ななくてはいけなかったの・・?」

それを聞いた彼女は得心を得た様に、瞳を閉じる。白く美しい尾が一度だけ、滑らかに揺れた。

 

「そう、あなたの思考はそこに行くわけね・・・。菜野ハナが死んだ事は“必然”だった。偶然でも、あなたの選択肢がいけなかったとか、そんなものじゃない。」

 

「・・どういう事?」

 

「起こるべくして起きた、そう言っているの。全ては繋がっている・・・赤い糸でね。あぁ、赤い糸って言っても“運命の糸”と言うロマンチックなものではないわよ。人間の憎悪と悔恨によって産まれた血飛沫によって、赤く染められた糸の事。はぁ、人間って本当に哀れ。同じ種族同士で恨み、憎しみ、妬んで殺す。争いを好み、蹶起して相手の血を啜る。」

低い笑いを堪えるように、顔を屈めた。彼女の答えは難しく、その言葉の意味を理解する事が出来なかった。彼女はそれを理解したのだろう、少しばかり苦笑しつつも説明を続けた。

 

「つまり、菜野一族がクーデターを起こすきっかけと言って良い事象・・・“九尾封印式事件”、そしてその事件に関わる“ふしみ一族”、“ふしみ一族”が九尾に縁を持つ事になってしまった“能力”とその能力の“根源”・・・これらが大小含めて数えきれない事象を巻き込んで繋がっているのよ。」

何を言っている・・・彼女は何を言っている。訳が分からない。僕は何故、ハナが死ななくてはならなかったかを聞いているのに、そんな難しい事を聞きたいんじゃない。心は動揺し、心臓の音が高く鳴り響く。身体は火照り、頭に血が昇っていくのが分かった。

 

「違う・・・違う!そんな事じゃなくて、どうしてハナを助けられなかったのかって聞いているんだ!ハナは誰よりも優しくて、気遣いが出来て・・・誰にも好かれるような子だったのに。どうして、どうしてっ!」

込み上げてくる思いを抑えられなかった。口からは自分の声なのかと思うほどに大きな声で叫び、力が抜けた膝を地面につけて拳を叩き付けた。吐き出される思いをどこにぶつければ良いのか分からず、ただ地面へと何度も何度も。それでも、不自然にも涙が出てくることはなかった。

 それを彼女は冷たい眼で見つめていた。一片の同情も感じさせないその眼は何も言わない。しかし、彼女の口から発せられた言葉は、僕の心を縛り付けた。

 

「それは、誰に問うているの?」

込み上げていた思いは一瞬の内に凍りついた。身体が芯から冷えた様に身震いした程に。

僕は何も答える事は出来ない。ただ呆然と彼女を見つめた。

 

「もう一度、聞きます。今、あなたが口にした問は“誰に問うている”の?」

 

「そ、それは・・・お稲荷さ」

と言いかけた所で遮られる。

 

「違うわ。それは、その問いは自分に問うているのよ。何故、自分は彼女を助けられなかったのか。何故、死ななくてはいけなかったのか。彼女を死なせない方法はなかったのか。と言うようにね。そして、その問いが意味するのは何だと思う?」

 

「・・・え?」

 

「ただの“自嘲”よ。自分で自分を責めて、自分を“可哀想”だと思っている。助けられなかった自分はダメだ。何をしているんだ・・・自分を好きだと言ってくれた子を守れないのか、何てことだ・・こんな自分て可哀想すぎるってね。あぁ、虫唾が走る。」

彼女の口が笑っているように見えた。僕は自分の腕で自分を抱きしめた。何故だかわからない。しかし、そうしなければ、奇声を挙げてしまいそうだったのだ。

 

「それは確かに、人間が崩壊しようとする自身の心を守る一種の自己防衛的手段ね。ただ、それは“思い”であって“事象”ではない。これは、人間の悪い癖。考える力はどの種族をも凌駕しうる力を持っているのに、“思い”に囚われてしまう。“思い”に囚われて、“事象”を見ようともしない。理解したかしら?」

彼女の言葉は、鋭く磨かれた刃物のように僕の心に突き刺さる。何も答えない僕を無視して、彼女は続ける。

 

「私はあなたを慰める為に現れた訳ではない。あなたに説明する時期が来たから現れたのよ。あなたが猿飛ヒルゼンから聞いた事も納得していないようだったし。特に、菜野一族のクーデターのおかげで説明がしやすそうだしね。」

 

「時期・・・・?」

 

「知っているでしょう?ふしみ一族の能力の事。そして、それの“代償”について。」

白く輝く尾が一振り、右から左へと振った。彼女は片方の前足を口元に持っていき、妖艶さを思わせるようにゆっくりと甞めた。二度三度と。綺麗な形を持つ耳がピクリとはたく。その一連の動作の中でも、彼女の赤く輝く眼は僕を見つめ続けていた。

 

「さぁ、説明してもいいかしら?」

 




最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

次回は、「別れと、違える道(後編)」です。
お稲荷様が話す”事象”とはどのようなものなのか、そしてそれを受け止めるイナリはどうするのか、ご期待頂ければ幸いです。

次回は出来るだけ早く更新したいな。


ではでは。

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