戦争を知る世代   作:moota

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こんにちは、mootaです。

遅くなりました、ごめんなさい。
今回もなかなか、ヘビーな内容ですが次回に繋がる重要な話です。

最後までお付き合い頂ければ、幸です。
よろしくお願いします。


第十九話 長雨

第十九話 長雨

 

 

火の国暦60年8月28日

木ノ葉隠れの里

菜野ハナ

 

 

 長い、長い雨が降っていた。黒く濁った雲が空を覆って、大きな雫を降らせ続けた。この雨は、今日で8日目になる。これ程までに長い雨は、木ノ葉では初めてらしい。隣の雨の国、雨隠れの里では良くある事みたいだけど。

 雨は嫌いだ。気持ちを暗くさせるから。どんなに辛い事があっても、空が晴れていてくれれば、気持ちも何と無く軽くなるもの。

 

 私の部屋は、薄暗い。まだ、昼間だと言うのに、窓から差し込む光は、微々たるものだった。代わりに、窓に打ち付けるのは、ずっと続く雨だ。リズム的とは言い難い、不安定な音を立てる窓を、ただ眺めている。

 

「ハナ・・・?ご飯、出来たわよ。」

遠慮がちに、小さな声でお母さんが声をかけた。私は、その声に努めて元気良く答えた。

 

「うん!」

 

 食卓に並んでいたお昼ご飯は、“焼き飯”だった。サイコロ状に切られたニンジン、タマネギ、それから焼豚。パラパラで黄金色のご飯。器に丸く山を盛って、湯気が立ち上る。私は、お母さんの作る“焼き飯”が大好き。ホクホクで、ハフハフ言わせながら、家族で笑いあって、良く食べたものだ。

 でも、あの光景は、今にない。私たちの家族は、あの日から崩壊した。お父さんは帰ってきても、一言も話さない。お母さんは、ぎこちない笑顔を見せる。しかし、最低限の言葉以外は話さない。私は、一人で話し続ける。誰も返してはくれない。そんな日々が続いた。今も、遠くで雨が地面に打ち付けられる音の中で、ただ食器と食器がぶつかる音だけが、部屋に響いていた。

 

 

同時刻

木ノ葉隠れの里 稲荷神社

うちはカタナ

 

 

「長い雨だなぁ・・・。」

俺は、そんな事を呟いた。芸がないのは、分かっている。しかし、こんなに長い雨は、初めてだ。時雨の時期になれば、よく雨は降るが、休む間もなく降り続くのを見るのは、なかなかある事じゃない。縁側から見える神社のお稲荷さまの像も、頭に笠を乗せて、雨を凌いでいるほどだ。

 

「何・・?似合わないような、感慨深い顔をして。」

その笠を乗せた張本人が、お盆にお茶を乗せて現れた。

 

「いや、雨が滴る神社も、なかなか乙だなぁと。」

腕を組み、首を縦に振る。

 

「・・・・・」

なんだ、その白い目は。

 

「じょ、冗談だよ!」

俺は、そう言いながら、イナリが持ってきたお茶を取って、音を立てて飲み始めた。イナリも縁側に座り、お茶を飲む。雨が地面に降る音と、二人がお茶を啜る音が響いた。

 

「なぁ、最近のハナ、おかしくないか?」

本題を切り出したのは、俺だ。

 

「・・・うん、そうだね。任務に集中できてないし、ミスも多い。」

 

「そうじゃねぇよ。いや、それもあるけどさ。なんか、お前の事、避けてないか?」

お茶を啜る。イナリも、この話題を避けているのは、何となく態度から見える。

 

「・・・・やっぱり、そう、見えるよね。」

イナリは、小さく答えた。その視線は、手に持っている器に落としている。

 

「なんか・・・あったのか?」

もう一度、お茶を啜る。

 

「いや、直接に、何かあった訳じゃないんだ。ただ・・・。」

言い淀んだ。しかし、まるで何かを飲み込むように、そこでお茶を啜った。

 

「ただ・・?」

 

「・・・・」

その続きを促しても、イナリは話そうとしない。ただ、お茶が入っている器に、視線を注ぎ込んでいた。そこで、俺ももう一度、お茶を啜った。しかし、もうお茶は入っていなかった。

 

「イナリ・・・」

 

「ん?」

 

「もう一杯、お茶をいれてくれるか?」

その問いに、「分かった。」と答えて、また台所に入っていった。

 

 ここ最近。いや、具体的には一週間前の盗賊団討伐任務から、ハナの様子はおかしかった。妙によそよそしいし、いつも見てる方がいらっとくるほど、イナリと話していると言うのに、その日からほとんど話さなくなった。個人的には、ちょっと嬉しかったけど、そんなのは2日目くらいまで。彼らの態度は異様だった。単なるケンカとか、すれ違いとかそんなのじゃない。決定的な溝が、お互いに出来たような感じだったのだ。

 

「お待たせ。」

イナリはそう言って、新しく煎れたお茶を持ってきてくれた。俺はそのお茶を受け取りつつ、もう一度話を促す。

 

「ありがと。・・でさ、イナリ。さっきの事だけど・・・何か、話せないのか?」

 

「話せないこともないよ。ただ・・・ただ、それが関係あるのかどうか、分かんないってだけ。」

縁側に座りつつ、神妙な顔付きを見せた。それでも構わない、って伝えると、イナリはその事について話してくれた。

 イナリの話によると、盗賊団討伐任務の朝、と言うよりも夜中に、異様な事が起こったらしい。夜中に、息苦しさとまとわりつくような暑さで目を覚ましたイナリは、自分の能力が反応している事に気が付いた。それは、木ノ葉隠れの里北西の森、菜野一族が管理する一帯で、これ程までに感じた事のない“悪意”“敵意”を感じたらしい。その強さは、イナリの頭を割るような傷みが襲い、意識すら朦朧とさせるほどだった。ハナに何かあったのかもしれない、そう思って出掛けようとした時に、割れるような頭痛で、意識を失ったと。そして、そのまま朝まで目を覚まさず、いざ目を覚ますと、集合時間を過ぎていた。それで、とりあえず、急いで集合場所に着たらハナは、何事もなくいた。ただ、その態度は既に、よそよそしいしかったと、言うことらしい。

 この話だと、直接的にハナに関して分かることはない。しかし、イナリの能力が反応している事を考えると、ハナの“周り”に何かしらあったのかもしれない。

 

「なぁ、イナリ。」

 

「ん?」

イナリは、長い話で、すっかり冷めてしまったお茶を啜る。

 

「お前はさ、ハナの事、どう思ってんだ?」

 

「どうって?」

きょとん、とした顔をしている。

 

「いや、だからさ・・・・その、なんだーあれだ、あれあれ。」

何だか言っている内に、こちらが恥ずかしくなり、冷めて美味しくもないお茶を啜った。

 

「あれ?あれって何の事?」

こいつ、本当に分かってないんだろうな。と思ってしまう。ただ、イナリの顔は、いつものままだ。

 

「あー、もう!・・・好きなのか?ハナの事。」

言ってて、自分で顔が赤くなるのが分かる。それを隠すように、下に向けた。そこに、イナリの声だけが聞こえてくる。

 

「・・・分かんないよ。そんな事。」

 

「そ、そんな事って、お前!」

と、そこまで言って、俺の言葉は止まる。イナリの顔を見たからだ。その顔は、どうしようもなく、哀しみや憂いを帯びていた。

 

「・・戦争でさ、色んな人を亡くしたよね。数え切れない位に。任務があって、里を出たり、見送ったり・・・そんな事をする度に知った人が消えていく。もう、誰が大切で、誰が好きで、誰を守ってあげたかったのか・・・そう言うことが、分かんなくなっちゃったんだ。」

 

「お前・・・。」

ただ、それしか口に出来ない。

 

「今度も、大きな作戦、あるよね。攻撃部隊20個小隊、支援部隊8個小隊、単純計算でも、112人参加する事になる。・・・どれだけの人が、生き残れるんだろう?」

違う。そうじゃない、イナリ。俺は、大きな声を抑えようとした。自分のどうしようもない思いが、溢れそうになって、今にも口から飛び出して来そうだったから。

 

「違う!」

抑えきれなかった。

 

「違うんだよ、イナリ。俺が言いたいのは、お前の気持ちじゃなくて、ハナの気持ちなんだ。」

イナリは、驚いたような顔をしている。驚きたいのはこっちだよ。俺が、こんなことまで言うなんて。

 

「ハナの、気持ち?」

 

「そうだよ。ハナは・・・お前の事が、好きなんだ。直接聞いた訳じゃない。でも、周りから見りゃ、すぐに分かる。」

献身的で、優しくて、でも時々怒ると怖くて。皆にも、気を使える女の子だ。でも、お前には違う。いつも目で追いかけて、お前の事を気遣って、心配して、助けようとする。

 

「お前がどう思ってるのか、分からない。でも、自分の事を大切に思ってくれてる子がいたら、お前も大切にしてやれよ!」

勢いよく動かした手が、お茶の入った器を倒した。冷めてしまったお茶は、器からこぼれだす。でも、そんな事は気にならない。今は、イナリの目だけを覗いている。

 

「大切に・・・思ってくれる・・。」

ただ、繰り返す。まるで、自分の心に刻み込むように。ふと、思い付いたように口にした。

 

「カタナは、いいのか?」

鼓動が跳ね上がる。何で、いつも鈍感な癖にこういう時だけ鋭いんだ。俺は、縁側から立ち上がり、雨が降る開けた所に走り出す。

 

「あっ。」

 

「イナリ、約束しろ。」

振り返って、そう言った。雨に濡れて、髪も服もすぐにびちゃびちゃになる。

 

「約束?」

その言葉に、訝しげな表情と、俺が雨に濡れているからか心配そうな表情が合わさって、奇妙な顔をしていた。

 

「そうだ!約束は、たった一つ。ハナを、必ず守ると誓え。」

イナリは、答えない。

 

「どんな敵からも、どんな脅威からも、必ず守り抜くと誓え。」

まだ、答えない。約束は出来ないか、そう思った時だ。それまで何の反応も見せなかったイナリが、縁側から立ち上がり、俺がいる場所に近づいてきた。イナリの髪は、服はすぐにびちゃびちゃになる。

 

「僕はさ・・・」

俺の側まで来て、そう話し始めた。

 

「僕はさ、ハナの気持ちも気づけないし、答えられるかも分からない。でも、その約束は守る。だって、仲間だから。」

その言葉に、色々なものが肩から落ちたような気がした。期待したような答えではないけれど、一歩進んだような気がしたんだ。

 

「仲間か・・・まぁ、いいや。今は、それで。」

 

「おう!」

雨の中で、そう答えるイナリは眩しく見えた。イナリ、今はそれでいい。でも、きっと気づく時が来る。お互いが、お互いを大切にしている事に。

 

「おっと、もう帰らねーと。じゃな!」

イナリが何か言うのが聞こえたが、無視して走り続けた。雨の中をずぶ濡れになりながら。

 

 

 

その日の夜

木ノ葉隠れの里 役所

三代目火影 猿飛ヒルゼン

 

 

 

 長い、とてつもなく長く続く雨だ。そう思っていた。それと同時に、この雨は、言い例えようのない何か“どす黒いもの”を抱え込んでいるように見えて仕方がなかったのだ。

 

「何か・・・良くない事の前触れか。」

窓には向かって腕を組み、小さく呟いた。火影として、老練の忍として、感じずにはいられない。しかし、そんな事ばかり言っている場合でもなかった。この長雨で、里の至る所で浸水や、漏水、それらによる建物の破損などが起きていたのだ。それに対する書類が今、机の上に山積みになっている。

 

「仕方ない、さっさと片付けるかの。」

そう気合いを入れた時だった。扉が不意に開かれ、仏頂面の人間が入ってきたのだ。

 

「ヒルゼン・・・報告がある。」

低く、何者にも屈する事はないと言う強い意志が滲み出るような声だ。

 

「どうかしたのか?ダンゾウ。」

こやつは、志村ダンゾウ。木ノ葉の実力者の一人。

 

「先週から報告しておる件だ。動くなら、今日だぞ。」

包帯で隠されていない方の目が、鋭く光る。

 

「満月か・・・・」

そう言いながら、窓を見る。しかし、見えるものはどす黒い曇と、そこから滴り落ちる雨だけだ。厚い雲の上には、煌々と輝く満月が見える筈だ。

 

「何かあってからでは、遅いのだぞ。分かっておるのか、ヒルゼン!」

 

「わかってはおる。しかし、他里と戦争をしておる時に身内を疑うなど、気は進まぬ。」

 

「ヒルゼン!」

鬼気迫る程の迫力である。こやつの言うことも分かる。しかし、心のどこかで、木ノ葉に住まう仲間がそんな事をしまいと、思ってしまうのだ。

 

「手は打ってある。暗部も動かしておるし、イナリの所にもミナトを寄越した。大丈夫だ。」

 

「うむ・・・」

ヒルゼンは、私の言葉に一応は黙った。しかし、今だその顔は、納得のいかない顔をしていた。

 お互いに何も言わず、部屋に沈黙が続いていた時、思いもよらない人間が、それを破った。

 

「火影様!すみません、イナリ君は既に家にいませんでした!」

瞬身の術で現れた波風ミナトは、慌てたようにそう、報告した。

 

「「何!?」」

私達は、その報告にただ、驚愕するしかなかった。

 

 

そのほんの少し前、

木ノ葉隠れの里 稲荷神社

ふしみイナリ

 

 

 雨が屋根を叩き、窓を叩き、静寂とは言い難い夜が続いている。ふと、居間にいた僕は、その音の中に別の音を聞いた。

 

「ん?なんだ?」

耳を澄まして、音に集中してみる。そうすると、雨が屋根を叩く音に混じって、扉を叩く音が聴こえた。こんな時間に来客か、そう思いながらも玄関に向かう。近づくとはっきりと分かった。本当に、誰か来客が来たようだ。

 

「はーい、今開けまーす。」

そう言って、扉を開けると思いもかけない人物がいた。

 

「こんばんわ。イナリ。」

そこに立っていたのは、菜野ハナだった。いつもの服装に、赤色の番傘を持って戸口に佇んでいる。

 

「どうしたの?ハナ。」

何だか、前に合った時よりも元気になっているように見える。そんな彼女は、いつもの笑顔で答えた。

 

「イナリに、付いて来て欲しい所があるんだ。」

 

「付いて来て欲しい所?」

こんな時間に出掛けるなんてのも珍しい事だが、付いて来て欲しいとは、また変な話だった。しかし、昼間の事を思い出した。ハナが僕の事を大切に思っていてくれるなら、僕も大切に思わないと。

 

「いいよ。」

僕は、快諾した。

 

 

 彼女に付いて歩いていく。彼女の表情は笑っていた。しかし、前を歩く彼女の背中は、何処か寂しげで、憂いを帯びているように見えた。それが何となく話しかけてはいけないような気がして、黙って歩いていた。そう、思っていた時、彼女は不意に振り向く。

 

「イナリ、こっちの傘に入らない?」

そう言って、自分の持つ赤色の番傘を指差す。特に断る理由もないので、自分の傘を畳み、彼女の横に並んだ。

 

「こんな傘、持ってたんだ?」

何となく、そう問いかけた。

 

「うん、これお母さんが昔使ってたやつなの。」

 

「へぇー。」

と、そこで会話が止まってしまった。何時もなら、何も考えなくても、話すことが出来るのに。ただ、今はずっと降り続いている雨が傘に落ちる音で、その沈黙を埋めてくれた。

 一頻り、歩いて着いた場所は、共同墓地だった。英雄が刻まれる石碑の前に僕たちはいる。辺りは暗く、灯りは、遠くに見える民家から漏れるものだけだ。街灯も少しはあるが、この激しい雨の中では、そんなに意味を持たないらしい。ハナに、何をしに来たのか、そう聞こうと思った時、彼女は僕から離れていった。雨から守ってくれていた赤色の番傘もなくなり、僕はすぐに全身が濡れる。

 

「ハナ?」

赤色の番傘を持ち、僕の前に立つ彼女は、泣いていた。頬から白い肌を涙が一筋、また一筋と落ちていく。

 

「ごめん、ごめんね。ちょっとだけだから、イナリ。」

雨に消し去られてしまいそうな程の細い声で、そう言った。声をかけようと前に足を踏み出したその時、ハナの後ろから人がたくさん現れた。若い女性、男性、おじいちゃんや、おばあちゃんも含めて。皆が僕の事を見ていた。

 そのうちの30~40位の男性が前に出た。僕は、この人を知っていた。何度か会ったこともあり、挨拶もしたこともある。

 

「ハナの、お父さん?」

雨に濡れて、少しずつ寒気がする。ただ、それは本当に雨に当たってなのか、それともこの異様な光景のせいなのか。

 

「そうだよ、イナリ君。今日は、君にお願いがあって、ハナに呼んでもらったんだ。」

 

「お願いですか?」

そう、聞き返しながら、お父さんの顔をしっかりと見ようとした。その瞬間、僕は戦慄した。どうしようもなく、心を乱された。ハナのお父さんの目は、くすんで濁っているように見えたのだ。僕が動揺しているその間に、彼は“お願い”を呟いた。

 

 

「死んでほしいんだ、君に。」

 




最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

今回の話を書いて、率直に思った事は、「ホラー」だと言うことです。そんなつもりはなかったのですが。

次回は、「反抗」です。
第2部の大きな目玉の話です。イナリはどうなるのか?ハナはどうするのか?カタナは何ができるのか?

ご期待頂ければ、幸です。

ではでは。

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