居酒屋『鳳翔』   作:成瀬草庵

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季節ネタ
居酒屋『鳳翔』早すぎる正月ネタ(使い回し)


年末、恐らくすべての職業従事者が忙しくなる時期だ。

かきいれ時であったり、家庭でも大掃除をしたり新年を迎える準備に追われる。

今時、ちゃんと作らない、用意しない人も案外多いらしいが『おせち』を作るのもなかなか大変なものだ。

作るのが結構手間であり、その材料をそろえるのにもなかなかお金がかかってしまう。

そして、彼らも年始への準備としての『おせち』作りに励んでいた。

「だし巻き卵、エビ、蓮根の煮しめ、たつくり、栗きんとん.....」

「し、司令官、そろそろ休憩にしない?」

「却下だ、もうちょっとだけがんばれ。ほら、雷は黒豆でも煮といてくれ」

「えぇー....」

もう三時間は立ちっぱなしなのだ。

いい加減に座りたいと思う雷はきっと間違ってはいない(この場合正解というものはないのだが)。

「それに、鳳翔さんに怒られるぞ・・・」

こっそり、雷にだけ聞こえるような声で古賀は話す。この『おせち』という普段の料理以上に横着がしにくく、面倒な料理にこだわりを持っているのは彼ではなく、鳳翔なのだ。

中途半端に手を抜いたり、品目を減らしたりでもしたらきっと笑顔で彼女は怒るだろう。いや、怒らないかもしれない。ただただ笑顔を向けてくるというそれ以上に怖い何かでもって話しかけてくるかもしれないが。

「それは嫌!」

うるんだ瞳を彼に見せながら雷は再びおせちづくりへと戻っていく。

とはいっても流石に疲れた。鳳翔は平気なのだろうかと思い、ちらりと流し目で見てみると、普段通りの優しい顔のままで、疲れを一切見せずに黙々と料理に取りかかっている。

あれは・・・・・

「―――赤貝か」

 

 

 

 

 

赤貝がおせち、という文化がある地域はきっと狭いのではないでしょうか。

他の貝よりも少し高価ですから、普段から口にする人も少ないかもしれませんが結構おいしいんですよ?

少しだけ、作るのが大変なんですけどね。

さてと・・・

鳳翔は赤貝を大なべにいきなり入れた。

普通の貝類であれば、これより先に砂抜きをするのだが赤貝はしなくてもおいしく食べることが出来る。そもそもなのだが、この赤貝という貝は色々とほかの貝と違う部分があり、初めて食べる人は結構困惑してしまう食材ともいえるかもしれない。

いきなり火をかける、ということはさすがになく、次に彼女が取り出したのは調理酒だった。

調理酒を円を描くように赤貝の上に垂らしてやり、薄くなべの底に酒が張るという状況を作り出す。

そして遠慮なく点火。

なべに蓋をしてしばらくは待ちだ。

砂抜きしなくてもいい分少し楽に思えるが、ここからが手間なのだ・・・。

鳳翔にとっても美味しいが少し作るのが大変に思えるのはこの工程が原因だろう。

「―――・・・・・」

しっかりと音を聴いていなければならない。他の料理を作る音も聞こえてくる中で鳳翔は自分の耳の、両力のすべてを目の前の大なべへと集中させていく。

 

――シュッ

 

僅かに音がした

 

―――シュッシュッ

―――シュッシュッシュッ

 

 

少しずつ音が大きく、そして連続的に聞こえるようになってくる。

蓋を開けたくなるがまだ我慢。中を見て確認したくなっても、匂いを嗅ぎたくなってもまだ我慢しなくてはならない。

 

ジュッ

 

音が変わった。鳳翔はそれを聞き逃さない。

蓋をあけるとそこにあるのは、『泡』。大きな泡だった。

むわっと加湿器のように酒精を含んだ蒸気が上がってくるがそれは無視して再びお酒を円を描くようにして垂らしていく。

するとどうしたことだろうか。

泡が消えていく。

蒸気もその姿を消してしまった。

そして先ほどの焼き増しのようになべに蓋をして音が変わるのを待つだけの作業が始まる。

 

シュッシュッシュッシュッ、ジュッ

――また音が変わった。

そしたらまた同じ作業の繰り返しだ。

お酒を円状に垂らしてまた音が変わるのを待つ。

こうしていると赤貝はお酒に蒸されて生臭さがなくなる。

そして身にもしっかりと火が通って美味しくなるのだ。

一回ではしっかりと火が通りきっておらず、二回では少し不安。

三回くらいこれを繰り返すのがちょうどいい。

「ねえ鳳翔さん」

「どうかしましたか?時雨ちゃん」

ふと、時雨が彼女に声をかけていた。

「味付けはしないのかい?」

これまでの作業はお酒で赤貝を蒸しているだけだ。

だから、いつ味付けをするのか、それが時雨には疑問だった。

「これからですよ」

そういうと鳳翔はまた音が変わったなべの蓋をあけて、今度は醤油を円を描くように垂らしてやる。

「はい、いましました」

「・・・・・・・え?それだけ?」

時雨は自分の耳を疑った。

そして、目を疑った。

もしかして途中で何かしていたっけ・・・・ううん、何もしてなかった。

じゃあ最初から味付けされている物を買ってきたとか?・・・・いや、鳳翔さんならそれはないか。

もしかして醤油に見えるなにか別の特性ダレだったとかかな。

「ただの醤油ですよ」

「それで、それだけでいいのかい?」

「いいんですよ」

おせちで手抜きをしようとしない鳳翔さんからすればあり得ない行動じゃないか。

「赤貝は最初から塩気があるんです。生臭さもありますけどそちらは酒蒸しにしてしまえば飛んでくれますし、お寿司としても食べるぐらいですからあまり強いものじゃありません」

――確かにそうだ。

酒蒸しで生臭さを飛ばすのは大体想像がついてはいたけれど、確かに元から生臭さが強い食品でもなかった。

「じゃあ、酒蒸しにすることでも多少味が付くけど、そっちが狙いってこと?」

「時雨ちゃん正解です。あとは最後に醤油を垂らしてあげれば、赤貝がもともと持っている塩気もあって美味しく出来上がります。赤貝が冷めるのを待って大皿に移してあげれば完成です」

「へぇー・・・」

「ちなみに、蒸し直しはしすぎると身が固くなったり崩れたりとよくないので、赤貝の量にもよりますけど二回か三回ぐらいがちょうどいいですよ」

なるほどなるほど・・・。

「あとは赤貝の殻はあさりやしじみとかと比べるととても固いので、地域によっては可燃物ではなく不燃物で出す必要があります」

貝殻を不燃物にするって・・・・・

「家庭にある簡易的な生ごみ処理機だと機械が壊れちゃうこともありますよ」

「そんなに固いの!?」

「はい」

「それは・・・すごいね・・・」

「そうですね」

 

 


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