大和? 長門? 知らない子ですね……
雪風が大破帰港してから二ヶ月。
旗艦を一時失った第二艦隊は羽黒を臨時の旗艦として活動を続けていた。
実際に雪風の体調回復と艤装修復は一月と掛からず終わっていたのだが、別件で使いに回されていた。
雪風達が遠征で向かった大規模物資集積地。
あそこに集まる深海棲艦の危険性が看過しえるレベルを超えてきたため、複数の鎮守府参加による掃討作戦が展開されたのだ。
其処で実際に遭遇して対峙した雪風は、情報提供を求められた。
連合鎮守府に一時出向した雪風。
深海棲艦の命令系統は明らかになっていない。
現状海域毎に展開する数部隊単位での協力は見られるが、深海棲艦全体を部隊とし、人類殲滅を作戦として進めている程の連係が行われている様子は無い。
最もそれをされていたら総数で劣る艦娘がどれだけ奮戦したところで、とっくに人類は全滅していると言われているが。
大規模な出撃には時間が掛かる。
部隊を編成し、命令系統を一本化し、必要な物資を整えなければならない。
連合に参加した鎮守府の戦力も均一ではないし、そもそも鎮守府同士には規模の大小はあっても上下関係が無い。
命令系統を絞る際にやや難航したものの、艦娘としての実績や旗艦経験を買われて長門のいる鎮守府に落ち着いた。
実際そこの長門は一度戦っているという事情もあったろう。
雪風自身は単艦での参加ということもあり前線からは外された。
鎮守府連合艦隊は結成からほぼ一月で物資集積地、及び周辺航路を軒並み平定して解散した。
解散式を終え、それぞれの部署に引き返していく艦娘達。
雪風もその例に漏れず、久方ぶりに自分の家に帰り着いた。
それにしても……
「よそ様の鎮守府と比べると、僻地なんですよねぇうちってば」
それに不満があるわけではないのだが、立地条件では不利な場所である事は間違いなかった。
安全な近海と、一歩遠出すれば戦艦級が跋扈する危険海域が広がる鎮守府。
演習は出来ても敵の駆逐艦辺りで実戦慣れ出来ないというのがつらい。
物資収集遠征でもある程度は危険域を突っ切らなければならない。
現提督自身は気づいていないが、此処で生き残るというのは結構大変なことなのである。
鎮守府に入った雪風は、其の足で司令室に向かう。
初めの一歩には他所の家に来たような違和感があったが、二歩目で消えた。
見慣れたと言うほど此処での生活は長くないが、自分の港は此処なのだと言う位には愛着がある。
途中で幾人か、職員とすれ違ったため挨拶を交わす。
見覚えの無い顔である。
提督着任後から雇われた人達で、鎮守府に居ないことも多い雪風には馴染みが薄い。
しかし相手は雪風のことを良く知っているらしく、皆帰還を喜んでくれた。
少しむず痒い思いをしたものだが、彼女らから幾つかの情報も貰えた。
雪風不在の間、新たに二人の艦娘が建造されたという。
そして赤城の艦載機も無事実装されたことも知った。
着実に動いている時間の流れを感じ、乗り遅れ気味な自分に苦笑する。
そうこうしているうち、司令室の前まで来てしまった。
どんな顔をして何を言うか、決められないままに。
「まぁいいか」
此処で立ち往生するのも、気後れしているようでなんとなく嫌だった。
何で家に帰ったのに遠慮などせねばならないのか。
意味不明なやけを起した雪風は、自動開閉式のドアを開けて入室する。
「駆逐艦雪風、ただいま帰還いたしました」
「お帰りなさい雪風」
表情の変化が少ない顔。
机には愛用の図鑑とたくさんの書類。
後方管理を一手に引き受け、火の車である鎮守府をやりくりする苦労人。
そんな上司がただ一人、雪風を待っていた。
「一月振りですね……本当に、よく帰ってきてくれました」
「前線配置はされませんでしたから、掃討作戦中は基本お留守番でした」
「そうですか」
あまり笑わない彼女だが、瞳に宿る光は柔和である。
手元の書類にサインして〆ると、立ち上がって雪風の元に来た。
「新たな仲間が出来たと聞きましたが、増員大変じゃなかったです?」
「大和さんと赤城さんの維持費を、少し甘く見ていた事は認めます。ですがこっちのやりくりは得意ですのでご安心を。私の部下にひもじい思いはさせませんよ」
「嬉しいお言葉ですしれぇ」
「その代わり、貴女には遠慮しませんよ雪風。たくさんお仕事していただきますから、其のつもりで」
「お任せください!」
「では、貴女には第二艦隊旗艦に戻っていただきます。正式には、羽黒さんに貴女の帰還を通知した後になりますから明日の事になりますが」
「良いんですか? 日誌は羽黒さんの方が絶対お上手ですよ?」
「なんと言いますかねぇ……貴女の日誌に慣れすぎて、普通の日誌を読むのが面白くない……と感じる自分に気がついて愕然としたものです」
「……それは急いでお医者様に掛かるべきだと思いますよぅ」
「拒否します。注射とか大嫌いなので」
誰も注射とは言っていない。
弱点と黒歴史への鍵を自分から暴露した司令官に、生暖かい眼差しを向ける駆逐艦娘。
「そういえば皆さんは何処に?」
「これから演習ということで、外に集まっていますよ」
「しれぇは御覧にならないので?」
「事務屋が現場に口を出して、良い結果になった例がありませんからね。第一艦隊旗艦には感じたことをそのまま上げてもらい、第二艦隊旗艦代理には全体の分析を上げてもらっています」
「なるほど」
短く応えた雪風だが、内心で感嘆の息をついた。
自分の向き不向きを認め、至らない分野を得意な人物に委ねる鷹揚さは貴重な資質だと思う。
彼女には自ら率いていくだけの力は無いが、他人を使っていくだけの器がある。
そんな彼女に期待されているのなら、出来うることはしたいと思う雪風だった。
「しれぇ、少しお手を休めて、一緒に演習見に行きません?」
「んー……」
「上が態々時間を割いて見に来てくれるというのは期待を掛けられていると言うことですから、やる気が上がると思いますよ」
「私は上からの視察とか監査って鬱陶しくてしょうがないと感じますがねぇ」
「それはしれぇが嫌いな連中が来るからですよぅ」
「……ふむ、ではご一緒します」
彼女は自分もそれほど艦娘達に好かれているとは思っていない。
しかしこの提督は人を使うタイプ上司である。
自身が強権を握るような人物ではない以上、積極的に機会を作って輪を円満にするべきなのだ。
彼女のようなタイプは自分より周りが強くなるため、裏切られたらひとたまりも無い。
雪風としては、最初の一件から彼女と大和の間が心配だったりする。
「大和さんお元気ですかぁ?」
「貴女が居なくなってから、腑抜けていますよ」
「……あの豪華客船どうしてくれましょう」
「致命的な失態は起していませんし、貴女に懐いているが故の腑抜けですので……貴女自身に攻められると哀れかもしれません」
「むぅ……」
そう長い会話ではなかったが、雪風は上司の変わりぶりに驚くことが多かった。
どんな心境の変化かしらないが、落ち着いて視野が広くなっていると思う。
慣れてきたということかも知れない。
自分の環境や、艦娘との付き合い方にも。
雪風は彼女の手をとると、演習海域を移すモニター室に向かうのだった。
§
モニター室では演習海域の映像と共に無線を通した声も拾える。
そして室内からも海域に無線を通せるので、鎮守府の艦娘達は此処で雪風の帰還を知った。
『あら、お帰り雪風。五十鈴が来てあげたわよ』
『五十鈴さん、ようこそいらしてくださいました。どうです居心地は?』
『第一艦隊に起用して貰えたのは良いわよ。でも私で三隻目ってどういう状況だったのよ……』
『なぜか第二艦隊が先に整ったんですよ……』
それは主に大和と、それを作った工廠部のせいである。
プライドの高い五十鈴にとって、第一艦隊所属というのはモチベーションが上がるだろう。
モニターに映る新造船の今一隻は、羽黒の姉の足柄だった。
無線で複数が同時に喋ると混乱するため、とりあえず視線だけカメラに向けて手を振ってくれる。
思わず返したくなったが、こちらから向こうに映像は行かないために我慢する雪風だった。
『お帰りなさい雪風さん。この度は艦載機の素材、ありがとうございました』
『赤城さんも良かったです。お礼はいずれ身体で払ってくださいです』
『……働けという意味ですよね? 身の危険を感じるのですが』
『気のせいですよぅ』
乾いた笑みを浮かべあう赤城と雪風。
『大和さん、私の留守中どうでした?』
『さ、寂しかったよぅ』
『私もです。埋め合わせに後でデートしましょうね』
『え?』
『冗談です』
喜んだりへこんだり急がしい戦艦大和。
あぁ言うのが可愛げと言うのだろう。
それにしても……
大和、赤城、五十鈴、足柄。
なかなか豪華な顔ぶれになってきたと思う雪風。
名ばかりの第一艦隊旗艦だった頃とは違う。
今はもう、大和は自分の艦隊を率いる身なのだ。
雪風が見たところ、このメンバーなら足柄あたりが戦術面でフォローしているのかもしれない。
別モニターには相手となる艦隊がいる。
それは雪風が抜けて三隻になった第二艦隊の面々である。
「しれぇ、少し戦力差がありすぎません?」
「第一艦隊の演習相手が他所に見当たらないのです。臨時掃討作戦の件もありましたしね」
「ふむ、まぁ仕方ないんですかねぇ」
其の会話をマイクが拾ったらしい。
珍しく提督が観戦する事を知り、ざわつく第一艦隊。
彼女としてはこうなる事が分かっていたため、あまり顔を出さなかったのだ。
やはり戻ろうかと思ったところで、五十鈴が声を上げた。
『やっと五十鈴の活躍を無視出来なくなったのね。良い傾向だわ』
『司令官がご観覧くださるなら、本気出さないとよね! みなぎって来たわぁ』
『一航戦の戦い、御覧に入れましょう』
『え、ど、どうしよう……え、えぅう……』
大和以外のメンバーが沸々と闘志を募らせる。
意外に思って雪風を見ると、背中をぽんと押された。
一つ頷くと、彼女は慣れない手際でマイクを操作する。
『皆さんの力を見せてください。期待しています』
精一杯頑張ってそれだけ言うと、マイクを切って息をついた。
なれない事はするものではない。
でも、悪くない気分だった。
『ちょっと、提督』
自分の艦隊を激励するという、初めての作業に浸っていた彼女に声を掛けたのは、それまで黙っていた島風である。
第二艦隊のメンバーは此処までは我慢していたが、沸点の低い島風には限界だった。
不機嫌そうな声がスピーカーから、不機嫌そうな顔がモニターから伝えられる。
『其処に雪風いるのよね?』
『いますよ』
『まだ何処か悪いわけ?』
『ん?』
そう言われて雪風を見る。
雪風は視線を受け、一度首を傾げたがすぐに横に振った。
『お元気みたいですよ』
『だったらさぁ――』
「でしたら……』
島風の発言に割り込んで、羽黒が声を掛けてくる。
比較的珍しい光景だった。
羽黒は一歩カメラに向かい、真っ直ぐに見つめて口を開く。
『そろそろお仕事しよう? 雪風ちゃん』
『早く夕立の面倒をみるっぽい?』
『さっさと来い給料泥棒。スカート履かない露出狂。げっ歯類』
『よく言いましたウサギちゃん。次の賞与の査定は楽しみにしておけ』
『横暴じゃない!』
『横暴ではありません。隊内の私的制裁は、何処の軍にもよく在る事です。昔は』
『私的制裁って自分で言っちゃいけないっぽい……』
『ま、まぁまぁ』
『覚悟するのです島風。今すぐ貴女の旗艦が其処に行きますから』
雪風はそれだけ言ってマイクを切る。
スピーカーからは島風の罵詈雑言が流れてくるが、とりあえず無視する事にする。
「しれぇ、折角お時間頂いているところを真に申し訳ないのですが……」
「演習開始は、全員が揃わないと出来ませんよ」
「はい! 雪風、出撃します」
「行ってらっしゃい」
モニター室を飛び出していく小さな背中。
雪風の復帰戦は、味方との演習になったのだ。
§
演習海域に合流した雪風は、一旦自分の部隊を集合させた。
第一艦隊の面々も、大和の傍に集まっている。
演習では細やかな作戦を通信で流すとそれでばれる。
通信の周波数を変えても同じ鎮守府の機械無線である。
艦娘達は意識しなくとも解析し、通じる言葉に訳してしまう。
なので最初にある程度、基本方針は定めておくのだ。
「これって何戦目になります? 戦績も教えて欲しいです」
「今回で四回目っぽい」
「大和と赤城だけの時に一回。五十鈴が来て一回。足柄が来て二回目よ」
「戦績は最初に勝った後は二敗しています」
「雪風としましては最初に勝ったというのが、もう奇跡だと思うのです……」
そもそも超弩級戦艦と正規空母を相手に、重巡洋艦と駆逐艦二隻で戦えというのが間違いである。
其の段階で敗北必死だが、この時点なら雪風にも勝ち筋を見い出せる。
機動力で劣る大和を羽黒になんとか抑えてもらい、島風と夕立をひたすら逃がす。
赤城の空爆を掻い潜り、夜戦に持ち込めば勝機がある。
しかしその後五十鈴の赴任で夜戦が強化されると共に、機動力のある追撃が可能になった。
それによって、夕立は夜戦まで持たなくなった。
さらに足柄が来た事により、逆にこちらが羽黒を押さえられて手も足も出なかったのだ。
「これ詰んでいませんかぁ?」
「え? 雪ちゃんならひっくり返すっぽい」
「其処を何とかするのがあんたの仕事でしょ? 働きなさいよ」
「や、やっぱり無理ですか……?」
「う、うむぅ……」
実戦でこの相手と遭遇したら全力で逃げるだろう。
逃げながら追撃者の船速差を利用し、各個撃破に持ち込む。
しかし演習海域の広さでは其処までの距離は走れない。
この鎮守府が演習に使える海域はかなり広いが、それでもある一定を超えると深海棲艦の危険域に突っ込んでしまうのだ。
「火力、装甲、航空でぼろ負け、速力、雷撃戦ならこちらが多少有利。夜戦なら赤城さんが動きにくいから、まだ何とか……赤城……赤城さんかぁ……」
「雪ちゃんが凄くエロイ顔してるっぽい」
「夕立も島風も、一回あのおっぱいにふかぁってダイブしてみるといいのです。世界が変わりますから」
「お断りよ」
軽口を叩きあいながら雪風の反応を待つ面々。
この会話から赤城を利用する方面で検討していることだけは察した。
夕立のいうエロイとは、相手にとってえげつない、ろくでもない、いやらしいという意味である。
雪風が全力で相手の嫌がる作戦を立てている。
羽黒まで含めた面々が、わくわくしながら自分達の旗艦を見守っていた。
いつの間にか俯いていた雪風は、ふと気づいたように顔を上げる。
「この演習って、今後もずっと続くんですか?」
「そんな訳ないじゃない。あんたが復帰して長距離遠征が出来るようになったらお互いそんな暇ないって」
「つまり、これが最後なんですね」
「そうっぽい」
「そうですか……それなら……」
使い切りの奇策を持ち込むという手が使える。
真っ向勝負や王道での勝ち筋が全く見えない戦力差である。
雪風自身好きではないが、奇手で相手を挫くしかない。
「島風って、過去三回の演習で大破判定貰ってます?」
「舐めんなし」
「なるほど、では回避盾よろしくです。所で、ぽいぬちゃん……」
「っぽい?」
「寝不足ですか? 目、赤いですけど」
一方で、大和達は作戦を決めかねている。
五十鈴参戦からこちら、装甲と火力で押しつぶしつつ追撃も可能になった。
足柄が来たことによってさらに火力と追撃戦が増強された。
此処まで戦力が揃ってくると、極正当な砲撃戦に持ち込んでしまうほうが確実である。
しかし相手部隊の旗艦が合流した現状、方針の変更が必要か否か。
「駆逐艦一隻増えただけよ。そんなに警戒がいる?」
「五十鈴さん。旗艦が変わった艦隊は性格が全く変わります。用心に越したことは無いかと」
「いや、そうなんだけどさ。それでも真っ向から砲戦と空爆で押し潰す以上の策がある?」
「無いわ。砲撃戦で無傷のまま雷撃戦、夜戦にもつれ込んだらあっちに分がある。昼間に砲戦で叩き潰す事が確実なのは間違い無い。だけどね……」
「保留付き?」
「大和ちゃんがあっちの部隊に出向した時の話聞いたでしょう? 昼間の砲撃戦なら確実にこちらが強い。だから何かしてくる……そう考えるべきじゃない?」
「どうなの大和?」
「読めないなぁ……そもそも雪風は、本気で演習に勝ちに来るつもりがあるのかどうか……」
「ふーん」
足柄は肩越しに振り向いて相手陣内を見る。
かなり遠くて判りづらいが、妹の楽しそうな雰囲気だけは伝わってきた。
足柄は羽黒が赴任していることを知り、同じ部隊の配属を最初は希望したものだ。
あの気弱な妹は、誰かが傍で守らなくてはいけない。
それは二人の上の姉達と共有した思いである。
所属が分かれてから、足柄は羽黒の部隊を……
正確には羽黒の部隊のトップの話を、不自然ではない様に集めて回った。
そして大和から雪風が命がけで妹を守った話を聞き、現状は雪風に委ねる事にしたのである。
「今は相手が最大の士気で、全力で勝ちに来る想定で対処すべきですよ皆さん」
「赤城ちゃんに賛成かなー。あっちの雰囲気が変わってるし」
「お?」
「そもそもあっちに勝ち目は薄い勝負だった。目的は第一艦隊の錬度向上だから致し方ないっちゃーその通りなんだけど、それでもいい気分はしないじゃない、普通は」
「そうですね……」
「旗艦だった羽黒は真面目だから、従順な演習相手を本気でやってくれていた。でもこの戦力差で勝つつもりも、最初から無かったと思うのよ」
そんな妹が、楽しそうにしている。
自分は傍にいないのに、雪風の揮下で戦う現状に楽しそうなのだ。
足柄としては、それが少し癪だった。
「まぁ、多分今は勝ちに来るわ」
「そりゃそうでしょ? 態々負けに来るはず無いじゃない」
「いや、五十鈴ちゃんはそうなんだろうけどさ……まぁ良いか。とりあえずね赤城ちゃん」
「はい」
「私が雪風ちゃんなら、貴女を狙うわ」
「私……ですか」
「えぇ。貴女演習四回目で実戦無しよね? 艦載機の感覚戻ってる?」
「む……」
艦娘には様々な種類があるが、空母は少し特殊な立ち位置になる。
直接的な砲も積めるが、多くは妖精を封じた艦載機を飛び道具によって解き放つ。
解き放った後は妖精が艦載機を操作する。
この妖精は羅針盤や工廠の連中よりは素直だが、だからこそ妖精との意思疎通と精密操作には慣れがいる。
ましてや相手は人型の深海棲艦や艦娘である。
かつてより遥かに小さな標的に対して攻撃せねばならず、妖精達の錬度もかつての自分の艦載機には及ばない。
そもそも妖精はかなり近視眼的に目の前の相手を攻撃したがる部分があった。
赤城としては本当にやりづらい戦闘を強いられている。
さらに今、赤城は翼の片方を失っている状態である。
一航戦の片割れ、加賀。
かの空母が此処に在ればとの思いは、赤城は人一倍だったろう。
初戦の演習での敗北も、自分の不慣れが大きく響いた結果であったから。
「艦攻、艦爆機の使い方はそこそこ戻してきています。空戦担当の扱いについては機会が……」
「其処は仕方ないし、相手にも艦戦機使う船は居ないから大丈夫よ。だけど言い換えれば、赤城ちゃんの艦戦機がほぼ遊びになってる現状があるわけだ」
「成る程、ですが今から装備換装は不可能です」
「だねぇ。内訳ってどれくらいだったかしら?」
「艦攻二十七、艦爆一八、艦戦二八機です」
それを聞いた足柄は、実質頼れる戦力を艦攻二十七機と割り切った。
今の赤城の艦爆では、雪風達を正確に捉えるのは難しいだろう。
一番遅い夕立ですら三四ノット。
島風に至っては四十ノットを越える速度お化けである。
「赤城ちゃんに射線を通さないほうが良いかもね。羽黒の火力なら下手すると装甲抜いてくるわ」
「五十鈴はまた夕立狩りで良いのかしら?」
「いや……基本雪風ちゃんと対峙して頂戴。何かするとすればあの子だろうけど、五十鈴ちゃんなら勝てるでしょ?」
「当然よ」
「大和ちゃんはひたすら羽黒狙い。あの子回避上手くなってるから苦労するだろうけど、私も羽黒を狙うわ」
「あっちの砲戦火力は羽黒さん頼みだものね。全力で狙います」
「よろしくね。後、島風ちゃんの速度で引っ掻き回されると面倒だわ。だけど船速であれに勝てる船は無い。此処は赤城ちゃんの艦載機で牽制しましょう。沈めるつもりでお願いね」
「判りました。夜戦対策は?」
「夜戦にもつれ込んだとしても、雪風ちゃん、羽黒、夕立ちゃんのうち二隻を戦闘不能にしておけば押し切れるって。連装砲が特殊な島風ちゃんを戦域から追い出して、他三隻を確実に落とす」
「そうね。負け難い手だと思います。コレで行きましょう」
足柄のまとめに頷く大和。
艦隊を散開させ、所定の位置に就く。
雪風、夕立がどこに居ても追撃しやすいように五十鈴がセンター、その左右を足柄、大和が固め、後衛に赤城を敷く布陣である。
手を上げてモニター室に合図すると、向こうでは雪風も手を上げている。
雪風達の陣形は、最右翼の島風を先頭にした斜線陣だった。
『それでは、はじめて下さい』
演習海域に司令官の声が響く。
第一艦隊と第二艦隊の演習戦が、こうして幕を開けた。
§
陣を作ったまま微速前進し、圧力を強める大和達。
対する雪風達は島風を先頭に前進し、双方の距離が詰まっていく。
50000㍍で始まった演習は二十分程で艦列から突出した島風が大和から25000㍍を切り、最初の砲撃が始まった。
遠距離にも拘らず常識外の正確さで飛んでくる砲弾。
そして大和達前衛の頭上を飛び越え、赤城の九七艦攻が迫ってくる。
それは先端の島風を囲うように展開し、複数の魚雷を放り込む。
41cm連装砲と艦攻から放たれる魚雷に囲まれながら、ギリギリの回避を決める島風。
すり抜ける際に連装砲が一基巻き込まれて大破したが、本体はまだ無事だった。
この時島風が避け切れなかったのは、トップスピードに乗っていなかったからである。
島風は三十五ノットで接近し、残り三隻は三十ノットで前進していた。
『遅いってぇ! 私を捕まえたかったらその十倍の艦攻機持ってきなよ赤城ぃ!』
通信が赤城の耳にも届くが、表情一つ変えずに航空雷撃を続ける。
それは島風の前進を阻み、後退を強制した様に見えた。
しかし島風の後退にあわせて、雪風達の陣形が変化する。
右翼の島風が最後尾まで後退し、代わって左翼後方にいた雪風が先頭に来る。
中側の夕立と羽黒も速度調整で前後を入れ替え、左右逆に展開した斜線陣へ。
その運用自体は難しくないが、この時陣形の変形速度が異常なまでに早かった。
少なくとも大和達はそう感じる。
第二艦隊は最初の突進を自身の最速より五ノットも抑えて前進していた。
速度差自体は各船のトップスピードと変わらなかったが、全員がそろえる事で最大速度と誤認した。
その緩急を、陣形展開時に解放する。
四十ノットで後退して最後方に着いた島風と、三五ノットで前進して先頭に立った雪風。
そして三十ノットの前進を続ける夕立と羽黒。
後退を続ける島風と、前進を続ける三隻の距離が開く。
その間隙に赤城の艦爆機が滑り込み、第二艦隊は分断された。
島風は艦列に戻ることを放棄し、爆撃と雷撃を避けながら戦域を大きく迂回する。。
大和達の距離と雪風達の距離は、20000㍍を切った。
既に大和と足柄の射程距離だが、此処で雪風は前進を止めると、敵艦隊の正面を並行するように左舷へ流れた。
雪風のマーカーだった五十鈴が視線を向けるが、この動きが自分への釣り出しで在る事は読みきれた。
不用意に追えば羽黒を狙う大和、足柄の射線を横切ることになる。
『その三十六ノットはお飾りですかぁ五十鈴さん?』
『お黙りおチビちゃん』
『では黙りますが其の前にお一つ。其処結構危ないですよ』
『あん?』
昼間の砲撃戦で、雪風達は羽黒の火力に頼るほかは無い。
大和と足柄はそれを承知し、二人掛りで羽黒を落としに掛かっていた。
二隻の集中砲火を受けて羽黒の前進が止められる。
しかし重量級三隻の砲撃戦を掻い潜った夕立は、敵陣中央の五十鈴に肉薄しかけていた。
両者の距離は12000㍍を割り込んでいる。
既に10㌢連装高角砲と、12.7㌢連装高角砲の射程に入った。
敵旗艦と主力の動きの間隙に、思わぬ小物に接近を許していた事に若干いらだつ五十鈴。
大和も足柄も夕立の接近に気づいてはいたが、五十鈴がしっかり待機して、艦列に穴を開けなかったために問題視していなかった。
双方10000㍍を切った距離から砲撃戦が展開される。
『あら、五十鈴に御用?』
『最っ高に素敵なパーティしましょう』
五十鈴の12.7cm連装高角砲が、夕立の艤装に着弾する。
しかし返礼とばかりに撃ち込まれた10㌢連装高角砲は、五十鈴の意識を刈り取った。
『っ!?』
『え?』
『五十鈴ちゃん!?』
夕立は中破判定を受けながらも五十鈴を落として前進し、大和と足柄の艦列の間に割り込んだ。
二隻は副砲の一つを同時に向けるが、夕立越しにお互いの姿を見てしまう。
重巡洋艦と戦艦が、副砲とはいえ誤射すれば被害は決して無視できない。
足柄と大和の視線が交差し、大和は目を見開いた足柄を見た。
『大和ちゃん外! 右翼っ』
『え……あ!?』
大和は別の副砲で外へひらく動きの雪風を牽制はしていたが、主砲に比べると操作が拙い。
そもそも大和は中抜きされ、その艤装はマイナーダウンしているのである。
大和自体の能力は高いが副砲の性能は寧ろ低く、雪風には全く当たらない。
其処に来て視線まで外した瞬間、雪風は羽黒、大和、足柄、夕立が入り乱れる戦域を掠め、一気に大和後方の海に躍り出た。
『やっば!』
『突破されます!』
既に赤城まで阻むものが無い。
夕立も五十鈴に大破判定をつけた余勢を駆って赤城に襲い掛かる。
さらに艦攻機と艦爆機に分断されて戦域を大きく迂回した島風が、赤城の右舷後方から喰らいつく。
この時羽黒は既に中破判定まで追い込まれていたが、まだ落ち切っていなかった。
『押し切ります! 敵は正規空母、一航戦赤城唯一隻ですっ』
『覚悟してね赤城!』
『勝負どころっぽい?』
駆逐艦三隻に半包囲された赤城。
艦娘としての空母は自衛手段が乏しい。
島風の周囲に群がる艦載機が、母艦の危機を察して戻ろうとする。
駆逐艦トリオの狙いは、実戦経験の少ない大和にも理解できた。
至近距離からの肉薄魚雷。
中破判定の夕立は魚雷発射管がロックされているが、当人は気にする様子も無く突っ込んでくる。
同じ兵装であろうと、使う艦娘によって性能が異なるこの世界。
夕立が突き付ける10㌢砲の銃口は、雪風や島風が抱える魚雷よりも威圧感があった。
大和と足柄の砲撃が苛烈さを増し、羽黒を更に追い詰めていく。
しかし刻一刻と肉薄してくる駆逐艦。
後方からその全てを俯瞰していた赤城は、大和達が間に合わない事を悟る。
先手は譲らねばなるまい。
しかし初撃に耐え抜けば、雪風の後方から大和と足柄が襲い掛かる。
其の瞬間まで持てば良い。
腹を括った赤城。
その時、矢筒の中に残された二八本の矢がカタカタと震えた。
「もう……」
それは艦戦機達の声。
自分達の出撃を請う妖精達の嘆願だった。
空母とは己が沈む時、子たる艦載機を全て解き放つもの。
赤城自身は此処で負けるつもりなど微塵も無いが、艦戦機達が逃がせと言うならそうしようかと思う。
心得のあるものなら感嘆の息を吐く速射によって、艦戦機全てを発艦させる。
ちゃんと帰ってくるのなら、今は何処へでも逃げていい。
其の心算で送り出した艦戦機達。
しかしこの時、妖精達は雪風達の……
そして、赤城すらも予想外の行動に出た。
発艦した零式艦戦達は機体の耐久限界すれすれの速度で急降下し、機銃を放ちながら身体ごと三隻の駆逐艦に飛び込んでいった。
「っ!? 止めなさいっ! 戻ってっ」
対空性能の高い10㌢高角砲を積んだ雪風達である。
性能に合わない無理な行動の代償に、零戦達は瞬く間に撃ち落された。
『くぅ!?』
『邪魔っぽい!』
『ちょっ、こいつらぁ』
しかし彼らの特攻は、雪風達の足を五分止めた。
羽黒が大和と足柄の二隻から、必死に稼いだ時間。
それを稼ぎ返された。
赤城が左舷後方に離れていく。
僅か5000㍍遠くなった距離が、雪風の計算を狂わせた。
雪風は自分が居ない間に、この鎮守府で流れていた時間の壁を実感する。
赤城は雪風達が持ち帰った資材を……
そこから生まれた艦載機達を、本当に大切にしていたのだろう。
一本一本の矢に篭められた妖精達が母艦の危機に駆けつけ、その一部が特攻までしてきた光景に雪風は苦い思いを抱く。
同じ鎮守府所属の仲間としては心強いが、今は競い合う相手である。
せめて今少し赤城と話す機会があれば……
赤城と艦載機が育んだ絆に関して情報があれば、別の計算式を打ち立てたろう。
最も、情報不足は相手も同じ。
夕立の猛攻だって、十分相手の計算を狂わせたはずである。
だから不公平だとは思わない。
『羽黒さん、支えてください!』
『はい。行ってください!』
雪風達は最大船速で赤城を再追尾する。
肉薄した島風の魚雷と真正面から打ち込まれた夕立の弾丸が、正規空母の装甲を打ち抜いて中破判定を取る。
しかし大和を迂回し、夕立より遠回りした雪風の追撃が僅かに遅れた。
艦載機の奮戦によって同時攻撃を波状攻撃にずらされた雪風は、自分達が離脱のタイミングを逸したことを悟る。
赤城を大破判定に追い詰めた時、羽黒を撃墜した大和と足柄はこちらに照準を定めていた。
「あー……もう……」
手が無かったわけではない。
赤城を倒さなければ良かったのだ。
中破判定のまま漂流させておけば……
大和と足柄の射線に居る自分達の真後ろで背負えば、盾に使うことも出来た。
勝つ事が目的ならば雪風はそうしただろう。
しかし此処は必ず、赤城を落として見せなければならなかった。
『総力戦、行きますよ!』
『っぽい』
『うー』
装甲と火力で圧倒的に勝る相手に先手を取られ、離脱のタイミングまで逸した砲撃戦。
既に羽黒の砲撃で小破していた足柄を夕立が中破判定に持ち込んだが、第二艦隊の攻勢も限界点に達していた。
足柄によって夕立が落とされ、旗艦の雪風も大和の砲撃によって大破の判定が下された。
『……演習を終了します。お疲れ様でした』
彼女の声が演習海域に響き、艦隊決戦に幕が下りる。
勝利したのは第一艦隊。
しかし彼我の戦力差を考慮した時、考えられないほどに縺れた泥仕合になっていた。
§
「駆逐艦に抜かれて正規空母を落とされてしまった大和さん。どんな気持ちですか? ねぇねぇ、今どんな気持ちですか?」
「あうぅうぅうううう~」
演習後の食堂。
疲労回復に甘味のアイスクリーム等を嗜みつつ、第一、第二両艦隊の旗艦が隣り合って座っている。
鎧袖一触で一蹴出来る戦力差があったはずだった。
それを斜線陣で距離感を狂わされ、夕立の接近で乱戦に持ち込まれた挙句後衛まで食い付かれた。
島風の異常な回避能力や夕立の大火力には言いたい事もある。
雪風も含めてだが、お前らのような駆逐艦がいるかと主張する大和だった。
「こっちの戦術を夜戦しか考えていませんでしたね?」
「はい……」
「五十鈴さんをセンターに据えたT字の配置も疑問です。ぽいぬちゃん程は無くても、雪風や島風だって軽巡の装甲くらい撃ち抜けますよ? 五十鈴さんは遊撃において、壁に使っちゃいけません」
「……ですよね」
「同じ作戦でも、大和さんと足柄さんをツートップでY字に展開し、お二人の間で二列目に五十鈴さんを据えて、側面を抜かれそうになったら食いつかせれば雪風も同じ手は使えませんでした」
「なるほど……」
雪風が振り返りながら思い出すのは、大和の部隊の新鋭二人。
一戦交えただけではあるが、その性格の一旦は垣間見えた。
五十鈴は勝気な性格から、戦闘準備や配置決めの段階で前線に出たがる。
しかし一旦戦端が開かれれば、意外と頭が冷えるらしい。
こちらの釣り出しを見抜いて艦列を乱さなかった事と合わせて考えると、開戦前を如何に抑えるかに大和の力量が問われるだろう。
逆に足柄は砲撃戦が始まると頭に血が上るタイプだと思う。
駆逐艦三隻が抜けたとき、赤城の救援に行かずに羽黒との砲撃戦を続行した点はいただけない。
あそこは中破状態だった羽黒を大和に任せ、反転追撃して赤城と挟み込むべきだったと思う。
当然そうくるものとしてギリギリの時計管理をしていた雪風は、赤城の艦載機に予想外の抵抗を受けた時には冷や汗をかいたものである。
最も、赤城との間に不和がある可能性や相手が妹だったから拘った可能性も合わせて考えると、足柄の判断は保留の要素が大きいが。
「それと羽黒さん狙いが露骨過ぎましたね。お陰で夕立が無警戒で皆さんの喉下まで喰らいつけました」
「足柄さんが言うには、羽黒さんの砲撃に匹敵する痛さだったらしいんだけど……」
「あれは……運が悪かったと思ってください。ぽいぬちゃんキラキラしていたんです」
火力面の切り札として猛威を振るった夕立。
回避盾として赤城の艦載機をほぼ無力化した島風。
大和、足柄といった同等以上の相手に対して戦線を維持した羽黒。
皆尋常ではない活躍をしてくれた。
そんなパフォーマンスが出来たのは、雪風が帰ってきたからだろう。
今回の演習で大和が感じた第二艦隊の勢いは、羽黒が旗艦代理だった頃には無かったものである。
「夕立の攻撃色なんですかねーあの目。前にも一回見た気がするんですけど、背筋凍りますよ。あ、私沈むなって」
「それ程ですか……」
「大和さんは感じないかもしれませんが、駆逐艦の目線で同系があの火力振り回すって考えると寒気がしますよ? 敵だったら尚更でしょうね」
そんな夕立は五十鈴に拉致され、一対一の演習戦を延々と繰り返させられている。
弾薬の消費がかさむが、大和を一回演習に出すより遥かに安上がりなのが微妙なところである。
「もう一隻空母が欲しいですねぇ。赤城さん、あれから空対空の練習出来ていないでしょう?」
「それもありますが、最後まで島風さんに当たらなかったのが悔しかったんでしょうね……鍛錬場に引きこもってひたすら弓を引いていました」
「島風が捕まる訳無いじゃないですか……オルモックでおよそ三百機に襲われても頭上は避けきった化け物ですよあれ……」
「そうなんですけど、赤城さんって他と比較して自分を慰めるような性格してないので……」
「まぁ、加賀さんと連携すれば捕まえるでしょうけどね。まだまだうちの鎮守府も、完成には遠いようです」
「そうよね……第二艦隊にも空母は必要でしょう?」
「そうなんですよ……雪風としましては低燃費な方がいいのですが、島風との速度差がありすぎるとそれはそれでやり難くてですね……」
深い息を吐く雪風にを見つつ、少し溶けかけたアイスを一口。
かつてホテル等と呼ばれた環境のせいか、大和は料理が得意である。
このアイスにしても自分で作ったほうが美味しく作れる自信があった。
今度雪風に作ってみようと思う。
「それにしても、大和さんの部隊は中々に整ってきたじゃあないですか。潜水艦に強い五十鈴さんに、経験豊富な足柄さんが居てくださる。足も速いですし、正しく補強というに相応しい配置だと思いますよ」
「工廠部が珍しくやる気を出してくれたという事なんでしょうかね……揺り返しが怖いですが」
「多分しれぇが適当に依頼して、どんな艦娘が来ても何処かに配属する心算だったんだと思いますよ。第一、第二艦隊に合わない子が来たら第三艦隊を作るつもりだったとか」
「なるほど。あの妖精にはそうやって対応すればいいのか」
「最初から予定を立てておくと泣きを見ますからね。出来た子を見てから考えたほうが効率がいいんでしょう」
雪風が最後の一口を食べ終わる。
其処でふと大和の手元を見ると、半分ほど残ったアイスクリーム。
大和は何も考えずに自分のスプーンで掬うと、雪風の口元にさしだした。
「あむぅ……あぁ、甘味は素晴らしですねぇ」
「甘いものはお好きですか?」
「命の潤いです」
「それでは、今度スウィーツをご馳走します」
「おぉ、大和さんの手作りで?」
「無論です」
「ありがとうございます」
雪風はそういうと、少し表情を改める。
「雪風達は大和さんの艦隊が進撃を続ける際、最も困ることをして見せたつもりです。お気づきですか?」
「航空戦力潰しですね……」
「はい。今の第一艦隊に赤城さんの替わりは居ません。もしあの演習が出撃中の戦闘なら、撤収せざるを得なかったと思います」
多数の艦載機を持つ空母は、索敵や制空権争いで戦況を大きく左右する。
さらに第一艦隊が大和を失ったとしても、残ったメンバーは赤城を旗艦として進撃を続けることが出来る。
しかしその逆は成立しない。
最も旗艦として比べた時、大和が赤城に劣るとは思っていない雪風である。
赤城は澄み切った清流のような気質の持ち主であり、そんな赤城の艦隊では息が出来なくなる魚も出てくるだろう。
決めるところを外さなければ、普段は大和くらい抜いてくれた方が気が楽である。
「だから結果はともかく、最初から赤城さんを後方に配置したのは、良かったと思いますよ。花丸あげちゃいます」
「あ、ありがとうっ」
「きっと足柄さん辺りが考えたんでしょうねぇ」
「其の通りですぅ……」
テーブルに突っ伏した大和の背中を、雪風の小さな手がさすった
あえて伝わらない言い方をしたが、雪風は大和も賞賛した心算である。
考えたのが足柄でも、その意見を入れて実行したのは旗艦である大和なのだ。
「あ、後ですねぇ」
「ふぇ?」
「最後、雪風を大和さんが撃ったじゃないですか」
「あぅ。ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいのです。あれ、避けられましたから」
「は?」
「砲塔の角度も発射のタイミングもほぼ正確に測っていました。予想通りに撃ち込まれて、其の通りに当たってしまったんですよ」
「な、なんで?」
「……秘密です。だけど、負け惜しみだと思ってくれても構いませんよ」
見惚れていた、なんて絶対言ってやらない。
戦艦大和が真っ直ぐに自分を見据え、砲撃する一挙手一投足に魅入っていたなんて如何して言えようか。
華があるということだろうか。
戦場に凛と立つ大和は、本当に格好良かった。
「さーて。それでは雪風は行きます。第二艦隊の引継ぎと日誌書かないといけないので」
「あ、私も報告書上げないと……」
雪風は椅子から立ち上がり、大和も続く。
どちらからとも無く手を繋ぎ、艦隊旗艦に割り振られる執務室へ向かった。
小さな雪風に引っ張られて歩く大和は、繋いだ掌の熱が顔に上ってくるのを自覚した。
§
――雪風の業務日誌
ひさしぶりにかえってきたら、うさぎちゃんにいっぱいひどいことをいわれました。
こんどしまかぜのすかーととぱんつをいちどにぜんぶあらってやりたいとおもいます。
やまとさんたちとえんしゅうじあいをやりました。
みんないっぱいいっぱいがんばってくれました。
ゆきかぜもみならいたいとおもいました。
とくにゆうだちがあらぶっていました。
あのぽいぬはおこらせてはいけないこだとあらためておもいました。
――提督評価
演習お疲れ様でした。
島風さんは貴女の出向中、大人しいを通り越して暗くなっていたんですが……
元気になってくれたようでほっとしています。
大和さんから上がった報告書によれば、現状の問題点と注意点が良く判ったとの事でした。
今後第二艦隊は物資収集に赴いていただきますが、折を見て再度演習したいと第一艦隊の皆さんから打診があります。
正直厳しい戦力差であると私自身認識しましたので、引き受けるかどうかは第二艦隊の皆さんが決めてください。
改めて書きますが、お帰りなさい雪風。
お久しぶりの投稿です。
リアル事情で艦これもデイリー回すのに精一杯にorz
神通さんが改2実装されたそうですね。
少し古傷が痛みだしましたので懺悔させてください。
私が提督に就任したのは二月初めでした。
当時の私は、始めるゲームの事前情報は一切入れない、ウィキとか邪道! というプレイスタイルで始めていました。
油断であり、慢心だったと思います。
最近のゲームで、まさかキャラロストがあるなんて……
奇跡的に轟沈者を出さずに、逆に言えば危険に気づかずに初めて乗り込んだ1-4。
メンバーは神通さん、夕張さん、五十鈴さん、雷ちゃん、響ちゃん、夕立ちゃんだったとおもいます。
初めての広いマップに興奮しました。
被害をもらいながらも進撃していき……
私にとってのミッドウェー海戦が始まりました。
初めての艦載機。
母艦ヲ級様の開幕カットインと艦攻機。
驚愕に慄く司令部(ディスプレイ前の私)
大破していく艦娘達……
そして轟沈した神通さん……
初めての、そして私にとって現在でもたった一人、沈めてしまったのが彼女です。
ゲームのプレイスタイルごと変えるきっかけになり、その後雪風が就任するまで長い長い足踏みを余儀なくされた海戦でした。
いまの所、艦これで一番衝撃を受けた出来事でしたね。
だって艦娘のHPが30そこそこだった当時、敵空母のHPって85ですよ奥様……
勝てるイメージが全くわきませんでした。
今ではフラッグシップ戦艦とか出てきていますが、うちの鎮守府における最大の敵はヲ級さんだったりします。あれフラヲになると夜戦までしてくるのね……またトラウマ増やす所だった;;
神通さんは今、二代目が供養として第三艦隊の軽巡枠を担当しております。
レベルもそこそこ上がってきました。
もう一回、神通さんそだててもいいのかな……初代神通さん、本当に御免なさい;;