あなたがスターリンになったらどうしますか? 作:やがみ0821
「歴史は大きく変わったものだ」
スターリンは感慨深く呟いた。
彼の視線の先にはカレンダーがある。
1945年8月15日――
史実では日本が敗北し、戦争が終わった日だ。
しかし、この世界ではそもそも第二次世界大戦も太平洋戦争も起こっていない。
といっても、史実と少しだけ似たような動きはある。
例えば朝鮮の独立だ。
スターリンがそれとなく日本側に彼らの歴史や文化・風習などについて詳しく調査してみるよう助言したことが影響しているのか、あるいは維持費に耐えかねたのか、そこまでは分からない。
ともあれ、朝鮮半島は独立へ動いており、来年中には大韓民国として独立することになる。
これに伴って李承晩が亡命先のアメリカから帰ってくるらしい。
「韓国側が史実のように日本に色々と要求すれば、大変なことになる」
この世界の日本はGHQに牙を抜かれた日本ではなく、大日本帝国である。
ソ連との様々な交流や経済の好調などもあって、以前よりはマイルドになっているものの、やるときはやる連中だ。
ソ連軍との交流や様々な技術支援により、日本陸軍はその精強さにますます磨きが掛かっている。
日本海軍は戦艦こそ削減気味だが、それでも超大和型と史実では呼ばれていた紀伊型戦艦4隻や空母に関しては大鳳やその拡大発展型などを含め、合計8隻を擁している。
そして日本と韓国が戦争となった場合はソ連も日本側に立って参戦するという形で、既に話がついている。
もしかしたら38度線で日本陸軍と赤軍が握手する光景が見られるかもしれない。
「中国ではアメリカが支援している軍閥の元気が良い」
長年、軍閥による群雄割拠の時代であったのだが、ここ数年で1つの軍閥が大きく勢力を伸ばしている。
かつて、イギリスがやったように潰しておく必要がある。
そのイギリスは既にスコットランドとウェールズ、イングランドの3カ国に分かれており、スコットランドとウェールズがイングランドに睨みを効かせてくれている。
かつてのイギリス連邦諸国も、イギリスが解体されたことやソ連の工作もあって多くが独立を果たしている。
中には独立せず、イングランドの下に留まっているのもあるが、それは小さな島々であり、自力ではやっていけないところばかりだ。
そしてアメリカに関しては、大きな進展があった。
スターリンの執務室にはホワイトハウスとの間にホットラインが昨年には設置されており、1944年の大統領選挙で新たに大統領となったトマス・E・デューイとは度々、連絡を取り合っている。
設置してすぐに米ソ共に全面戦争は望んでいないことが確認され、それから幾つもの懸案事項がホットラインを通じて話し合われていた。
中国におけるアメリカが支援している軍閥の件も既にスケジュールが組まれており、再来年までにはソ連などが支援する幾つかの軍閥によって潰される予定だ。
中国は内戦をしていてくれたほうが、儲けが出るというのは共通認識であり、どこの国も中国が1つに纏まることを望んでいなかった。
なお、ホットラインに関しては日本やドイツなどの主要な同盟国との間にも築かれている。
時計の針を進めるだけ進めてしまおう、将来の禍根を少しでも減らす為に――
スターリンにとって最近の行動原理はそれである。
ソ連及び同盟国内に火種は無いとは断言できないが、経済が好調であり、人民の生活が豊かであるならば過激な思想は人民から支持を得られない。
そのことは共産党が一番よく知っている。
「支援に関しても、そろそろ見直さねばならない」
ソ連の財政で一番大きな割合を占めているのが同盟国への支援だ。
といっても、幾つかの国々に対する支援は既に相手国との協議した上で段階的に削減されているが、それでも割合的には独立当初と変わらぬ支援を受け取っている国々のほうが多い。
支援には無償と有償のものがあり、その内訳は様々であるが、どちらにおいてももっとも手厚いのは教育関連だ。
現地の文化や宗教、風習などを最大限に尊重するという大前提で、教育関連の支援を行っている。
なお、スターリンがもっとも重視させているのは手洗い・うがいであった。
「各国と協議して支援は段階的に減らしていこう。できれば1960年までには現状の2割以下にしておきたい」
そのくらいを目処に自立してもらおう、とスターリンは考える。
「あとは行き過ぎた差別是正活動や過激な環境保護活動が起きないよう、手を回しておこう」
変な市民団体に政治や経済、文化などの足を引っ張られてはたまらない。
差別是正や環境保護は大事であるが、やり過ぎてはいけない。
それはソ連だけの問題ではなく、世界全体の問題だ。
自分が生きていれば、NKVDを動かして片っ端からシベリアで思う存分に反省させることができるが、そういった連中が出てくるのは数十年先の話だ。
そこでスターリンはあることを思いついた。
史実でソ連の幕引きを行ったり、あるいはロシア連邦の指導者となった者達だ。
今のうちに会って話をしておけば、コスイギン達の次の世代に少しくらいは良い影響を与えることができるかもしれない。
回想録の内容も、そろそろ考えておくか――
スターリンはそう思いつつ、呟く。
「私にできることはここまでだ。頑張り給え、未来の指導者達よ」
2020年5月27日――
クレムリン宮殿の主である男は、いつもと同じように執務室で仕事をしていた。
レニングラード出身である彼は異色の経歴の持ち主であり、NKVDの後身組織であるKGB出身である。
ふと彼は執務室にあるスターリンの肖像画へ視線を向ける。
現在にまで至るソヴィエト連邦の礎を築いた人物であったが、彼はスターリンと10歳の頃に会っていた。
どうしてスターリンが自分に会いに来たのか、今でも彼には理由が分からない。
当時の彼は問題児であった為だ。
そんな彼に対して、スターリンはソヴィエト連邦の現状や将来について語ってくれた。
君は意外とスパイが向いているかもしれないな、と言われたのもそのときだ。
それからスパイ小説を読み漁り、多くのスパイ映画を見て、スパイに夢中になってしまい、KGBを目指す原動力になった。
そんな自分が今では彼がいた地位にいる。
今の自分を彼が見たならば、何を語ってくれるだろうか。
そんなことを考えていると、あるスローガンが彼の頭に浮かんできた。
それはスターリンから連綿と受け継がれてきたものであり、歴代の指導者達や党幹部達が忠実に守ってきたものだ。
スターリン主義とは、このスローガンが根源にあると言っても過言ではない。
そして、そのスローガンを彼は呟いた。
万人が平等に豊かになる社会を――!
これにて完結です。
某大百科風のやつを近い内に出します。