あなたがスターリンになったらどうしますか? 作:やがみ0821
青空には陽光を受け、煌めくものがあった。
それは緊密な編隊を組み、今まさに獲物へ殺到せんとする襲撃機の群れだ。
赤い星を胴体に描き、ソ連空軍が誇るIL-2は数多の目標へ、攻撃を開始する。
IL-2による航空攻撃の後、動き始めたのは砲兵達だ。
赤軍が誇る砲兵達は、様々な火砲・ロケット砲を総動員し、圧倒的な火力を叩きつける。
しかし、堅固な陣地に籠もった敵部隊は鉄の嵐を受けたとしても生き残る。
やがて、砲撃が収まるとすかさずに戦車部隊が進軍を開始する。
彼らに付き従うのは
空陸一体の波状攻撃でもって、ソヴィエトの敵を完全に粉砕する――
これはソ連軍による演習――
バルト海艦隊だけでなく黒海艦隊・北方艦隊・太平洋艦隊や空軍の航空部隊なども動員した、合同演習が1ヶ月間に渡って実施された。
そして、これらの演習は日本やドイツといったソ連と緊密な関係にある国々から派遣された将校達が観戦している。
インドやビルマなどの独立したばかりの国々の将校達だけでなく、日本やドイツの将校達ですらもこれには大きな衝撃を受けていた。
陸空軍だけでなく、海軍も侮れない――
その認識を彼らに植え付け、同時にソ連の求心力を更に高めるのに十分であった。
スターリンは大変満足していた。
それはひとえに、9月と10月に行われた演習が2つとも成功裏に終わったこともあるが、以前より密かに進めていた条約が纏まりつつあったことだ。
既に英仏の植民地は支援したところは粗方、独立を果たしているものの、火種は残っている。
「本当にイギリスとフランスは碌な事をしない」
分かりやすいのはアフリカで、定規で引いたような分け方である。
現地の事情を考慮せず、緯線と経線で地域を分けたやり方は大きな禍根を残していた。
その解消の為に、ソ連は当初から大きな労力を払い、どうにか交渉を纏めつつある。
独立を支援してもらったことや独立後の面倒も見てくれるということから、独立の為に戦った者達がソ連の言うことは一応聞いてくれるのが大きい。
文化や風習、慣習が多様であり、スターリンとしては手を出したくは無かったが、放置していると絶対に内戦を始めるという予感があった。
そうすればイギリスあたりがまたちょっかいを掛けてきて、面倒くさいことになる。
その為には嫌でもソ連が解決にあたるしかない。
アフリカと同じか、それ以上に面倒なのが中東で、スターリンはどうやったらブリテン島を海に沈められるか真剣に悩んだ程にストレスだった。
中東情勢は複雑怪奇であるが、とりあえずイギリスが根本的に悪いことだけは分かっている。
パレスチナ問題という最大の難問がスターリンを待ち構えていたが、幸いであったのはソ連の立ち位置だ。
当たり前の話だが、ソ連はイギリスがやらかしたパレスチナ問題に関して一切関与していない。
そもそも中東での権益を保持していたのはイギリスとフランスであり、この2カ国を叩き出したのがソ連だ。
とはいえ、この問題に手を出した場合、大変面倒なことになるのは間違いない。
故に、ここまで拗れる原因となった全ての責任はイギリスにあるとした上で、ソ連は双方から依頼があれば調停役となるが、基本的にはどちらにも肩入れしないと早々に宣言していた。
清々しい程の逃げっぷりであるが、軍事的・経済的に解決できる問題ではない為、この判断も仕方がなかった。
中東の権益は欲しいが、リスクがあまりにも大きすぎる。
「敵国を倒して終わり、というだけならいいのだがな……宗教が絡んでいる問題に手を出すのは碌な事にならない」
そう言いつつも、スターリンは自分の予想よりも中東が比較的平和であることが不思議でならない。
イギリス・フランスが消えて、彼らを叩き出したソ連も不介入を宣言したならば、ユダヤとアラブの血みどろの戦いでも始まるかと思えば、そんなことはなかった。
列強が介入してこないのが良いのかもしれないが、いずれ始まるかもしれない。
たとえ、そうなったとしてもソ連は不介入を貫く。
中東においてソ連は情報収集に徹しつつ、イギリスやフランスが手を出しそうになったらアラブ・ユダヤの双方に連絡するという形だ。
イギリスやフランスの言うことを今更信じるかという疑問はあるが、ともあれソ連や同盟国がテロの対象にならなければ良い、というのがスターリンの出した結論だ。
そして、その同盟国は近々大きく増えるだろう。
スターリンが進めている条約とは、集団安全保障体制構築及び集団的自衛権発動を目的としたものだ。
既に同盟を結んでいる日本、不可侵条約に留まっているドイツ、また他の独立したばかりの国々や、ソ連にとっても利益がある。
英米仏がこの同盟に対抗して、軍事同盟を結んだら冷戦構造の完成だ。
しかし、核兵器が無い為に全面戦争になってしまうかもしれない。
無論受けて立つが、できれば日本やドイツの強化や新しく独立した国々が安定するまでは引き伸ばしたいのがソ連の本音である。
それを防ぐ為にも、アメリカを中南米で反米組織との戦いに引きずり込んだままにしておく必要がある。
幸いにもアメリカ国内では中南米の不安定化を重大な脅威と捉えており、諸国へ軍事顧問団の派遣などが行われている。
しかし、密林や山岳といった自然環境に阻まれて、思うようにゲリラの掃討はできていない。
抗議文が外交ルートを通じて来ていることから、ソ連が支援していることはバレているだろうが、致命的な段階ではない。
NKVDの報告によれば、アメリカ政府内でもソ連と戦う・戦わないで意見が割れているようだが、戦わないというハト派がやや優勢とのこと。
どうやったらソ連を降伏に追い込めるのか、という問いにタカ派は答えられないらしい。
「このまま泥沼化させ続ければ、どこかでアメリカも耐えられなくなる。勝っているのか負けているのか分からず、予算と人員だけが延々と消耗し続ければ厭戦気分も蔓延する……」
そこまでいけば、ソ連相手に戦争を起こす気力はなくなるとスターリンは考えている。
アメリカは新大陸に引きこもっていろ、というのが彼の持論だ。
スターリンは溜息を吐き、執務机の上に置いたマグカップを手に持つ。
そして、すっかり冷めてしまったコーヒーを啜りながらカレンダーを見る。
スケジュール的には十分に時間があり、どうにかあの日に間に合いそうだ。
「しかし、本当に時計の針を進めることができている……科学技術面に関しても著しいが、インターネットはまだ遠い……」
スターリンは叶わぬ野望を心に抱いている。
短文投稿サイトや巨大掲示板サイトで、スターリンだが何か質問あるかと問いかけてみたい――
あるいは動画投稿や配信をしたりなど色々とやりたいことはあるが、どれもこれも自分が生きているうちに叶いそうにない。
「インターネットがあれば、ソ連の文化や芸術の発信も簡単で広がり方も速いんだが……」
現状でも色々とやって日本やドイツなどに発信しているものの、まだまだ認知度は低い。
地道にやるしかなかった。
「ともかく、最優先は条約の締結だ。個人的にはワルシャワでやりたかったが、東欧諸国の同盟ではなく世界的な同盟だ。モスクワになるのも仕方がない」
ワルシャワ条約機構――WTOではなくモスクワ条約機構――MTOになる。
世界貿易機関ができるか分からないが、たとえできたとしても混同せずに済むな――
スターリンはそんなことを思いつつ、執務を再開するのだった。
それは1941年12月8日のことだ。
『臨時ニュースを申し上げます! 臨時ニュースを申し上げます!』
アナウンサーの興奮した声に、多くの者が何事かとラジオ放送に耳を傾ける。
それは日本がモスクワで、ソ連主導による多国間同盟を骨子とした条約に調印したことを伝えるものであった。