あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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頼みの綱はソ連

 山本五十六は改めて、ソヴィエトの強大な国力に驚嘆してしまう。

 航空本部長と海軍次官を兼任するという立場であるからこそ、余計に理解できてしまった。

 海軍大臣である米内光政も、ソ連に関しては終始驚くばかりだ。

 

 同盟を結び、ソ連との人材交流や技術指導、はては望んでも得られなかった大馬力エンジンの格安な大量供給という至れり尽くせりの状態だ。

 

 山本や米内にとって、何が恐ろしいかというとこういうこと――同盟国への大規模援助――を片手間でしながらも、世界中で欧米から植民地の独立を支援しているところだ。

 既にインドやビルマをはじめとし、インドシナなどの幾つもの地域がイギリス軍やフランス軍を叩き出して、独立を宣言している。

 ソ連が真っ先にこれらの国々を国家として承認し、日本とドイツがやや遅れて承認するという形になっている。

 そして、新たに独立した国々を通じて、ソ連が未だ独立戦争の真っ最中である地域に手厚い支援をすることで、独立派が有利に立つという展開だ。

 

 

 日本国内ではソ連に続き、日本もアジア解放に努めるべし云々という主張もあるにはあるが、支持を得られていない。

 アジア解放といったところで、残っているところ――フィリピンはもとより、蘭印などでもここ数ヶ月程で独立闘争が激化しつつある。

 

 欧米の植民地は漏れなく、独立戦争の真っ只中だ。

 どこを解放するのかという話である。

 

 何よりも国内開発は途上であり、国内が終わったならば台湾の大規模開発が既に決定されている。

 一方で、政府や陸軍にとって悩みの種となっているのは朝鮮半島の存在だ。

 帝政ロシアとの緩衝地帯として確保したのだが、その後継国家であるソ連と同盟を結んだ今となっては軍事的にそこまで大きな意味を持つわけではない。

 維持費用も安いものではなく、この処遇を巡って度々議論が巻き起こっている。

 なお関東州に関しては大陸との貿易拠点であり、こちらは手放すわけにはいかない。

 

 陸軍も朝鮮半島に駐屯する兵力を削減し、予算を浮かせたいという思惑があるらしいが、領土を手放すという事実に国民が賛成するとは思えない為、宙に浮いている状態だ。

 

 日本がカネを出さなくて良い状況になる為には、独立させるか、あるいは他国へ売却するかのどちらかだ。

 独立させたところで日本が併合する以前の状態に国民生活が戻るのではないか、余計な火種を作らないか、アメリカやイギリスあたりが入れ知恵をして日本やソ連と敵対するのではないか、などと様々な懸案事項がある。

 

 ソ連に売却するという案もあり水面下で政府は交渉しているようだが、ソ連から土地は欲しいが人はいらない、という趣旨の発言があったらしい。

 

 念願の不凍港であるのに、すぐに飛びついてこないあたり、ソ連は朝鮮半島について何かを知っているのかもしれない。

 

 山本は頭を左右に軽く振り、政治的なものを思考から吹き飛ばす。

 

「今、重要であるのは海軍の整備だ」

 

 今年8月(・・)には大鳳が起工されているが、山本からすればようやく第一歩といったところである。

 大鳳を叩き台として、発展的な大型空母を建造する必要があると彼は考えており、それは今年度策定された建艦計画に反映されている。

 

 ソ連海軍でもオリョール級なるアメリカのヨークタウン級に似た空母があるが、彼らも次期大型空母の設計が完了し、既に2隻が起工しているという。

 

 山本が以前に考えた通り、ソ連海軍は戦備を着実に整えつつある。

 とはいえ、彼らとの交流により得られたものもある。

 これによって大鳳は設計を変更した為、本来予定していた7月の起工が1ヶ月遅れてしまったのだが、艦船の補充を短期間にできない日本にとっては不沈性を高める為には致し方ないことだ。

 

「ソ連海軍は空母について良く研究している」

 

 魚雷や爆弾命中といった衝撃により、ガソリンが漏れ出し、艦内に気化して充満する可能性をソ連海軍は気づいており、彼らによって指摘されたのだ。

 

 オリョール級ではそれを防ぐべく、様々な対策を講じているが日本はどうしているか、と。

 

 山本ら用兵側も造兵側も、それによって気付かされた。

 あるいは気づいている者もいたかもしれないが、そういうのを指摘できる組織構造であるかというとそうではない。

 今後の改善点だろう。

 

 それはさておき、ソ連海軍と日本海軍で共通している点もある。

 飛行甲板の装甲化だ。

 

 ソ連海軍は次期空母まで甲板は非装甲だが、その次からは装甲化することを決定しているとのこと。

 しかし、山本は大鳳が飛行甲板に装甲を施す上で、重心が高くなってしまう為、苦労したということを聞いていた為、気になってその解決をどうするかと尋ねてみたことがある。

 

 ソ連海軍の答えを聞いた時、山本は呆れつつも感心してしまったことを鮮明に覚えている。

 

「船体を大型化させてしまえば、設計上の妥協をしなくて済む……理論的にはそうなんだがなぁ……」

 

 山本はソ連海軍が出した答えを呟いた。

 

 ソ連側によれば、彼らが予定している装甲空母は6万トンクラスになるらしい。

 大和型に匹敵する規模の巨大空母であるが、日本で作るには大艦巨砲主義を信奉する面々からの激しい反対があるだろう。

 

 山本からすれば羨ましい限りだ。

 

 とはいえ、他国のことを羨ましがっているだけでは始まらない。

 日本海軍における建艦計画――マル5計画では、大和型を超える戦艦及び大鳳を超える新型空母の建造が決定されている。

 

 大鳳を超えるといっても5万トン以内には収まる。

 マル5計画では戦艦の比重を抑え、空母や航空隊の増強を見据えたものであり、昭和25年にはその整備が完了する予定だ。

 艦艇建造・航空機製造だけでなく、様々な設備・機材の拡充や導入といったものも含まれている為、多額の予算が掛かるが、今や日本が戦争する場合、その相手はアメリカに限られる。

 

 戦わないに越したことはないが、それでも備えを怠ることはできず、予算はどうにか成立していた。

 

  

「航空機もソ連側から提供される2000馬力級のエンジンを、量産できるようにせねばならない」

 

 ソ連は気前良く大量に供給してくれているが、いつまでもおんぶに抱っこでは日本の沽券に関わる。

 ソ連側も協力的であるのは救いで、ソ連では型落ちしている工作機械を大量に安く売ってくれている。

 

「ソ連からすれば、在庫整理にちょうど良いだろうが、日本にとっては有り難い……しかし、こういう工業力の増強には時間が掛かる。もしもアメリカとの対決が避けられないならば、どうにか時間を引き伸ばさねばならない」

 

 そのアメリカは現在、フィリピンやら中南米での反米闘争やらで、よそに関わっている暇がない。

 ソ連が裏から手を回してくれている為だが、アメリカでは鎮圧の為に軍事予算が増強されたという情報が入っている。

 

 どう転ぶか分からないが、山本からすればできることをやるだけだ。

 

「ソ連の支援がある現状では最低でも1年は対等以上に戦えるが、それから先はどうなるだろうか……」

 

 本気を出したアメリカがどの程度の軍備を整えるか、山本には想像もつかない。

 連合艦隊を数個分は揃えてきそうであり、そうなったら数で押し潰される。

 

 頼みの綱はソ連だ。

 アメリカ軍に対抗できる程の数を揃えてくれれば、何とか勝てるかもしれない。

 

 しかし、最終的にはソ連頼みとなるにせよ、そうなるまでに最低でも連合艦隊1、2個分程度の艦隊は潰しておかねば日本海軍として示しがつかない。

 

 虎の威を借る狐となってはならないのだ。

 

 その為には技術力向上や兵器の研究開発・量産を大前提として、猛訓練とそれによって培われる強靭な精神力。

 

 山本はそのように考えるのだった。

 


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