あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリン、独立運動を支援する

 スバス・チャンドラ・ボースは夢を見ているのではないか、と思うほどに目の前の光景が信じられなかった。

 

 今、無数の戦車が荒野を進んでいた。

 彼らは陣形を組んで移動しつつ、時折停車して的に向けて砲撃を行う。

 それらは全てソ連製のT-44(・・・・)であったが、その車体に描かれたマークはインド国民軍のものだ。

 

 彼が率いるインド国民軍は人数こそ少なかったが、その装備はソ連軍の一線級部隊に相当するものが与えられていた。

 また、連日ソ連軍から派遣された教官達に扱かれて、国民軍の兵士達は着実にその練度を向上させている。

 

「スターリンがここまで支援をしてくれるとは……」

 

 チャンドラ・ボースにとって――否、方法や手段の違いはあれど、インドの独立を目指す全ての者にとって、ソ連が後ろ盾になったことは紛れもない大きな一歩であった。

 

 昨年、彼はインド国民会議派内での支持を失い、独自に活動を開始しようとしていた。

 そのときソ連からの密使がスターリンからの書簡を携えて、彼の前に現れたのだ。

 

 そこからはまさしく怒涛の日々であり、同時にソ連の強大さをチャンドラ・ボースはよく知ることができた。

 彼がインド国外におけるインド独立運動家達とスムーズに連絡を取ることができたのも、ソ連側の働きが大きい。

 

 また、チャンドラ・ボースはインド独立後の様々な政策に関してはソ連を手本としようと決意している。

 独立運動の傍ら、彼はモスクワをはじめとして、ソ連領内の各都市や街や村も案内され、その発展具合を見て回り、人民を等しく豊かにするというスターリンの思想に深く共感した。

 

 ソ連国外の一部の共産主義者達はスターリン主義と呼んで、今のソヴィエトは共産主義ではないと批判している。

 無論スターリンも負けてはおらず、そういった共産主義者達を痛烈に批判している。

 

 

 彼らは思想の為なら罪なき人民がどれほど犠牲となっても構わない、まさしく全人民の敵といえる存在である――

 

 

 そのように批判するだけではなく、スターリンは各国に張り巡らされている諜報網を駆使して、そういった共産主義者達の詳細な情報を各国に存在する反共的な組織に流しつつ、彼らの仕業にみせかけて始末している。

 

 さすがにチャンドラ・ボースはそういったスターリンの報復に関しては知らなかったが、共産主義の中にも色んな主張があるのだな、という程度には理解があった。

 

 

 ともあれ、チャンドラ・ボースにとって重要であるのはソ連が気前良く色んなものを供与してくれることだ。

 さすがに兵士だけは自前で集めてくれ、と言われた為、彼はソ連の助けを借りながら東奔西走し、少しずつだが確実に集まりつつあった。

 

 

「しかし、凄まじいのはソ連が支援しているのがインドだけではないことだ」

 

 ソ連側の提案によるもので、モスクワで定期的にアジアやアフリカの独立運動家達による会合が開かれている。

 そこには仏領インドシナの独立を目指すグエン・アイ・クォックをはじめ、多くの者が集まり、活発な意見交換が行われる。

 

 スターリンもこの会合には度々出席し、ソ連の立場や独立後のソ連との関係について色々と協議している。

 また、どこの地域も独立後は基本的にソ連と経済的・軍事的に連携していくことを約束していた。

 

 

 さて、ソ連はイギリス・フランス・アメリカの植民地における独立運動を支援している。

 それぞれの地域における支援先は一つにしたい、というソ連側のもっともな要求により、どの地域でも独立運動は一本化され、独立後にそれぞれの主義主張に関しては協議するという形に収まっている。

 とにもかくにも独立するのが先であるという認識においては、どこでも一致していた。

 呉越同舟だが、それでソ連の後ろ盾を得られるならば安いものだ。

 

 イギリス・フランス・アメリカが大きな戦争にでも巻き込まれれば、話は違ったかもしれないが、そのような戦争は起こっていない為、支配が弱まっていないこともあった。

 

 そこでチャンドラ・ボースは支援されるものの内訳を思い出す。

 

「ドイツとの戦いを見据えていたとはいうが……」

 

 戦車や装甲車、航空機から衣類に食料品、医薬品まで。

 戦争遂行に必要なものを全て用意してくれるが、量がちょっと多すぎた。

 ソ連軍の要求を十分に満たせるだけの国力があるのは分かるのだが、ここまで作る必要はあるのだろうか、と思ってしまう程に。

 

 

 経済的にも軍事的にも、ソ連の側にいれば間違いないだろう――

 

 

 その考えは、ソ連からの支援を受ける独立運動家達にとっては共通したものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「T-44を与えたことで、ソ連の本気が示せただろう」

 

 スターリンは呟いて、満足げに頷く。

 

 赤軍にとって、T-44はすぐに陳腐化するものでしかなかった。

 現在ではトップクラスの性能といえるかもしれないが、どんなに遅くても数年程で似たようなのが各国から出てくると予想されているからだ。

 

 既に次期主力戦車の開発も始まっており、3年以内の量産開始を目指している。

 また型落ちしたT-34が1000両程度しか生産されていなかったことも理由にあった。

 わざわざT-34を再度生産するくらいなら、T-44を生産した方が効率が良いという考えによるものだ。

 

 独立戦争により、T-44が鹵獲されて調査されることも織り込み済みだ。

 T-44には画期的な新技術が使われているわけでもなく、そもそも独立戦争が行われるのは今すぐというわけではない。

 何よりもポーランドに赤軍部隊が進出したことで、そこにいた他国の諜報員達から色々と情報が漏れ出てしまうだろう。

 

 そして現状、もっとも可能性があるのはドイツとの戦争であり、またT-44の情報が流れている可能性はある。

 とはいえ、ドイツが奇跡的に経済破綻せず、T-44を凌ぐような戦車を量産できたところで、T-44をたくさんぶつければ勝てるので問題はない。

 

 だが、いつまでも戦時体制を維持するのは得策ではない為、スターリンはトゥハチェフスキー達と協議し、ポーランドに駐留する部隊以外は順次、動員解除・平時体制への移行を始めていた。

 

 今、ドイツに殴りかかってこられても困るので、ポーランド駐留赤軍の数は多い。

 彼らの役割は戦時体制への移行及び動員完了までの時間稼ぎにあるからだ。

 

 一方、ドイツ軍の動きはほとんどない。

 ヒトラーはソ連の動員解除を好機だと判断し攻撃したがっているが、国防軍の将官達が押し留めているという報告がスターリンのところには届いていた。

 

 どうやら国防軍はソ連の本気をよく理解できたらしい、とスターリンは判断している。

 彼らも反共だろうが、負けると分かっている相手に攻撃を仕掛ける程に馬鹿ではない。

 

 スペインで彼らと本気で殴り合っておいて良かったとスターリンはつくづく思う。

 あの経験に加え、ドイツ軍が史実のようにポーランドやフランスでの電撃戦による成功体験を得ていないことも大きな要因だろう。

 

「あとはカナリスがどう動くかだ。こちらの条件に関しては伝えてあるが、乗ってくるかは分からない」

 

 スターリンが黒いオーケストラ側に提示したのは相互不可侵条約とソ連の取り分だ。

 対価としてドイツが現在確保している領土を保持することを認め、場合によっては経済的な支援も行うというもの。

 

 ドイツ国内に張り巡らせた諜報網を駆使して、カナリスに届けてもらったが――もしも黙殺された場合は致し方ない。

 しかし、スターリンは何かしらの反応がある筈だと確信している。

 

 そもそもソ連の取り分といっても、ポーランドやバルト三国、フィンランドにルーマニアといったもので全てソ連と直接国境を接している国であった。

 

 ルーマニアは少々欲張りであったかな、とスターリンは思うが、あの国とはベッサラビア問題を抱えている以上、避けては通れない。

 また、フィンランドに関してはドイツとの接近を防ぐという意味合いが大きい。

 フィンランドとの国境はレニングラードから近すぎるという問題はあるものの、フィンランド側に侵攻の意図がないのは明白であり、また史実のように力づくでどうにかしようとした場合、気候と地形が悪いことから思わぬ損害を出す可能性がある。

 

 地道に外交で交渉していくしかない、とスターリンは考えていた。

 

「力で解決できれば簡単なんだが……」

 

 今のソ連軍は地続きならどこの国と戦っても負けることはない。

 多少の損害は出たとしても、勝利できるのは間違いないと彼は確信している。

 

 しかし、それをやった場合、列強をはじめとした世界各国に与える影響があまりにも大きすぎる。

 思想の違う、経済的・軍事的大国を危険視しない方がおかしい。

 

 

「ソヴィエトが大きく動いていないからこそ、まだこの程度で済んでいる……そう思うしかない」

 

 とりあえずアメリカは消し飛べ、アメリカさえいなければ何とでもなるのに――

 

 スターリンは内心で毒づいたのだった。

 

 

 

 




T-54じゃなくてT-44だった。
申し訳ない……

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