あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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短め。


スターリン、今後を考える

 松岡洋右は度肝を抜かれていた。

 それは彼だけではなく、他の者達もまた同じだ。

 彼は日本政府が派遣した視察団の団長であり、ソ連の首都モスクワを訪れていたのだが――

 

「まるで別世界だ……!」

 

 彼の発した言葉は、これまでに訪れた他国の視察団と同じような感想であった。

 事前に駐ソ日本大使館から情報を貰っていたとはいえ、実際に見ると驚くしかない。

 

 高層ビルが整然と立ち並び、舗装された広い道路には多数の自動車が行き交っている。

 また歩道も整備され、そこを多くの人々が歩いており、時折自転車に乗っている者もいた。

 

「同志スターリンをはじめ、党幹部の適切かつ熱心な指導によるものです」

 

 案内役は自信満々に日本語で告げる。

 松岡や他の面々にとって、意外であったのは厳重な監視下に置かれなかったこと。

 

 自由に見てもらって構わない、とソ連政府から事前にお墨付きをもらっている。

 よほどに自信があるのだろう、隅々まで見てやるぞと松岡達は意気込んでいたのだが、ここまで凄まじい発展ぶりを見せられると言葉が出てこない。

 

「どこを見て回りますか? モスクワ市内でも、近隣の都市や街でも構いませんよ」

 

 案内役の言葉に松岡達は互いに顔を見合わせる。

 シベリア鉄道でモスクワにまでようやく到着し、明日にはスターリンとの会談が待っている。

 

 松岡は問いかける。

 

「工場を見せて頂けるだろうか?」

「分かりました。モスクワ市内にある工場でよろしいですか?」

「構わない」

 

 そう答えつつ、松岡達は期待を膨らませる。

 

 近年になって、ソ連は資源だけでなく工業製品も輸出するようになった。

 それがまた頑丈で簡素、修理も簡単というものばかりだ。

 日本の国力増強の為、なんとしても工業技術を高めなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「日本の視察団は市内を見て回っている頃か」

 

 スターリンは執務室で、コーヒーを飲みつつ呟いた。

 今日は1938年5月12日だ。

 

 史実通りにオーストリアは併合され、チェコスロバキアもきな臭い。

 おそらくこちらも史実と同じようにドイツに呑み込まれるだろう――

 

 そう思いつつ、スターリンは何もできない、と肩を竦める。

 

 

 フランス及びチェコスロバキアとは相互援助条約を、史実と同じようにソ連は結んでいる。

 対ドイツを見据えたものだが、既にスターリンは外交ルートでもってフランス及びチェコスロバキアの両政府には必要ならば軍事的な支援をする旨を伝えてある。

 

 ポーランド及びルーマニアがソ連軍の領内通過を認めてくれれば、という前提だ。

 そして、この前提条件に関してはフランスとチェコスロバキアにも伝えてある。

 ポーランドもルーマニアも認めるわけがないので実質的には何もしない、という意味に等しいとスターリンは思っていた。

 

 

「やはりドイツから仕掛けてもらった方がやりやすい」

 

 スターリンの言葉は党幹部や赤軍の将官達にとっては共通したものだ。

 他国に付け入る隙を与えない為にも、大義名分は重要である。

 

 中国は列強による支援を受けた軍閥が乱立する群雄割拠状態、太平洋への出入り口は日本が抑え、東南アジアも中央アジアもイギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国の植民地ばかり。

 列強とぶつからずに進出できるのは北欧か東欧だが、それとてリスクは大きい。

 

 反共同盟が組まれる可能性すらある。

 

「欧州赤化……どうしたものかな」

 

 戦争するよりも経済及び科学技術の発展に、人も資源も注ぎ込みたいのがスターリンの本音である。

 

 インターネットが早く欲しい、という個人的欲望もある。

 

 幸いにも真空管の次はトランジスタ、その次は複数のトランジスタと周辺素子を纏めた集積回路といった形になることやシリコンを材料に使うことなどをソ連科学アカデミーの専門家達にスターリンは伝えてあった。

 

 きっかけさえ与えれば、彼らは成し遂げるだろうとスターリンは確信している。

 何よりもその為に莫大な資金を科学アカデミーに投じており、彼らには最新の設備が十分に与えられ、最高の環境で研究に没頭できる。

 

 正直、ソ連においてもっとも予算を取っているのが科学アカデミーで、成果を上げてもらわねば困るというのがスターリンの本音である。

 だが、彼は短期的に成果が出るとは思っておらず、5年や10年、20年といった中長期的な期間で成果を出して欲しいと考えている。

 そのため成果が出なければ、あるいは失敗すれば即座に粛清ということはない。

 

 粛清は命令書にサインをするだけで終わるが、それでは科学者があっという間にいなくなってしまうだろう。

 

 

 もっとも、現在の情勢的にドイツと戦うことはソ連にとって既定方針だ。

 

 

「ドイツは経済的に袋小路だ。暴発する可能性はどんどん高くなる……」

 

 スターリンは引き出しから、ドイツ経済に関する最新の報告書を取り出す。

 コンドラチェフが纏めたものであり、これまでのドイツ経済の分析及び将来の予想が書かれている。

 要約すればシャハトがヒトラーを動かして頑張ってはいるものの、先行きは暗いという結論だ。

 

 オーストリアを併合したことやチェコスロバキアを狙うのも、かつての領土を取り戻すという公約もあるが経済的な問題も大きいのかもしれない。

 

 公共事業としてインフラ整備をやろうにもドイツでは限界がある。

 ソ連のように、国土の大部分が未開の土地というわけではない。

 

 そして経済が大変なのはドイツだけでなく、アメリカもそうだった。

 

「アメリカも大変なことだ。おかげで、ソヴィエトは非常に助かっているがな」

 

 アメリカではまたもや恐慌――1937年恐慌と呼ばれるもの――が襲っていた。

 1929年の恐慌直後と比べればマシであるが、それでも回復したとは到底言えない状態で――大量の失業者や遊休設備がある――恐慌が襲いかかってきた為、悲惨なことになっている。

 

 アメリカが失速しているおかげで、ソ連の躍進は止まらない。

 輸出は資源に加えて、最近では工業製品もじわじわと増え始めている。

 

 工業製品の主な輸出先は日本だ。

 頑丈で簡素、修理も簡単というソ連の製品は日本で大いに売れている。

 武人の蛮用に耐えるとして軍人達にも人気だという。

 

 工業製品が国際競争力をつけてきたのは、民間企業が互いに売上を伸ばそうと価格と品質に拘った商品開発や効率的な生産が行われるという、競争原理が働いた結果だ。

 

 もっとも、この土台となったのは1929年の恐慌時に大量に仕入れたアメリカ製工作機械とアメリカ式の様々なノウハウである。

 工作機械は一部がリバースエンジニアリングへ回され、またノウハウは徹底的に分析されて、ソ連流にアレンジが加えられた上で導入されており、その成果がじわじわと出始めていたのだ。

 

 ソ連が資源依存型経済から脱却し始めているのは、スターリンにとって感慨深いものがある。

 しかし、彼は今後ドイツがどう動くかを見極めねばならない。 

 

「ドイツがソヴィエトに来るならば待ち構えていればいいが……フランスを倒せるのだろうか?」

 

 フランス陸軍はスペイン内戦の影響により、近代化・機械化が進められている。

 さすがにパンターやティーガーみたいなものは出ていないが、それでも史実よりも強化されつつある。

 ペタンがド・ゴールらと組んで動いている、とスターリンは報告を受けていた。

 

 フランス陸軍が近代化・機械化へ動くきっかけとなったスペイン内戦は泥沼と化している。

 ドイツは昨年10月に突如義勇軍を撤収させ、ソ連も必要なデータは得られた為に少し遅れて義勇軍を撤収させていた。

 そして、両国とも物資の有償支援に切り替え、少しでもスペインから毟り取ろうと懸命な努力をしている。

 

 スペイン内戦が早期に終結することは望んでいないという点では、ドイツもソ連も同じだ。

 色々と考えてみたもののスターリンが出した結論は今までと変わらなかった。

 

「国内の発展に尽力していこう」

 


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