あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリンの改変による影響

 そのとき、コルガノフ少尉は何が起こったか理解ができなかった。

 黒煙を上げて、路上に擱座しているT-20達。

 それを数秒眺めて、彼はすかさず周囲への散開を部下達に命じた。

 

 物陰に隠れつつ、ちらりとT-20の状態を確認する。

 主砲塔前面をぶち抜かれたようだ、とコルガノフは思いつつも双眼鏡で前方を見た。

 

 そして、彼は見つけた。

 コルガノフ達がいる町外れから数百m先の街道には、3両の敵戦車が主砲をこちらに向けている。

 

 T-20よりも大きい――

 

 コルガノフがそう思った直後、その戦車達が前進を開始した。

 そして、戦車からやや遅れて後ろに続く歩兵達。

 

 ドイツが送り込んだ義勇軍だ。

 以前から反政府軍ではなくドイツ軍と交戦したという報告が別部隊にてあったのだが、ここ最近で急速にドイツ軍は数を増やしているという。

 だが、ドイツ軍の戦車と交戦したという報告は今までになく、よりによって最初に当たってしまった。

 

 その事実から、コルガノフは自らの不運に溜息を吐いてしまう。

 しかし、彼は冷静であった。

 今回が初陣の彼とその部隊だが、怯える者は誰もいない。

 このような状況は訓練で何回もやっていた。

 

「司令部に連絡しろ! ドイツの戦車はT-20を正面から撃破できることを!」

 

 通信兵にそう指示を飛ばしながら、コルガノフは迎撃指示を飛ばす。

 

 歩兵の対戦車火力を大きく底上げするものが、スペインに展開している全ての歩兵部隊には実験的に配備されていた。

 

 

 

 

 

 家屋や物陰に隠れ潜みながら、コルガノフ達は敵がやってくるのを待ち構える。

 ドイツ軍は伏兵を警戒しているようで、すぐにはやってこず慎重に進んでいたのだが、それがコルガノフ達にとっては勘弁して欲しい。

 始まってさえしまえば、あとは訓練通りに動くだけなのだが――その前の緊張感は嫌なものだった。

 

 

 5分が過ぎ、10分が過ぎ――じりじりと時間が進む。

 戦車のエンジン音はいよいよ大きくなり、その先頭車を目視でもって彼らは確認する。

 

 コルガノフはギリギリまで引きつけるつもりだ。

 

 作戦としては単純だ。

 この小さな町に引き込んで、家屋や物陰から攻撃を仕掛ける。

 コルガノフ達に与えられた任務は、この町とその周辺の偵察及び敵がいなかった場合はそのまま制圧せよ、というものだ。

 

 敵も似たような偵察部隊かもしれない――

 

 コルガノフはそう思いつつも、敵戦車が眼下を通過するのを見る。

 幸いにも敵兵と目が合うというようなこともなく、戦車の周囲に展開しながら、ドイツ兵達はその得物を構えつつ、注意深く進んでいた。

 

 よく訓練された連中だ、とコルガノフは思いつつも、その口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 だが、我々の方が上だ――!

 

 彼は叫ぶ。

 

Огонь (撃て)!」

 

 

 たちまちのうちに、通りを進んでいる敵部隊に左右から銃弾が襲いかかる。

 そして、極めつけは敵戦車目掛けて撃たれたロケット弾だ。

 

 それは白煙を吹き出しながら、真横から敵戦車に突き刺さった。

 一瞬で敵の砲塔が吹き飛んだ。

 

「T-20のお返しだ!」

 

 コルガノフは叫びながらも、その手にある銃を撃ち放つ。

 それはスターリンが名付けた突撃銃なる新しい分類のものだ。

 既存のフェドロフM1916を発展させたもので、スターリン直々の命令によりウラジミール・フョードロフが指揮する専門チームによって開発されたのだが――それは非常に満足のいく性能だ。

 何よりもどんなに乱暴に扱っても壊れないというのは有り難い。

 

 しかし、コルガノフをはじめ、多くの者にとって――それこそ指揮をとったフョードロフすらも何故、スターリンがこの銃をAK47と名付けたのかは不明であった。

 

 

 戦車を撃破されたドイツ歩兵は弾丸の雨に晒されて、多くが倒れ伏すものの、一握りの幸運な者が逃げることに成功する。

 逃げ出した彼らが聞いたもの、それは――

 

 

 

 Ураааааааа――!

 

 

 コルガノフ達による勝利の雄叫びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 イワン・コーネフ大将はマドリードに置かれた司令部にて、予想されていた敵戦車出現に軽く溜息を吐く。

 彼が率いる部隊は労農義勇軍という名称であるものの、実態はドイツ側と同じく正規軍である。

 

 スペイン内戦はソ連対ドイツの代理戦争と化しつつあった。

 当初はイタリア軍もいたのだが、ソ連軍相手に一部の部隊を除き連戦連敗でムッソリーニは激怒して軍の改革に着手する為、既に手を引いていた。

 

 1936年7月17日に始まったこの内戦は既にスペインの手を離れている――いや、当初からそうであったかもしれない。

 極めて迅速に派遣軍が編成され、人民戦線政府からの要請という形で義勇軍は送り込まれた。

 それだけでなく、様々な物資が政府側に売却されている。

 イギリスやフランスは不干渉であるべきだと言ったものの、観戦武官を送り込んでくる程度には両国とも興味津々だ。

 

 スペインへの派遣や物資売却は同志スターリンの迅速なる判断といえば聞こえはいいが、まるで未来でも見てきたかのような動きである。

 もっとも、コーネフは軍人としての本分を尽くすのみだ。

 彼は敵戦車に関する報告書に視線を落とす。

 

「敵戦車は48口径75mm砲を搭載している、か……T-20では荷が重すぎる」

 

 撃破した敵戦車は既に回収され、技術調査に回されている。

 報告書を読む限りではT-20が勝っている点を探す方が難しい。

 それこそ遠距離から一方的にT-20が撃破されるのも無理はない。

 

「T-34と同等か、あるいは……」

 

 上回るかもしれん、とコーネフは最悪の予想が頭を過ぎる。

 幸いにもT-34を配備した部隊もスペインに来ている。

 だが、ドイツ軍の戦車がこの75mm砲装備のものしかなかったならば、数で圧倒される可能性が高い。

 

 既にトゥハチェフスキー宛にドイツ軍の戦車については報告をしている為、彼がうまくスターリンに伝えてくれることを祈るしかない。

 

 もっとも吉報もある。

 試験的に配備されている対戦車兵器が非常に有効であることだ。

 

「今はまだ良いが、こちらもT-34に代わる新型戦車を早急に投入せねばならないだろう」

 

 ドイツの戦車が今のまま進化しないわけがなかった。

 コーネフは既にT-20配備の部隊を引き上げて、T-34配備の部隊と入れ替えるよう命じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! ソ連の新型め!」

 

 クルツは悪態をついた。

 破竹の勢いであった彼が率いる戦車小隊3両は全て四号戦車だった。

 T-20を遠距離から一方的に撃破し、ロシア人も大したことがないと楽観していたのだが――見慣れない新型戦車により、既に2両が撃破されていた。

 

 敵戦車は丸っこい印象を受けるが、強力な主砲と快速、そして強靭な防御力を兼ね備えている。

 

 四号戦車であっても、T-20のように遠距離から一方的に撃破することは困難だ。

 

 今、クルツは必死に後退していた。

 敵戦車は3両で、こちらは1両。

 圧倒的に不利であるが、幸いにも近くに敵戦車を撃破できそうな部隊が展開していた。

 その部隊に配備されていた砲は対空用であったが、背に腹は代えられない。

 四号戦車の主砲の基となった対戦車砲が配備されている部隊は、ここらにはいなかったのだ。

 

 

「あと少しです!」

「死ぬ気で避けろよ!」

 

 操縦手の言葉にクルツは無茶な命令を飛ばした直後、戦車の近くに砲弾が着弾する。

 その衝撃により揺さぶられて、クルツをはじめとした乗員達は悪態をつく。

 

 勿論、反撃をしないわけではない。

 主砲を撃ちながら、蛇行しつつ後退していた。

 しかし、そのような状態で当たるわけもない。

 

 

 そして、クルツ達は敵戦車の激しい攻撃を避けつつ、誘導に成功する。

 

 こちらに迫りつつ、主砲を撃っていた敵戦車達。

 そのうち1両の砲塔が吹き飛んだ。

 

「やった……! やったぞ!」

 

 それを見てクルツは叫んだ。

 新手と敵戦車は考えたのか、散開しつつも迫りくるが――もう1両、敵戦車が撃ち抜かれた。

 残った1両は慌てて逃げていったが、程なくして撃破された。

 

 毎分15発から20発という破格の発射速度を誇る為、複数の砲に狙われたらまず逃げられない。

 

 それは8.8cm高射砲であり、アハト・アハトの神話が始まった瞬間であった。

 

 しかし、そんな彼らに魔の手が迫る。

 

 エンジン音を轟かせて、空から黒死病(ペスト)がやってきた。

 たちまち高射砲や機関砲が撃ち始め、クルツ達は慌てて戦車を退避させる。

 

 黒死病(ペスト)と呼ばれドイツ軍によって忌み嫌われているもの、それはソ連空軍のIl-2であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで(まみ)えるとは幸運だ」

 

 グデーリアンは司令部にて、報告書を読み苦い顔していた。

 彼は第2装甲師団の師団長を任されていたのだが、コンドル軍団の結成にあたってヒトラーに自分を派遣するよう直訴し、ヒトラーがそれを認めた。

 グデーリアンの目的は四号戦車をはじめとした兵器類であったり、戦術や運用上の問題点を見つけることだ。

 しかし、ソ連軍が新型戦車を出してくるとは思わなかった。

 万が一、戦争になった時に遭遇するよりも、今この時点で遭遇しておいた方が対策ができる。

 故に幸運だ。

 

 その新型は8.8cm高射砲ならば問題なく撃破できたが、四号戦車と同等程度か、こちらがやや劣るという報告が交戦した幾つかの戦車部隊から上がってきている。

 また撃破した戦車を回収し、調査にしているが――どうやら主砲は同等だが、敵の傾斜した装甲は砲弾を逸らして弾くという効果があるようで四号以上に硬い。

 

 そもそも四号戦車は短砲身で良いのではないか、T-20ならそれで大丈夫だろうという意見が陸軍内部では多くあり、その方向で纏まりかけていた。

 だが、ヒトラーがそこで横槍を入れてきた。

 

 できる限り強い砲を積むべきである――

 

 グデーリアンとしてもヒトラーに後押ししてもらっていることから、無下にはできず。

 ヒトラーに折れる形で、長砲身7.5cm砲の搭載に決まっていた。

 まぐれだろうが、今回はそのヒトラーの意見に助けられたことになる。

 

 短砲身であったならば、敵戦車は倒せなかった可能性がある。

 だが、グデーリアンとしては溜息しか出ない。

 

「四号も繋ぎにしかならなかったか……」

 

 既に四号の次、五号戦車の開発が始まっているが――せっかくなら敵戦車を研究して、取り入れられるものは取り入れようと決断する。

 特に傾斜した装甲は重要だ。

 

 また他にも彼の頭を悩ませるものは多い。

 ソ連軍の小銃や対戦車ロケット弾だ。

 

 どちらも歩兵部隊に大きな火力を与えており、ドイツ歩兵は遅れを取っている状況だ。

 こちらも鹵獲したものを本国に送っているが、スペインでの戦いに新兵器が間に合うとは思えない。

 またソ連軍の火砲はどれもこれも強力で、こちらの砲兵よりも遠距離から撃ち込んでくる。

 火砲の中には戦車の車体を利用して自走化されたものまであり、ソ連軍はドイツ軍以上に機械化が進んでいた。

 

 グデーリアンはソ連軍が予想以上に強力であることを、既に本国へ報告しているが帰国した際には改めて、どれほどに強大であるかを伝えようと考えていた。

 

 

 これはグデーリアンに限らず、空軍側の司令官として派遣されたシュペルレも同じであった。

 ソ連空軍は戦闘機も爆撃機も手強く、特にこちらのJu87に相当するIl-2は空飛ぶ戦車のように頑丈であると彼は本国に報告していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、コーネフは司令部で報告を聞いて驚いていた。

 複数の部隊からT-34に対して高射砲の水平射撃でもって、ドイツ軍が対抗してきたという。

 

 またT-34は敵戦車に対抗できるものの、有利とは言えないとも報告されている。

 

「いくらT-34が強固でも、まさか高射砲を持ち出すとは……」

 

 コーネフは呆れながらも、遠からずその高射砲が戦車砲に転用されるのではないか、と予想する。

 本国では100mm砲を搭載した戦車が開発中であると聞いているが、それを一刻も早く配備すべきだと彼は強く思う。

 とはいえ、戦車以外には今のところ懸念すべき点はない。

 歩兵でも砲兵でも優位であり、また空においても互角か、やや有利といった状況だと聞いている。

 

 だが、現状に満足しては足元をすくわれるだろう。

 今は赤軍が優位だが、将来はどうなるか分からない。

 

「もっと経験を積むのは勿論だが、より強い兵器を配備してもらわねば……国防上、大いに問題がある」

 

 コーネフは自分もそのように働きかけるべきだと決意するのだった。

 

 

 




魔境と化したスペイン内戦(実質独ソ戦)

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