あなたがスターリンになったらどうしますか? 作:やがみ0821
日本においてソ連とは如何ともし難い存在だ。
しかし、ソ連は日本に対して友好的で、今年に――1934年5月に東北地方で飢饉が起きたときなどはどこで嗅ぎつけたのか、迅速に支援を表明し、穀物類を無償で渡してきた。
昨今の改革により、ソ連の農業生産高は上昇しつつあることは明らかであったが、他国に支援までする余裕があるのかと日本としては驚いたものだ。
大陸進出の望みは絶たれたが、ソヴィエトによる満州経済特区によってほどほどに利益が得られ、また軍閥に武器を含めた様々なものを売却することでも利益を上げている。
経済特区にはソ連だけでなくイギリスやアメリカなどの各国軍が小規模ながらも派遣されていることから、それが抑えとなってただちにソ連が南下してくることはないと予想されていた。
図らずとも緩衝地帯がソ連自らの手によって構築された形であり、この機を逃してはならないと日本において政府内はもとより、陸軍や国民においても国内開発が叫ばれていたこともあってそちらへ大きく舵を切っていた。
海軍としても国内開発に反対するわけもない。
史実であるならば満州や朝鮮半島に投入された予算・人員・資源は全て国内開発に向けられることとなった。
緩衝地帯があるとはいえ、ソ連軍が本腰を入れて南下してきたならば、いくら帝国陸軍が精強であろうとも大苦戦は免れず、戦火に晒される可能性が高い関東州や朝鮮半島にこれ以上の投資を政府や財閥が嫌ったというのも大きい。
鮮やかな満州侵攻をしてみせたソ連軍相手に、帝国陸軍は真正面から戦えるかというと当の陸軍においても現状のままでは非常に拙いという考えがあった。
しかし、ここで海軍との対立が起こってしまう。
対ソ連を見据えて戦備を整えたいとする陸軍に対して海軍は反対する。
陸軍の仮想敵国はソ連であったが、海軍の仮想敵国はアメリカであった。
加えて海軍としては石油をはじめとした多くの天然資源を気前良く売ってくれるソ連に対しては陸軍よりは好意的だ。
主義主張は相容れないが、商売相手としては信頼できるというのが海軍だけでなくそれこそ陸軍や政府、企業においても共通した認識だ。
それこそ、仮想敵国としている陸軍であってもソ連の目覚ましい発展は目を見張るものがあり、主義主張は置いておいて、そのやり方は見習うべきであるというのが一般的だった。
ソ連に範をとった国内開発――
飢饉もあったことから、第一弾として農業生産の技術的な拡充と軽工業の発展による国民経済及び生活の向上を目指した計画が決定された。
万人が平等に貧乏になるのではなく、万人が平等に豊かになれる社会の建設というスローガンは、五カ年計画と共に日本にそのまま輸入された。
綺麗事だと切り捨てることはできなかった。
ソ連が既に実践している為に。
全体的に見るとソ連に対して日本側もそれなりに好意的である。
そして、海軍ではそれを受けてか、密かにとある意見が流行りつつあった。
山本五十六はその意見に関しては、少しばかり期待している。
「実現すれば空母10隻、航空機800機は揃えられるだろうな……」
ソ連と同盟を結ぶことで後顧の憂いを絶ちつつ、資源供給をしてもらうことで対米戦争において優位に進められるのではないか?
陸はソビエト、海は日本という形とすれば強大な海軍力を整備できるのでは――?
それほどまでにソ連は凄まじい、と海軍でも認識している。
ソ連の海軍力は弱体だが、それでも彼の国はこの数年で列強に海軍視察団を何度も派遣しており、日本にも何回かやってきている。
無下にすることもできず当たり障りのないように、機密は見せずに帰したのだが――ソ連海軍はまったく諦めていない。
彼らの熱意は見習いたいくらいであった。
何よりも、空母と艦載機に関する技術を彼らは欲しているようだと、視察団を案内した将校達から山本は話を聞いていた。
そこに目をつけるとは、侮りがたし――
それが山本の個人的な思いであるし、スターリンがそうしているのだとしたらますます敵に回したら厄介だ。
あの国はスターリンの一存で全てが決まる。
愚劣なれば凋落するが、今のところスターリンは非常に巧みであると山本は判断していた。
スターリンが航空主兵論を後押ししている――
そうであるとすれば敵に回したら極めて拙い。
ソ連が本腰を入れて海軍力の整備に入れば、あっという間にアメリカと並ぶ艦隊を揃えるだろう。
そこで山本はあることに気がついた。
このまま座して何もせずにいた場合、帝国は未来で非常に困難な選択を迫られると。
その選択とはソ連の子分となるか、アメリカの子分となるかである。
ソ連は太平洋への出入り口として、アメリカは大陸進出への足掛かりとして日本を欲するだろう。
日本の意思とは無関係に。
アメリカの孤立主義も永遠に続くとは限らない。
そして、従わなければ互いに相手に日本を取られないようにする為、問答無用で戦争を仕掛けて迅速に占領しようとしてくるだろう。
「思想的にはアメリカの方が良いだろうが……何分、距離が遠い」
ソビエトが侵攻してくるとなれば、アメリカ軍の増援が到着するまで持ちこたえられるか怪しいものだ。
大陸からは一瞬で叩き出され、増強されたソ連海軍太平洋艦隊をぶつけられたら、甚大な損害は免れない。
そこに加えて、熾烈な航空戦が日本海や本土上空で繰り広げられるだろう。
それはまだ山本の予想に過ぎないが、ありえそうな未来だ。
「今ならばまだ、有利な立場で交渉できる」
ソ連の海軍は弱体で、国内開発に邁進している最中だ。
アメリカも孤立主義であり、民間企業は別だが政府としてはアメリカ大陸以外は不干渉という立場にある。
その不干渉は徹底しており、満州経済特区に派遣されている米軍は退役した軍人達による義勇軍だという。
物は言いようで、実態は米軍であることが誰の目にも明らかだ。
「すぐに動かねばならない」
そう呟きつつ、彼の頭に浮かんできた人物は米内光政だ。
ソ連とアメリカ、どちらと戦いどちらと手を結ぶか?
国運を左右する重大な選択であり、中途半端になってはならず、決定したならば迅速に意思の浸透を海軍だけでなく外にも積極的にせねばならない――
山本はそう決意するのだった。
スペインで将来起こりうるかもしれない内戦に向けてソ連では派遣兵力の編成が着々と進んでいた。
史実であったから、などとスターリンは説明せず、スペインにおける政情不安を伝えて、可能性があると説明していた。
もしも起こらなかったら、陸海空軍による共同演習をすればいいとスターリンは各軍に伝えてある。
そのような中でスターリンはちょっとした催しを開いた。
それは各国の造船会社に募集を掛けたものであり、内容は艦船の設計競技――いわゆるコンペである。
しかし、ただ募集しただけでは懸賞金をつけたとしても政治的・軍事的な事情により、たくさんの応募があるとは思えない。
故に設計図とそれに付随する資料を提出しただけでも相応の謝礼金を支払うこと、またもっとも優れた設計にはより多額の懸賞金を約束し、また建造に入った場合、技術援助や装備の調達に関しても別途料金を支払うことも確約した。
その一方で落選した設計図とそれに付随する資料について、複写させてもらうことを事前に告知してあった。
他国の技術情報を少しでも得る為だ。
なお、第二次五カ年計画には各地にある造船所の拡張及びその設備の増強も含まれていた。
それに加えて、資源や工業製品の効率的な輸出を目的として、大型タンカーをはじめとした各種船舶の試験的な設計が始まっている。
折しもスターリンの発案で規格化されたコンテナがソ連国内において普及しつつあり、専用のコンテナ船も設計されていた。
スターリンはこのコンテナに関する特許をちゃっかり取得していた。
民間船と軍艦では構造が違うものの、大型艦の設計・建造経験を積む目的だ。
試験である為、失敗しても構わないが死者だけは出すなというスターリン直々のお墨付きであった。
さて、コンペに参加した造船会社は意外と多い。
国籍別にみるならば日本以外の列強全てと言ってもいいだろう。
満州における経済特区で彼らに一枚噛ませたことが効いているとスターリンは考えたが、嬉しい誤算である。
募集した設計は戦艦や空母、巡洋艦に駆逐艦、潜水艦と全ての艦種といっても過言ではない。
自国の海軍には見向きもされなかった野心的なものや奇抜なものであったり、その一方で手堅く堅実に纏めてきたものまで幅広い。
さすがに謝礼金だけを目当てとしたいい加減な仕事をする造船会社はなく、ソ連は提出された設計図の分だけ各国の造船会社に謝礼金を支払いつつ、多数の応募から各艦種の中でもっとも優れた設計図を選び抜いた。
そして、各艦種でまず1隻ずつ設計図通りに試験艦として建造してみることが迅速に決定され、その設計図を出してきた造船会社と建造に関する様々な協定及び契約を結ぶこととなった。
わざわざ戦艦も建造するのは技術的経験を積むという側面が大きい。
建造に時間が掛かってもいいから、じっくりと腰を据えてやるようにとスターリンは指示していた。
「巡洋艦ならスペインには間に合うかもしれない」
スターリンは執務室にて、そう呟いた。
しかし、あまり期待しても駄目だと思い直す。
ソ連海軍の再建、それはようやく第一歩といったところだ。
戦艦はイギリス案、空母はアメリカ案、巡洋艦はイタリア案、駆逐艦はフランス案、潜水艦はドイツ案――見事なまでに節操なしである。
とはいえ、海軍側との協議の上で決定されたことだ。
スターリンは技術的な専門知識があるというわけではない為、彼らの説明を受け入れるしかない。
それでもインチはちゃんと変換するようにと口を酸っぱくして言ってあり、それは海軍側も心得ていた。
基本的にはどれも手堅い設計であり、それでいてスターリンが満足できるカタログスペックである。
実際はそれよりも低い性能になることはスターリンは勿論、海軍の軍人達も覚悟の上だ。
予算が多めに取られたが、ソ連海軍の為には仕方がないとスターリンは諦めている。
ソ連の目覚ましい発展や聞こえの良いスローガンも手伝ってか、世界的に共産党は優勢であり、それはアメリカにおいても変わらない。
だからといって、アメリカと仲良くできるかというとまた別の話になってくる。
ドイツを呑み込んで大西洋まで進出すればほぼ間違いなくぶつかる。
特にイギリスは対岸に強大な一つの勢力が現れることを許しはしないだろう。
だが果てのない軍拡はソ連邦崩壊の元である為、早急に手打ちするしかない。
しかし、それはあくまで対等な立場でなければならない。
海を渡れない、と侮られてはならないのだ。
とはいえ、優先すべきは陸軍であり、その次は空軍である。
海軍はあくまでドイツを倒した後に出番となる為、設備や施設の増強・拡張あるいは教育・訓練の充実などにしばらくは力を費やしてもらうとスターリンは決め、海軍もそれは承諾していた。
「概ねうまくいっているのだが……本当に考えることばかりだ」
スターリンは軽く溜息を吐くのだった。
オケアン演習を独ソ戦前にやりたいなとかいう欲望があるけど、優先順位が陸軍>空軍>ベルリンの壁>海軍なので無理だった。
艦隊全部かき集めて、北海で演習とかワンチャン……?
イギリスとフランスに鼻で笑われるだけだったわ……