あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリン、目をつけられる

 同志スターリンの指導の下、ソヴィエトは理想国家建設に前進する――!

 万人が平等に貧乏になる社会は資本主義者の確定された敗北であり、万人が平等に豊かになる社会こそが社会主義の約束された勝利である!

 

 

 夢物語だとは誰も思っていなかった。

 ソヴィエトにおける人民の暮らしは大きく向上し、積極果敢な政策は第二次五カ年計画にも引き継がれている。

 

 第一次五カ年計画を満足のいく結果で終えたソヴィエトは、その力を第二次五カ年計画である重化学工業の拡大・発展へ振り向けている。

 元々第一次五カ年計画の頃から、別口で重化学工業の基礎的分野に資金や人手がそれなりに投入されていたことも幸いし、こちらもまた順調に推移している。

 規制緩和は第二次五カ年計画でも行われていたが、その割合は第一次計画と比較すると低い方だ。

 

 といっても、これは壮大な実験でもあった。

 重化学工業分野において幾つかの民間企業の参入を許し、また所有権は国家にあるが経営権は民間にあるという国有企業を創り、これらと国営企業――所有権も経営権も国家にある――を比較してその利点と欠点を徹底的に洗い出すという社会的実験だ。

 

 3つの企業形態を柔軟に使いこなすことで、人民により良い生活を約束したい、とスターリンは声明を発表している。

 

 反対する者は漏れなく粛清されているが、最近ではそれも少なくなりつつあった。

 スターリンの指導によってソヴィエトが目覚ましい発展を遂げ、人民の生活が向上しているのを目の当たりにしたことで、反対するよりは彼の指示が達成できるように動いた方がいいという考えが主流となっているからだ。

 

 先の満州侵攻において、イギリスの仲裁により赤軍の占領下にある地域を租借地としたこともスターリン支持を――特に軍人が後押しする形となった。

 なお蒋介石はイギリスの仲裁もさることながら、中国共産党の指導部の大半をソヴィエトがわざわざ自国へ招待してから始末したことや経済特区へ彼が選んだ中国企業を参加させる、という条件によって租借に関して首を縦に振った。

 

 とはいえ、それで満足するイギリスではない。

 中国の軍閥は多く、国民党においてもその内部は一枚岩とは到底言い難い。

 イギリスはこの機に乗じて中国国内で軍閥同士を対立させつつ、物資を売り始めた。

 この商売に関してイギリスは驚くべきことに他国を誘ってきたが、その裏の意図は明白だ。

 

 イギリス以外の列強にも各軍閥へ物資を売らせることでイギリスだけに風当たりが強くなることを避けつつ、中国大陸で代理戦争をさせるつもりであった。

 

 

 中国で内乱が起きるのはいつものことで、そうなってくれた方が儲けやすい――

 満州に飛び火するのは防ぐが、それさえなければ中国大陸の覇権を争って存分に戦って欲しい――

 

 

 WW1前から中国は列強による植民地化が進んでいたものの、最近は蒋介石率いる国民党が活動的だ。

 国民党は不平等条約の改定を目指すなどで植民地から抜け出そうと藻掻き始めており、この影響もあってか以前よりも稼げなくなってきていた。

 ここらで一回、固定化された中国大陸の勢力をリセットしておく必要があり、満州における経済特区で製品を生産することで輸送費用も抑えられる。

 

 経済特区へ参加する際の制限は一切設けないとソヴィエトが通知していたこともあり、真っ先に飛びついたイギリスをはじめ、フランスにドイツ、日本に加えて今年になって国交がソヴィエトと結ばれたことによりアメリカの企業が多く進出している。

 

 経済特区に進出している列強諸国がこの提案を拒むことがないのも、イギリスにとっては織り込み済みだ。

 ソヴィエトが真っ先に手を挙げ、ついでフランスやアメリカにドイツ、やや遅れて日本も乗ってきた。

 

 なお、このことについて利益の独占をせず諸国にも分け与えている為、かなりの慈善活動だとイギリスは確信している。

 

 当然、列強はイギリスの思惑に気がついて乗っていたのだが、スターリンはこのやり方に感心しながら負けないように、またもや悪巧みをしていた。

 

 

 

 

 

 スターリンは執務室にて世界地図を睨みながら呟く。

 

「実戦経験は得たいだろうから軍も巻き込もう」

 

 史実通りならばあと3年程で勃発するスペイン内戦。

 人民戦線を最初から物質的・軍事的に支援すれば利益を得られる。

 だが人民戦線を勝たせる必要はなく、史実通りにフランコが勝利してくれて構わないとスターリンは考えていた。

 

 政府側が勝利すればソヴィエトの支援で勝利できたとして圧力を掛けられる。

 フランコが勝てばソヴィエトの敵としてドイツ諸共始末すれば良い。

 

 ソヴィエトにとっては結果がどうなろうとも利益が得られるのは間違いなく、重要であるのはその結果に至るまでどれだけ荒稼ぎできるかだ。

 

 といっても、スペインで戦車戦を繰り広げるわけにもいかない。

 ドイツ・イタリアが義勇軍と称して正規軍を送り込んでくる為、こちらの新型戦車の性能が公になるとよろしくないからだ。

 

 スペイン内戦でショックを与えるとポーランド侵攻時に長砲身砲を搭載した四号が出てくるどころか、最悪パンターやティーガーが出てくる可能性もある。

 しかもポーランド侵攻までの間に、徹底的に技術的問題点や運用上における問題点の洗い出しがされるであろうから史実よりも手強くなることだけは間違いない。

 

 とはいえ、内戦時にこちらの戦車を投入しないわけにもいかないのは事実だ。

 平時において他国の領土で実戦経験が積めるチャンスは滅多にない。

 

 具体的な派遣編成は各軍に任せることになるが、大規模にしないよう予め釘を差しておく必要があるとスターリンは思う。

 

「まあ、なるようにしかならない。ドイツが強化されたなら、こちらはより強いものをたくさん投入するだけだ」

 

 ソ連ならばそれが可能だとスターリンは確信していた。

 だが彼の予想――ドイツが強化されたならば――は実のところ既に当たっており、折しも今年になってヒトラーが政権を握ったことはソヴィエトにとっては不幸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトラーは国内における権力掌握が落ち着くと、共産主義勢力の一掃に力を入れていた。

 ソ連による共産主義の浸透は如何ともし難く、またそれが恐慌における唯一の生命線であったのも確かだ。

 

 だが、それでも容認できるわけもない。

 一方で彼は気になる情報を幾つも手に入れていた。

 

 それは満州における白系ロシア人や中国人達による反ソヴィエト組織が伝えてきたものだ。

 経済特区にはドイツ企業も参加しており、軍もまた小規模だが派遣しており、こちらからも断片的に幾つもの情報がもたらされている。

 

「大きな脅威だ」

 

 ヒトラーの言葉は政府や軍において共通した認識だ。

 

 2年前に赤軍が見せた鮮やかな満州侵攻、その原動力となったのは強力な戦車と砲兵、そして航空機を組み合わせたものだと陸軍から報告されていた。

 

 勿論、中国軍が少数でありなおかつ士気も練度も装備も劣っていたという事実もあるが、それでも赤軍の強さは無視できるものではない。

 

 何よりもヒトラーが恐れたのは戦車であり、ソ連のものは45mm砲を搭載しているらしい。

 この主砲は癪であるのがドイツが輸出した37mm対戦車砲を拡大したものだ。

 

「陸軍が出してきた案を進めていくしかない」

 

 ヒトラーとしては最終的にソヴィエトとの対決は避けられないと考えている。

 幸いにも昨今のソ連の動きから、軍においてもそれは同じ考えだ。

 もっともこれはドイツから侵攻するというものではなく、ソ連から侵略を受けるというものだったが。

 

 ともあれ、そんな陸軍は赤軍に対抗すべく戦車をはじめとした兵器類の強化を要望している。

 またもっとも熱心であったのはグデーリアン中佐で、彼はソ連の満州侵攻及びそこで得たソ連軍の戦車に衝撃を受けたらしく、数日前にはヒトラーに直訴してきた程だ。

 

 このままではソ連にドイツは飲み込まれると訴えたグデーリアンにヒトラーは共感し、彼の構想を大きく支援することを約束している。

 

 ソ連軍の戦車が今のまま発展しない、などということはありえない。

 日進月歩で進化することは明らかだ。

 故に今はまだエンジンや主砲などの構成部品の研究開発に努めつつ、最低でも5年以内にはソ連軍に対抗できる戦車を開発する必要があると陸軍は考えており、グデーリアンの主張もそれに沿ったものだ。

 

 しかし、彼はもう一歩踏み込んでいた。

 

 ソ連軍が満州侵攻時に投入した戦車が1種類であったこととその数に彼は着目した。

 そこから彼は従来の考えを変えている。

 戦車は対戦車戦闘から歩兵支援まで1種類でこなせるようにすべきであり、戦車をはじめとした装甲車両を多種類、開発・量産するような余力はどこにもない、と。

 戦車で1種類、装甲車で1種類といった具合にすべきであり、細かな派生型などもなるべく抑えるべきだとも彼は考えていた。

 

 具体的にどういう性能の戦車が欲しいか、どうしてその性能が欲しいかについても、グデーリアンは説明してくれたが、ヒトラーが理解できたのは攻撃力・防御力・速力がバランス良く纏まった戦車が欲しい、というくらいだ。

 

 グデーリアン曰く、これからのソ連軍戦車の発達を考えれば最低でも75mm砲は必要で、できれば高射砲として使っている88mm砲を主砲としたい、とのことだ。

 それを載せて十分な防御力と速力を兼ね備えた戦車を作りたいらしい。

 

 ヒトラーとしても強い戦車ができることは歓迎すべきことであり、反対する理由はどこにもない。

 また彼は今回、軍からの要望を受け入れることで軍の支持を得たいという思いもあった。

 

「再軍備宣言を急がねばなるまい。強いドイツを取り戻さねば……また共産主義に対抗する為に強固な同盟も組まねばならないだろう」

 

 ソ連――ロシアとの戦争についてはナポレオンという前例もある。

 何よりも優先されるのはソ連との戦争における勝利であると彼は考えていた。

 また他国でもソ連の躍進によって、共産主義の脅威を感じているところは多いのではないかと予想しているのだった。


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