英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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間章 帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件
襲撃者


「悪いわね。仕事が長引いちゃってさ」

 

「構いませんよ。と、言いたい所なのですがお店も予約したのですから時間厳守して欲しいですね。もう少し、遅ければ一人で食事を始めていた所でした」

 

 相手は帝国内で有数のA級遊撃士。さぞ、お忙しい事だったのだろう。

 こちらかお呼び立てしたとは言え、この時間を指定したのはサラ=バレスタイン。

 わざわざそれに合わせてこの場をセッティングしたのだ。お酒の美味しいお店を。

 

「帝都の双璧とも言われる歌姫様はさぞ、お忙しいんでしょうね。チケットは半年後まで完売だったかしら? 蒼の歌姫ともそろそろ肩を並べられたんじゃない?」

 

 あれから三年。

 共和国と帝国を行き来し、様々な活動を行ってきた。

 その一環がマリア=レベンフォードの名前を売る事なのだが、それが功を称し、今では帝国内での活動に留まらず、共和国、自治州での諜報活動にまで役立っている。

 軍に所属する人間には入り込めない場所にも入り込める。ソレが利点だ。

 ただ、そろそろこの顔を使うのも潮時かとも考えている。何せ、本業よりも忙しくなりつつある始末である。副業が本業の足を引っ張れば、本末転倒。

 その為、既に半年後には病気療養。その後、悪化の為に引退という流れを用意している。

 

「それもあと半年でおしまいですよ。そろそろ、私も身を固める時期ですから」

 

「身を固めるね。一度くらい、言っておきたかったわね。そう言われちゃうと……でも、チケット一枚裏ルートで十倍でしょう? 引退の噂が流れれば、もっと増えるわよね」

 

「釣り上げる為に流さないでくださいよ。はぁ、貴女と話していると古い知り合いを思い出します。彼女も彼女で……思い出しただけで胃が痛い」

 

 イリア=プラティエ。

 彼女に付き合わされて、どれだけお酒を飲まされた事か。

 飲み過ぎで気付いたら三日ほど記憶が飛んでいた事がある。しかも、倍の量を飲んだイリアはその後、普通に劇団の練習に向かっていたというのだから驚きだ。

 お蔭でアルコールに対しては耐性がついてしまったらしく、ザルになってしまった。

 

「ご、ごめんなさい。まぁ、それはいいとして――何かあったの?」

 

 サラのその質問に私はすぐには答えなかった。

 その代わりに店員を呼ぶと、サラに用意しておいたワインを開けてくれるように頼む。

 年代物のワイン。彼女ならば、喜んでくれるだろうと思い、用意していたモノだ。

 当然、情報局の経費では落ちなかったので自腹の品。

 

「『グラン・シャリネ1183』一人で頂くには勿体ないと思いまして……」

 

「…………えっ? これ、ほ、本物? た、確か、これ一本で……五十万ミラ……」

 

「えぇ、本物です。お酒が好きなのでワインもお好きかと思ったのですが」

 

「そ、そんな訳ないじゃない。でも、私でいいの? あの子とか、その古い友人とかじゃなくて……。こういうのって大事な人と飲むから美味しいんじゃないの?」

 

 言いたい事は分かる。

 だが、イリアに渡せばきっとがぶ飲み。味わうという姿勢を見せない気がしてならない。

 フェイにしても、お酒をあまり嗜まない人間だけに無理に誘うのは気が引ける。誘えば、嫌とは言わないだろうが、苦手な物を無理に呑ますのはかわいそうだ。

 だからこそ、敢えてサラを誘ったのである。今後の事も踏まえて。

 そして、それに気付いたのか、顔が険しくなる。

 

「なるほど、じゃあ頂くとするわ」

 

 ワイングラスの下に挿まれた手紙。

 ソコに書かれている事が今回の重要な案件。わざわざ、このような周り諄い方法を用いたのも、今現在継続して何者かに監視されているからと言って他ならない。

 サラ=バレスタインが――。

 

「そちらは次の公演のチケットです。流石にS席は確保できませんでしたが、A席は何とか確保できましたのでどうぞ、お納めください」

 

 もちろん本物である。転売されないように番号を控えているので、もしもそれを行ったようならあとで痛い目を見て貰うつもりだったりする。

 ただ、役割はフェイクだ。手紙の中にはチケットの他にももう一通入れてある。

 それこそが今回、彼女を呼んだ理由。

 帝国内の傭兵団で不審な動きがあるという伝言だ。

 本来、軍内でも機密事項に辺り、まだ不確かな情報である為、外部に漏らすのはもってのほかなのだが、この時期にその傭兵団だけが武器を大量に仕入れているのだ。

 可能性として挙げられるパターンはいくつかあるのだが、もしも傭兵団同士が武力衝突した場合、即座に動けるようにしておいてほしいと言う事。

 そして、もしも傭兵団の一連の動きが領邦軍の武力強化の足掛かりとしてのイベントであった場合、そこに踏み込む為の理由付けの手伝いをして欲しい。

 この二点が彼女達に動いて貰うパターンだろう。

 だが、実際の所、これ以外にも最悪のパターンが存在する。

 

「所で、そちらは最近どうですか? お忙しいようですが……A級遊撃士ともなれば、さぞ多くの方々に人気があり、追っかけもあったりするのですか?」

 

「流石にアンタ程じゃないわよ。まぁ、それなりにそういう職業だからないとは言い切れないけどさ。それは覚悟の上でしょう?」

 

 会話の内容から考えるに、付けられている事は気付いている。

 敢えて、泳がせて出方を窺っているといった所だろうか。パズルのピースがあと一つ足りない。条件は既に全て揃っているのだ。

 だが、それを行う理由が見えない。一体、何の為に行うのか。

 やはり、今回は私の気のせいなのだろうか。

 そう思いながら、ワインに舌鼓を打っていると、サラがこんな言葉を投げかけて来る。

 

「ただ、こういういい方したら悪いけど、軍が何か企んでるんじゃないかって私達は考えていたのよね。だって、鉄血宰相からしてみれば、私達は邪魔でしょう?」

 

「それに関しては無回答とさせていただきます。それなりにそちらとも付き合いがあるので、そういうのを流すと信頼に関わりますから」

 

 そう言った動きがあるのは事実。

 領邦軍を抑え込めるように遊撃士の職分を軍内部。鉄血宰相の部下が行うと言う筋書きが出来つつあるのも事実だ。だが、あの男が自ら引き鉄を引くとは思えない。

 それを行った場合、私と全面的に敵対する流れになる。

 わざわざ、身内に引き入れようとしている人間が完全に敵に回る。しかも、情報部でも深部にアクセスできる人間。今後の事も考えると、第三者に引かせるはずだ。

 漁夫の利を狙う。それがあの男のやり口というものなのだから。

 何より、あの男の指示で水蒸気で動く戦車の製造を秘密裏に行っている事と結びつかない。導力によって廃れた技術の戦車をわざわざ作る理由が……。

 

「まぁ、そんな話をしながらお酒を飲んでも不味くなるだけよね……」

 

「そうですね。せっかくの高いお酒が台無しです。それに、そろそろ小父様が身を固めてはどうかと貴族の方を勧めてきますから……こうして、貴女と飲める時間もなくなりそうです」

 

「意外ね。てっきり、小父の言いなりなのかと思ってたわ」

 

 小父。つまり、鉄血宰相。

 貴族との婚姻を計画しているのは事実だ。

 首輪をはめる。何より、私自身が貴族派には絶対に着かない事を理解しているからこその行動だ。つまり、内部工作も兼ねているのだろう。

 だからと言って、言いなりになって婚約するつもりはない。

 そもそも、そういう事をする予定は今後もなのだ。

 ただ、相手側には既に話が通っている為に一度は合わなければならなそうなのだが……。

 良くもまぁ、受けたものだ。軍内部でも優秀というのが原因なのだろうか。

 

「そうでもありませんよ。自分と随分と年が離れた方と結ばれるなんて嫌でしょう? ただ、立場的に合わない訳にはいかないというのあ何とも……」

 

「ご愁傷様ね。でも、結婚かー。やめましょう。この話題」

 

 どうやら、自分に男っ気がない事を気にしていたらしく、目を伏せるとそう呟いた。

 あと、話題になりそうな事と言ったら、何があるだろうか。

 既に近況報告は行った。情報も渡した。

 なら、あとはゆっくりと食事を楽しむとしよう。そう思っていたのだが、次の瞬間事態は一変する。窓から煙幕が投げ込まれたのだ。

 ワインは全ての見切ったとは言え、雰囲気が台無しである。

 これから、デザートが待っていたというのに……。

 

「最近の追っかけは随分と激しいのですね」

 

「流石にこれは違うでしょう。どちらかと言えば、私な気がするんだけど……。ワインの余韻が台無しね。本当に何してくれてるのかしら」

 

 そう言いながら、サラはワイングラスに残っていたワインを一気に飲み干すと導力銃を抜き放つ。そして、押し入ってきた人間に一発ずつぶち込んで気絶させる。

 

「流石です。こういうのを白馬に乗って颯爽と駆けつけるとでも言うのでしょうか?」

 

「私としては駆けつけて欲しいわね。で、どう? 知っている顔はあるかしら?」

 

 それはつまり、情報局の人間なのかという事だ。

 知っている。だが、情報局の人間ではない。先程、忠告した傭兵団に所属する人間だ。

 だが、どうしてここを襲撃する。先程から感じていた視線が彼らなら、わざわざ危険を冒す必要性はどこにもない筈だ。

 

「傭兵団に所属している人間です。ただ、我々を――」

 

 そう言いかけると全身を何かが駆け抜ける。

 視線と殺気。それも、この酒場の外。ここまで窓から遮蔽物はない。ヤバイ。

 頭でそう結論を出すと同時にサラの腕を掴むと一気に引き寄せる。

 

「ちょっと、何す……」

 

 ワインの瓶が割れる音がする。

 だが、肝心の銃弾が通り過ぎる音が聞こえなかった。

 その事に身が凍る。もしも、気付いていなければ確実に撃ち抜かれていたからだ。

 

「狙撃ですか。しかも、この混乱した店内で正確無比に狙って来るとは……恐れ入ります」

 

「ここまでの腕利き……私達の情報網になんでひっかからないのよ」

 

 確かにこれだけの腕の人間が入国すれば情報網に引っかかる。

 だが、それを素通りした。いや、帝国の内部にいたと考えるべきだろうか。

 だとしたら、どうしていままで誰にも知られる事がなかったのか。

 何故にサラを狙ったのか。

 だが、どうする。狙撃手がいるとなれば、この場を動けない。

 いや、もっと不味い。

 ここで民間人を一人ずつ撃ち殺してサラを引き摺り出す事も考えかねない。

 さっきの一撃で方向は分かった。後一撃。撃たせれば、位置の特定が出来る。

 問題はどうやって撃たせるかなのだが……。

 

「アンタ、何か武器持ってたりするの?」

 

「残念ながら、糸くらいしかありません。流石に狙撃をどうこうするなんて、出来る筈ないじゃないですか。遊撃士でもあるまいし!」

 

「まぁ、良いわ。で、率直に聞きたいんだけどどう思う?」

 

「どうと言われても、狙われているのはサラ。となると、遊撃士協会じゃないでしょうか? でも、私達は関与していませんよ。潔白です」

 

 ここでサラを足止めする理由があるとすれば、遊撃士協会を襲撃する為しか考えられない。しかし、誰が一体、何の為に。そんなアホみたいな事を……。

 国一つならともかく、大陸中に存在する遊撃士協会を敵に回して生き残れる筈がない。

 だからこそ、鉄血宰相も直接は手を出そうとしなかったのだ。

 それを襲撃など、自殺志願者なのだろうか?

 

「はいはい。だとしても、そうなったら理由よね。あそこで寝ている傭兵を捕まえて聞き出……させてくれる訳もないわよね」

 

 目の前には脳漿が飛び散る。

 正確無比に眠っている傭兵達の頭を射抜いたのだ。しかも、一発一発の間が短い。

 ボトルアクションではない。セミオート式とでもいうのだろうか? 銃器方面は知識がないので分からないが、少なくとも一般的に出回っているタイプではない。

 やはり、ここで捕まえるしかないか。

 位置は大体、絞り込めてきた。

 

「鉄血宰相に敵対する人間にしては、遊撃士に喧嘩を売る理由はない。一体、どういう組織が裏で糸を引いているのやら。こんな遠回しな自殺行為に」

 

「確かにそうよね。大きな犠牲に見合うだけの……見合うだけの……」

 

 そう、サラが言いたい事が恐らく正解だ。

 これすらも何らかの陽動の可能性がある。つまり、襲撃者の真の狙いは別にある。

 遊撃士でなければならない事。これだけの犠牲を払うだけの価値がある事。

 恐らく、遊撃士協会は威信に賭けても犯人を上げる筈だ。

 だとするならば、ここで多大な犠牲を払う理由は一つ。

 

「この陽動すら囮に過ぎないって事ですかね」

 

「でしょうね。援軍を呼べば、思う壺。多分、カシウス=ブライトが来る。S級遊撃士」

 

「だとするなら、彼らの目的は自ずとリベール王国になりますね」

 

 カシウスをリベールから引き離す理由。

 犠牲を払うだけの価値がある案件。

 これらを踏まえて考えても何もわからないが、一つだけ言えるのはリベール王国に全てを繋げる鍵があるという事だ。

 ただ、リベールにはあの少女もいる。それだけにあまり、足を運びたくはないのだが……。今はそうも言っていられる状況ではないか。

 とてるもなく、嫌な予感がする。

 

「私の方は恐らく、こっちで手が離せないだろうから。そっちはお願いできるかしら? 今度は私が何かごちそうするからさ」

 

「そうやって、貴女のお酒に付き合わされるだけでしょう。まぁ、百日戦争の続きなんて話になったら嫌ですし、私の方でも動くとしますか。確信が出来次第」

 

「つまり、狙撃手を捉えるって事ね」

 

 接近戦に持ち込めることが出来れば、こちらに分がある。

 飛空艇であればすぐに分かるのでそれはない。だとすれば、地上。

 問題は狙撃をどう対処するかなのだが、やはりこれしかないか。

 

「サラは外回りで逃げ道を潰して下さい。私が囮になります」

 

「一応、アンタは一般人なんだから……。って、聞く訳もないわよね。分かった。事件が終わったら、一杯驕らせなさいよ」

 

「なら、雰囲気の良いお店を探しておきますね」

 

 そう軽口を叩くとおもむろに立ち上がる。

 当然、狙撃の的。だが、それを気にする事無くまっすぐに歩き始める。

 木製の机が吹き飛んだ。なるほど、正確無比な狙撃が仇となったか。

 どこを狙っているのか分かれば、こっちのものである。あとはナイフだろうと逸らす事は可能。衝撃さえ、気にしないのであれば……。

 

「見つけました。屋外の屋根の上です。あんなところから狙撃出来るとは……」

 

「どうやったかは聞かないけど、感心している場合じゃないわよ。さっさとって、どうやら一筋縄ではいかせて貰えなさそうね」

 

「まさか、どちらか一方は仕留めたと思ったのですが……。《魔弾》とは言え、貴方方二人になると荷が重過ぎましたね」

 

「あらあら、まるで私も狙われていたみたいじゃないですか? サラはともかく、誰かに恨みを買った覚えはありませんよ?」

 

「ちょっと、まるで私が怨みを買いまくっているみたいじゃない」

 

「貴女に動かれては邪魔なので……マリア=レベンフォード。いえ、情報局所属コードネーム《千変》さん」

 

 思わず、舌打ちしてしまう。

 どこの所属なのかは分からないが、私の所属とコードネームがばれていたのだ。

 あまり表だって動いてないにもかかわらず、危険視されている事を考えるとどういう事なんだ。遊撃士への襲撃準備と関係があるのだろうか?

 

「特に貴女は念入りに潰しておかなくてはなりませんので……」

 

「貴女みたいな女性から追われるのはいいですが、そういうのは趣味じゃないんですよ」

 

 その言葉と共に持っていたナイフをその襲撃者に向けて投擲する。

 だが、それは見えない何かに弾かれる。そこまでは向こうも予定通りだったのだろう。

 

『宵ノ闇』

 

 弾かれ宙を舞っていたナイフを掴むとそれで襲撃者へと切りかかる。

 消えた。そう見えた筈だ。だからこそ、反応が遅れる。

 しかし、襲撃者もどうやら優秀らしく、ギリギリの所をナイフによって阻まれてしまう。

 

「てっきり、内職がメインの方かと思いましたが、意外とイケる質なのですね」

 

「えぇ、貴方達のような連中に何度か命を狙われた事もありますのでそれなりには……。あまり、女性を傷付けるのは主義に合わないのですが仕方ありませんね」

 

「ですが、よろしいのですか? 外には狙撃手がいるのですよ」

 

 外には狙撃手がいる。

 確かにそうだ。だが、絶対にこの位置は狙えない。

 あの威力だ。この位置で交戦している限り、貫通して味方を撃ち殺す可能性がある。だからこそ、背後に回り込んで狙撃手から襲撃者が見えない位置取りをしたのだ。

 その事に気付いた襲撃者はナイフを弾くと距離を取る。

 そこへサラも加勢に加わるのだが、その銃撃を簡単にいなすと距離を取られてしまう。

 

「一発も中りませんでしたね。もしかして、酔ってますか?」

 

「そんな訳ないでしょうが。ただ、何かに銃弾を逸らされただけよ」

 

 何かに逸らされた。

 考えられる可能性はアーツなのだが、ここまで長時間続くアーツは聞いた事がない。

 新しい技術。これは保留。先の狙撃銃もそうだ。有り得ないとは言い切れない。

 だが、それならばどうして先のナイフをナイフで受けたのか。

 たかだか、食事用のナイフだ。それを受けなければならなかった理由。

 

「でも、あの守りは万能ではないと思いますよ。攻略法はある筈です」

 

「まぁ、優秀な軍が動くにはもう少し時間がるでしょうし、それまでにこいつらを確保できなければ私らの負けって事かしら?」

 

「最悪な場合、軍が来ないという可能性もありますけどね」

 

 軍がなんらかの理由を付けて動かないというのが最悪の可能性だ。

 まぁ、襲撃者と狙撃手のどちらかを確保しておきたいというのもある。

 となれば、ここはどちらかが離脱して、狙撃手確保に向かうべきなのだろうが……。

 仕方ない。天秤にかければ、どちらが重要であるかは自明の理である。

 

「お話はもうお済ですか? そろそろ、待ちくたびれたものですからこちらから行かせて頂きますね」

 

 そう言うと、その襲撃者はサラと私の間を駆け抜ける。

 不味い。そう気づくのだが、流石に自分だけで精一杯。サラの方までには気が回らない。

 

「縛りプレイと言うやつでしょうか? 私、そういった趣味はないのですが……」

 

 上着を脱ぎ捨てる事で何かによる拘束を離脱すると襲撃者から距離を取る。

 当然、狙撃手からは見えない位置だ。しかし、どうする。サラを人質に取られては……あれ、別に問題なくないか? 出口は後ろ。襲撃者を更に任せてしまえば……。

 

「あら、今のを避けられますか」

 

「手品の正体が分かれば、あとはどうとでもなりますよ。私、マゾではないんで」

 

 問題はどうやって鋼糸を切断するかだ。

 今はクロスウィザードを持っていない。つまり、切れるモノがないと言う事になる。

 鋼糸に関しては攻略方法はあるのだが、肝心のサラの解放が問題なのだ。

 いや、待て。一つだけ方法がある。それ以外はないか。

 恐らく、こちらの動きを制限する為にそれをやってくれる筈だ。

 まぁ、あとはこの場はサラに任せるとしましょうか。

 懐から閃光弾手榴弾を取り出すとそれのピンを抜く。

 

「その程度、意味はありません!」

 

 近接戦に持ち込めばどうにかなるかと思ったが、なかなかに手強い。

 相手がナイフを持っている事もあり、受ける部分も狭まってしまう。

 此方もあと一手あれば事情は変わって来るのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 今あるモノで勝利を掴むしかないのだ。

 

「確かに凄いですよ。貴女のその動きは……でも、それだけです」

 

 もしも、相手がフェイだったなら先程、右腕で受けた際に完全に使い物にならなくされていただろう。そういう意味ではまだ受けられるだけマシなのだ。

 本当に糞面倒な相手と言うのは受ける事すら許されないのだから。

 

「ですが、よろしいのですか? 彼女を拘束しているのは私ですよ?」

 

 分かっている。

 

「私の事は良いから、こいつをどうにかしなさい!」

 

 この女は私が見捨てられないと言う事も知っているのだろう。

 なら、私がどういう選択肢を取るかも恐らく知っている。

 それに合わせて予定調和で動いてくれる筈だ。

 

 だったら、こうするまでだ。

 

「また、消えましたか。ですが、今度は逃がしませんよ」

 

 サラを目前にして阻まれる。前方には大型のナイフ。

 斬られれば致命傷にもなりかねない。だから、背後に跳ぶしかない。

 そう、恐らくそこに射線を待ち構えている筈だ。狙撃手が……。すべての条件は整った。

 ニヤリ。不気味に嗤ってみせると、敢えてその射線の上へと向かう。

 サラも気付いているのか、目を丸くした。

 

「敵に手をかけられるなら、自ら死を選ばれますか」

 

 心臓を貫通する。

 だが、その弾丸はそのまま威力を落とすことなく、床に大穴を開けた。

 全ては相手の計画通り。殺すつもりはなかったが、仕方がなかった。そういう流れになる筈だったのだろう。だが、そう事が上手くいくはずもない。

 

「あのバカ……。後で覚えてなさいよ!」

 

 そう忌々しげに呟くと緩まった鋼糸から脱出し、襲撃者へと導力銃を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「終わった。まさか、初撃を避けられるとは思わなかったわ」

 

 これまで、常に一撃で仕留めて来ただけに意外だった。

 まさか、音速で襲来する弾丸を直感で避けられるなんて……。

 その上、避けた瞬間こちらと目があった。まるで、見つけたと言わんばかりにだ。

 だが、確実に心臓を打ち抜いた。生きている筈がない。後は《死線》に任せても大丈夫だろう。私達の任務はカシウス=ブライトが出て来るまでに事件を解決させない事。

 情報局かつ遊撃士に近い位置にいるマリア=レベンフォードの足止めだ。

 話を聴いた時には残念だったが、仕事ならば仕方がない。

 せっかく手に入れた来月の公演チケットが無駄になったが……。

 

「証拠を残さないように撤退の準備をしないと……それにしても、道化師の情報はやはり信用がならないわね。非戦闘員なんて嘘じゃない」

 

 あの動きは相当な実戦経験者の動きだ。

 それも相当の場数を踏んだ。私を試す為だとしても、狙撃相手の情報に嘘を混じらせるのは少しばかり腹立たしい。

 しかし、なんだろう。腑に落ちない。

 どうして、最後わざわざ射線へ出て来たのだろうか。

 《死線》の攻撃を躱すにしてももっと、やりようがあった筈である。

 その上、あの時に閃光手榴弾を利用した理由。こちらからの目隠しだとし……いや、待て。あの瞬間、何かを仕込んだとしたら……。

 位置もばれている。と言う事は……。

 

「あら、気付かれましたか。こんばんわ。お嬢さん。こんな夜更けにそんな物騒な物をもって一体、どんな怪物を狩るおつもりですか?」

 

 その声に振り返る。

 すると、そこにはマリア=レベンフォードが自分の身長ほどもある太刀を構え立っていた。先程までレンズ越しでは確かに存在した右腕がない状態で……。




ストックが元々ないのでそろそろ、更新速度落ちるかも……
楽しんで頂けると幸いです。
キャラ設定別で乗せた方がいいのだろうか……

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