英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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《D∴G教団》殲滅作戦

「どういう事ですか!?」

 

 その一報が入って来たのは帝国での四大貴族との最終的な取り決めをする直前だった。

 遊撃士協会から伝えられたフェイからの言付けには一言。『緊急事態。何者かが教団を強襲。戻られたし』、と書かれていた。普段なら有り得ない彼女らしくない伝言。

 それだけに緊急性が高い事は否めない。

 そして、この状況。恐らく、教団方面で何かがあったという事の筈だ。

 だが、共和国と帝国は抑えられている筈。となれば、一体どこの誰だ。

 どうやって、私の目を擦り抜けて動いたのか。

 分からない事だらけだ。だが、一言だけ言えるのはもう時間がない事だけだろう。

 

「…………。遊撃士教会全体、教会とクロスベル警察のセルゲイさんに今から八時間以内に動けるように準備をするようにとお伝えください。私は念の為に襲撃地点へ向かいます」

 

 一応の指示はフェイに既にしている。

 襲撃者の正体。そして、襲撃地点の情報の確保を行うのが先決だろう。

 遊撃士方面の作戦指揮に関してはカシウスさんに任せられる。

 共和国方面はフェイとモルデン。帝国方面も一通りの準備は終了している。

 あとは信じるしかないだろう。

 

「そう。手が必要なら、貸すわよ? 但し、高いけど」

 

「いえ、結構です。サラさんが優秀な遊撃士である事は知っていますが、今回の作戦に関わっていない人間を動かす訳にはいきません。ですので、伝言をお願いします」

 

「そう、がんばりなさいよ」

 

 馬を使い潰すつもりで走らせて間に合うかどうか。

 分からないが、賭けるしかない。間に合う方に。

 しかし、やってくれたものだ。連絡が書くロッジに届いてしまえば、抵抗が激しくなる。

 処分して逃げるという可能性すらある。何処の誰だかわからないが、報いは受けて貰う。

 会合は中止。今後に関しては先の取り決め通りに進める。

 そう言い残すと、馬に乗り襲撃があったロッジへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「どういう事だ。どうして、ヨシュアにあんな命令をした」

 

「私の計画にどれ程、影響が出るのかを確かめる為だよ。特に帝国の彼女をどの程度の危険度か確かめるにはいい機会だろう? それよりも、君も動かなくていいのかい?」

 

 漆黒の牙に襲撃をかけるように命令したのは“楽園”とは別のロッジ。

 そして、それを剣帝は知らない。恐らく、目的はマリア・レベンフォードの始末。

 対応できないようであれば、危険度は低い。襲撃に瞬時に対応し、最も近い場所にいる彼女が対処に動くようであれば、今後の為に処分する。

 だが、もしも彼女に漆黒の牙が敗れるような事があれば……。

 

「どうかしましたか? 何やら、揉めているようですが」

 

「予定外の事態を引き起こされてしまってすぐに動かなければならなくなった。すまない。稽古はまたの機会にお願いできるだろうか」

 

「分かりました。ところで、お困りのようでしたら力をお貸ししましょうか?」

 

 当初の目的を果たすならば、襲撃するのは楽園。

 漆黒の牙を援護に向かうなら――。

 その場合、マリア・レベンフォードの足取りを追い、なおかつ彼女よりも早く襲撃箇所へと辿り着かなければならない。

 他の執行者を頼れば、早急に位置を探索する事は出来るかも知れないが……。

 そこまで考えた結果、剣帝は前者を選んだ。

 

「その申し出を受けさせてもらう。義弟が教授の命令で教団に単独で襲撃をかけた。その救助を頼みたい。アイツ一人では荷が重すぎる」

 

「分かりました。何やら、“嫌な予感”がしますし、急ぐとしましょう。ですから、貴方は安心して自分の職務を全うして下さい」

 

「かたじけない」

 

 これで漆黒の牙の安全は確保できた。

 遊撃士協会は即座には動けない。共和国や帝国との合わせも考えると八時間。

 組織と言う大きなオーブメントの歯車を動かすのには時間がかある。

 教授の行いに対し、嫌悪感を抱きながらも剣帝は自分の仕事を全うする為に動き始める。

 

 

――こうして、《D∴G教団》殲滅作戦が動き始めるのだった。

 

 

 

 

 マリアの到着した教団ロッジは異様な雰囲気に包まれていた。

 一言で言えば、死臭が漂っている。鉄の嫌な臭いと腐臭。しかし、それはおかしい。

 襲撃があってまだ数時間。それだけの間に遺体が腐るなど有り得ない。

 何か別の要因。更に考えを巡らせようとしたのだが、どうやら敵のお出ましらしい。

 

「てっきり、既に方が着いているのかと思いましたが、違ったようですね」

 

 現れたのは二頭の狼……なのだろうか?

 様子に違和感を覚えるのだが、今は目の前の敵に集中した方がいい。

 手に特殊なグローブをはめると、二頭の野犬の間を駆け抜ける。

 ヌチャ。まるで、腐った肉が落ちるような音と共に二頭の野犬の首が落ちる。

 ただの魔物であるのならばこれで終わり。だが、そういう事では終わらなかった。

 何故かは分からないが、首の落ちた野犬はそれがなんでもないかのように襲い掛かってくる。首から上の命令機関が存在しないにも関わらずだ。

 

「どういう事かは分かりませんが、これは囲まれたら厄介そうですね」

 

 剣での対応も考えていたのだが、その選択肢を早めに切っておいて正解だった。

 肉を断ち切り損ね、剣を持っていかれたのであればどうしようもない。

 ここは鋼糸を持ちいた範囲攻撃でまとめて対応する。現状の分析から考えるに、再生機能は備わっていない。ならば、動けなくなるまで切り刻むだけだ。

 音もなく、その野犬を切り刻む。

 そして、肉塊から肉片になるまで刻みつくした時、遺体が紫色の霧に包まれた。

 

「何か古代遺物で呼び出したものだったのでしょ……」

 

 目の前に現れた光景に言葉を失う。

 そこにあったのは明らかに人間の子供の遺体。そして、先程倒した狼の姿が見当たらない。それが意味している事は一つ。

 助けるべき子供に止めを刺したのはほかならぬ自分。

 その事実に思わず吐き気が込み上げてくる。

 だが、ここで立ち止まっていては更に被害は広がるばかりである。

 

「急がなければなりませんね」

 

 子供達を狼に変えた古代遺物を探し出し、それをどうにかしなければ救出は難しい。

 このロッジの襲撃犯を探し出すという目標から第一目標を変更すると急いでロッジ内部へと侵入するのだが、そこは研究者らしき白衣を着た遺体を貪る狼の巣窟だった。

 つまり、この狼を全て殺し尽さなければ先へは進めない。

 思わず、その現状に舌打ちすると腐臭漂う空気を深く吸い込んだ。

 そして、雄叫びを上げる。

 悲しみを押し殺す為に。前へと進む為に。

 一歩進む度に狼が――子供の遺体へと戻っていく。

 気が狂いそうになる。助けるべき相手の血に染まっていく自分に酷く嫌気がさす。

 それ以上に頬を釣り上げて笑っている自分が酷く嫌だった。

 

「クソ!」

 

 思わず、地が出てしまう。

 叩き付けた拳は壁を砕き、食こんだ爪で紅く染まっていた。

 覚悟はしていた筈だった。この先に広がっている光景が遺体の山である事くらい。

 だが、そんな後悔すら許されない。

 まるで無尽蔵のように狼はロッジの奥から集団で現れる。

 しかも、今度の相手は訳が違った。

 

「タスケテ」

 

 意味が解らなかった。

 それまでの狼は肉が腐り、言葉など発しなかった。

 だが、今目の前で早退している群れのリーダーは明らかに言葉を発しているのだ。

 分からない。どうすればいいのか。

 それが一瞬の判断の迷いを生み出してしまう。

 気付いた時には目の前は狼の群れ。

 鋼糸を使うにも距離が近過ぎる。

 どうしようもない現状に守りの体制に入ろうとするのだが、その瞬間。目の前が真っ赤に染まる。顔に血が飛び散り、削げた肉がこべりつく。

 何が起こったのか分からなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 目の前に転がっていたのは先程喋っていた狼の亡骸。

 そして、そこには大きな槍を携えた騎士が佇んでいた。

 頭の中はその人物が敵か味方か。そんな事を考えている余裕はなかった。

 ただ、目の前の狼。いや、子供の遺体が喋っていたという事実にどうしていいか分からなくなっていた。

 腐っている。つまり、死んでいたと判断できたからこそ、戸惑わなかった。躊躇しなかた。だが、もしも生きていると分かったならば、迷合わない訳がない。

 

「なるほど、そう言う事ですか。ですが、その迷いは命取りになりますよ」

 

「言われなくても解っています。食うか食われるかですから」

 

 即座にそう言い返してしまう。

 だが、その言葉に即座に現実に戻って来れたのも事実だった。

 自己嫌悪から復帰すると状況を整理する。

 喋った狼と他の狼の違いは何か。遺体を観察する限り――考えられるのは一つ。

 

「適合率? まさか、古代遺物の適合実験?」

 

 腐った理由は変異に耐えられなかった。

 その過程で死亡して動く遺体になる。だが、適合率がおかしな形であったならばこうして喋る狼になる。だが、もしも適当率が一致した場合、どうなるのか。

 分からないが急いだ方がいいのは事実。

 子供が実験体にされているならば、急がなければ助けるべき子供が一人もいなくなる。

 

「待って下さい!」

 

 先へ進もうとする騎士を呼び止めた。

 時間も戦力もない。相手も一人。人手は欲しい筈だ。

 

「どうかしましたか?」

 

「協力しませんか? この状況は貴方方にとっても予想外の筈です」

 

 出で立ちから実力差は明白。断られる可能性の方が高い。

 だが、一縷の望みをかけて問いかけたのだが、返ってきた言葉は意外な言葉だった。

 

「いいでしょう。私としてもこの行いを見過ごすつもりはありませんから」

 

 つまり、協力体制はなったという事。となれば、こんな所で膝を着いている訳にはいかない。先へ急がなければ……。そう考えた瞬間、奥から遠吠えが聞こえてくる。

 

「これは急いだ方が良さそうですね」

 

「そのようですね。少し位、休みたいものですが……」

 

 覚悟を決めて、理解してしまえば後は作業。

 戻らないのならば、ここで息の根を止めるのが温情。

 道を塞ぐ狼を全て切り刻んでいく。そして、通路に残るのは子供の遺体だ。

 そして、辿り着いた奥の大きな祭壇のある部屋には巨大な怪物と数名の子供。そして、それに相対する黒髪の少年が二振りの刃を持って立っていた。

 だが、少年は負傷しているようで立ち振る舞いがどうもおかしい。

 

「どうやら、間に合ったようですね」

 

 そう呟いた騎士の言葉から考えるに、彼女の目的はあの少年。

 つまり、あの少年がこのロッジの襲撃犯と言う事になる。帝国、共和国、教会にも属していない組織。その上、これだけの実力者が所属する組織。

 今回はぶつかる事はなかったが、いずれは衝突する事になるのだろう。

 

「それは良かった。では、あそこにいる子供たちと共に安全な場所へと誘導して下さい」

 

「いいのですか?」

 

 その問いは自分が相手をしてもいい。と言う事なのだろう。

 だが、子供を確実に守るならば、この騎士に託す方が確実。

 約束を守ってくれるか定かではないが、そこに賭けるしかない・

 

「誰かがあの化物を足止めしなければなりません。それに、あれが一匹とは限らない。狭い通路で相手にする事になれば、不利。でも、貴女なら問題ないのでしょう? ですから、子供たちを頼みます」

 

「分かりました。戻って来るまで持ちこたえられますか?」

 

 その言葉に頷いて返す。

 実際、持ちこたえられる保証はない。あれだけのデカさだ。今の未熟な技術では鋼糸で戦うのは難しい。そうなれば、二振りの牙に頼るしかない。

 

『コロス。コロス。コワス。コワス。ニクイ。ニクイ』

 

 部屋に踏み込んだ瞬間、頭の中にその言葉が流れ込んでくるy。

 先程の悲痛の叫びとは明らかに違う。異形の声。

 恐らく、あそこにいる化物がこの惨劇を引き起こした本体と言う事なのだろう。

 内功を操作し、全身に力を込める。

 そして、駆け抜けると少年に振り下ろされそうとしている爪を受け止めた。

 

「ここは私に任せて引きなさい。状況は大体、把握しました」

 

「助かりました」

 

 研究者を殺したのは恐らくこの少年。肉を食い千切られてはいたが、あの出血の仕方は明らかに別要因。ならば、状況を考えれば一目瞭然。

 だが、そう上手く事が運ぶわけがなかった。

 お腹の辺りが痛い。熱い。何が起こったのか分からなかった。

 爪は受け止めている。届いてはいない。

 恐る恐る自分の下腹部を確認すると、右わき腹を貫通する刃があった。

 それは紛れもなく、少年がもっていたもの。助けに入ったのが逆に殺されかけるとは……。言葉も出て来ない。

 このまま内功を操作し続ければ、失血死。ゆっくりと引き抜かれながら、首をはねようとする少年の次の一手を爪を押し留めていた一方の刃で受け止める。

 だが、徐々に力が抜けていく身体では押し切られるのも時間の問題。

 まさか、こういう形で終わりを迎えるとは思わなかった。

 

「なるほど、そういう事ですか。彼の仕業のようですね」

 

 一瞬、意識が飛んでいたらしい。

 助かったらしい。だが、化物は健在。だが、もうこれで役割は決定したようなものだ。

 

「ここはやはり、私が「自分の事は自分が一番分かってますよ。この状況から冷静に判断するなら、ここで足止めするのは私の方がいい」……」

 

 油断したのは自分の責任。

 こういう事はいつか起こる。それは分かっていた筈だ。

 それにこの傷では子供達を守りきれない。それに、目を覚ました時にまた襲われでもしたらその時は対応しきれない。

 ならば、最悪の事態を想定するなら、残るのは私であるべきだ。

 

「ただ、これこのままでもいいですか? 抜くとかえって出血しちゃうので……」

 

「それだけ言えるのであれば、大丈夫でしょう」

 

「任せましたよ」

 

 強がりだ。立っているのもやっとな状態。

 恐らく、それも見抜かれているのだろう。

 駆けて行く音が背後から聞こえてくる。ならば、私の役目は目の前の巨大な狼を仕留める事。少しばかり骨が折れそうだ。

 様子見をする余裕はない。クロックアップは出血を早める為に使えない。

 ならば、フォルテを使って使えない内功の代用をするしかない。

 

「でも、狼に喰われるような趣味はありませんから」

 

 クロスウィザードを構える。

 既に発動の準備は終わった。

 ならば、あとはこの身体が動かなくなるまで戦い抜くだけだ。

 狼が爪を床に叩き付ける。辺りには砂煙が舞い上がり、何も見えなくなる。

 鼻が利くであろう狼と目で動く人間。状況は圧倒的に不利。

 だが、道は出来た。

 振り下ろされた腕を駆け上がる。そして、駆け上がると首に刃を突き立てた。

 そして、飛び降りるのだが、目の前に写った光景に溜息が出てしまう。

 

「嘘でしょう? それってありですか……」

 

 再生と言うのだろうか?

 回復しているのだ。切った筈の部分が……。

 つまり、下手なダメージでは仕留めきれない。ならば、再生できなくなるまで傷付けるしかない。外にコレを出してしまえば大惨事になる。

 目の前に振り下ろされる爪を目と鼻の先で躱すと低くなった頭へ走り抜ける。

 再生する以上、固い部分を狙うのはこちらの損耗が増えるだけ。

 ならば、柔らかい部分を狙うしかない。

 斬り上げは目玉を貫く。痛みはあるのか、目を抑えると狼は大きく後退する。

 

「なるほど、痛みを感じるのであれば精神が死ぬまで殺し抜くだけです」

 

 その事実に一先ず安心すると、頬を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 ――どれくらい時間が経っただろう。

 着ていた服は既に脇腹から滴る血で真っ赤に染まっている。

 そろそろ、逃げ切った頃だろうか。こちらももうもたない。

 相手の動きも少しずつではあるが、鈍くなっている。

 それに、大体は理解した。この巨体、切り離してしまえばその部分は再生できないらしい。となれば、四本の足のどれか一本でも切り裂いてしまえばこちらの物だ。

 

「どこまで出来るか分かりませんが、やってみるとしましょうか」

 

 一撃で決める。

 その覚悟を持って、内功を活性化させる。

 当然、腹部の出血も増えるが気にしない。

 カシウス=ブライトには破られたが、今の自分に出来る最大の業だ。

 刃を気で紅く燃やすと駆けだす。

 

「朱き炎を持って、全ての罪を刈り取り燃やし尽くす! 『断罪炎』」

 

 肉が焼ける音と共に大きな肉塊が宙を舞う。

 まずは一本。だが、その代償は大きかった。

 右膝で何かが引きちぎれる音がする。

 当然か。身体を極限まで酷使しているのだ。戦えば戦う程にボロボロになっていく。

 だが、チャンスは出来た。ならば、それを逃すつもりはない。

 

「一気に決めさせてもらう! はぁああああああああああ!」

 

 牙を剥き出しにした狼の如く、咆哮する。

 青白い気はまるで巨大な狼の如く、右の前足を失った狼へと襲い掛かる。

 二振りの剣が肉を切り裂く音が響き渡る。

 吹き飛んだ首からは血が噴き出し、辺りには赤い雨が降り注ぐ。

 

「ここまでのようですね」

 

 力の抜けた両腕からはゆっくりとクロスウィザードが落ちていく。

 終わった。そう思ったのだが、気が付けば脇腹に刺ささった刃を引き抜いていた。

 そして、振り向くとそれを振る。

 グチャ。その音と共に剣を振るった右腕が潰れる。

 先程、切断した首が別の生き物のように襲い掛かっていたのだ。

 もしも、無意識の内に反応していなければ上半身がなくなっていただろう。

 しかし、右腕が喰われた事には変わりない。

 その上、刺さっていた剣を抜いたために出血が酷くなる。

 瞼が重くなる瞬間、目の前にいたのは首を失くし、右足を失くした狼が左腕を振り上げている光景だった。

 終わった。そう思った瞬間、目の前の空間が吹き飛んだ。

 そんな表現しか思いつかない。一瞬の出来事だった。

 

「どうやら、間に合ったようですね。よく、頑張りました」

 

 助かった。全部、終わった。

 気が緩んだからか、右腕に激痛が走る。それは傷によるものだと思ったのだが、違う。

 その痛みは全身に広がり、破壊と再生を繰り返す。

 自分もあの化物のようになるのか。

 古代遺物を取り込んだ可能性があるとすれば、右腕を喰い潰された瞬間。あの時か。

 頭の中に部屋に入った時よりもはっきりとした声が響いている。

 憎しみ、恨み、憎悪といった負の感情。それは他ならない世界に対して。女神に対して。

 自分が自分ではない別の物に塗り替えられていく感覚。普通ならば、それに抵抗するのだろう。自己を失ってしまえば、それは自分ではなくなってしまうからだ。

 

「どうせ、ここで死ぬ命だ。くれてやるよ」

 

 もう身体が持たないのは事実。

 一か八かに賭けるしかない。

 あの再生能力だ。もしも、受け入れられたなら生き延びられる。

 失敗したら、目の前の騎士に処分される。

 早いか遅いかの違いだ。

 全身が煮え滾るように熱い。痛みで気が狂いそうになるが。壊れる事すら許されない。

 何かがゆっくりと食い千切られた右腕から生えてくる。

 そして、それが元の右腕の形になる頃には痛みが引き、気が付くと自分の身長よりも長い太刀を握りしめていた。

 恐らく、これがこの惨劇を引き起こした古代遺物の正体。

 それを理解した瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

「どうやら、受け入れられたようですね」

 

 念の為に構えていた槍を消すと辺りの風景を見回す。

 酷い戦いの後だ。満身創痍の状態でこれだけの戦いをするのであれば、近い将来には剣帝と対等に渡り合えるだけの実力者になるだろう。

 その古代遺物を使いこなせるようになれば、結社にとっても大きな敵になるかもしれない。床に落ちていたクロスウィザードを拾うとそれを気を失っているマリアの隣に置いた。

 弟子として迎え入れたいところだが、恐らくそういう人間ではないだろう。

 ここへ自ら足を向けた。そして、一瞬ではあるが切る事を躊躇った。

 それは人間であろうとする現れ。理へと至る可能性を秘めた原石であり、剣聖としての道を突き進むような精神の持ち主である筈だ。

 だからこそ、次会う時は恐らく敵対者としてになるだろう。

 

「どれ程の強者となり、私の前に現れるか期待するとしましょう。それよりも、出てきたら出らどうですか? 『破戒僧』」

 

「ばれていましたか。しかし、こんな所でこんな大物と出逢えるとは予想外です」

 

 口では丁寧な口調で話していても、鋭い闘志の宿った眼ははっきりとこちらを睨み付けている。レイン=シャネル。騎士団内でも枷のない狂犬として有名過ぎる怪物。

 

「ですが、今回は貴方方結社と死合うつもりはございません。そちらの方とここに囚われていた子供を引き渡して頂けるのであれば――の話ですが。それは私の仕事外ですので」

 

「なるほど、もとよりそのつもりです。子供達は既に近隣の教会へと保護されている頃でしょう」

 

 近隣の町まで逃がし、教会へ保護を求めるように指示しておいた。

 あとは大丈夫だろう。その教会の司祭がまともであればの話だが……。

 

「嘘は吐いていないようですね。で……」

 

「ここで殺しますか? 彼を」

 

 すぐには返答しなかった。

 彼を現在、生かしているのは古代遺物。それを取り出すのであれば、彼を殺す事と同義。

 星杯騎士団の考え方を尊重するならば、今後不安定化しないとも限らないソレをここで回収しておくのが普通だ。

 だが、目の前の騎士団は構えていた槍をどこかへと消した。

 

「まぁ、彼には貸しがありますし、ここは見なかった事にしましょう。それに、私の二つ名は“破戒僧”。わざわざ、受けてもいない命令をここで全うする必要はないでしょう」

 

「なるほど、確かにそうですね。では、一つだけ言伝を――期待しています。と」

 

 その言葉にレインは目を丸くする。

 当然だろう。それが意味している事はつまり、そういう事だからだ。

 こうして、マリア=レベンフォード。いや、シャルロットの教団事件は一先ず終結を迎えるのだった。知らぬところで縁を創り、多くの禍根を残しながら。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、この子だけ引き取り手が見付かりませんでしたか」

 

 シャルロット様はいまだに目を覚ましていない。

 聖ウルスラ医科大学のベットの上で眠り続けている。

 身体に関しては検査の結果、何の問題もない事が分かっている。

 やはり、私も襲撃のあったロッジへ向かうべきだったと後悔するのだが、今となっては後の祭りだろう。しかし、この子供をどうするか。

 当然、子育てなどした事もないので、どう接すればいいのか検討も付かない。

 

「お腹でも空きましたか? そろそろ昼食にもいい頃ですね。下のレストランでランチでもどうでしょうか?」

 

 

 会話をしようと言葉を投げかけるのだが、何も返って来ない。

 無口というよりも、まるで外界との接触を拒絶しているかのようだ。

 その姿に思わず、昔の自分を重ねてしまう。

 やはり、教会に引き渡すべきか。あそこの孤児院なら……いや、止めておこう。

 それはシャルロット様が絶対に選択しないであろう選択肢だ。

 七曜教会も一枚岩ではない。それに、この子には普通であって欲しいと願う筈だ。

 私達のような人間とは無縁の道を歩んで欲しいと……。

 

「この子にはオムライスを。あと、ジュース。それから、私は本日のランチを」

 

 適当に注文を済ませるとボックス席に座る。向かいには救出された子供だ。

 話を聴く限り、相当な惨劇だったらしい。

 

「食べなければ冷めてしまいますよ?」

 

 何となく、食べようとしない彼女にオムライスを食べさせようとスプーンを手に取った。

 その時、僅かであるが手が触れる。

 すると、まるで拒絶するかのようにスプーンを弾き飛ばした。

 当然、スプーンは床を転がっていく。

 

「ごめんなさい……貴女の大切な人を傷付けてしまって……」

 

「それ、本気で言っているのですか?」

 

 その言葉に大きなため息を吐いてしまう。

 一人さっさと食べ終わると席を立ちあがると、去る直前にこう告げる。

 

「あの方はすぐに復活します。それを貴女があの場にいたからという風に考えているのならば、虫唾が走ります。あの場に貴女がいなくとも、あの方は同じことをしたでしょう」

 

 あの方はそういう人間だ。だからこそ、私はあの方の力になると決めた。

 過去を捨て去り、自由を選んだからこそここにいる。それを選んだのは他ならないあの方と出逢ったからだ。

 

「それから、言葉にしなければ何も変わりませんよ。そして、現実から目を背けていても然りです。自分から一歩踏み出す事です。では、私はシャル様の病室にいますので」

 

 行き先を告げると一人にする。

 少し、一人で考える時間が必要だろう。そう思っての判断だ。

 決して、逃げではない。逃げでは……。

 

「あの方が起きる前に後始末を粗方済ませなければなりませんね」

 

 作戦が急になったが為に色々と齟齬が出ている。

 裏が取り切れず、汚職を潰し損ねた上に教団の人間にも僅かではあるが、逃げられてしまった。だからこそ、今出来る限りでやらなければならない。

 今後の為にも。




フェイ リン

 黒月最高幹部の娘でもあり、共和国暗黒街の情報に詳しい人間。
 英才教育を施されている為、武術に長けており暗黒街では朱い月と恐れられていた。だが、ある一件で黒月とは縁を完全に切り、クロスベルへと移り住む。
 また、マリアのマネジャーも行っており、帝国内ではその冷たいミステリアスさから貴族から妾にならないかという声も上がっている。


 大体、原作前の話は終わったので《D∴G教団》殲滅作戦の後始末。救出した子供との話を書いた後は空の軌跡へと入る予定です。
 この子供を主軸にして書くか、シャルを主軸にして書くかは未定。
 その時からはアーツ方面もちゃんと描ければいいなと思っています。

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