英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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動き出した歯車

 遊撃士の投入が決定し、教団ロッジを制圧する準備はほぼまとまりつつある。

 第一段階の流れはほぼ完成といってもいいだろう。問題は同時に行う作戦だ。

 汚職議員及び貴族の一斉検挙。これが行われなければ、教団幹部陣にこちらの動きを悟られる。または、逃げられる可能性があるのだ。

 だが、規模が規模だけに予想以上に帝国、共和国側の軍内部の協力者の選抜に苦労しているというのが目下の課題である。

 ここだけは双方のメンツに賭けて、遊撃士に任せる訳にはいかないだけに……。

 

「という訳です。現状、私から提供出来る情報はコレが全てです」

 

「教団の規模と汚職の繋がり。若いのに良くここまで割り出せたものだ」

 

「リべールの英雄さんにそこまで言って頂けるとは光栄です。ここまで調べ上げるのに情報を隠蔽など色々と苦労はしましたから。その成果です」

 

 情報の漏洩を恐れて、不用意に周りへ売らなかった事。

 外部の筋を頼らなかった事が大きいだろう。お蔭で使用した資金の回収が難しいのだが、今後の布石と考えればまぁトントンと言った所だろうか。

 しかし、この成果だからこそ問題がある。

 ロッジの数、汚職のそうそうたる面々。不用意には手が出せない。

 遊撃士協会は現行犯でなければ難しい。かと言って、軍を動かすと目立つ。

 だからこそ、調整が難しいのだ。繋がりがなく、白。なおかつ、お金などで問題を抱えていない事が前提になると一人一人の精査にも時間がかかる。

 進行度で言えば、一割にも満たないだろう。

 

「なるほど。これだけの事件ならば、一網打尽にする必要がある。根を残すと、後々に色々と問題を残しそうだからな」

 

「はい。何やら“風”の噂で嫌な話も耳にしましたから」

 

 子供を利用した人体実験。背徳的行為。

 事は緊急を要する。救出が遅れれば遅れるほど、被害者のキズは深まり、社会復帰が難しくなってしまうだろう。けれども……。

 子供を取るか。今後を取るか。

 難しい選択。いや、一人の人間が決められるような選択ではなかった。

 

「嫌な話だな。これだと、クロスベル警察からも人数が出せない」

 

「でしょうね。恐らく、クロスベル警察で動かせるのはセルゲイ班だけでしょう。それ以外に信用がおける人間がいるなら別ですが、危険ですからね」

 

 汚職はクロスベル議員にまで及んでいる。

 まだ、確定した証拠を手に入れられていないが議長クラスまで手を出している可能性がある。もしもそうなれば、警察上層部や警備隊も……。

 セルゲイはその事実に溜息を吐くと頭を掻いた。

 まぁ、予想はしていた展開なのだろうが、頭が痛いのだろう。

 そちらに関しては特定を認めるつもりは両国共にない。特例を認めてしまえば、今後に響いてしまうからだ。胸糞悪いが……。

 

「だからこそ、信用がおける方々にまずはお話した次第です」

 

 一番の問題はここまでの話を聞いた上で勝手に動かれる事だ。

 同時にロッジを襲撃する奇襲だからこそ意味がある。単独で襲撃されでもしたら、全てが水の泡だ。それだけは避けなければならない。

 不用意な正義感。それを理性で押え込めるか。

 それを出来ると信じて警察代表としてセルゲイ。遊撃士の代表として今回の作戦のキーになるであろうカシウス・ブライトを選んだのだ。

 共和国側の協力者と星杯教会側の協力者はいまだに姿を現していないのだが……。

 

「そうか。そこまで信用してくれているのはありがたい。だが、君のその徹底した情報管理、秘密主義がここまでの事態を招いた一端である事は理解しているかな?」

 

「そこを突かれてはぐうの音も出ません。事実、彼らが冗長した理由の一つに自分達の存在が臭われていないという事があるでしょう。私の個人的な動きで犠牲者が増えたのは間違いなく、事実です。それはそれとして受け止めるつもりです」

 

 もう、あとには引き下がれない。

 顔も合わせた事もない人間を被害に合わせてしまった。だからこそ、この作戦を失敗する訳にはいかない。全力で叩き潰す必要がある。

 それにしても、嗤える。まったく、自責の念を感じていない事に……。

 その時、トントンと部屋をノックする音が響いた。

 そして、フェイのの声と共に扉が開く。

 

「ガルバード共和国軍ディアナ=モルデン大尉がおつきになりました。ついでに教会から」

 

「まるで、おまけみたいな言い方は一体何でしょうか? 正式な協力者なのですが?」

 

「いえ、常識がある方ならともかく、少し頭の螺子が抜けている人間を派遣されたので言葉が通じるのか分からなかった物ですから……失礼いたしました」

 

 頭が痛い。一番、警戒しなければならない奴がまさか派遣されてくるとは……。

 レイン=シャネル。騎士団内部でも有数の実力者であり、彼女の関わった事件の後には何も残さないという化物じみた制圧戦を好む人間である。

 つまり、今回の作戦に最も適していない人間。

 頭で動くよりも感情で動く人間であるだけに……。

 

「初めまして。先程、ご紹介に預かりましたガルバード共和国軍参謀本部所属ディアナ=モルデン大尉です。今回の一件に置いて、我々は共和国内部ロッジ制圧の援助及び巨倭国内部の汚職議員の掃討を担当させて頂きます。以後、お見知りおきを」

 

 言い終わると、ディアナは口元を扇子――鉄扇で隠すと室内にいる人間を観察し始める。

 参謀本部。つまり、軍の中枢近い人間を出してくる辺り、共和国は本気なのだろう。

 それと同時に帝国の動きを視ようとしているのかも知れない。今回の作戦でどういった動きをしてくるのか。誰を派遣して来るのか。

 

「それにしても、帝国の方が見えないようですが。ご不在ですか?」

 

「色々と帝国内部で動かれているそうです。領邦軍との衝突、四大貴族への根回しなど仕事は山のようにありますから……」

 

「まぁ、今はそういう事にしておきましょう。こちらも動かせる人間の選抜が終わっていないので……事態が事態だけに」

 

 汚職が根深く、手を回せるだけの人間がいないという事だろう。

 恐らく、暗部を動かし、秘密裏に処分する。という流れも考慮しているのかもしれない。

 だが、次の言葉で事態が一変する。

 

「ですが、肝心な中心にいる貴方がどれ程の人間なのか。信頼におけるのか。それを見せて頂けなければ、全面的に協力は難しいのではないでしょうか? 主催が内通者や役立たずでは我々にも被害が及びますから」

 

 その言葉に明らかにフェイから殺気が漏れるがそれをシャルは手で制した。

 確かに言わんとする事は間違っていない。

 ここにいる他の人間はそれなりに名が通ってる。だが、シャルロットだけは一度も表舞台に出ていない。どんなに調べても名前は出て来ない。

 だからこそ、見極めようという魂胆なのだろう。

 

「確かに一理あります。それで、私が何をすれば認めて頂けるのですか?」

 

 時間がない。その中で何をすれば認めるのか。

 ディアナも考え込み、何とも言えない空気が辺りを包み込む。

 セルゲイとしては情報屋としての一面をある程度、掴んでおりここまで事を単独で進めている手腕を認めている。だから、何も言わない。

 教会側のレインは一度、仕事でかち合っているだけにこちらのやり口を知っている。

 となると、カシウスとディアナを認めさせるという事か。

 

「なら、模擬戦をしよう。剣を交えれば、為人は分かる」

 

「なるほど、剣聖と称されるカシウス=ブライト様に認められるのであれば、我々も認めるに値する人間と納得する他ありませんからね」

 

 A級遊撃士。名将と謳われる八葉の一刀流の免許皆伝者。一筋縄ではいかないだろう。

 面倒な事態になった。それがシャルの抱いた感想だった。

 だが、こうなってしまえばやるしかない。

 それに自分がどこまで出来るのか興味がある。ここで食い付けなければ、この先には進めない。それを考えるといい機会だ。

 

「わかりました。ではそうですね。準備が出来次第、始めましょうか? 早い方がいい」

 

 そう言うと、準備の為に部屋を退出する。

 剣を握るのは久し振りという訳ではないが、相手が相手だ。準備を怠らない方がいい。

 普段着から戦闘着に着替えると、二本の双剣を腰へと差す。

 これまで幾多の戦場を共に駆け抜けてきた名剣。二対一体型の古代遺物であり、現在の技術では複製が不可能な名刀。クロスウィザード。

 後は糸と閃光弾。止血剤といった所だろうか。剣士として真正面から挑むつもりは元からない。そんな埃はどこにもない。

 だからこそ、全ての手段を使い潰すつもりで挑む。

 

「よろしかったのでしょうか。カシウス=ブライト相手では勝ち目は……」

 

「わかってますよ。でも、今後の事を考えればいかに強敵であろうとも避けては通れません。それが、絶対に敵わない相手であったとしてもです」

 

「それは分かっていますが……ご武運を」

 

 フェイはそれだけ言うと、後ろへと下がる。

 勝って来る。とは、言えなかった。

 だが、負けるつもりは毛頭ない。

 弱さは罪なのだから……。

 

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 互いに挨拶をすると、ルール説明が始まる。

 

「ルールは薬等での回復及びアーツの使用を禁止します。では、始め」

 

 そのディアナの一声で試合が開始した。

 だが、カシウスは微動たりしない。

 こちらの出方を窺っているのだろうか? ただ、騙されるつもりはない。

 隙があるように見えるが、あれは油断を誘う罠。突けば食われる。

 ここは低級のアーツで様子を見たいのだが、今回は禁止されている。

 となれば、罠と知りつつ、突き進むしかないか。

 ただ、ここは攻撃をメインに据えるより、防御に意識を回すのが正解。となれば、防御特に意識をして責めて来ると読んでいる筈だ。

 ならばこそ、逆に攻める

 右足を半歩上げると、右に持った剣の持ち方を反転させる。

 そして、息を深く吸い込むと一気に駆け抜ける。

 

「その意気良し。だが、そう上手くいくかな?」

 

 行くわけがない。

 だからこそ、油断されている今が隙を突くチャンスなのだ。

 シャルはカシウスの凪祓いを敢えて左で受ける。

 だが、甘く持っている左はその衝撃を逃がしきれる筈もなく、弾き飛ばされる。

 ここまでは想定通り。の棍軌道は変わった。これなら、躱せる。

 そう思っていたのだが、どうやら詰めが甘かったらしい。

 気が付くと、目の前には棍が迫っている。

 右で受けるか、直撃するか。

 二つに一つ。

 シャルは楽しそうに笑うとその棍を敢えて自分に直撃させる。

 

 

 

 

 

「この程度? もう終わりですか……」

 

「そう見えます? 私には後ろに跳んで衝撃を逃がしていたように見えましたし、その際に何かをしたように思えましたが? あれは飛針って名前だったか――面倒な技ですよね」

 

 技術的に考えれば、内功について詳しくなければ牽制にしかならない技。

 それを敢えてあの状況で打ち込む為に動いたとなれば、内功を阻害するつぼの位置を知っていた事になる。それは次の一手の為の布石。

 

「何か言いたい事でも?」

 

「いえ、なんでも。ただ、その言い方は随分と彼を高く買っていたように見えましたので」

 

 戦った事はないが、フェイ=リンも相当な実力者。

 となれば、共和国から来たこの軍人も彼の事をしっていてもおかしくはない。

 それを知って敢えて試したとなれば、今後の布石のつもりか。

 まぁ、教会としては別にどうなろうが知った事ではないのだが。

 だが、なんだろう。胸騒ぎがする。

 彼の在り方は危険だ。歪過ぎる。

 だからこそ、嫌な予感がする。

 

 

 

 完全には逃がし損ねたが、いい位置に飛ばしてくれた。

 飛ばされた剣を拾うと裂けた唇から出た血を親指で拭った。

 痛い。この痛みだ。この痛みこそが、生きている証。

 この快楽の中だけでしか自分の存在を知覚出来ない。

 楔は打ち込んだ。これで隙は作れる筈だ。

 勝てないのは重々承知だが、負けるつもりはない。

 力が無ければ何も守れない。全てを失ってしまう。

 弱さは罪だ。弱ければ、何一つ守れないのだから。

 

「今のは完全にとらえたと思ったのだが、まさかしてやられるとは。なかなか、侮れないな。今度は此方から行かせて貰おう」

 

 打ち込んだ針を抜くと、カシウスは高く飛び上がる。

 上空から叩き潰すつもりか。

 そう思い、鍔迫り合いに持ち込もうとするのだが、その瞬間、頭に何かが過ぎる。

 そして、それに任せる形で横に転がろうとした。

 危なかった。その一言に尽きる。

 棍はシャルを狙ったのではなく、地面に叩き付けられる。その衝撃は凄まじく、咄嗟には動けなかった。もしも、構えて待ち構えていたら衝撃波に直撃。

 地割れまで起きている。こんなものを喰らったら、足が完全に潰される。

 勝負は決していたという所だろう。

 一つの技でここまでとは……自分の未熟さを実感する。

 小手先の技術でどうにか出来る相手ではない。

 最初から分かっていた事だが、自分にはそれしかない。

 

「直感で裂甲断を咄嗟に避けたか。なかなかにやるな」

 

「運が良かっただけですよ」

 

 表情には出さないが、内心は冷や汗ものだ。

 それに、まだ相手は本気を出していない事ぐらい分かる。

 手を抜いている訳でもなければ、全力でない訳でもない。

 だが、まだ手の内を隠し、こちらの出方を窺っていると言った所だ。

 絶対的な差。それを目の前にして、思わずため息が漏れてしまう。

 だが、だからといって引く訳にはいかない。

 一撃一撃が重い以上、受けには回れない。

 かと言って、攻め切れる技量はない。

 腰を低くして一気に駆け抜ける。

 自分が勝っている部分といえば速度。それだけだ。

 そこを武器に挑む。間合いは大体、把握できた。

 棍を目と鼻の先ギリギリで回避すると、二本の刃を棍へ叩き付ける。

 怒涛の連撃。逃げる隙を与えない。

 

「流石だな。まさか、私の突きについて来るとは」

 

 食いついている。といえば、聞こえがいいが押されないようにするのが精一杯だ。

 気を抜けば押し切られる。なるほど、これが剣聖か。

 ならば、こちらもそろそろ“動く”。

 棍を弾き飛ばすと空白地帯が生まれる。

 恐らく、これが最後のチャンス。ここで決めなければ敗北。

 ならばこそ、もう手札を選んでいるような時期ではない。

 そう判断すると、刃を朱く燃え上がらせる。

 まだ未完成の業だが、相手の防御を砕くにはこれしかない。

 成功するか失敗するか分からない。だが、ここで引く訳にはいかない。

 

「その護りごと、打ち砕かせて貰う!」

 

 棍での反応が僅かに遅れる。

 先程の針の効果がようやく表れたという事だろう。

 だが、それでもピンポイントの防御がずれただけで棍は二振りの牙を受け止めようと待ち構えている。だが、もう止まらない。

 そして、振り抜いた。

 

 

 

 

「やったと思ったんですけど、流石にそう上手くは行きませんか」

 

 結果は棍をに黒く深い傷をつけただけい見える。

 ただ、恐らく筋肉の深い部分にはそれなりのダメージは与えられたはずだ。

 元々、あの技自体が防御させてその武器を通して、腕にダメージを与える為の物。

 受けなければ朱く燃え上がる刃に肉を焼かれながら断ち切られる事になる。

 まぁ、未完成である以上こちらも右肩が痺れて動かない。

 瞬間的に針で内功を操作して動くようにしたものの、長時間は無理だろう。

 

「まさか、ここまでとは思わなかったよ。君がここまでの物を見せてくれたんだ。私も全力を出さないといけないな」

 

 全力を出す。

 それはつまり、全力を出すだけの相手として認められたという事でいいのだろうが、そんな事を考えている余裕はなかった。

 麒麟功――東方に伝わる内功を操作する技だが、まさか剣聖が使えるとは思わなかったからだ。これでは、全てがご破算である。

 針の影響で全力が出せるとは思わないが、それでも……。

 恐らく、次の一撃で最後になるだろう。

 

「さぁて、そろそろ行くぞ?」

 

 間に合わない。

 それが受けた印象だ。先程とすぴーーどから気迫。何から何までが違い過ぎる。

 その気迫に押され、身体が動かない。

 窮鼠猫を噛むというが、絶対的な力量の差を前にしてはそんな事すら出来ない。

 回転して炎を纏う。そして、不死鳥の如く駆けて来る。

 寸手の所で体に鞭を打ち、覚悟を決めると刃を構えた。

 自身の内功を活性させる。

 自分の戦技如きでは相手にならない。

 大陸でも有数の剣聖とここで戦えてよかった。

 自分の未熟さを痛感する事が出来た。

 だから、その先へと行くためにここで壁を超えさせてもらう。

 無理な内功の操作に身体が悲鳴を上げる。

 だが、止まる訳にはいかない。

 疾走する。狼の如く、相手に牙を突き立てんと。

 間合いは分かっている。なら、チャンスはある。

 その想いで加速する。足を限界まで酷使する。

 

 

 

 

 勝負は一瞬だった。

 

 

 

 

「ここまでやってもまだ届きませんか。遠いな……」

 

 倒れたのは自分。勝者はカシウス=ブライト。

 分かっていた事ではあるが、悔しい。思わず、唇を噛んで顔を覆い隠してしまう。

 やはり、未熟だ。最後の最後、敗因は他ならない自分。

 自分の限界を見極める事が出来なかったという情けない結末だ。

 それを理由に敗北を認めない。そんなつもりはない。

 ただ、結果を分けたのが技の差ではなく、そんな単純な事であった事が無性に情けない。そして、どうしようもない程に悔しかった。

 

「どうして、そこまで無茶をしたのかな? 君の戦い方から考えれば、もっと他の戦い方もあった筈だ。一撃離脱。それによる戦況分析。それが君の戦い方なのではないのかな?」

 

 そうだ。とは言えなかった。

 負けたくなかった。それもある。そんな単純な子供のような意地。

 だが、それ以上に昔を思い出してしまったのかも知れない。

 ただひたすらに剣の道を志し、遊撃士になろうとしていたあったかもしれないそんな未来の姿を幻視してしまい……。今の自分と比べてしまい……。

 

「そうか。君の過去に何があったのかは分からない。ただ、良い物を持っているという事だけは感じ取れた。どうかな? ディアナ君?」

 

「ここまでの物を見せられて認めないと言える筈もないでしょう。先程は失礼いたしました」

 

 ディアナはカシウスからの振りにバツの悪そうに二人から目を逸らすと咳払いをする。

 そんなディアナの隣りでレインは先程の戦いをじっと一人、考察していた。

 もしも、あの状態であったならば自分であればどうしたか。

 

「だそうだ。どうやら、認められたみたいだぞ。頑張りたまえ」

 

「戦いに負けて勝負に勝ったってやつですかね? 腑に落ちませんが」

 

 当初の目的は果たせたのだが、敗北は敗北。

 やはり、悔しい。なんで、真正面から剣技主体で戦ったのか。

 自分にもまだ矜持が残っていたという事なのだろうか。

 そんな物では何一つ守れないと痛感した筈なのに……。

 

「一つだけ、私からいいかな?」

 

「なんです? 敗者は私です。答えられる事なら、答えますよ」

 

「君はどうして、自分の身体をそこまで酷使したのかな? 君の目的はここにいる人間に認めさせる事。私に勝つ事ではないと思うのだが」

 

 いくつかの返答パターンは思い付いた。

 どれもお茶を濁すようなものばかりだ。

 だが、シャルは敢えてそれらを選ばなかった。

 

「負けたくなかったからです。いえ、貴方に勝ちたかった」

 

 それは偽らざる本心。

 相手が“カシウス=ブライト”だからこそ、勝ちたかったのかもしれない。

 リベール王国の英雄。百日戦争の立役者。

 その二つはシャルにとっては意味のあることなのだ。

 だからこそ、こんな馬鹿な真似をしてしまったのかもしれない。

 動けなくなるまで無茶をするとは何を考えているのだろうか。

 思わず、苦笑いを浮かべているとレインがゆっくりと近付いてきた。

 

「こちらの方面は得意ではないのですが、自然治癒の手助け程度なら出来るでしょう」

 

 そう言うと、レインはシャルに手をかざす。

 そして、何か適当にもごもごと文言をそれっぽく呟くと淡い光に包まれる。

 

「何とか上手くいきました。今回は……」

 

「どういう意味だ? 今回は上手くいったとは――私にもわかるように説明してくれ」

 

「法術は昔から苦手でして、あの長ったるい説法と経典を覚えたり、女神への加護と私はそういうのをする主義ではありませんか……えっ?」

 

「やはり、一応は顔を出しておいて正解だったな。お前一人ではやはり、何をしでかすか分からない。それに丁度良かった。お前に面倒を見て貰いたい人間がいるんだ」

 

 その言葉にレインは固まってしまう。

 それもその筈だ。そこにいたのは星杯騎士団の第一位。紅耀石。

 ただ、顔を知らないシャルは身体が楽になっても動けない為どうしようもない。

 

「何を言っているのか意味が解りま――何するんですか!?」

 

「少し借りていく。それから、今回と前回の件は君に貸しという事にしておいてくれ」

 

 今回とは今扱っている事件の事。つまり、騎士団が動ける状態を作った事。

 ならば、前回とは一体なんなのだろうか?

 シャルには見当がつかないだけに思わず首を傾げてしまう。

 ただ、嵐のような人間で今後一切、関わりたくない人種である事だけは直感的に理解したのだが、なんだろう。長い付き合いになりそうな気もする。

 

「やれやれ、どうやらこれは少しばかり大事になりそうだな」

 

「これだけの事件ですからね。終わっても、各方面のいざこざで大変ですよ。貴族や議員の処分の後始末だけで何年も問題になるでしょうから」

 

 カシウスから差し出された手を掴むと一気に起こされる。

 楽になったとは言え、まだ不調なのは事実。

 けれども、弱みは見せまいと踏ん張ると固い握手を交わした。

 

「その……ところで、その棍はどこで作られた物でしょうか? その弁償を……」

 

 その言葉に全員の視線が棍へと向く。

 大きな焼け焦げた傷を境に真っ二つに折れた棍。

 いくら、剣聖といえど、どんなモノが出て来る変わらないだけに万全の武器を用意して貰いたい所なのだが、どうしたものか。

 ディアナにしても、自分が提案しただけに言葉も出て来ない。

 

「別に問題ない。遊撃士協会を介せばすぐに用意できる」

 

「で、でしたらその金額だけでも私の方で負担させて頂きましょう」

 

 その言葉にディアナがそう提案するのだが、それをカシウスは一言で拒否した。

 

「構わないよ。そろそろ、新調する為に用意して貰っていたんだ」

 

 その言葉が嘘か真実かは分からないが、本人がそういうのであればどうしようもない。

 こうして、シャルロットとカシウスの模擬戦は終了し、教団殲滅作戦は実行の時を待つだけとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、帝国と共和国での共同作戦か。そんなものを良く実現させたものだな」

 

「えぇ、私もそう思うけれど、事実よ。面白い子だと思わない?」

 

「マリア=レベンフォードか……。だが、これが事実であるならばいずれ……か」

 

 これだけの動きを行える人間ならば、結社の動きにも何らかのアクションを起こしてくるのは当然の事。

 それだけに警戒する必要があるのは明白だ。

 ただ、それ以上に興味があるというのが本心だった。

 

「それで、今晩どうかしら?」

 

「悪いが俺は面白い話があるというから来ただけだ。これなら、“楽園”制圧の時期を合わせて利用させて貰うとしよう」

 

「あら、残念。でも、気を付けなさい。星杯騎士団の人間も出て来ているみたいだから」

 

 一度、相対したが正騎士でも面白い人材が揃っている。

 確かに今回の一件は厄介な事になりそうだ。もしかしたら、ルフィナ=アルジェントとも再会するかもしれない。その時は前回の借りを返させてもらおう。

 そう思いながら、席を立つと待たせていた弟と共に酒場を後にするのだった。




マリア レベンフォード 女 不明

 帝国でも有名な若手オペラ歌手。クロスベル方面での公演も行うなど、国内外問わず積極的に仕事を熟す事で有名。
 また、交友関係が広く、帝国貴族の主催するパーティーにも招待されるほど。
 黒い噂も男の影もないなどないその潔白さ、貴族出身ではない事から民衆にも人気で蒼の歌姫に合わせる形で黒の歌姫と称される。
 何度か共演の話も出るが、どちらかの都合がつかず共演はいまだ行われていないが、その要望が根強い。


戦闘が上手く描写できていないとおもいますが、楽しんで頂けると幸いです。
そろそろ、空の軌跡にも入りたいですが、教団事件終了。及びその後の後処理まで長いですがオリジナルを楽しんで頂けると幸いです。

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