だが、その刃はリシャールに振り下ろされる事はなかった。
視界から消えたのだ。それがどういう事か、すぐには理解出来なかった。
しかし、理解していなくとも身体は自然と反応する。
見えない視界の先から迫る刃を無意識の内に右手に握っていた刃で受け止める。
「なるほど。右の視界がないようだな」
そう言われて、初めて完全に右の視界が失われた事を知る。
しかし、このハンデを背負っていたとしてもこの状況。負けるつもりはない。
現状、タイムリミットがあるとしても、それまでに飛空船を奪えればこちらの勝ち。
この二人を押さえるのは難しいが、その一点に絞れば不可能ではない。
「だったら、なんだ。その程度で勝ったつもりか?」
リシャールの武器は刀。つまり、右の刃で受けている以上はその武器でもう防御は出来ない。足を踏み込むと、空いていた左の肘をみぞおちに叩き込む。
しかし、その攻撃を鞘で受け止められる。
「大佐!!」
「下がっていたまえ。君達がどうにか出来る相手ではない!」
銃を撃とうとする部下を失活する。
視線を逸らした。その一瞬が命取りだ。
左足を右わき腹に叩き込むと一度距離を取る。骨を砕いた感触。恐らく、これで戦闘不能だろう。だが、問題はここから先だ。
どうやって、飛空艇を奪うか。空賊の物を使うにしても、警備艇が行く手を塞ぎ、それを排除しない限りはここを発つ事は不可能。
それに、そう簡単に許してくれそうもない。
『光鬼斬』
脇腹から血飛沫が舞う。
考え事をしていたが為に反応が遅れたのだ。
失策。リシャール自身も致命傷を負っている為、追撃を免れたが先の攻撃でまだ動けることを見過ごしていたのは致命的なミスだ。
しかも、こうなっては殺さずなどと言っている余裕はない。
懐の戦術機に手を伸ばすと回復魔法であるティアを起動させる。
元々、導力魔法があまり得意ではない為、発動まで時間がかかる上にそう多発も出来ない。それ故に、補助系統のアーツで固めており、回復系統は初歩のティアのみ。
つまり、あまり大きな怪我には焼け石に水となってしまうのである。
「セレナ君、君は遊撃士なのだろう。今、君がしなくてはならない事はなんだ」
「私がしなくてはならない事……!! すいません」
リシャールの喝にセレナは戦線へと復活して来る。
二対一。面倒な事になったものだ。しかも、セレナに関しては気を纏っている。恐らく、麒麟功。どうやら、あの人に押し付けた事に関しては間違いがなかったようだ。
しかし、そんな事に喜んでいる余裕はない。
気を使ったという事はこれからの攻防戦が激しくなるという事。
あまり、使いたくなかったが仕方あるまい。
「アオーーーン」
狼のような遠吠えが辺りに響き渡る。
麒麟功と同様の気の操作。だが、唯一違うのはただの操作ではないという事だ。
身体の中に存在するアーティファクトを擬似的に起動させるからだ。
それによる人としてのリミッターの解除。副作用を上げるとするなら……使用後に極端に身体能力が制限されてしまう事だろう。
故にそうなる前に決着を着けなくてはならない。
『繚乱!!』
あの構え。来るのは突き。
流石に全部を逸らして反撃は難しい。その上、アースガードを持ちいた防御も連撃で無理矢理突破して来る筈だ。そう思い、アースガードを発動させると同時に、もう一度アースガードを起動状態にしておく。
突きの猛攻。アースガードをかけているだけにダメージはないが、じわじわと後ろへと押されて行っている。アースガードが切れるタイミングで新たにアーツを起動させたからいいものの、流石A級遊撃士。甘く見過ぎていたかもしれない。
そんな事を考えていると、応急処置を終えたリシャールも戦線に復帰して来る。
流石に無茶はしないだろうが、そこにいるだけで厄介である事は変わりない。
しかし、状況はさらに悪化する事になる。
何故なら、セレナの突きが僅かに曲がり、導力機が後ろへと吹き飛び、発着場下へと堕ちて行ったからだ。これではどうしようもない。
ここは諦めて逃げに徹するべきか。
そう考えていた時、背後から何かが飛び込み、辺りが煙に包まれる。
新手か。そう思い、警戒していると聞きなれた声が聞こえてきた。
「あっちは終わった。後は脱出経路を確保するだけ」
「そういう事だ。向こうは妹と兄貴に任せて来た。流石に人手が足らないと思ってな。加勢させて貰うぞ」
助かった。そう思う反面、向こうが少し気にかかる、
終わったとは言え、まだ油断は出来ない。何より、空賊のお頭が正気に戻っているのか。どの程度の統率力があるのかが不透明だからだ。
実際、ここにいるキールが中核になって部下をまとめているようにも感じる。
「なら、山猫号を確保して下さい。それから、貴女は警備艇を。それからこれを」
「了解」
「おいおい。加勢に来たんじゃないのかよ!」
確かにここで一気に敵を潰すのもアリだが、それではここにいない侵入してきた遊撃士がどうなったのかが問題になってしまう。
それに、無理をして相手の警戒心を強めれば、今後がやりづらくなる可能性もある。
だからこそ、逃げに徹するのが筋だろう。
「この程度なら私一人でもどうにかなります。ですが、彼らを押さえながら船を奪うのは流石に”私”が三人は必要になってしまう」
奪った所で運転しなければならない。
警備艇を奪うにしても鍵を開けながら、戦うのは無理。
運よく導力を入れられたとしても、山猫号を奪うまではいかない。
「それなら、何人か部下を連れて来るんだったな。流石に一人じゃどうしようもない」
「だからこそのフィーですよ」
フィーと二人がかりならばなんとかなるだろう。
警備艇の方はそもそも、発着場からどけさえできれば、墜落しても問題ない。
動かすだけでいいのだ。運転など、必要ない。
「それでは、頼みましたよ」
煙が晴れるより前に立ち上がるとセレナへと斬りかかる。
確かにリシャールも厄介だが手負い。無理は出来ない筈だ。
ならば、先にこちらを落としておく必要がある。
音もなく、背後へと回り込むと背中へ向けて刃を振り下ろそうとする。
手加減出来る相手ではない。そう自分に言い聞かせ切り付けたのだが、その切り付けた相手が煙のように溶けてなくなってしまった。
分身が消えた。それは相手も掴んでいる。
ならば、この煙の中で此方の位置が割れたという事。
構えを変えると深く息を吸い込んだ。精神を統一し、五感を最大限に利用する。
「そこです! 『繚乱』」
死角から飛んでくる無数の突き。
本来なら、避ける事が難しい位置取りだ。
だが、読み易い百点満点の回答だ。
一撃目を腰を低くして躱すと、そのまま前へと一歩踏み込む。
無数に突きが飛んで来るが、一つ一つをいなせばどうという事はない。
そして、懐まで辿り着くと脇腹から肩にかけて斬り上げる。
戦技でもない。ただのカウンターだ。
元々、構えを変えたのもカウンターを行い易くする構えに変更しただけ。
しかし、それが功を称しただけの話だ。
咄嗟に身を引いたようだが、それでも完全に避けきれたわけではない。
着ていた上着は切り裂かれ、シャツにまで達している。
ただ、無意識に加減をしていた為か肌にまではいかなかったらしい。
ゆっくりと煙が晴れて行く。
覚醒での身体強化限界時間も近い。
これはフィーの警備艇強奪時間との戦いになる。
煙で視界が隠れているのに乗じ、動いたために動向は気付かれていない。
まぁ、こちらに警戒し過ぎ、動けないでいるというのも大きいのだろう。
「何故です。先程の間合いなら、私を斬れた筈です。どうして、手を抜かれるのですか」
「答える義理はないのだがな。まぁ、一言で言うなら、君がその程度という事だろう」
「その程度ですか。随分と舐められたものですね。私も」
「なら、私に本気を出させてみたらどうだ」
その言葉に顔を顰めるとセレナが目でリシャールに合図を送ったのを見逃さなかった。
それは二人で何かを仕掛けて来るという事。
流石にこの構えでは裁き切れないと、元の構えに戻すと二人を警戒する。
元々、あの構えはカウンターを狙うもの。その為、攻撃の威力が極端に落ちるのだ。
故に本気のぶつかり合いになれば、押し負けてしまう。
だからこそ、こちらも本気の一撃を叩き込むつもりだ。
「分かりました。でしたら、私の二つ名の真の意味をお見せしましょう」
二つ名。
身近で言えば、サラが紫電の異名を持っている。
まぁ、確かにA級にもなれば二つ名の一つや二つ当たり前か。
レイピアがパチパチを電気を帯びて行く。身体強化ではない。レイピアでその放電は止まっているのだ。まさか、未完成の技なのだろうか?
いや、サラの紫電と比べてしまっているからかもしれない。
アイツは自分自身の身体に雷を纏い、目にもとまらぬ速さで襲い掛かってくる。速度こそが武器なのだ。ならば、レイピアのみの放電は何を目的としたモノか。
「一気に決めます!」
身体を何かが駆け抜ける。
全身の感覚が、一瞬だけ吹き飛んだ。
そこでようやく、自分が斬られたという事実に気が付く。
だが、武器が悪い。身体が痺れて、動けなくなっているがそれだけだ。
突く武器で薙ぎ払ったのだ。恐らく、本来は刀による戦技なのだろう。
まぁ、それにこの程度の状態異常に対策を講じていない訳がない。懐から微かに十字架が姿を現した。しかし、敢えてまだ動けないフリをする。
リシャールの得意技は居合。
なら、対処は簡単だ。
「桜花――何!!」
「居合なんだ。いくら、早くても太刀筋は一つ。それを理解していれば、簡単だ」
クロスウィザードに炎を宿す。
あの頃とは違う。完成された戦技だ。
「我が黒き炎をもって、貴様らを断罪する」
あの時、カシウスに使った技。
けれども、あの時とは違い、纏っているのはどす黒い不気味な炎だ。
幽鬼のように消えると刀の刃に沿わせ、斬撃を上空へと逸らす。
驚愕の顔を浮かべるリシャール。当然だろう。“左手”の感覚がなくなっているのだから。しかし、まだ終わりではない。
「忘れたのか? 俺の使っているのは双剣だぞ?」
鞘が砕け散る。恐らく、先程と同じように咄嗟に鞘で防ごうとしたのだろう。
お蔭で、両手を封じ、得意の居合も使えない。
残るは遊撃士ただ一人という訳だ。
「準備出来た。飛び乗って」
「どうやら、勝者は我々のようだな」
警備艇に飛び乗るとそのまま、空賊のアジトを後にする。
そして、それに続く形で山猫号も空へと飛び立った。
残されたのは呆然と立ち尽くす兵士達だけだ。
「やりぃ。それで、これからどうする?」
「頼んでいた事はやってくれたんですよね?」
「もちのろん。渡されたワイヤーで山猫号と警備艇を繋いでおいたよ」
なら、話は早い。
あとはワイヤーを断ち切り、それをよじ登ればいいだけだ。
フィーと共に甲板へと訪れるとワイヤーを掴み、警備艇へ結び付けられた方を切断する。
当然、二人共々宙へと投げ出されるのだが、幼くとも猟兵のフィーはすらすらとそのワイヤーを伝い、山猫号の甲板へと上り詰める。
だが、マリアはそういう訳にはいかなかった。
何故なら、先程の覚醒を使った副作用が出始めたからだ。
指先から力が抜けていく。下は底の見えぬ渓谷。落ちたら一たまりもないだろう。
死ぬわけにはいかない。そんな思いに反し、手からは徐々に力が抜けていく。
あと少し、あと少しで甲板なのだがそのあと少しが遠い。
あっ。そんな呟きと共に、手がワイヤーから離れていく。
「ったく、何やってるんだ!」
一度は離れた手を何かが掴んだ。
キールの手だ。しかし、なら誰が今この山猫号を操縦しているのだ。
「あのちびすけにお前の様子がおかしいから手を貸してくれって言われて操縦を交代して来たんだよ。それより、大丈夫なのか?」
甲板の上まで引き上げられるとキールにそう尋ねられる。
使った感覚から言えば、あと数時間もすれば元通りになるだろう。
それまでは武器をもって戦うなんてもってのほかなのだが……。
「計器を見る程度なら。流石にそれ以上の事は出来そうにありません」
背後で警備艇が霧の中へと消えていく。
恐らく、崖の底に堕ちて行ったのだろう。今回の一件の責任を誰が被るのか考えると、少しばかり申し訳ない気になるのだが……気にしない事にしておこう。
こうして、無事に空賊を回収。元々、飛空艇を隠していたあの廃坑に船を降ろした。
「キールから全て聞いた。随分と手を借りたみたいだな」
恐らく、他の人間と雰囲気が違う事から考えるにこの空賊の中核。
ドルン・カプアなのだろう。どうやら、正気に戻ったらしい。
「いえ、ですが我々も善意だけで助けた訳ではありませんから。少し、帝国方面で仕事をする傍ら、手伝ってほしい事がありまして」
「あー。確か、運送屋を始めたらどうかって話だったか?」
「はい。最初の資金提供を我々が行い、貴方方の身分を保証するというのでどうでしょうか? 我々は帝国軍に関与されない資金を手に入れ、貴方方はまっとうな仕事とお金を手に入れられる。悪い取引ではないかと」
「ちょっと待ってよ。兄貴。本当にこいつら信用出来るのかよ。だって、こいつらの所為で兄貴がおかしくなったんじゃないか」
「あら、貴女がジョゼットちゃんかしら?」
そう告げると変装を解いて見せる。
「マリア=レベンフォード! なんで、帝国の歌姫がこんな所にいるんだよ!」
まぁ、当然の反応である。
帝国の歌姫があそこまでの作戦を実行して見せたのだ。驚かない訳はない。
元々、そういう有り得ないという先入観を持たせる為の顔でもある。ただ、貴族へと取り入るというもう一つの側面も否めないのは事実なのだが。
「確かに諜報を仕事としている以上、信用はされないのは理解していますが、今回の一件。義理は果たしたと思いますよ?」
実際、わざわざ救援に向かう必要はなかった。
見捨てるという選択肢もあったのだ。それを選ばなかった。危険を冒してまで救助に向かい、見事に成し遂げて見せたのだ。
それすらも棚に上げ、敵視されるのであれば……凄く、不本意だ。
「ジョゼット、落ち着け。新しく、まっとうな事業を始めるにも土台がいるのは事実だ。俺達はその土台を利用し、商売。こいつらはその儲けの一部を手に入れる。まぁ、こっちの負担も大きいがこの状況だと仕方ないだろ」
「ですね。恐らく、遊撃士中に手配が回る可能性もありますから」
今回の一件、人質を救出したのはいいが、犯人グループは逃走。
その上、A級遊撃士とリベール王国の五本指に入るであろう人間が出し抜かれた。
メンツに賭けても後を追跡しようとする筈だ。
「うぅ、すまないな。俺がアイツらの口車に乗ったばっかりに……」
「でも、覚えてないんだよね?」
フィーの言う通りだ。
問題はそこ。何故、覚えていないのか。
記憶操作の類の術式を用いたなら、法術の可能性が出て来る。
だが、星杯騎士団が出て来るには少し物騒な橋を渡り過ぎているのだ。
となると、例の猟兵団の依頼者と空賊を操った人間は同一人物であり、全てが計画の一部分であるとしたらどうだろうか。
黒装束、軍の情報、今回の軍の動き。
空賊の記憶がない以上、切り捨てるのは容易い。しかし、リベール軍内部に何かがあるにしても、猟兵団の動きがどうも納得出来ない。
もしも、その動きがリベールに原因があるなら、帝国との戦禍が――。
「あぁ、すまねぇ。助けて貰ったはいいが、そこに関しては何も……な」
「いえ、すくなくとも我々がこの国でするべき事は定まりましたから」
百日戦没は帝国が裏工作を行い、起こした戦争だ。
鉄血宰相の水蒸気で動く戦車の増産の動きを考えても、確実に何かが起こる。
そうでなければ、使い道のない戦車を大貴族たちが許すとは思えない。自分の立場を悪くするだけだ。まぁ、あまり考えても仕方ないか。
「ただ、現状は貴方方がリベールにいるのは面倒です。一度、帝国へと向かって貰えますか? 恐らく、これを帝国軍の人間に見せれば、部下が迎えに上がる筈です」
「帝国か……。久し振りだな」
久しぶり? まぁ、個人で飛空艇を持っているのも不自然だ。
それなりに金がかかる。となると、帝国の没落貴族だったのだろうか?
ならば、共和国方面に亡命という手もあるのだが……。
あの女に貸しを作るのは少しばかり、嫌だが状況が状況だけに仕方がない。
「なら、共和国方面にしますか? 向こうにもツテはありますのでどうにかなりますが」
「いや、帝国で構わない。騙されて奪われた土地がどうなっているか気になるからな」
詐欺にでも遭ったのだろう。
たまに耳にする話だ。虫のいい話に乗って破産する人間は少なからずいる。
まぁ、こうして新しいまっとうな職を見付けられる人間は更に少ないのだから、彼らは運がいい方なのだろう。やり直せるのだから。
ただ、元貴族となればプライドが邪魔をするかもしれないか……。
「そう言えば、お前らはこれからどうするんだ?」
「我々ですか? 残して来た一人と合流して、ルーアン経由でグランセルを目指す形ですかね? 途中にリベール軍の主要施設もありますから、そこへ侵入して情報収集など、やる事は山ほどありますから」
女王生誕祭も近い。
外国からの来訪者も増える事が予想されるだけにこちらも動き易くなる。
流石に女王に謁見までは叶わないだろうが……。
「なるほど。まぁ、何か手伝える事があれば遠慮せずに行ってくれ。今回の貸しは高くついているんだからな」
「そうですね。その時がくれば、力を存分に借りようと思います」
軍外部で動かせる手駒は少ない。
攻撃力は少ないが、機動力で言えば空賊はそこそこの物だろう。
情報網に関しても、『目と耳』のネットワークは健在。帝国、共和国に於いては瞬時に情報収集が可能になっている。帝国軍情報局には属していない物だが。
「あぁ、そうだ。一つ質問よろしいでしょうか? カシウス=ブライトは飛空艇に乗っていたでしょうか? 定期便の名簿には名前があったのですが」
もしも、乗っていたのならばどこに消えたのかが問題だ。
乗っていなかったならば、別ルートで帝国へと向かった可能性がある。
最悪、こちらの手駒を動かして帰国を促す必要性が出て来るのだ。
「いや、乗ってなかったと思う。殆んど、争わずに制圧できたからな」
「なるほど。なら、帝国に行き次第、こう伝えておいて下さい。『アリスを探せ』恐らく、それで何をすべきか、私の部下なら理解してくれる筈なので」
一連の流れに繋がりがあるとすれば、カシウスだ。
だからこそ、カシウスを再び本流へと戻せば、何かが見えて来る筈だ。
その為にも帝国内部での動きを探り、接触しなければならない。
「分かった。伝えとくよ」
「よろしくお願いします」
フィーとマリアは帝国へと向かう山猫号を見送り、ホテルへと戻る。
シャーリーが合流するとしたら、ここだろう。そう思っての事なのだが、そこには誰もおらず、部屋を出た時の状態のままになっていた。
もう朝も空けている。お蔭で、昨晩の一件により町の警備態勢が厳しくなっている。
まさか、敗北して回収された? 猟兵である以上、それなりの矜持がある。だからこそ、こちらの情報を話すとは思えないが……。どうしたものか。
だが、どちらにせよ。彼女を倒せるだけの駒が向こうにあるという事だ。
謎の集団。複数の実力者。随分とキナ臭い話だ。
帝国も帝国で多くの問題を抱えているが、どうやらリベールも同様らしい。
「どうする? 探すにしても……」
「そうですよね。遊撃士に依頼する訳にも行きませんし、少しばかり厄介ですね」
ルームサービスで注文した珈琲を楽しみながら今後の方針に思案を巡らせる。
奴らはヴァレリア湖の沿岸から船で現れた。つまり、その周辺に活動拠点がある可能性は大いにあるが範囲が広すぎる。それだけの労力がない。
確かに、人がいる以上物流の流れが存在する。それを追えば発見できない事もないだろう。だが、それを行うにはこのリベールが活動拠点外であるという壁に阻まれてしまう。
こうなるとやはり、後手ではあるが何かが起こるのを待つのが得策か。
本来なら、こちらから仕掛け、舞台を整えたい所なのだが主導権を握れないのなら仕方がない。諦めて手の内で踊るのも一興だろう。
「ただいま……」
そんな事を考えていると、部屋の扉が開き、ボロボロな姿のシャーリーが現れた。
持って来ていた武器も真っ二つに切り裂かれている。その消耗具合から見るに、相当な激戦が繰り広げられていたのだろう。
「おかえりなさい。随分とこっぴどく負けたようですね」
「うん。まぁ、完敗ってやつだね。どうしようもないぐらいに」
戦闘狂として知られる彼女の言葉とは思えないほどに清々しい言葉。
その言葉に一瞬、何があったのかと首を傾げそうになる。
「そう。そんなに強い相手だったんだ」
「私の知る中でも五本指に入るくらいかな。まだ、向こうも底を見せてないみたいだけどね」
「底を見せずに血染めのシャーリーを圧倒しますか。ところで、武器はどうします? 流石に直接取り寄せるのは難しいので共和国を経由したりと時間がかかりますが……」
恐らく、今回の一件で全体的な検閲が強化される筈だ。
だからこそ、テスタロッサのような特殊な武器を持ち込むのが今まで以上に難しくなってしまう。裏ルートを使えば無理ではないが、やはり時間はかかる。
それに、赤い星座は現在帝国で猟兵団の殲滅作戦中。同一の物をとなると、一度帝国まで戻らなければならなくなってしまう。
どうしたものか……。
「あぁ、別に猟兵団にまで連絡は回さなくていいよ。多分、このタイプの武器なら闇ルートに流れてると思うからさ。それに、やられた借りはきっちり返したいし」
「そうですか。では、出来る限り急ぐ形で当たらせましょう。ここまでの人間が出て来るなら、予備の装備を用意しておくべきでしたね」
これでシャーリーは一時、戦線離脱という訳だ。
どうやら、リベールではハルバートタイプの武器は普及していないようなので代替えの用意も無理。クロスベルまで足を延ばせば可能なのだろうが、それなら恐らく裏ルートでテスタロッサと同系列の武器を仕入れる方が早い。
まぁ、現状は大規模な行動は控えるつもりであるのだから、ちょうどいいかもしれない。
ただでさえ、戦闘狂なのだ。これで少しは抑えられるだろう。
「ところで、相手はどんな奴だったの?」
「あぁ、相当重い一撃を出してくる刀使い。でも、八葉じゃないみたいなんだよね。それに、古代遺物か分からないけど、傷が瞬時に癒えたようだし、やり辛い相手だったかな?」
カシウスやクロスベルのアリオスを筆頭にする八葉流。
刀といえば、最初に浮かぶ流派だ。それ以外の流派も確かに存在するが、あまり表舞台に出て来る事はない。ただ、一つ言えるのは恐らく、東方……共和国方面の人間だろう。
フェイ辺りの人脈を利用すれば、何か解るかも知れないが彼女は現在、帝都で動けない。
傷が瞬時に癒える古代遺物に関しても気になるが、今は頭の片隅に置いておくだけにしておこう。あまり、考え過ぎるのもよくはない。
「傷が瞬時に癒える……重い一撃。近接戦闘は無理そうだね」
「あと、目標が定まらないんだよね。間合いに捉えたと思ったら、半歩ずれていたりさ。本当に嫌になっちゃうよ。それに、こっちの傷まで癒してくれちゃってさ」
「味方の傷も癒せる……。それは聞き捨てなりませんね」
部下も単騎では問題ないだろうが、集団になれば厄介なレベルだった。
それを考えれば、ゾンビのように復活されるのは面倒な事この上ない。
しかし、その基点を潰そうにもその基点となる人間が実力者。
本当に何者なのだろう。彼らは。
「まぁ、次は私が勝つからさ。アレは私の獲物だよ」
「そうですか。まぁ、一応は覚えておきます。それより、今日は英気を養いましょう。それで、明日にはルーアンに向けて出発。昨晩は随分と働きましたし、今後はいつ動く事になるか分かりませんから、休める時に休んでおきましょう」
「確かに。眠い」
「そうだね。なら、ここは私の!」
そう言うと、シャーリーは三つあるベッドの真ん中にダイブする。
フィーはそんな様子をものともせず、マイペースに自分のベッドへと潜ると瞬時に眠ってしまった。本当に早い。
「さて、私の方もそろそろ……休むとしましょうか」
覚醒を使った反動は抜けたとはいえ、消耗した体力まで復活した訳ではない。
それに加え、あの激戦だ。気付かない内に疲れがたまってしまっている。それを残しておけば、次の戦いの支障になる。
そう思い、マリアもベッドに潜ろうとするのだが、そこである事を思い出した。
シャーリーがテスタロッサを失くしたように、マリアも導力機を失っているのだ。
流石に導力機からマリアを特定するのは不可能だろうが、今後の戦いに支障を来たすのは目に見えて明らかだ。
元々、アーツが苦手といえ、身体強化。防御のアーツを一応は使っていたのだ。
今後は今回のような事も想定し、二つ持ち程度やってのけたほうがいいかもしれない。
まぁ、同時に二つのアーツを使うような事は出来ないし、宝の持ち腐れになるのだろうが、一瞬の判断が命取りになる場面でアーツという選択肢を失うのは痛い。
「起きたら、そちらの準備の手続きも……」
そう決意しながら、深い眠りへと堕ちて行くのだった、