英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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舞姫

「一応、教えられた情報から服は作ってみましたけど、似合いますかね?」

 

 教えられた相手の情報を元に作ってはみたが、軽装に慣れすぎていただけに動きにくい。

 やはり、装備は身体にあったものを着るべきだと思いながらも、武器屋で買ってきたそれなりの剣を振り下ろす。

 

「どう見ても、間合いがあってない所を見ると、もっと大柄の武器使った方がいいんじゃない? 私のテスタロッサとかさ」

 

「流石に私でもそこまでの大型武装は振るえませんよ。使うなら、槍ですかね。まぁ、妥当な装備として剣を選びましたが……」

 

 問題は成り済ます相手の武器だ。

 もしも、色物を使っているなら調達が難しくなる。その場合、どうするか。

 その辺りは本当になるようになるだろう。

 会合場所はヴァレリア湖畔。もしも、船で現れるならどの辺りに本拠地があるのかが判断し辛い。流石に湖の周りを調べつくすのは時間の浪費だ。

 

「そろそろ、時間だけど何か変化会った?」

 

「ちょっと待って。会合場所付近に一般人がいる……遊撃士」

 

「それはちょっと不味いですね。とは言っても、今ここから動くのも難しいですし、最悪の展開ですか。下手な行動を起こさないでくれるといいんですけどね」

 

 計画が前倒しになるのはいいのだが、会合相手の情報が手に入らないのならば本当に大損失だ。しかも、相手は遊撃士。絶対に情報を開示してはくれないだろう。

 空賊達の姿は見えるが、肝心の相手がまだ表れていない。

 遊撃士もおそらく、身を隠している所を見ると何かを待っているのだろう。

 

「来た! ボートに三人」

 

 双眼鏡で湖畔に到着した船に乗る三名を確認する。

 二人は服装から判断し、特殊工作を主とする部隊の兵士だろう。装備もそれに合わせているのだが、なんだろう。違和感を覚える。

 まるで、猟兵団。だが、あんな猟兵団なんてものが存在していただろうか?

 だが、それ以上に引っかかったのはボートの先頭にいたリーダーらしき存在だ。

 服装は話通りなのだが、見ているだけで分かる。あれは厄介な相手だ。できれば、戦いたくはない。強さ云々の話ではない。纏っているオーラだ。

 アレは修羅。失い続けて力を得た人間。

 だからこそ、失う事を恐れない。厄介な存在だ。

 

「あの先頭にいる奴がリーダーか。こっちに来て正解だったかも!」

 

 猟兵としての本能がシャーリーにあれが猛者である事を告げているのだろう。

 目をうきうきと輝かせて手に持っているテスタロッサを握りしめている。今にも戦いを始めてしまいそうな程だ。

 その殺気を感じ取ったのか。一瞬、その先頭の男が遠方から観察する私達の視線と交差する。距離が距離なだけに見える筈がない。そう思ったのだが、全身に嫌な汗が走る。

 

「逃げる。気付かれた」

 

「えー。戦えばいいじゃん。あれを倒せば、解決って事でしょ?」

 

 確かにシャーリーの言葉にも一理ある。

 おそらく、あれだけの凄味のある実力者となれば中核を担っている。そこを落とす事が出来れば、何か計画に移すにしても難易度は跳ね上がる。

 しかし、相手の情報がまるでない。まだ、藪を突くには早過ぎる。

 

「いったん、引きましょう。相手に実力者がいる事が分かっただけでも今後は警戒できます。後は空賊を逃がして事件に幕を下ろしましょう」

 

 撤収しよう。

 そう思い、立ち上がろうとした瞬間、背後から嫌な気配を感じ取る。

 まさか、気付かれていた? いや、そんな筈はない。先程まで何一つ辺りに気配はなかった。一体、いつの間に。

 だが、そんな事を考えている余裕はなかった。

 何故なら、振り向いた先には蒼炎が迫っていただの。

 それを咄嗟に身体を捻ってかわそうとするのだが、避けきれずわずかにその蒼炎が腕に燃え移る。それと同時に、身体を酷い倦怠感が襲った。

 だが、その倦怠感も炎が消えると自然と動かせる程には回復する。

 疲れは残っているが何か異常があるわけではない。

 

「先の一撃で仕留めたと思いましたが、かわしましたか。それに、その回復力は一筋縄ではいきそうにありませんね」

 

 現れたのは黒衣を纏った深く帽子をかぶり、顔を隠したの女性。

 先程の会合場所にいたリーダーらしき男と同じ帽子という事は副官なのだろう。

 フィーも当然の襲撃者に驚きを隠せない様子。

 確かに猟兵ならば、奇襲は日常。慣れているかもしれないが、気配すらなかったのだ。

 突然現れ、消える。そんな存在しないモノのような事をやってのけた相手に警戒をしない筈がない。だが、そんなフィーとは対照的にシャーリーは舌なめずりをしていた。

 あの目は完全に獲物を品定めする目だ。

 止めるべきか。ここは三人がかりで突破するべきか。

 

「お姉さん、強そうだね」

 

「血に飢えた獣。血染めですか。汚らわしい」

 

「へえ、言ってくれるね。じゃあ、見てあげるよ。アンタの血の色をさ!」

 

 テスタロッサを振り上げるとそれをその女性に一気に叩き付ける。

 あれだけの重量。そして、シャーリーの技量を考えれば真正面からは絶対に受けきれない。確実に回避動作を取る。そう思っていたのだが、微動だりしていなかった。

 ただ、テスタロッサを持っていた刀で受け止める。

 刀? まさか、八葉一刀流? だとすれば、やはり一人では……。

 

「ただ力任せに暴れ回るしか能がない。その力で貴女は一体、何を守るのですか?」

 

「守る? 戦場で守るのは自分だけ! 戦う事こそが生きる意味じゃない!」

 

 そう叫ぶと、シャーリーは後ろに跳び、距離を取ると機関銃を掃射する。

 

「行く。多分、今の状況で残れば事態は悪化する」

 

 フィーの言う通りか。彼女も猟兵。

 何より、本能のままに戦う彼女に対し、私達は邪魔以外の何物でもない。

 ならば、ここはシャーリー一人に任せて空賊の手助けに回るべきか。

 おそらく、これが足止めだとすれば向こうも何らかの騒動が起こっているはずだ。

 

「死なないで下さいよ。殺して構いませんから」

 

「へぇ、分かってるじゃない」

 

 そう告げると、フィーと共に空賊のアジトがある霜降り渓谷へと急いだ。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「良かったのかな? てっきり、目的はあの女にあると思ったんだけどさ」

 

 戦力的に考えれば、護衛の二人をまず潰すのが定石の筈なのに目の前の敵は最初にわざわざ、あのマリアを狙った。

 本人は誤魔化しているし、よく観察しなければただの一般人。

 それを最初に狙った意味。まぁ、どうでもいいか。

 

「別段、意味はありません。敵性レベルを判断する上で材料がなかったので最初に仕掛けたまでです。ですが、どうやら貴女方の中で一番厄介な御仁だったようですね」

 

「ふーん。それで、私は眼中にないって訳? ちょっと、焼けちゃうな」

 

「なら、焼いて差し上げましょうか?」

 

 そう告げると女の持っていた刀が蒼い炎に包まれる。

 多分、さっきの斬撃の際もまとわせていたのだろう。

 炎自体がどんな物かはわからないが、ただのアーツではないのは感覚で分かる。あれに当たるなと本能が告げている。

 おそらく、マリアの様子がおかしかったのもこの炎をかわしきれなかったからなのだろう。なら、ここは特性をと言いたい所だがそんな面倒な事はしない。

 ただ、力尽くで捻じ伏せるだけだ。

 

「やってみなよ!」

 

 機関銃を乱射し、女を牽制する。

 そして、動けないところをチェーンソーで切り刻もうとするのだが、それを真正面から刀で受け止められる。しかも、その衝撃でチェーンソーの刃が砕けてしまった。

 絶対必中の自身があったからこそ、ブラッティクロスを使おうとした。

 

「『滅鬼』」

 

 だが、それだけでは終わらない。

 そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとするのだが、何故かどんどんと押されてしまう。

 なんとか、足で踏みとどまってはいるが――なるほど。手に力が入らないのか。

 考えられるとしたらさっきのチェーンソーを砕いた技。

 あれを受けた際に受け流しきれずに手が痺れてしまったのだろう。

 しかし、なんだろう。この違和感は。

 

「この程度ですか。血染めと言う二つ名も大したことありませんね」

 

「言ってくれるじゃない」

 

 一撃が重いなら、受けなければいい。

 相手より早くその刃を叩き込む。それだけの話だ。

 しかし、どうして蒼い炎で私を焼こうとしなかったのか。条件がある?

 テスタロッサも半壊だ。修理に出してどれ程で戻ってくるか。

 目の前に刃が迫る。また、蒼い炎。受け止めるわけにはいかない。

 屈んでかわすとすかさず、テスタロッサで薙ぎ払うのだが当たった筈のその刃は空を切り、女の突きが私に襲い掛かる。

 かわす距離も考えた上での薙ぎ払い。それが空を切った。その上、反撃の突き?

 どういうカラクリだ?

 

「随分と楽しそうに笑われますね。そんなに殺し合いが楽しいですか?」

 

「楽しいに決まってるじゃない。生死を賭けた戦いってのはスリルがあってさ!」

 

 久しぶりの強敵。それに心が躍る。

 ここまで追い込まれたのは殆んど経験がない。ランディ兄や親父を怒らせた時を除けば、三度もあったかどうかの経験。

 だからこそ、楽しさのあまり笑ってしまう。

 

「理解し難い感情ですね。こんな低俗な行為を楽しむというのは」

 

「ずいぶんと偉そうな言葉を並べてくれるじゃない」

 

 確かに一撃も入れる事が出来ていない。

 機関銃による牽制もまるで意味をなしていない。

 何かトリックがあるのだろうが……。テスタロッサの現状を考えると長期戦は無理だ。

 あの一撃を後二発耐えられるか。そこが境目だろう。

 自らの闘気を高めるウォークライを使い、自身を奮い立たせる。

 

「凄まじい闘気。なるほど、訂正しましょう。ただの飢えた獣ではなかったようです」

 

 考えたところで無意味なのなら、ただ本能に従うまでだ。

 純粋なまでの直観。それに全てを賭ける。

 そう覚悟を決めるとテスタめのロッサを低く構えて一気に走り出す。

 力任せの戦い方では押し負ける。テスタロッサが持たない。

 

「喰らえ!!」

 

 ただの切り払い。

 だが、これだでとは違い、半歩踏み込んだ。

 それだけの違い。しかし、その違いは大きな違いとなる。

 目の前にいる女士官の服を切り裂いたのだが、それが歪み消えていく。

 幻像。つまり、見えていたのは偽物だったのだ。だから、攻撃が通用しなかった。

 それだけではない。切っ先は確かに女士官の服を切り裂き、赤い傷を作り上げていた。

 

「へぇ、面白い技を使うじゃない。でも、種が分かればこっちのものだけど」

 

「『陽炎』を見抜きますか。では、私も少しだけ本気を出すとしましょう」

 

 その言葉を放った瞬間、雰囲気が一変する。

 自分が気遅れしているのだ。まるで、狼の前に迷い出てしまった子羊の気分だ。

 これまで幾多の戦場を潜り抜けてきた。本物の殺し合いに身を投じてきた。そんな中でも初めての経験だ。とても面白い経験だ。

 もしも、これまで狩ってきた連中もこんな気分だったのだろうか。

 狩る側と狩られる側の逆転。食うか食われるかの勝負。

 実に面白い。こうでなくてはならない。

 だからこそ、戦いは最高なのだ。

 

「いい。凄くいいよ。その表情。その眼。やっぱり、最高だよ」

 

「私程度の存在に何を思ったのかは分かりかねますが、そろそろ終わりにしましょう。我々もここで貴女の相手をしているほど暇ではありませんから」

 

 消えた。という表現が正しいのだろう。

 目の前にいたはずの女士官が視界に入らない。

 だが、何の問題もない。気配を感じなかろうが攻撃する一瞬は必ず、近くに現れる。

 だから、防御はしない。防御を捨てての攻撃。

 切っ先が触れた瞬間。蒼炎に焼かれるのを感じた瞬間、本能のままにテスタロッサをそこへ向かって叩き付ける。

 ミシミシという骨の軋む音が聞こえた。

 けれども、こちらも左わき腹を切り裂かれている。一応、止血剤でどうにかなるにしても、戦闘行為を続ければまた傷口が開く。

 その上、あの蒼炎を喰らったのだ。虚脱感が襲ってくる。

 これ以上の長期戦は無理。そう判断したのだが、どうやら相手は違うらしい。

 吹き飛ばされた先で立ち上がった女士官は蒼炎に包まれている。それだけではない。

 最初に僅かに掠った筈の場所の傷が消失していたのだ。

 

「嘘でしょ……」

 

 思わず、そんな言葉が漏れてしまう。

 てっきり、体力を奪うだけかと思えば自身の傷すらも瞬時に回復してしまう。

 だとすれば、これ程までに厄介な能力はない。

 脇腹の事も考えると機動力は確実に落ちている。

 舌打ちせずにいられる筈がなかった。

 

「そろそろ、終わりにしましょうか」

 

 そう女士官が告げると気付けば彼女は横を通り過ぎていた。

 ガードしようとテスタロッサを構えるが、その柄ごと叩き切り、腹を一閃する。

 傷は深い。刃は内臓にまで達している。

 即死とはいかないが、早急に治療しなければ命を落とすだろう。

 

「血に飢えた獅子よ。食うか食われるか。弱肉強食が世の理というのであれば――」

 

 私が弱者?

 赤い星座でも、一目置かれているこの私が……ただの弱者?

 認めない。そんな事は断じて認めない。

 

「断じて認めない」

 

 治療などもうどうでもいい。

 最後まで猟兵としての意地を貫き通すまでだ。

 雑念が消えた。今ははっきりと敵が見えている。頭が冴えわたる。

 

「貰ったーーーーーーーーーーー!!!」

 

 叩き斬られた柄を女の首へと突き刺そうとする。

 牙を折られようが、足を折られようが最後まで自分らしくある為に。

 女の首筋に切っ先が当たり、一筋の血が流れ始める。

 だが、あと一歩足りなかった。

 血を流し過ぎたらしい。もう、身体が動かない。

 最後の最後にこの女に一矢報いた。もっと、戦いたかったが……。

 

「なるほど。ただ、血に飢えた獣ていたという訳ではなかったようですね」

 

 身体が温かい何かで包まれる。

 脱力感は抜けないが、痛みは消えた。

 

「何の……つもり……」

 

「今回は引き分けと言う事にしておきましょう。貴方がただの戦闘狂で終わるのか、信念を持った気高き獅子に化けるのか。それを見極めるのもまた一興です。少なくとも、最後の一撃は私に届いていた」

 

「名前……アンタの……」

 

「残念ながら、職務上名乗る事は出来ません。ですが、それでも敢えて聞くのであればこう名乗りましょう。妖炎と」

 

 妖炎。なるほど、確かにその名を冠する通りだ。

 怪しく光る青白い炎を身に纏う。舞うように戦うさながら演武の如き、太刀筋。

 舞姫――その言葉が頭に過ぎった時、あのフィー・クラウゼルの顔が頭に過ぎった。

 西風の妖精。私とは違う戦い方をする。敵。

 

「その名前、覚えたわよ。ここで助けた事を後悔させてやるんだから」

 

「その状態でそれだけの威勢。大丈夫そうですね。私もシャーリー・オルランドと言う名前を記憶に刻み込んでおきましょう」

 

 そう告げて初めて気づいた。

 この女は最初から私なんて見ていなかった事を。

 その目はどこまでも深い闇が支配していた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうする? 遊撃士だけじゃない。軍の連中も入り込んでる……」

 

 状況は最悪。恐らく、ここにいる軍人は精鋭。厄介な事になったものだと思う。

 だが、まだチェックをかけられたわけではない。足掻きようがあるというものだ。

 その為には誰かが足止めをする必要がある。

 

「私が遊撃士と軍の足止めをしましょう。フィーは当初の手筈とは違いますが、当初のプランのルートを利用して脱出して下さい」

 

「でも、それだと崖に真っ逆様」

 

 最後の要は飛空艇。

 だが、恐らく停泊所を押さえられている為に出す事は難しい。

 自殺行為。それは分かっているのだが、今はもうこれに賭けるしかない。

 フィーは何かを言いたげな様子でこちらを見るが、何も口にする事は無かった。

 

「分かった。やってみる。だから、気を付けて」

 

「そちらこそ、ご武運を」

 

 停泊上への道の魔物は掃討済み。

 恐らく、軍か遊撃士によるものだろう。

 問題はどれだけの数がこの遺跡に到着しているかだ。

 それによっては最悪……。殺しすらも許容しなくてはならなくなる。

 出来る限り、無駄な折衝は避けたいのだが……。

 しかし、願いは叶わなかったらしい。

 発着場には二個小隊規模。三十名ほどなのだが、問題は指揮官だ。

 モルガン――将軍。それに加え、A級遊撃士。アラン・リシャール大佐。

 前線に立たなくなったとはいえ、モルガン将軍の武芸の腕は変わりない。

 アラン・リシャールはカシウスから居合の手ほどきを受けている達人。

 セレナがどの程度か不明。

 遊撃士見習いは戦力へ数えないにしても、分が悪い。

 本来ならば仕掛けずに引く事を選ぶが、見捨てる気にはなれなかった。

 ただ、唯一の救いは軍の武装が銃火器であった事か。

 これなら――十分に勝機はある。

 陰から飛び出すと人混みの中へ一気に走り込む。

 その時には気付かれた、これで同士討ちを避ける為に無闇に発砲は出来なくなった。

 

「まず二十人程か」

 

 数が多い。それだけに一人ずつ確実に動けなくする。

 実力者の三人の反応が遅れてくれた。いや、一人だけは明らかに違う理由で遅れたのだが、そのお蔭で奇襲は成功。

 これでモルガンの部下の半数は沈黙した。

 そして、動揺が走っている。最初の一撃の強大さに恐怖して……。

 

「貴様。何が目的だ。それ程の腕を持ちながらどうして、空賊などに組する!」

 

 モルガン将軍がハルバートでそう叫びながら切りかかって来る。

 流石だ。歴戦の猛者と言う事だけはある。一撃が重い。

 だが、脇が甘い。深く息を吸い込むと、拳を一気に叩き込む。

 

「なるほど。武神の二つ名。どうやら、伊達ではないらしいな」

 

 殺すつもりで叩き込んだのだが、数歩後退するだけで耐えきった。それだけではない。胃の中の物すら吐き出そうとしなかった。膝も付けられないとは……。

 

「舐めて貰っては困るな。部下をここまで叩き潰されて黙っているとでも思った……のだが、流石に年には勝てんか……」

 

 チャンス。ここでモルガンを落とせば、一気に士気が下がる。

 そうすれば、隙が生まれる。そう思ったのだが、その太刀筋を横やりによって防がれる。

 

「はぁ、無茶をし過ぎですよ。それに、最初に申し上げた筈ですよ」

 

「やれやれ、こう暴れられては黙って見ている訳にもいかないな」

 

 リシャールとセレナ。

 だが、これで敵が明確になった。

 この二人を突破すれば戦況は一気に覆る。

 問題はどれほど猶予が残っているか。空賊達が飛び降りるまでに飛空艇を手に入れなければならない。そうでなければ、詰む。

 

 そんな事を考えていると、セレナがレイピアで突進してくる。

 クロックアップを利用しているのが、早い。だが、目で追えない速度ではない。

 それに、突発的な連携はまだ出来ていないらしい。これなら、いくらでも……。

 しかし、どうやらセレナの成長は想像の域を超えていたらしい。

 いや、ただ甘く見ていただけなのかもしれない。

 ただの突き。そう思い、躱そうとしたのだが当たる直前に斬撃が曲ると持っていた剣を吹き飛ばした。これで完全に無手。

 そして、そこにリシャールが斬りかかる。

 居合――その速さからまず避けきれない。

 ならばどうするか。受けるまでだ。但し、剣でだが。

 

「なるほど。まだ、武器を隠し持っていたか。いや、そちらが君の本来の武器なのかな?」

 

 双剣。クロスウィンザード。

 確かにアレを手に入れてからは使う事は少なくなったが、紛れもなく愛武器だ。

 何故か、嬉しそうなリシャール。いや、安心したと言えばいいのだろうか?

 だが、これではっきりした。リシャールは恐らくあの男を知っている。

 だから動揺した。どうやら、軍内部そのものがキナ臭いらしい。

 

「――クロスウィンザード。どうして、お前がそれを」

 

 そう言えば、セレナの前では何度かこれを使っていた事を思い出した。

 しくじった。しかし、これだけで身元を特定する証拠にはならない。

 存在しない人間を探すなど誰にも不可能なのだ。

 

「殺して奪った。捨て置くのは勿体なかろう。欲しければお前も私を殺して奪い取ればいい」

 

 そう言いながらも周りの状況を確認する。

 飛空艇は二機。空賊の物と軍の物。

 軍の物をどかさない限り、空賊の物は出す事が出来ない。

 こうなると、取れる手段は一つだけだ。

 軍の小型飛空艇の奪取。空賊共には悪いが今は背に腹を変えられない。

 何より、この二人を相手にして勝ち残るには少しばかり、時間が短すぎる。

 僅かな可能性に賭けるにしても、人の命がかかっている。無茶は出来ない。

 計画を頭の中で組み直すと動揺を隠せないセレナを無視し、リシャールへと斬りかかった。


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