英雄伝説~飢狼の軌跡~   作:浅田湊

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不定期です。
現状、考えているオリキャラが八人。
一応、閃の軌跡まで話を続けられたらいいなと思っています。


原作前
亡霊


 シャルロット=ウィンザードは三日ぶりの我が家で惰眠を貪っていた。

 数日間における帝国での仕事。七曜教会ともかち合うという、予想外の展開もあった事から、事態は予定外の方向へと進み、帰国予定が大幅にずれてしまったのだ。

 ただ、予定外の事態とは言え、それによって得た利益も大きい。

 帝国軍内部での地位。星杯騎士団との繋がり。これまでの共和国での活動も踏まえるとそれなりに盤石な体制が築かれたと考える事も出来なくはない。

 まぁ、人脈が広がり、名前が売れた事で余計な敵や仕事も増えてしまった訳だが……。

 名前や経歴、性別が一切不明の為に亡霊。千変という大層な異名までついてしまうとは、我ながら笑えてしまう。ただ、その亡霊という名前も自分から名乗った訳ではないが、自分という存在を表す上で的を射ているだけに何とも言い難い。

 

「今回は三日間、帝国のとある貴族に対する裏付けを依頼された筈でしたが、古代遺物の所持まで発覚。七曜教会が出張る事になってしまい予定よりも二日かかってしまったとは、随分と厄介事を抱え込みましたね」

 

「言いたい事なら分かってる。お蔭で支障が出るって言いたいんだろう。そっちの方はクロチルダに借りを作る形で収めた」

 

 帝国でのオペラ公演。

 黒の歌姫と称される帝国オペラ界の歌姫の一人。

 帝国での一件の影響で彼女の出演オペラが急遽代役を立てなければならない事態になってしまった事に関しては誠に申し訳ないと思っている。

 ただ、こちらもそれの所為で色々と根回しをした事も踏まえれば、トントンと言った具合だろう。

 

「なら、いいのですが。ところで、今回の一件はどう思われます?」

 

 メイド服を着たその女性は今回の一件の報告書を確認し終え、膨大な資料の一つとしてバインダーに納めるとそう尋ねて来る。

 とは言われても、今回の一件だけでは何とも言い辛い。

 ただの行方不明になった貴族の娘の創作家と思えば、良く分からない組織と抗争に発展する事になったのだ。

 傭兵団とは考え辛い。かと言って、裏社会のマフィアとも違う。

 もっと、こう嫌な感じがするというのが正直な感想だった。

 

「もしかして、古巣が関わっているのではないかとか思ってるのか?」

 

 返事はないが、恐らくそういう事なのだろう。

 無言の肯定。まぁ、確かにエレボニア帝国とカルバード共和国は小規模な衝突を繰り返してきた。恐らく、一石が投じられれば、情勢は一気に動き始めるだろう。

 それだけにもしかしたら、この誘拐がそういう営利目的なものだったのではないかと考えているという事か。

 

「もしかしたらです。利権を得る為に動いた可能性もあり得ます。それに、裏社会ならそのような貴族の娘は高く売れるでしょうから」

 

「いや、それは流石に……。悪い。確かにないとは言い切れないか。断言できない以上はそういう言い方はするべきではなかったな」

 

 過去のいざこざでそちら側とは縁を切ったとは言え、やはり古巣。自分を育ててくれた祖父が大幹部に在籍する裏社会の組織だけに彼女自身も気にしているのだろう。

 分からなくもない。組織だっての動きであるのは確実だ。

 でなければ、ここまで行方不明になるこどもが多過ぎる。

 今回はたまたま、救出が上手くいったレアなケースに過ぎない。

 初動が遅れていたら、追跡も不可能だっただろう。それを考えると、やはり浮かび上がる名前にソレが存在していても仕方がないか。

 

「帰って来てたなら連絡くらいいれたらどうなの?」

 

 そんな空気を知ってか知らずか、扉を蹴破るようにして突如、小さな影が室内へと乱入する。その様子にシャルは溜息を吐くと、引き出しからあるモノを取り出した。

 

「少しは静かにしたらどうなんだ? 依頼人が来てたらどうするつもりだよ」

 

「私は依頼人がいる所なんて今まで見た事ないんだけど?」

 

 確かに依頼人とは顔を合わせないようにしているので、殆んどが窓口を通してだ。それも、何重にも仲介人を挿んでの。ここに来るのは依頼だけ。

 だから、この少女の言う事にも一理ある。一理あるのだが、腑に落ちない。

 

「何も言い返せませんね。どうぞ、粗茶です」

 

「ありがとう。フェイはよく分かってるじゃない」

 

 フェイと呼ばれたメイド服の女性が出したお茶を受け取るとにこやかに微笑んでみせる。

 その様子に自分には味方がいない事を悟ると、再び大きなため息を吐き、机の中から取り出した包み紙をその少女の方へと滑らせる。

 

「ちょ、なんでそんなに乱暴に扱うのよ! これはね!」

 

「知ってる。たく、なんてものをせびられたのかね」

 

 少女が古びた包み紙を破り、現れた一冊の本に目を輝かせる。

 話を聞くに帝国の戯曲の一種らしいが、そこまで有名な話ではないらしい。しかも、現存する大本の写本が少ない上に今手渡したのはその原本、らしい。

 オークションで売れば数千万ミラ。裏で流せば、数億ミラはくだらないという話だ。

 ただ、シャル自身が全く興味が無い。今回のそれも、誕生日に欲しいと強請られたからというのが理由だ。まぁ、完全に騙されたと言えなくもない。

 土産のつもりの本は普通の書店では取り扱っておらず、たまたま所有していた依頼人から譲り受けなければ手に入らなかった。

 確かにいくつか改編された写本なら見つかったが、少女の欲しがったとある作家の原本など既に印刷が終わっていた。全く興味が無かったシャルもそれを知った時には本気で焦ったのを覚えている。

 その本を嬉しそうに近くにあった接客の為のシャルが眠る向かいのソファーに座り読もうとするが、何やらそのソファーを見て固まっている。

 そして、無言でもっていた本を置くといきなりシャルの首を掴み、激しく揺さぶり始めた。当然、何も心当たりが存在しないシャルからしてみれば、何が何だかわからない。

 だが、次の言葉に何故だろう。全てを理解してしまった。

 

「なんで、半裸のシスターがここにいるのよ!昔から信心深い人間ではないのは知っていたけど……。流石にこれは不味いでしょう!」

 

 その言葉に向かいのソファーを恐る恐る確認すると見覚えのあるシスター服のようなものを着たシスターと思わしき人間が気持ち良さそうに眠っていた。

 未だにあの着崩しファッションでシスターと自称しているのだから信じられない。女神を信仰する前に自分の性癖を直して欲しい。

 当然、気配に築けなかったフェイも警戒心を露わにする。

 いつからそこにいたのか。何が目的なのか。

 このままではここで血が流れる。そう判断し、頭を抱えたシャルは無言で立ち上がると眠るシスターを掴み、ドアから蹴飛ばした。

 当然、状況を理解出来ない少女はただ茫然とその様子を眺めている。

 フェイは我関せずと何故か白い手袋をはめはじめた。

 耳には階段を転げ落ちているであろう痛々しい音が聞こえて来る。だが、一分も経たない内に階段を駆け上がって来る音。そして、その音が止むとドアが勢いよく吹き飛んだ。

 

「やってくれるじゃない!」

 

「逆切れか? お前、どうやってこの場所を突き止めた? 何が目的だ――露出狂」

 

 今にも一触即発。フェイもイリアを庇う形で身構えている。

 最後の露出狂という言葉に自分の服を確かめると苦笑いをして服を整えた。さして肌の見える面積は変わらないが、きわどい部分が無くなると向かいのソファーに許可もなく座る。

 その図々しさに怒りを必死に抑え込むと、フェイに無言で少女をこの場所から連れ出すように指示を出す。

 一応は星杯騎士団の人間。それも相当な実力者となれば、クロスベルという土地柄も考えるとそう簡単に暴れられる訳ではない。

 この町に立ち入るのすら実際の所は表向きに禁止されている。それを破って来たという事は、何か理由があってのことなのだろう。

 不機嫌ながらも本を大事そうに抱えると、フェイに連れられて少女は部屋を後にする。

 その様子をシスターは確認すると、一拍おいてこう切り出して来た。

 

「最近、児童誘拐が頻繁しているのは“御存知”ですよね? 数日前の帝国での事件に関わった貴方ならば“当然”」

 

 先程、フェイと話していた一件だ。

 帝国と共和国で起きている児童誘拐事件。

 その決めつけにも等しいシスターの言葉にシャルは無言を貫いた。

 それを肯定と受け取ったのか、シスターはそのままこう続ける。

 

「簡単にこちらの事情を説明しますと、女神を否定する悪魔崇拝が絡んでいる可能性があり、私が個人的に動いている訳です。決して、教会の総意であるわけではありません」

 

 総意ではない。

 それはつまり、この目の前のシスターが個人的な理由で動いているに他ならない。

 しかし、悪魔崇拝を潰しに動けるだけの実力。個人的に動ける地位。

 まさか、守護騎士の一人なのか? もしも、そうなら厄介な事を惹きつけて来そうな物である。それだけに、動揺を隠す為に軽くお茶を口に含むとこう問いかけた。

 

「で? 変態シスターは何が言いたい? 本題が全く見えないのだが……。はっきり言って貰えないか? 私も暇ではないのでな」

 

 どちらが上かを分からせる為のやり取り。

 そのつもりだったのだが、目の前のシスターはどこからかやりを取り出すとそれをシャルに向かって突き付けて来る。

 

「先に申しあげておきますが、私のコレはファッションです。それから、私にはレイン=シャネルって名前があるのでその呼び方は止めて頂けますか?」

 

「星杯騎士団の人間が武力で脅しとは……随分と物騒になったものだな。女神さまの教えとやらは……。私が何をしたというのかな?守護騎士殿」

 

 内心、どう対処するべきか。幾重にも策略を練るが、どれも最終的には武力による衝突を避けては通れない。だが、ここで古代遺物を使えば、目の前の守護騎士に殺す動機を与えているような物なのだ。そんな愚策を行えるわけがない。

 けれども、この交渉を有利に進めたいという思惑もある。

 その為にもここは弱気を見せる訳にはいかなかった。

 

「昨日の古代遺物を使用した人間との戦闘……。その入所経路の裏付けの手際はお見事でした。――そこで、貴方に依頼があるのですが、今回の裏に存在していた教団に関して調べて貰えませんか? それが分かれば、異端とか適当にこじつけ、私自ら潰せますし……」

 

 つまり、動機を作る為の裏付けを依頼したいという事か。

 確かに世界中に影響力があるとはいえ、不用意に守護騎士が動ける筈がない。

 世界のバランスが崩れ去る、それを知っての裏付けという事なのだろう。

 理由さえあれば、大国も口出しは出来ない。だが、そんな面倒な事に首を突っ込むつもりは毛頭ない。巻き込まれるだけではなく、利用されるなどもってのほかだ。

 

「レインだか、エロシスターだか知らないが自分で勝手に調べろ! ったく、こっちだって忙しいんだよ! 明日には帝国にとんぼ返りだからな……」

 

 木製のボードから一枚の紙がレインの前へと落ちる。

 それをレインは手に取り読み始めた。そこに記されているのは帝国の機密文書。

 闇に埋もれた帝国の大事件を起こしたとされ処刑された貴族達の資料だった。

 シャルはそれを無言で奪い返すと一言、

 

「他人がどうなろうが知るか」

 

 と、だけ告げレインの依頼をはっきりと断った。 

 だが、レインとしても引く訳にはいかない。ただでさえ、守護騎士が動くにはそれなりの状況が必要になる。しかし、いつも出向いた時には少なからず犠牲になった後。結局、聖痕を持とうが持つまいが救えない人間はどうしても存在してしまう。

 ならばと、その手際を見込んで情報収集をシャルに頼もうとしたのだった。どのようにして手に入れた証拠だとしても、それが真実なら動く口実になる。レインの中ではこの事件はまだ大きくなるそんな気がしていた。

 だからこそ、食い付いて来る。

 

「なぜ、そこまで冷めた言い方が出来るんですか? もしも、貴方がさっきの子を失っても同じ事が言えるのですか?」

 

 その言葉に先程と空気が一変する。

 恐らく、あの少女を失っても何も感じないのだろう。いや、その現実に腹を抱えて大笑いをしてしまうかもしれない。

 何せ、失い過ぎて今更なにかを失った程度では何も感じない。

 この顔ですら、既に虚構なのだ。

 結局、そうやって割り切ってしまうだろう。

 机に赤い血が流れる。槍の刃を握った事により、手の皮膚が切れたのだ。

 

「だったらなんだ? 悪いがお前みたいに赤の他人を守る程の力なんてな。自分の命一つを守るのが精一杯なんでね……。それでもって言うなら、遊撃士にでも依頼するんだな」

 

 シャルの言葉にレインは目を丸くする。

 なるほど、必死になって貴族の娘を助けていた姿と同じ人間とは到底、思えないのだろう。よく言われる。仕事だからそれなりの対応をしただけだ。

 それだけに過ぎない。

 

「まぁ、大事になれば各国の軍が動くだろ? それまで我慢するんだな」

 

 完全な挑発だ。当然、レインは我慢しきれなくなったらしく、槍をどこかへ消すと掴みかかって来る。だが、シャルはそんなレインの行動を嘲笑うようにこう続けた。

 

「なんで死人が一々生者のやる事に絡まなきゃならない? 自分達の世界の後始末ぐらい、自分達で勝手にしろ! 悪いが俺は関わらないし、興味も無い! そんなモノ! 正義の味方を気取るバカにやらせればいいんだよ!」

 

 レインの目は怒りに燃ているが、守護騎士である事が歯止めをかけ殴る訳にいかずに拳を震わせている。そして、その怒りを飲み下すと冷めた目で此方を睨み付けて来る。

 

「最低ね……。沢山の子供が行方不明になってるのに、そんな言い方しか出来ないなんて」

 

「あぁ? それがなんだよ? 人は簡単に死ぬんだ。なら、運命と受け入れるんだな」

 

「かわいそうな人ね。そんな風にしか物事を考える事が出来ないなんて……」

 

「あぁ、悪かったな。お前みたいに聖人みたいな生き方を出来ないんだよ。羨ましい限りだよ。星杯教会の人間は清廉潔白の聖女様ばかりなんだろう?」

 

 レインはその言葉に我慢出来なくなりシャルを思わず殴ってしまった。

 殴られたシャルはただ赤くなった頬を押さえながらレインを何の感情も篭っていない冷たい目で見つめる。そんな状況にレインは舌打ちすると目を逸らした。

 

「気が済んだか? ふん……まぁ、いいか。……俺が掴んでるのは何もねぇよ。多分、忙しなく情報を集めようと各国必死なんだろうが無駄だ。……無意味だぜ? 皆、事件の結果に囚われて後手に回ってる。……まぁ、せいぜい傍観させてもらうさ! この“クダラナイ遊技”にどちらが勝つのかな」

 

「結果と本質?」

 

 レインは首を傾げる考え込む。だが、シャルはそんな彼女に対してそれ以上は何も語らず、ただ目で退出を促した。

 これ以上は情報を引き出せないと踏むと諦めてレインは退散する。

 そして、階段でレインは少女とフェイの二人とすれ違うと目を逸らして過ぎ去ろうてする。だが、少女はすれ違いざまにレインの耳元で呟いた。

 

「アイツは不器用だけど根は誰よりも優しくて人が嫌いとか言いながら本当には嫌いになれないようなバカよ。アンタに何言ったのか知らないけど」

 

 話を聞いている訳でもないのに何を話していたのか知っているかのような口ぶりにレインは驚くが、それ以上に少女のシャルへの評価の高さに驚いていた。レインは聞き間違いかと思い、もう一度確認しようとするのだが、そこには少女の姿もレインの姿もなかった。

 

 

 

 

 

 

 レインが退出し、シャルは一人で別の紙の山を眺めていた。

 その山には各国の議員に関する経歴や金の流れが書かれたものに加えて、行方不明になった子供に関する資料。及び、関わったであろうブローカーの名簿だ。

 仲介業者にしても、使い捨て。ここから辿るのも難しいだろう。

 となれば、やはり向こう側が動いてくれるまで待つしかないのである。

 もしくは、何か事態を動かすだけの何かがあれば……話は別だが。

 そんなシャルを他所に少女は再び仕事部屋に転がり込むと先程、レインが眠っていた向かい側のソファーに腰を下ろした。そして、無言でシャルのお土産の本を読み始めるのだが、盗み聞きしていたのだろう。シャルの様子を少女はチラチラと盗み見している……。

 確かに最近は子供が誘拐される事件が多発している事実は知っているし、それがこのクロスベルでも起きているという事実は衆知だ。

 だから、少女の身にそのような事態が起きないとは限らない。

 もしも、そうなった時にどういう行動に出るのか。やはり、気になっているという事か。

 フェイ……この部屋に盗聴器でも仕掛けていたのか。

 後でその辺りに関してしっかり聞いておく必要があるだろう。

 

「何か言いたい事があるのか?」

 

 そう尋ねながら、書類を意味があるのか。壁に貼りつけられた大陸図に一枚ずつ貼りつけると印を付けながら線と線でそれらを結んで行く。

 そして、それは複雑な模様を大陸図に描き出すのだが、少女にはそれが何を意味するのか全く理解できなかった。言語もバラバラ。中には意味があるのかと思える羅列すらある。

 ……おそらく、それらのイミをシャルやフェイは理解しているのであろうが、少女には分からない。

 書類の半分も貼りつけると既に大陸図は見えなくなっていた。

 どれくらい時間が流れただろう。

 少女はどこか恥ずかしげにシャルにこう尋ねる。

 

「もしも、私が誘拐されたら……助けに来てくれる?」

 

 

「はっ?当然……うるさいのが居なくなって正々すっ⁉」

 

 シャルの言葉に近くにあった辞書を握ると思いっきりシャルの顔面にぶち投げた。

 それは見事にシャルの顔面に当たると、シャルは鼻から鼻血を出した。滑稽な姿だ。

 それを隠すようによろよろと鼻を隠しながら起き上がると、フェイは苦笑いを浮かべながら、そっと綿を手渡してくる。

 それだけではなく、再び辞書を振り上げる少女から辞書を取り上げると

 だが、少女は再び辞書を手にすると今度は殴りかかった。だが、シャルはその手を掴むと簡単に辞書を取り上げてしまう。

 そして、少女を座らせるとそっとこう言い聞かせる。

 

「アレはあのシスターを追い返す為の言葉ですよ。そうですよね?」

 

「まぁ、確かに静かになって正々するが……寂しくなるな……いつも騒いでいた人間がいなくなるんだからな……だが、いつも俺だってクロスベルに居る訳じゃない……出来ない約束はしないからな……」

 

「出来なくても、それぐらい言いなさいよ………」

 

 何やら不満気に少女は呟くが、シャルは完全に無視すると再び作業に没頭して行く。

 それを少女はじっと見ながら、その隣りに飾ってある写真に写った四人の顔を頭に浮かべていだ。もしも、その写真に写ったシャル以外の三人ならば即座に助けると言ったのではないだろうか。彼らと自分との間にある差は一体なんなのだろうか。

 シャルは写真について全く話そうとしないし、少女もわざわざ自分からシャルの話そうとしない過去について聞き出そうともしない。

 だが、その写真の中に居る女性がシャルにとって“特別な存在”である事は薄々理解していた。聞いてはいないので推測でしかないが少女は彼女が昔の恋人だったのだろうか、と。

 そして、もうこの世には存在しないのだと……。

 それを思うとなぜかその女性が妬ましく思えてならない……。死んで尚もシャルを縛り付けているのだ……。まるで、演劇の中に出て来る悲劇のヒロインのように。

 別にシャルに恋愛感情を抱いている訳ではないが、なぜかいつまでもシャルを縛り付けているその鎖であるその女性が好きになれなかった。

 恐らく、フェイも同様の思いを抱いているのだろうが……。

 

「それで、よろしいのですか? 星杯騎士団を利用すれば、事件を収束させるのも時間の問題だった筈ですが? そこの資料は記憶が正しければすべて、誘拐事件について調べていたモノ。それを渡せば済んだ話だった筈です」

 

 フェイの意見ももっともだ。

 ここにある紙の山は全て掴んだ限りの誘拐事件。

 八割の可能性で全て同じ組織が関わっているだろう。

 だが、問題は全てではないという事だ。

 これが全て同じ組織が関わっている訳ではない。そう言いたいのではない。

 あくまで、この紙の山ですら、氷山の一角にすぎないと言っているのだ。

 潜られてしまえば、元も子もない。

 だから、敢えてこの一言に全てを込めた。

 

「無意味だからだ……」

 

 シャルの言葉がイミする事を少女は理解できない。

 逆にフェイは静かに頷くと、シャルに対してお茶のおかわりを注ぐ。

 そんな二人の正反対の態度にシャルは気にせず話し続けた。

 

「この事件の一番問題があるのは範囲だ……今は共和国中心だが、帝国、自治州広がりを見せている。……これらが意味しているのは利権だよ……。自らの意地が状況を悪化させている。……その上、頼りの遊撃士は規約に縛られて動けない。……なんせ、この状況を作り出してるのは高度な政治的な要因だ。……今、動けば規約に違反する可能性すらある。……ただ、もう一つ問題がある」

 

 少女もクロスベルの人間。帝国と共和国の仲の悪さは知っていた。

 ベルガード門から見えるガレリア要塞からはクロスベル市全域を射程に入れた要塞砲として80リジュ列車砲がニ砲が常にクロスベルに向いていた。

 そして、共和国との境界線のタングラム門も所詮は張りぼてでしがない。二つの大国に挟まれ、軍を持つ事を許されず確かに警備隊という形で防衛に携わる組織はあるがもしも、戦争になればあまりの戦力差に役に立たないだろう。そんな危ない拮抗の上に成り立っているのがこの自治州だとこの街に住む人間は皆、知っていた。

 

「ここからは推測でしかないが、金だよ……。本当にこのクロスベルを拡大したようなもんだ。……金や売春で政治を裏から支配して身を守る。……軍が動く前に状況が分かるのだから捕まらない。……今の世界の在り方ではどうあっても潰せないんだよ。クロスベルからルバーチェのようなマフィアがなくならないようにな。……ただ、それが深く根付くより前に元を潰さなければ色々と厄介なのも事実だ。……最近では人攫いやブローカーまで暗躍する始末だしな。……まぁ、俺には関係無いが」

 

 シャルの言葉は半分程度しか少女には理解出来なかった。

 けれども、言葉では関係ないと言いながらも、何も出来ないで傍観するしかないこの状況にシャルが静かな怒りを覚えているのはすぐに分かった。それはフェイも同様。

 やはり、口は悪いし態度も悪い……。だが、誰かが苦しむのは絶対に許せないのだ。見過ごせない。それがシャルという人間のこれまでの付き合いから導き出した答えだった。

 初めて会ってから少しして、「やる事が見つかった。自分にしか出来ない事がな……」と、言って構えたのがこのオフィス。

 確かに少女自身もそんな大それた事が出来ると最初は信じていなかったし、口からでまかせを言っている程度にしか受け取っていなかった。だが、数年も見ているとそれが本気だと、本気で言っているのだと理解してしまい、なぜかバカにする事が出来なくなっていた。

 

「生きてもなければ、死んでもいない…………

 

 

なら、そんな俺にしか出来ない事がきっとあると思えた」

 

 それがシャルの導き出した答えであり、今の行動原理。

 ここにいる誰もがシャルの過去を知らない。

 シャルがどうして今名乗っている名前すら偽名と公言しているのかを知らない。

 そして、そんなシャルの言葉通りに現実は動いて行く。

 児童連続誘拐事件は、シャルの明言通り長期化。両大国が抱える大きな問題へと発展。

 星杯騎士団だけでなく、遊撃士協会の上位層まで担ぎ出される事態に発展する。

 その中でD∴G教団と呼ばれる謎の組織の存在も浮かび上がって来た。それをシャルが共和国側で諜報活動をさせていたフェイから手紙の形で知らされるのと同じ頃、何者かが再びこのオフィスへと足を運ぶ階段を上がる音が聞こえ始める。

 数にして三。

 音から考えるに、それなりの訓練を積んだ。男といった具合だろう。

 武器がこすれる音から刀を所持していると考える。

 

「ここへ来るのはルール違反なんですが、どのようなご用件でしょうか? クロスベル警察のお三方? 何か入り用でも?」

 

 扉が開くと同時にシャルはそう来訪者へと投げかけるのだった。




少女に関しては一応は零の軌跡でも登場しているあの人。
この頃だと計算的には十一歳程度と推測したので、こんな感じになりました。
空の軌跡開始前から細々とやっていくので気長に見てくれると嬉しいです。

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