「それで、結局その子を追い返したんだ?」
『そう。ウンガロとドナテロがね、もう面白いほど真顔で』
電話の先で笑いを耐えているリキエルに、レオーネは忙しさに疲弊した精神が癒されるような気がしていた。十年以上見守ってきた弟分との会話は、彼にとって何よりのストレス解消となる。
最近は特にドロドロの大人によるえげつなさだけは申し分のないものばかり触れていたため、リキエルの穏やかさが非常に眩しい。
話のタネは徐倫が告白された事件について。初めて告白されたことに舞い上がっていた徐倫だが、その後冷静にお付き合いを断ったそうだ。
振られた少年はまったく諦めておらず、それから何度も告白しようとしては、ウンガロとドナテロに追い返されているようだ。
「ドナテロはともかく、ウンガロが其処まで反発するとはねぇ」
『ウンガロは僕達の中で一番常識人だから。初対面で十四歳が八歳の女の子に結婚前提の告白をしたら、そりゃあ不安になるよ』
「……結構年が違うね。いや、その年で結婚前提って」
『重いでしょう?』
「重いなぁ」
人当たりの良いウンガロが頑なに件の少年を追い返す理由にレオーネは納得する。まだ幼い徐倫から引き離そうとするのも無理はない。
「初恋もまだの女の子にはきつい相手だよな」
『あれ、レオーネ兄ちゃん知らなかったっけ。徐倫の初恋相手、ウェス兄だよ』
「ウェスは無事かッ!?」
『無事だよ。やっぱりウェス兄大人だからさ、対応が違うもん。たまに承太郎兄ちゃんが落ち込んでいるけど、結果的に最愛の奥さんと上手くいっているみたいだし』
徐倫はすぐにお姉ちゃんになるかもね、と笑うリキエル。
レオーネが詳しく聞こうとしたそのとき、窓の外からバサバサと鳥が羽ばたくような音を聞いた。窓に目を向ければ、近くの木の枝に止まっている一羽のフクロウ。その足が掴む白い封筒にレオーネは目を細めた。
「ゴメン、リキエル。人が来たみたいだ」
『分かった。また面白エピソードを報告するね』
受話器を置き、レオーネが窓を開くとフクロウは部屋の中に入ってきた。ひらりとレオーネの前に封筒を落とすと、椅子の背もたれにフクロウは止まった。
レオーネはしゃがんでそれを拾い、おもむろに封を切る。中に入った便箋は、平馬の文字で綴られていた。
“親愛なる友人へ
この手段を使う日が来ないように願っていたが、現実とはなかなか厳しいものだと実感した。
結論から言うと、君が察している通り関わることになった。
いや、初日に彼女と出会ったのだから、必然だったのかもしれない。
彼女が奴らに拐われそうになり、俺達は移動することに決めた。君の実家にとりあえず向かっているが、恐らく妨害が入るだろう。ただでやられるつもりはないが。
君に頼みたいことがある。彼女のパスポートを準備してほしい、どうやら持っていないようなんだ。
俺は四月の半ばにはイタリアを出なくてはいけないので、なるべく早く頼みたい。
忙しいのに悪いな。ハルノのことを頼む。”
レオーネは読み終わった手紙に火をつけた。灰皿の上で燃える手紙が完全に灰となったことを確認し、彼は再び受話器を手にとった。
「――承太郎? お前がジョセフさん家の電話に出るなんてどういう風の吹き回し……って、まてまて切らないで! ……はあ、ポルナレフはいる? あの人から連絡が来たんだよ」
*
とある町の一角、治安の悪さのために住人が少ない地域。其処にある建物の中で、数人の男が思い思いに過ごしていた。雑誌を読む者、食事をしている者、TVゲームをする者、ソファーに座って瞼を閉じている者、ノートパソコンを触っている者。
彼らはただ仲間の帰還を待っていた。
TVゲームの音楽が流れるだけの部屋に、金属の擦れ軋む音が紛れ込む。
「――どうだ」
「すでに娘の姿はなかった。アパートの中も随分と整理されていたぜ」
「そうか」
部屋に入ってきた二人の男に、ソファーに腰掛けていた男が結果を尋ねる。二人以外に人影が見えなかったことから報告内容に気づいていた男はただ頷いた。
「ただよぉ、リーダー。向こうが娘を確保しているわけじゃあねーみたいなんだわ」
「俺達がアパートについた時、幹部のペリーコロが娘のアパート前にいたが、娘の姿は傍になかった。行方の捜索を指示していることも聞いた。
それと娘の後見人が、同じ時間帯に泊まっていたホテルを引き上げている」
調査資料を捲っていた男が、四枚の写真をリーダーと呼ばれた男に渡した。
「後見人の名前はヘーマ・ナカノ。ジャポネーゼの男だ。一月の半ばからイタリアに入国している。目的は旅行と知人に合う為、一緒にいた二人のガキについては情報がないな」
「情報がねえ?」
「後見人の男は一人で入国し、一人でホテルに泊まっていた。ガキ共の部屋はとってねぇ」
「――スタンド使いの可能性が高いな」
「人間を輸送できるスタンド……そんなところか。娘を連れて行くには最適だ」
「どうする、リーダー」
雑誌を読んでいた男がページを閉じてリーダーと呼ばれる男に問う。
「後見人の男を追う。せっかくの手がかりを逃すことはない」
「そうこねーとなぁ。おい、メローネ」
パソコンをしていた男は、投げられた小瓶を受け取る。小瓶の中身は透明な液体と、赤い物が浮遊している。
「後見人の男は一発撃たれていたみたいでな。ペリーコロ達はまともな怪我もない、本人のもんで間違いはないはずだ」
「Grazie(ありがとう)……リーダー、方向としては居場所の特定と娘の確保、後見人の拘束でいいかい?」
「優先するのは居場所の特定だ」
「なら其処まで相性が悪くなくてもいいか。すぐ戻ってくるよ」
メローネと呼ばれた男は、先ほどまで操作していたパソコンを片手に、立ち上がった。
*
パッショーネの一員であるブチャラティは、上司であるポルポの遺産を組織に献上することにより、幹部への昇進を認められた。
喜びに沸き立つ彼らであったが、金を受け取ったペリーコロはブチャラティに任務を言い渡した。
『ボスの娘の奪還・護衛』という任務を。
「本来であれば、この場にトリッシュ――ボスの娘を連れて君に直接渡す予定だった。だが、わしが彼女を連れ出す任務に失敗してしまったのじゃ。連れ出すときに後見人に見つかり、彼に気絶させられてな」
「後見人とは」
「ドナテラが遺言で定めておった旅行者じゃよ。何故その男に任せたのはわからん、もしかしたら恋人であったのかもしれん。
――それだけであれば問題はない、法律などどうにでもなる。一番の問題は、その男がスタンド使いということじゃ」
「スタンド使い!」
通常のギャングを相手にするのとスタンド使いを相手にするのでは、難易度が相当上がる。スタンド使いが一人いるだけで、戦略の幅が広がるからだ。
「後見人の男には少なくとも二人の仲間がいる。全員がスタンド使いと考えていいじゃろうな……その内の一人は姿を隠すような能力を持っている」
ペリーコロは自身が会った男の写真を取り出した。美しい男だった。遠距離……しかも背後からの心臓狙いの狙撃を、左腕を負傷したとはいえ男は避けた。
そして良く似た容姿の金髪の男と、同じくらいの体格の黒髪の男。町で得られた二人の情報が少年の姿と考えれば、スタンドの能力と考えるのが当然だった。
「さらに、組織の裏切り者がトリッシュを狙っていることもわかっている。ブチャラティ、君への任務は娘の奪還、そして裏切り者からの護衛じゃ」
「わかりました……後見人のデータを」
「うむ。名前はヘーマ・ナカノ、ジャポネーゼの旅行者じゃ、詳細は資料を確認してくれ」
「彼についてはどのような?」
「可能であれば拘束、無理ならば殺せ。スタンド使いでないわしが、スタンドを知っている……それだけでわしらがパッショーネだと断言した。何かしらの組織と繋がっている可能性が高い」
ペリーコロが渡した写真を覗き込んで、見つけやすい顔だこれで三十代か嘘だろマジかと騒ぐメンバー達。
ただひとり、金髪の少年だけが硬く拳を握り、動揺を押さえ込んでいた。
「ジョルノ」
「――なんですか、ブチャラティ」
「いや……後で聞こう」
声をかけられ、ジョルノは感情を完全に制御した。揺らぎなど見えないその姿にブチャラティは眉を動かしたが、今は問い詰めないことにした。
「――どうして、貴方が」