彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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戻った記憶と憎悪

 

 

 プッチをジョセフに引き合わせたのは、プッチの人となりを見極めてもらうと同時に、弟さんの保護についての相談をするためだった。

 

 DISCとなった彼の記憶を戻した後にプッチが弟さんを引き取ることは可能だが、二人の関係性を考慮すると互いに心が落ち着かず、弟さんはいつまでたってもスタンドを制御できないだろう。

 そこで、彼の身柄をジョセフに預かってもらえないかとお願いにきたのだ。

 

 

 するとジョセフは二つ返事で了承したため、俺とプッチは唖然とした表情を彼に晒すことになった。

 

 

 なんでもSPW財団では能力を制御できないスタンド使いを対象に、心身のケアを行っているとか。ジョセフも何度か手伝ったことがあるらしい。

 

 ただ、どうしても制御できない者はいるようで、本人が希望するなら俺にスタンドを預かってもらえないかと言われた。

 俺が肯く前にピクテルが即了承していたけどな。気持ちは分かるがもう少し自重しような。

 

 

 弟さんを迎えにいく日を話し合いの日と決め、プッチは自らの教会へと帰っていった。

 

 当日は定職についていない俺より社会的信用があるプッチが、弟さん――ウェス・ブルーマリンという名前らしい――を引き取り、その後俺たちと合流することと決めた。あまり知らない人間が多いのも問題だということで、ディオとジョナサンはキャンバスの中にいてもらい、いざというときは出てきてもらうことになった。

 

 

 あと四ヶ月ばかり先になるが、その間彼は意図的に停止させていた思考を全力で動かすことになるだろう。当日までストレスで胃でもやられないかが少し心配である。

 

 

 話し合いの日までの間、俺は運転免許証を取得したり、ウンガロたちの勉強をみたり、元の姿で静――透明になるスタンド能力の赤ん坊だ――と遊んだり、徐倫に承太郎のいい所と扱い方法を吹き込んでみたり、ディオとジョナサンに礼儀作法を怖い笑顔で教えられたりと実に充実した時間を過ごしていた。

 

 なに、俺何かしたかと泣きべそをかく俺に向かって、何かしないために躾けているのだと真顔で返された。最近、二人が教育に熱心な親御さんに見えるのだが、俺の気のせいにしておいたほうがいいのだろうか。精神の安静のために。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 そんなこんなで時は流れ、話し合いの日当日となった。

 

 

 画材屋に寄り道をしたせいで少し遅れ気味となり、道路を日本では白バイに捕まるようなスピードで車を走らせていると、待ち合わせとしたガソリンスタンドが見えてきた。

 

 荒野にぽつんと存在するその場所は、燃料の補給と食料の調達に寄ったドライバー達しか来ない。街中よりは人目につかない場所ということで、待ち合わせ場所と決定した。

 

 敷地内に進入すると、建物の中から私服姿のプッチが姿を見せた。

 

 

「すまない、遅れた」

 

「いや、そこまで待っていないさ」

 

 

 プッチは俺に笑みを見せると、店の方向に顔を向ける。俺もつられて視線を移動させると、店の入り口から男が一人出てきた。

 

 白い毛皮の帽子を被った、プッチと同じ銀髪の……白い肌の男。薄い青の目がプッチから俺に移り、ぼんやりとした視線が向けられた。

 

 彼が、ウェス。プッチの生き別れの弟。

 

 

「まずは移動する。車に乗りなさい」

 

「――ああ」

 

 

 ウェスが車に近づいてくるのを待って、プッチは車のドアを開けて促した。大人しく従う彼に、俺は小さい子供の姿を重ねる。

 

 プッチが彼の記憶をどこまで奪ったのかはわからない。恐らくは思い出などのエピソード記憶のみで、言語に関する記憶は残していたのだろう。だから会話ができる。

 

 二人が乗り込んだことを確認してから、俺は車を動かした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 次に車を止めたのは、水の音が響く滝の側だった。ジョセフに人目につかない場所を聞いたら、ここを紹介された。なんでもシーザーとの修行で使用するらしいが……どんな修行内容かは、その時のジョセフの顔色が悪かった為聞けなかった。あいつ等……滝登りでもしているのだろうか?

 

 まあ、背景はどうあれ。滝の側というのは夏の日差しが和らいでとても気持ちがよい。

 

 

 滝壺を背にして岩に腰掛け、俺はウェスを呼んだ。

 

 ぼんやりとした視線が俺を捉える。

 

 

「今から、君の記憶を戻す」

 

 

 ウェスは沈黙したまま、じっと俺を見る。

 

 

「これはかなり確率が高い予想だけど、失った記憶を手にしたとき、君の感情は憎しみに染まるだろう。それだけの記憶があると聞いている。

 ただ、君のスタンドは感情によって能力を暴走させるそうだ。だから俺に、スタンドを預からせてもらえないか」

 

「わかった」

 

 

 あっさりとウェスは了承し、スタンドのヴィジョンを俺に見せた。まるで警戒しない彼に俺は驚く。彼はそこまで記憶を欲していたのだろうか。

 

 いいや、欲しているのが当然だ。自分が何者かもわからず、12年生きてきた彼にとっては最大のチャンスに思えただろう。

 

 俺はピクテルを出し、彼女に視線を向ける。いつものように微笑んだ彼女は、キャンバスを一つ取り出すとウェスのスタンドに近づけた。ゆっくりとスタンドが飲み込まれていく。

 

 額縁まで止め終え、封印が完了したことを確認したプッチは、懐から出したDISCをウェスに近づけ、差し込んだ。

 

 CDドライブに飲み込まれるように、DISCがウェスの身体に埋め込まれた。DISCの縁が完全に見えなくなったとき、ウェスの身体がびくりと痙攣した。

 

 

 膝をつき、頭を抱え、苦しげに口から呻く声が漏れている。

 

 

 ウェスのスタンドは無差別に効果を及ぼすものだとプッチに聞いた。すべてを巻き込み、死に至らせる能力だと――詳細は教えてもらえなかったが。

 

 それほどまでの能力を手にするということは、本体の人格に致命的な歪さが存在するか……もしくは絶望に心が疲弊しているということだ。

 そうでなければ広範囲で致死性の高い能力は発現しないだろう。

 

 顔を覆うウェスの手の隙間から、彼の目が見える。苦しげに地面を見つめていたその目が暗い色を宿し、ぎらりとプッチを睨み付けた。

 

 

 次の瞬間、ウェスの身体が地を蹴り……プッチを殴り飛ばしていた。

 

 不意を突かれたのか、プッチの身体が後ろに吹き飛ぶ。追撃を加えようとするウェスの肩をつかんで引き止め、俺は彼を羽交い絞めにして拘束した。

 

 

「離せ」

 

「まずは落ち着いてくれ! 話を――――ガッ!?」

 

 

 俺は暴れるウェスをどうにか押しとどめていたが、顔面に彼の後頭部での頭突きを受け拘束が緩んだ。その隙にウェスはこぶしを握り締め、再びプッチに向かって駆け出していく。向こうでプッチが構えるのを視界に捉えながら、俺は血が止めどなく流れる鼻を押さえていた。

 

 

 痛ぁ……こりゃ鼻折れたな。思いっきりヘッドバットしてくれちゃってまあ。

 

 

 手に感じる鼻の形が変わっていることに、笑いすら出てくる。これは確実に病院にいかなきゃあな、と攻防をし合っている兄弟を眺めながらどうやって止めようかと、俺は頭を悩ませる。

 

 

 いっそこのまま放置したほうがいいのだろうか、と少々投げやりな視線を向けていると仮面姿のピクテルが頻りに地面を指さしていた。そうか、俺の鼻がこうなっているのだから、ピクテルもそうなるよなあ。

 

 かわいそうなことをしたと申し訳なく思いながらピクテルが指す先に視線を移す。

 

 

 そこには、小さな紙袋から飛び出した、セルリアンブルーの油絵具。踏まれでもしたのか、中身が飛び出し地面に青い色を飛び散らせている。

 

 視線を上げれば争う二人の姿。その足元は、何故か青い色が斑に広がっていた。

 

 俺は無言で今朝買ったばかりの絵の具を入れていた上着のポケットを探る。しかしポケットにはチューブの形の感触はない。

 

 

 なるほど、俺が落としたのか。そうかそうか、そうでもないと油絵具がこんな滝の側に落ちているわけはないからな。うん、俺が迂闊にも鞄にしまわずに上着のポケットに入れていたせいだな、落としたのは。ウェスに記憶を戻すということは、高確率で荒事になるってことだからな。ああ、それはわかっていた。ただちょっと想像より第一撃が早かったというか、それまでの彼の様子に騙されたというか。あっさりヘッドバット喰らったのも油断のせいでもあるだろうな。そう、俺の油断のせいで買ったばかりの絵の具を台無しにしたということだな。これで原因がわかって解決ということか。

 

 

 よし、まだ落ち着いているぞ俺。

 

 肺一杯空気を入れるため、深呼吸をする。まずは二人を止めないといけないだろう。争う二人に俺は駆け足で近づく。

 

 そうだ、止めるために――

 

 

「話を…………聞けと言ってんだろうがッ!」

 

 

 ――あいつを殴ろう。

 

 

 走る勢いのまま、俺は飛び蹴りを仕掛けた。不意打ちとなったウェスはプッチを巻き込んでごろごろと地面を転がっていく。

 

 起き上がったウェスは、ギロリと俺を睨み付けた。

 

 

「……さっきからあんた、やけに邪魔をしてくれているが、その鼻だけじゃあ足りねえのか」

 

「一発入っただけで随分と強気だなあ? 元気有り余ってるようだし、ちょっと消費させてやるよ」

 

「俺には用はねえよ」

 

「ほう、ならペルラの記憶のDISCはいらないのか」

 

 

 興味なくプッチの方向に向き直ったウェスだが、俺の声に反応して勢いよく振り返った。

 

 

「てめえ……」

 

「そうだな、俺に勝てたら考えてやってもいいぜ?」

 

「ヘーマ、それは」

 

「寄こせッ!」

 

「おおっと、手が早いな。それにお前のじゃあないだろ?」

 

 

 殴りかかってきたウェスの腕をいなしながら、俺はピクテルへジョナサンに驚いてこっちを見ているプッチの治療を頼むように伝える。頷いた彼女がキャンバスを取り出すのを確認してから、俺は唇を舌で舐めた。

 さあて、と。ちょっと遊びますかね。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 数十分後、片膝をついて荒い呼吸をする血塗れのウェスと、立ってはいるものの同じく血塗れの俺の姿があった。

 いやいや、スタンドがないのによく粘る。格闘だけで随分と攻撃を喰らってしまった、後でディオ達にふがいないと怒られるかもしれない。

 

 

「まあ、とりあえず俺の勝ちだな」

 

「まだだ……ッ!」

 

「ロクに動けないだろうがアホタレ」

 

 

 しゃがみ込んでウェスの額を小突いただけで、後ろに倒れる彼の身体。悔しそうな表情を浮かべてはいるものの、その目からは最初のような憎悪はかなり薄れている。

 

 ま、かなりの方向転換になったが……落ち着いたならそれでいいか。俺は後で叱られるだろうが。

 

 

「適度に血が出て血の気も引いただろ」

 

 

 プッチに視線を移すと、すでに治療が完了したのかこちらに歩いてきていた。懐から一枚のCDケースを取り出した彼に、俺につられて視線を移動させたウェスが驚いた表情を浮かべていた。

 

 

「実は俺、DISC持ってないのです。ずっとプッチが持っていました」

 

「……あんたなあ」

 

「いやー、あっさり引っかかるとは。DISCが壊れるよりはいいと思ってくれ」

 

 

 笑って誤魔化す俺を、ウェスが疲れたような、力のない笑みを浮かべて見上げている。

 

 やがてウェスの前に立ったプッチは、しゃがみ込んでCDケースを差し出した。

 

 

「私が初めてスタンド能力に目覚めたのが、ペルラの亡骸をこの腕に抱きしめた時だった。これには妹のお前への気持ちも残っている」

 

「……ペルラ」

 

「私はもう十分に見た。どうか受けとってくれ」

 

 

 ゆっくりとした動きで、ウェスがCDケースを受け取る。その手が震えているのを、俺の無駄に良い視力が捉えた。受け取ったCDケースを抱きしめ、目元を手で覆った彼の声を、聞いたのはプッチだけだろう。

 

 プッチの顔は、とても寂しそうなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ところでヘーマ、プッチのスタンドのDISCは物理的には破壊できんぞ』

 

「……そうなの?」

 

 

 しんみりした空気を察したのか、ディオは俺にそっと耳打ちしてきた。……これはウェスには黙っておこう。

 

 

 

 


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