彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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決意を揺らがせろ

 

 

 

 プッチは、静かに自らの兄弟について話した。

 

 生まれた病院で死亡した赤ん坊とすり替えられ、生き別れになった弟のこと。神学校の生徒であったときに知ってしまった弟が生きているという事実。調べていくにつれ、妹と双子の弟が付き合っていることを知ったこと。二人を別れさせようとするあまり、短絡的な考えなしの行動が弟を瀕死に陥らせ、結果妹が湖に身を投げたこと。

 

 目的を達成するためには、何を犠牲にしても……たとえ血を分けた双子の弟だとしても、始末をする決意を抱き……彼の記憶をスタンドで抜き取ったこと。

 

 

 昔、出会ったときにディオに貰った矢、そして数年の付き合いの後に渡された彼の骨のことを。

 

 

 淡々と話すプッチの表情は、疲れを滲ませながらも心を据えた頑なさが見えた。『決めてしまった』者特有の、鋭い光が目に宿っている。

 

 聖職につきながらも、罪に濡れることを選んだのは、過ちを酷く後悔しているからだろうか。

 

 簡略であろうとも、俺が話を聞いた限りはすべてプッチに責任があるとは思わなかった。言い方は悪いが、不幸な出来事というような……運が悪かったとしか言えない偶然が積み重なっているように思える。

 

 『運命』というものについて考えていたという彼の話に、俺も同感を覚える部分は多々ある。

 

 俺は『通るはずだった』道を無理やり蹴飛ばして、進む道をずらしてきた。その行動の根源は、後悔が元となっている。『何もしなかった』ために、『漫画』と同じ道を進んだディオとジョナサン。

 

 弟分を助けたくて、俺はあらゆる手段を択ばないことを決めた……プッチと同じように。

 

 彼と俺は、似ているのかもしれない。

 

 

 プッチは話し終ると、黙ったまま星空を見上げていた。いや、見てはいない。彼の瞼は閉じられたままだった。

 

 

「どうして、俺に話したんだ」

 

「懺悔をしたくなったのかもしれない。君の……DIOとも異なる中性的な雰囲気が、教会を思い出させる」

 

 

 そういう所はDIOに良く似ているよと、プッチは目を伏せたまま言った。

 

 

「DIOからの手紙を読むまでは、後悔など一切していなかった。ただその『時』が来るまで、いくらでも待つつもりだった。

 ――だがどうしてかな。今の私は、何をすればいいのかわからなくなっている」

 

「……死んだはずの親友から、十年後に実は生きてますなんて手紙貰えば、そりゃあ衝撃でいろいろ吹っ飛ぶだろう」

 

「はは、確かにそうだな。彼は人を驚かせるのが好きで困る。出会った時も、わざわざ私の後ろに回り込んでいた」

 

 

 人をからかう――というよりもおちょくるのが好きなディオは、しっかりプッチにも仕掛けていたらしい。演技過剰な部分があるよな、と呟いた俺にプッチは柔らかく口元を緩ませた。

 

 

 プッチは、まだ笑える。壊れたような笑みではなく、楽しいと思って笑うことができる。

 彼が後悔を覚えているのなら、まだ全てに諦めていないのなら……心が動くことができるのならば、まだできることがある。

 

 プッチ、と呼ぶ俺の声に、彼は俺を正面から見た。

 

 

「じゃあ、俺から提案だ。弟さん、まだ生きているんだろう」

 

「そうだが……それが?」

 

「今はどこにいるんだ?」

 

 

 俺の問いかけにきょとんとした表情を浮かべたプッチは、州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所だが、と答えた。

 

 刑務所、そうか服役しているのか。

 

 プッチによると本来彼の刑期は六年だが、刑務所の看守等の記憶を操作して刑期を一度キャンセルしたらしい。そんなこともできるのか、いや……記憶の操作すら躊躇しないほど、彼は覚悟を決めてしまっていたのか。赤の他人とはいえ彼は神父、自分の中でどう折り合いをつけていたのかわからないが、あまり良い傾向ではない。

 

 服役したのが1988年の8月で累計12年の刑期……つまり今年の8月には終了することとなる。

 

 実に丁度良い時期ということだな、今は。

 

 

「なら刑期が終了したときに、会いに行こうか」

 

 

 提案は、沈黙で受け止められた。そんなに突飛なことを言ったつもりはないのだが、プッチは目を見開いて俺を凝視している。

 

 

「……会って、どうする?」

 

「そりゃあ、話し合うんだよ。何事も第一段階は会話だぞ」

 

「いや、だが……彼は私のスタンドで記憶を失っている、会話はできるだろうが私のことも覚えていない」

 

「ああ、それはもちろん戻すよ」

 

「戻したらまずいんだ! 彼には、凶悪なスタンド能力がある! それが記憶を奪った理由でもあるんだ」

 

「じゃあ、記憶を戻す前にスタンドを預かればいい」

 

「生来のスタンドを抜き取れば、二つのDISCを抜き取ることになり、生命活動が止まってしまう」

 

「俺の能力で預かればいいだろう? その日までアメリカ観光をするのもいいな、ジョセフ泊めてくれるかなぁ。明日出発……は、手続きとか無理か。明後日出発だな」

 

 

 ああ言えばこう言う俺の言葉に、焦りと困惑を混ぜた表情をプッチは浮かべた。大丈夫大丈夫、何とかなる。笑いながら屋敷の中に入った俺と入れ違いで、ディオとジョナサンがバルコニーに出て行った。

 

 

『諦めろプッチ』

 

「DIO……しかし!」

 

『ヘーマが乗り気だ。あれはもう止められん』

 

『素直で穏やかな性格に大分誤魔化されているけれど、ヘーマは結構我侭なんだ。スタンドのピクテルを見ていれば、すぐにわかるよ』

 

『普段の性格は義姉による徹底的な調教……もとい躾の成果だな。最近はハメを外しているようだが……そろそろ再教育が必要か』

 

 

 ……なんか、恐ろしい言葉を聞いた気がするが、努めて気にしないようにして俺は部屋に戻っていった。

 

 

 次の日、旅行の準備がテレンスによって完了していることを俺は起きて知る。……テレンスも聞いていたのか。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ヘーマパパーッ!」

 

 

 アメリカのジョセフの屋敷について早々、徐倫が俺に飛びついてきた。おお、少し大きくなったか。徐倫も今年で八歳、これからも成長が楽しみだ。

 

 ちなみに、ウンガロ達の影響か徐倫は俺を『ヘーマパパ』と呼ぶ。彼女がそう呼ぶ度に承太郎の鋭い視線が俺を貫くのだが、訂正しようとすると徐倫が泣きそうになるため諦めた。

 

 

「あれ、徐倫だけ? ジョセフやスージーさんは?」

 

「ジョセフおじいちゃんはお仕事だって。スージーおばあちゃんはホリィおばあちゃんと買い物にいったわ。ウンガロ達は学校のクラブに行ってるから、私とベビーシッターのリーラさんだけよ」

 

「なら徐倫はお留守番か。お迎えありがとうな」

 

「えへへ」

 

 

 左腕に座らせた徐倫の頭を撫でると、彼女ははにかんで笑った。かわええ。

 

 

「あれぇ、お客様?」

 

「……プッチ、放置して悪い」

 

「気にしないでいい」

 

 

 俺の後方を見ながら首を傾げた徐倫に促されて振り向くと、少し所在なさげに佇むプッチがいた。本当にごめんなさい、つい徐倫の可愛らしさに我を忘れてしまった。抱っこしていた小さな体を地面に下ろす。

 

 じぃっとプッチを見つめる徐倫に、にこりと微笑むプッチ。

 

 ……今気づいたんだが、徐倫って『漫画』でプッチと戦っていたよな。あれ、これって俺やっちゃった……?

 

 

「初めまして、空条徐倫です」

 

「……私はエンリコ・プッチというんだ。初めまして、徐倫」

 

 

 徐倫の姓を聞いて一瞬間が空いたプッチだが、にこやかに自己紹介を返した。その一瞬の間がとても怖いが、とりあえず承太郎には彼を合わせないほうがよさそうだ。

 

 

「ね、徐倫。承太郎は?」

 

「半年以上留守にするって言ったまま帰ってこないわッ! とっくに半年は過ぎてるっての!」

 

 

 あー……あのバカたれ、連絡さえ入れてないなこりゃあ。

 

 相当お怒りの様子の徐倫に、仕事馬鹿の友人の顔を思い浮かべる。電話の一つでも入れていれば、徐倫もここまで怒ることはないだろうに。

 承太郎から徐倫へ火の粉が移ることを懸念しているのだろうが、徐倫自身もスタンド使い……何もなくともスタンド使いと引かれあってしまう。

 

 

 今もまた、俺を通じて彼女はプッチと出会った。

 

 これからもずっと、それは続いていく。彼女の安全を守りたいのなら、隔離するのではなく共に戦う力を身に着けさせるべきだ。承太郎もそれは理解しているはずなのだが、どうも彼は奥さんや娘に関すると判断が鈍る傾向にある。

 

 それだけ今が幸せだということなんだろうと、怒る徐倫を宥めながら俺はプッチを屋敷の中に誘導した。

 

 

 

 

 

 


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