彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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第六章 過去に残されたもの
エジプトにて


 

 

 

 ――暑い。火の近くで炙られるような不快な感覚に、俺は薄っすらと瞼を持ち上げた。見れば、昨日の夜には閉めたはずのカーテンが開いており、強い日差しが俺の眠るベッドに降り注いでいる。

 太陽によって茹った手足を動かして、カーテンを閉めて光を遮った。

 

 

『寝直そうとするな』

 

 

 日差しという刺激を排除して再びベッドに横たわる俺の頭を、ディオが軽くはたいた。ディオは太陽光厳禁だったときは割と自堕落に生活していたというのに、日差しを浴びれるようになった途端、昔の生活リズムに戻ったらしい。

 規則正しく起きるディオとジョナサンが、俺を起こすのが今の日常となっていた。

 

 

 俺の眠いという訴えを、遅くまで起きているほうが悪いと一刀両断するディオ。……この湧き上がるもやもやした気持ちはなんだろうか。微妙な気分になっている俺の横で、君に言われてもねとジョナサンが苦笑いする。そう、それだ。

 

 

『ヘーマも、夜更かしするほど根を詰めないほうがいいのだからね?』

 

「はいはい、気を付けますよ」

 

『あまり目に余るようであれば、画材一式取り上げてジョースター家に送り付けようか』

 

「以後気を付けます!」

 

 

 若干、本気の目をしていたディオの言葉に、俺は佇まいを直して敬礼する。画材を取り上げられるのは非常に困る、というよりも収入源が無くなってしまうではないか。

 

 

 今から三か月ほど前のことだ。ジョセフの家に居候し始めて二か月が過ぎたころから、俺はどうやって収入を得ようかと悩んでいた。ディオのギャングになれという発言は、多数決にて却下された。半分冗談だったようで、すんなりと彼は引き下がっていたが。

 

 俺の身体が成長するまでウチに居ればいいとジョセフは申し出てくれたのだが、二十年近くも世話になる訳にはいかない。いっそジョセフに仕事を斡旋して貰おうかと悩んでいたところ、軽い調子でジョセフはこう言った。

 

 

『ヘーマの絵を売ればいい』と。

 

 

 俺程度の絵が売れるわけ無いと提案を却下したが、ディオとジョナサンが乗り気になり、俺を置いてジョセフに話の続きを促していた。

 

 この世界では百年以上前、俺が土産にとジョナサンとディオに渡した絵は現在ジョセフの家に飾られているのだが、商談で家に人が訪れるときに何度か譲って欲しいという声があったらしい。

 大事なものなので譲るわけにはいかない、とジョセフは断っていたそうだ。ただ、何名かしつこく食い下がって来た人もいたようで、それなら売れるのではないのかと考えたようだ。

 

 まずは売れるかどうか確かめてみろ、と俺は画材一式を渡された。丁度スケッチばかり溜まっていたので、まずは杜王町の絵を十点ほど描いた。他にはジョセフの家周辺の街並みや、船で移動している間の海と空の絵を数点。一日中描き続けようとする俺をジョナサン達が強制的に休憩をいれさせながら、どうにか数を準備できた。

 

 あとの準備はジョセフが全てやってくれた。貸し画廊や案内状の手配から、額縁の準備に展示期間中のスタッフの募集まで、あっという間に整っていた。その見事な手際に、ジョナサンが嬉しそうな笑みを浮かべていたのが印象的だ。本当に仕事が出来る一族だな、ジョースター家。

 

 本来、俺のような無名が個展を開く際は、ホストとして接客するのが当然なのだが、俺の顔が売れるとまずいということで、俺の個展なのに出ることができなかった。

 絵を描いただけでその後の作業を一切していないため、本当に個展が開かれているのか実感が無いまま、予定していた開催期間は無事終了した。

 

 その結果、絵が全て売れるという驚愕の事実を告げられる。

 

 

 マジか、嘘だろと慌てる俺とは対照的に、ジョナサンとディオは当然だろうと欠片も驚いていなかった。次の個展は何時だと問い合わせまであったと聞いて、固まる俺にジョセフは大丈夫だったじゃろ、とウインクを贈ってきた。

 

 

 その後、俺の画家としての知名度は上がり、作品もそれなりの値段になるようになっていった。ある程度の資金が溜まった頃、ジョセフが俺に一つの鍵を渡してくる。

 

 

 それは、エジプトでディオが所有していた家の鍵。

 

 これに驚いたのはディオだった。すでに処分され人の手に渡っているものと思っていたようで、何故残したのかとまじまじと貰った鍵を見ていた。

 

 大きな屋敷については戦闘による破壊のあとも酷く、崩壊の危険性も高かったため解体されているが、その後に見つかったこの鍵の家については、そのまま残っているとのこと。俺がいずれ戻ってくると考えていたジョセフ達は、ディオのプライベート色が濃いその家を残しておいたそうだ。

 

 ついでに俺の戸籍も作っていたようで、当時からプラス十年たっているため、今の俺は世間的には二十九歳らしい。もう、俺の年齢について分からなくなってくる。

 

 

 鍵を貰ったからには住もうと三人で話し合い決定し、エジプトへ引越しの準備をしているとウンガロ達が盛大に引き止めて来た。ほぼ泣き落としに近かったが、学校が長期休みのときに遊びに来ればいいと伝えたら落ち着いた。エジプト旅行の計画を徐倫はともかく、ジョセフまで一緒に考えていた。お前も来るんかい。

 

 

 引越しが終了したのが2000年の1月、それから時間は流れて今は4月だった。

 

 

 俺は絵を描く日と描かない日を決め、描く日は一日中アトリエに篭っているが、描かない日は元の幼児の姿で過ごしていた。基本的に寝るときは幼児の姿だが、絵を描いた後にそのまま眠ってしまうことも多く、そのことでジョナサンからたまに説教を食らう。

 画家としての人生も、ディオやジョナサンとの共同生活も、順風満帆といって良い。

 

 

 恵まれているなぁ、としみじみと考えていると部屋の扉を叩く音が響いた。

 

 

「失礼いたします。お食事の準備が整いました」

 

「ああ、ありがとうテレンス」

 

 

 エジプトの家を訪れた俺たちを迎えたのは、ディオの屋敷で働いていたテレンスだった。どうやら、ディオの別邸の管理を任されていたらしい。後に彼もスタンド使いだと聞いて、俺は大いに驚いた。何故気づかなかったのか……こんな特徴的な人なのに。

 

 いや、特徴的な恰好だからといって、スタンド使いとは限らないはず。ああ、きっと恰好だけおかしい人もいるはずだ。今のところ、キャラが立っているのは全員スタンド使いだけれど。

 

 

 

 

『ヘーマは今日は絵を描くのかい』

 

「もう少しでできるからなあ、やってしまいたい」

 

 

 朝食のオムレツを口に放り込みながら、俺はジョナサンに答えた。もうすぐ完成が近い絵があるため、早く仕上げてしまいたいのだ。

 

 今作成しているのは、カイロにあるスーク・イル・アタバの風景。市場の活気が描きたくなって、しばらく通い詰めている。おいしいものを見つけることもできるし、実に楽しい。

 

 食べる速度を上げた俺を見て、ジョナサンが困ったように笑う。

 

 

『君のもう少しは丸一日の可能性もあるからね。お昼になったら呼びに行くよ』

 

「信用が無い……!」

 

 

 ディオが、何をいまさら、と呆れた声を出す。絵に関しては技量以外は信頼できないかな、とジョナサンの止めに俺は食事の手を止めて顔を両手で覆う。何故だ、どこで俺の信用が暴落した?

 ちゃんと夜は眠っているというのに、どこが拙いのだろうか。

 

 むすりとした表情のままベーコンを口に入れてフォークをくわえたままの俺に、ディオが行儀が悪いと小言を言った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 最後の一筆の後、俺はだらりと腕を下ろした。しばらくじっと出来上がった絵を眺めた後、深く息を吸い……吐く。道具を片付け始めた俺は、アトリエの入り口近くに人がいることに気付いた。

 

 そこにはディオとジョナサン、そしてもう一人十字のデザインが特徴的な服を纏った、銀髪の男性が椅子に座ってこちらを見ていた。どうして漂う沈黙の中で見られているのだろう、俺は。

 

 

「……いつからいた?」

 

『一時間ばかり前からだな』

 

『お昼前に終わってよかった』

 

 

 一時間も俺が作業する姿を見ていたらしい。お客さんもいるというのに、他にすることはなかったのだろうか。布の切れ端で筆に残った絵の具を拭い取りながら、物言いたげな視線を二人に向ける。

 彼らは俺の片づけを止めるつもりはないようで、椅子に座ったまま様子を見ていた。どうやら終わるのを待っているらしいが、しばらくかかるがいいのだろうか。

 

 なるべく気にしないようにしつつ、筆洗油で筆を揺らしながら洗う。その後、石鹸で筆の先を揉み洗いし、水で石鹸を洗い流して筆は終了。油壺のオイルも捨てて口金をふき、ペーパーパレットを破いて捨てて絵の具の口がしっかりしまっているのを確認する。

 石鹸で自分の手も洗って、汚れないようにつけているエプロンと絵の具まみれのシャツを脱いだ。

 

 

「よし、片付け終了。お客さんを紹介してもらってもいいか?」

 

『ああ……彼は俺の友人のエンリコ・プッチだ。俺が彼方此方巡っている最中に出会ってな、この家にも来たことがあるんだ』

 

「はじめまして、ヘーマさん。貴方のことはDIOからよく聞いていました」

 

 

 和やかな表情で友人を紹介するディオの隣で、穏やかに微笑むプッチ……神父。俺は目を見開き、目の前の人物を凝視することとなった。

 

 

 

 


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