船と列車、そして車の旅を終えて平馬達がジョセフの家に着いた途端、輝く笑顔のホリィとスージーQが玄関の扉から飛び出し平馬に勢い良く抱きついた。
たたらを踏むもどうにか倒れることを防いだ平馬は、二人と気づくと嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「きゃ~ッ! 本当に平馬さんだわッ!」
「久しぶりね! 元気だった?」
「なんとかね。二人とも元気そうで良かった」
夫と息子をそっちのけできゃいきゃいとはしゃぐ彼女達の姿に、平馬と交流する姿を初めて見る彼らは一同呆気に取られた顔をさらしている。
女性二人に手を引かれた平馬の後ろを、固まっている彼らを見てニヤニヤと笑うDIOと苦笑を浮かべるジョナサンが続いた。
「見て! 約束のケーキとクッキー、平馬さんが来るから準備していたの~! 時間もいいし、このままお茶にしましょう」
「ほらほら座ってちょうだい! 今日のケーキはチーズケーキなのよ。味はどうかしら?」
「……あ、美味しい」
「まあ、本当? 良かったわ~ッ!」
「な、後で作り方教えてくれないかな? また食べたいし、俺も二人に食べさせたいな」
「じゃあ明日は一緒にクッキングねッ! ふふッ、楽しみ」
お菓子をほめられて嬉しいのか、年齢を感じさせない可愛らしい笑顔を浮かべるホリィとスージーQ。その正面で平馬もニコニコと笑っているが、その場に馴染んだ姿を見て花京院がごしごしと目を擦っている。
微妙な表情を浮かべる男性陣に気づいているのかいないのか、三人の会話は盛り上がって次第に話題は別のものへと変わりつつあった。
「この色とかどう? スージーに合いそう、あーこれも良くない?」
「ママにはこっちも良いと思うわ」
「そうかしら……ヘーマの方が似合わない?」
「はは、俺は口紅しないよ~。あ、ホリィにこの髪飾り似合いそうだ」
「ん~、全部上げるより少し下ろした方が良いわねぇ」
「そうだな、ハーフアップで編み込みとかいいかも。触ってもいい?」
「OK!」
「……アイツ、何で違和感なく混じってんの?」
リビングのソファーに腰掛けながら、なんともいえない表情で平馬を見つめるジョセフの呟きに、聞こえていた男性一同は深々とため息をついた。
*
平馬がジョセフの家に居候し始めた数日後のこと。
「げッ」
「うわッ」
「ほぉー……随分と、快適そうじゃあないか、二人とも」
庭でまったり話していた平馬とジョセフは、シーザーの姿を見つけてそれぞれ呻いた。その声を聞きつけたのか、シーザーの目がつり上がるのを見て二人は上ずった声で話しかける。
「お、お久しぶりシーザー」
「ああ、『今は』元気そうで何よりだなヘーマ」
「……わ、わしが留守の間スージーが世話になったなぁ」
「そりゃあもう、『毎日』電話で宥めたからな」
一歩一歩、彼が近づく度にぞわぞわと本能が危険を叫んでいる……そう感じ取った平馬とジョセフは互いの視線を交差させる。
そして一斉に後ろへ猛ダッシュを実行し、シーザーから距離を取った。
――しかし、早々それを許すシーザーではない。
「どこに行くつもりだ二人ともッ! シャボンランチャーッ!」
「んノォ~ッ!?」
「のわァ~ッ!? ジョ、ジョセフバリアー!」
「だァッ!? お、お前何すんのよッ!?」
「俺は波紋に弱いんだッ! ちょ、誰かシーザーを止めろ~ッ!」
「逃がさんッ!」
波紋入りのシャボン玉を飛ばし始めたシーザーに、目を剥いて驚くジョセフと平馬。とくに吸血鬼の素養がある平馬にとって、波紋の力は非常に危険なもの。迷い無くジョセフを盾に回避すると、不意の衝撃に襲われたジョセフが非難の声を上げた。
怒りのシーザーに追い掛け回される二人を、紅茶を飲みながら眺めていたジョナサンがふふ、と笑う。
『少しは良いお灸になりそうだね』
『……前々から思っていたが、ジョジョ……君、いい性格になってきていないか』
『そうかい?』
そんなつもりはないけど、と首を捻る義兄弟の姿を、呆れた顔でDIOが見ていた。双方全力の追いかけっこは、騒ぎに気づいたスージーQが庭をのぞくまで続くのだった。
*
広い庭の真ん中で、仁王立ちをしている少女が一人。彼女は空条徐倫。承太郎の一人娘であり、最近スタンドに目覚め、その力を持ってなかなか家に帰ってこない父親を殴ろうと志す少女である。
兄貴分たちの協力を経て、この場に臨んだ彼女は緊張のあまり幼い表情が強張っている。しばらく時間が過ぎ去ったあと、庭に一人の男が姿を現した。
二メートル近い身長にしっかりと筋肉が付いている巨躯、端整な容貌だというのに感情を浮かばせない顔は、子供には少々厳しい威圧感をかもし出していた。
怜悧な緑の眼が徐倫を貫く。怖気づきながらも、負けてたまるかと自身を奮い起こして、徐倫は近づいてくる父親をじっと見ていた。
徐倫と承太郎の距離は残り四メートルほど。
「アンダー・ワールドッ!」
承太郎がさらに一歩踏みしめようとしたそのとき、ドナテロのスタンド能力が発動した。声に気をとられた承太郎は、視線を一瞬ドナテロへと向けてしまう。
注意がそれた瞬間承太郎の足元が崩れ、現れた大穴に彼は足をとられた。
「スカイ・ハイ」
穴から脱出しようとした承太郎の身体が硬直する。強張って動かない足に手で触れると、異様なほど冷たくなっていることに承太郎は気づいた。
そして彼のスタンド、スタープラチナは周囲を凄まじいスピードで飛び回る、妙な生物を視線で捉える。しかし真っ先にこの場からの脱出を選んだ承太郎は、スタープラチナに自身を抱えさせ、動く左手で地面を殴ろうと――。
「ウラァァッ!」
振り下ろす直前にいつの間にか背後に回った徐倫に気づいた承太郎は、反射的に時を止めた。
全てが静止した中、穴から抜け出した承太郎はスタンド能力なのか、糸状にほどけている身体の娘を見る。
再び時が動き出した世界で、徐倫たちは承太郎の姿が無くなっていることに驚き、やり取りを観戦していたDIOはくつくつと喉を鳴らして笑った。
『子供相手に時を止めるとは、大人気ないのか子供達の才能が素晴らしいのか……』
「両方だな」
勝負あり、と策が敗れてがっくりと肩を落としている徐倫達を見て、平馬は終了の合図を告げた。
承太郎に一発入れられれば徐倫達の勝ち。逃げ切れれば承太郎の勝ち。一番可能性が高かったのだろう、第一回目の挑戦が失敗に終わり悔しいのか、徐倫は不参加だったウンガロにしがみ付いてぐずっていた。
「じゃあ、明日は俺も参加するけどいいよね?」
「ああ」
あっさり了承した承太郎に、ウンガロはニヤリとした笑みを見せた。
次の日。庭に集められたのは承太郎だけでなく、平馬やDIOとジョナサン、ジョセフに花京院という大人数だった。
いぶかしんでいる全員の前で、ウンガロが笑顔で手に持っていた本を開いて承太郎達に見せる。
本のページを目視した直後、足元に方陣が浮かび上がり鍋の底が抜けたように全員飲み込まれた。
その先に広がるのは、蔦の生い茂った古いレンガが積み上げられた、いかにも古代の遺跡といえる巨大な人口建築物。呆気に取られる一同に、どこからかウンガロの声が響いてきた。
『早人と遊んでいるときにさ、面白い日本の番組があったんだよ。インディージョーンズみたいなの。それを俺なりにアレンジして、雰囲気もそれっぽくしてみた。どう?』
「どうって……これウンガロのスタンド能力だよな?」
『そうだよ。本の中の空間を描くことで自由に設定できるのと、対象を本の中に引き込むのが俺の能力。作ってみたのはいいんだけど、どうも一人じゃあ攻略難しそうだったから人数多くしてみた』
「まず難易度の設定を変えろよ」
『命に危険はないようにしているから大丈夫だって』
けらけら笑うウンガロの声が空間に響く。ウンガロがスタンドを解除するつもりが全く無い以上、引き込まれた者達はゲームのようなダンジョンを攻略するしかなかった。
数時間後、どうにか全て攻略できスタンドの空間から脱出した全員に、拳骨を貰ったウンガロ達であった。
「あれのどこが危険がないというんじゃ! 行き止まりで大岩が転がってきたり、底の見えない落とし穴のどこが!」
「こぶできた……ぶつかったり落ちたあとにリタイア部屋に転送されるんだよ……罰ゲームを受けて貰うけど」
「俺達頑張って罰ゲーム考えたのになぁ。じいちゃんの場合はDパパをくすぐって笑わせるとか、ヘーマパパは女装してナンパしてくるとか」
「な、なんて恐ろしいことを考えるんじゃ……!」
「ちなみに、承太郎の場合はどうなったのかな?」
「マイケルの歌を熱唱」
見たかったのに、と残念そうなウンガロ達を見て、大人達は顔をひきつらせる。
『……ほら見ろ、ヘーマそっくりだろう』
「同意するぜ」
「えっ、濡れ衣……!」
DIOと承太郎の会話を聞いて、むしろ原因はジョセフじゃあないかと主張する平馬の抗議は認められなかった。