彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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日本・イタリア・アメリカ

 

 

 

 ディオとジョナサンが平馬を連れて絵の中に入ってゆくのを見送った後、承太郎は虹村父に向き直った。

 

 

「吉良の父親についての調査を頼みたい。できそうか」

 

「やってみよう」

 

 

 依頼内容は未だ行方を晦ませている、吉良の父親の幽霊について。弓と矢の回収が完了していない以上、これからもこの町にスタンド使いが増えてしまう可能性がある。吉良の父親は、息子である吉良吉影の脱獄を諦めることは無いだろうと承太郎たちは考えていた。

 

 頷いた虹村父がテーブルに向かう姿を花京院はじっと見つめていたが、おずおずと口を開いた。

 

 

「その後に、もう一人……いや、二人ほど探して欲しい人物がいる。スタンド能力の連続使用が難しいのなら後日でもかまわない」

 

「なら後日でかまわないか? 今回のターゲットは逃げ足が速そうだ、捕えるまで映し出し続けなければならないだろう」

 

「受けてくれるならそれでいいさ」

 

 

 了承を貰えた花京院は安堵した表情を浮かべる。

 

 彼が探しているのは八年前から連絡が取れなくなっている、戦友のポルナレフとDIOの息子であるハルノの行方だった。ハルノはある程度の調査結果により生存していることは確認できているが、ポルナレフは一切連絡がとれず音信不通となっていた。

 

 いままでも調査の際に連絡が途絶えることはあったが、長くても二三ヶ月程度の期間が空けばポルナレフからSPW財団やジョースター家に連絡があった。しかし、数年たっても彼からの連絡はおろか、その所在さえ――生死の状態もつかめない。

 

 スタンド使いとして長いキャリアがあるポルナレフが、易々と倒れる姿は想像できない。きっと彼は生きている――それがあの旅の仲間に共通するポルナレフに対する信頼だった。連絡が取れない状況に陥っていると花京院達は推測していたが、今までは打つ手段がなかった。

 

 仲間を探す手段が見つかるかもしれない……花京院はいてもたってもいられず、アレッシーに同行したのだった。

 

 

 水鏡を覗き込む仗助達は、映った映像を見て何やら張り切っている。その近くで同じように覗き込みながら、何やらスケッチブックに描いている平馬のスタンド、ピクテル・ピナコテカ。

 

 平馬さんは大丈夫だろうかと呟いた花京院に、あの二人がどうにかするだろうと承太郎がそっけなく返した。DIOと死闘を繰り広げた承太郎が彼に一定の信頼を置いているのを感じて、花京院は思わず苦笑してしまう。

 

 

「十年前の印象と違うからね。平馬さんも……DIOも。あれは独占欲なのかな、随分と大事に彼を抱えていたけれど」

 

「ああ……ここにいる間中、ずっと平馬を傍から離そうとしねえ。爺さんがいれば別だったが、吉良に誘拐されてから酷くなりやがった」

 

「爺さん、ってもしかしてジョナサンさんのことかい」

 

「他にどう呼べと。じじいだと被るだろう」

 

 

 何か問題でもあるのか、と目で尋ねる承太郎に花京院は首を横に振る。ジョセフ――彼は隣室で赤ん坊の面倒を見ている――が聞いたら、扱いの差に盛大に嘆きそうだなとも思ったが、その場面を想像すると楽しそうなので彼は黙っておくことにした。

 

 吉良の父親の場所へと向かうために意気込みながら仗助達は扉を出ていく。それに続こうとした承太郎に、花京院は声をかける。

 

 

「そうだ、承太郎。君の娘の、徐倫のことだが」

 

「――なにかあったか」

 

「ああ、スタンドに目覚めたそうだ」

 

 

 足を止め、花京院の傍に早足で戻ってきた承太郎に、内心の笑いを表に出さずに花京院は続ける。倒れたのか、と普段の仏頂面はどこにいったのか、不安そうな目をする彼に花京院は首を横に振った。

 

 

「いいや、元気に能力を試しているようだよ。ウンガロ達も巻き込んで、なかなか帰ってこない君を殴ることを目標にしているってさ」

 

「……」

 

「殴られてやるかい?」

 

「徐倫だけならそれでもいいが、ウンガロ達もいるなら話は別だな。全力で避ける」

 

「ふふふ、僕も一緒に君の家に行こうかな。面白そうだ」

 

 

 娘の無事を確認した承太郎は、仗助達に追いつくために早足で部屋を出ていった。花京院はくすくすと笑いながら、祖父によく似て娘馬鹿の友人の後ろ姿を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、父さん出かけるの?」

 

「ああ。JOJOのところにな」

 

 

 職場であるSPW財団関連の病院から帰宅したレオーネは、父親のシーザーと玄関で鉢合わせした。見ればシーザーの足元には、少し大きめのスーツケースが置いてある。

 

 

「ジョセフさんは日本にいるんじゃあ?」

 

「もう帰ってきているそうだ。平馬を連れてな」

 

 

 息子会いたさに仕事をでっち上げてまで、ジョセフが日本へ渡ったのは数か月前のことだった。あの時はジョセフの行動を怪しむスージーQを、どうにかシーザーが電話で宥めている姿をレオーネは目撃していた。

 時折ジョセフは単独で仕事に出かけてしまう。それが浮気のきっかけとなったと予想できる今は、スージーQが疑心暗鬼になるのは当然であった。事実、それが正しいのであれば尚更である。

 

 途中で平馬の情報が入ったため、再会を期待したスージーQは上機嫌となり、シーザーの宥める日々は終わりを告げたが……恐らくジョセフに会った途端、飛び膝蹴りでも食らわせそうな威圧感が、シーザーから感じ取れる。

 何故か予想より怒りが増していることに気づき、思わずレオーネは一歩後ろに下がる。何かまたあったのかと記憶を探って、該当する項目を思いついた。

 

 

「平馬さん大怪我したんだっけ、何回も」

 

「JOJOの息子の仗助が治療できるスタンドだからよかったが、本来なら波紋の治療もできないというのに。相も変わらず自分のことを気にかけん奴だ」

 

 

 承太郎の報告で平馬が誘拐されて、右腕と左足の欠損と拷問を受けたことを知った時は、日本に行こうとするシーザーをレオーネは母と共に止めた。シーザーにはスタンドを見ることさえできないため、尚更何もできない自分がもどかしく感じていた。

 心配のあまり家の中をうろつく父親を見ていられず、父が母と慕うリサリサに叱咤を頼んだ息子であった。

 

 

「帰るときに連れて来ればどう? 俺も会いたいし、イタリアの観光地巡りを提案したら即了承しそうだけど」

 

「それもいいな」

 

 

 先ほどまでの不機嫌そうな表情はどこに行ったのか、ウキウキと楽しげな父親の後姿を苦笑いで見送る息子はゴキリと首を鳴らす。今日も疲れたなあ、とバスルームに向かう姿には哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 アメリカにあるとある町の教会。窓からの光が差し込む部屋の一室で、一人の男が開いていた日記を手で閉じた。

 

 

「もう、十年か」

 

 

 男の名前は、エンリコ・プッチ。男が崇愛する親友である、DIOが殺されてから十年の年月が過ぎ去り、当時神学校の学生だったプッチも、神父としての務めを日々行っていた。

 

 プッチにとってDIOは親友であると同時に、神と同列にするほど心を傾ける相手であった。若さゆえの正義感と性急さ、そして考えの甘さによって生き別れた双子の弟を瀕死にまで傷つけ、妹の命を失わせてしまった――苦いという言葉では軽すぎる過去。そんな苦しみに呻くプッチを、救ってくれたのがDIOだった。

 

 彼との交流は、プッチにとっては何よりの楽しみとなった。初めて出会ったとき、そのあまりの美しさに見惚れたDIOという男は、誰よりも自信に満ちて多くの人間の尊敬と畏怖を集める人物だったが、ふと見せる年齢にそぐわない幼さに、なによりもプッチは惹きつけられた。

 

 彼の部下にはけして見せない姿、それを自分にさらしていることに優越感を抱いたこともあった。しかしDIOとの話を交わすにつれ、そのような感情はすっかり消え失せることとなった。

 

 

 DIOの話には、よく『ジョジョ』と『ヘーマ』という人物が出てきていた。

 

 

 前者についてはDIOの身体となっている人物ということを聞いていたため、プッチはDIOに尊敬される『ジョジョ』という男を想像して楽しむこともあった。

 

 だが、『ヘーマ』という人物については、DIOの反応はプッチが見たことがないほど穏やかで、幼げで、とてもとても楽しそうであった。

 

 当然、プッチは『ヘーマ』に嫉妬する。

 

 彼によく似た容貌で、彼が心から称賛する程の絵の技巧を持って、彼の心の中で誰よりも比重が重い『ヘーマ』という人物。また会いたいものだと彼が言うたびに、プッチは湧き上がる嫉妬を抑えながら、『ヘーマ』はなぜ彼の傍にいないのかと何度も憤った。

 

 

 ――『天国』なら、彼に会えるかもしれない。

 

 

 プッチはDIOが呟いた言葉を覚えていた。彼が残した言葉と彼の骨は、書き付けたメモと共に厳重にしまってある。

 

 妹の死と共に誓った決意によって、DIOを殺害した者への復讐と、彼の残した『天国』への道をプッチは歩む。もう、それしかプッチにはやりたいことが残されていなかった。

 

 

 こんこん、と扉を叩く音に日記を引き出しにしまいこむ。どうぞ、とプッチが声をかけるとそっとシスターが扉を開いて顔をのぞかせた。

 

 

「神父様、お手紙です」

 

「ああ、ありがとうシスター」

 

 

 手紙を受取ろうと手を差し出すプッチに、シスターは何故か手紙を渡さなかった。どうしたのかと尋ねると、差出人の名前がない為渡していいものか悩んだとのことだった。

 

 構わないとプッチが言うと、シスターはなおも悩む様子を見せたが、そっと手紙を差し出した。

 

 

 シスターが去った部屋の中で、プッチは一人手紙の封を開く。中に便箋以外のものが入っていないことを確認しながら、ゆっくりとそれを開いた彼は、一行目を読んだ時点で目を見開いた。

 

 

 

 

 


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