彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

51 / 77
援軍

 

 

 晴れていた空はいつの間にか、大半を灰色の雲に覆われていた。光が翳った空間で、吉良だけが楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 左手で俺を抱えた吉良は無表情のディオに見せ付けるように、おもむろに右の手のひらを俺の頭に添える。

 

 

「ほら、頭を吹き飛ばされたくなければ、そいつを絵に戻してもらおう」

 

 

 自身が有利だと確信した、落ち着いた声音で吉良は命令する。

 

 彼らを戻してもこのままでも、結果は変わらないだろう。どちらにせよ、このままでは俺は爆死が決定しているようなものだ。

 

 先に飛び出してしまったが、承太郎達もここへ向かっているはず。どうにか時間を稼がないといけなかった。

 

 

「……もしかして、仗助達が駆けつけるのを待っているのかな? フフ、残念だが彼らは来ないよ」

 

 

 なかなか行動しない俺の頭を撫でながら、スタンド使いの襲撃を受けているからね、と吉良はくすくすと笑う。

 

 

「直接の攻撃力は低いが、パターンにはめれば逃げることは不可能な能力を持っている。ここに来るどころか、全員始末されているかもしれないな。

 一番厄介な透視能力の持ち主、そいつは確実に仕留めるように言い聞かせてある……」

 

 

 やられた、と俺は表情をゆがめた。

 

 吉良は俺達の性質をよく調べているようだ。恐らく写真の爺さんからの情報だろう、あのジジイを放置せずにさっさと捕まえられれば良かったのだが。

 

 あの場にいない仗助くんのことを言ったのは、どうにかして呼び出されたか、それとも個別で彼を狙ったか……少なくともこちらへの援軍は望めないのだろう。

 

 なるべく情報を与えないように、それぞれの能力については最低限の会話に留めていたが……それでも言葉の端々から連想されたのだろうか。

 

 まるで、俺だけがここに来ることを予想されていたようだった。

 

 

「もうひとりもどこかに潜んでいるだろう? ほら、早く出てこないと爆発するよ」

 

 

 やはりジョナサンの存在も把握されているらしい。もしかして上空に写真の爺さんがいるのだろうか、いや、こっちではなく承太郎達の所か。万が一の連絡係として。

 

 威嚇のためか、周りの地面が爆発していく。どう見ても直接触っていない、能力が成長したのかと思考をめぐらせている俺の耳に、うにゃんという鳴き声が聞こえた。

 

 いまのは、猫?

 聞こえてきた方向に視線を向けると、其処にいるのは吉良のスタンドのみ。

 

 いや、腹の部分が開いていてそこに何かの影が見える。以前に吉良のスタンドを見たときには、ふさがっていたその部分。もしかして、ソイツがなにか影響を及ぼしているのだろうか?

 

 犬のスタンド使いがいるのだから、猫のスタンド使いがいてもおかしいことはない。先日承太郎が言っていたが、ネズミのスタンド使いもいたとのこと。

 

 スタンド使いが共闘しているのなら、吉良の能力が成長したのではない。離れたところでも爆発するのなら、その場所まで爆弾が移動していると考えるべきか。

 

 爆弾が見えないということは、何かとても小さいもの……例えば虫を猫が操作できるのならば、その大きさによっては見えない上に、遠くまで飛ばすことも可能ではないか?

 

 

 

 俺が思考を続けている間にも、状況は変わる。周囲の家の壁の影からジョナサンが姿を現し、ゆっくりとディオの横に移動した。

 

 怒りを湛えた目で睨みつけている彼に、よく吉良は耐えられるものだ。それほど自身の有利を疑っていないのか、はたまたただ胆力が物凄いのか。

 

 どちらにせよ、俺一人での脱出が難しく、援軍を望めない今。吉良の言葉を呑むしかない。

 

 

 ディオの横に佇んでいたピクテルが二人の絵を取り出す。吉良を睨みながら二人は絵の中に戻っていった。

 

 完全に二人が絵の中に入り、ピクテルが絵をしまいこんだ直後、俺の右手は爆発した。

 予想していたとはいえ、痛ぇなこの野郎が……ッ!

 

 

 睨み付ける俺を鼻で笑う吉良。この、同じ鼻で笑われるのもディオとコイツじゃあ全然ムカつき具合が違う。殴りたい、余裕の顔をぶん殴りたい。

 

 

 吉良は次にピクテルの仮面がない姿を見せろと言ってきた。

 

 ……やはりそれが目的で俺を殺さなかったんだなこの変態は。ピクテルが仮面を外した姿を見て目を輝かせている吉良を、俺はげんなりと見る。

 

 

「平馬くんも素晴らしいが、この、彼女の手はなんて美しい。キラークイーンでしか触れないのが実に残念、ッな!?」

 

 

 ピクテルに気を取られている吉良に向かって、忍び寄っていた早人くんが体当たりをする。気を抜いていた吉良は転び、俺を抱えていた腕が緩む。

 

 その隙を突くように早人くんは俺を吉良から奪い取り、商店街の方向へ全速力で走り出した。

 

 

 俺を連れて逃げるつもりなのか。吉良が完全にピクテルに気を取られていたから、早人くん一人でも逃げられただろうに。

 承太郎の元に逃げ込めば、吉良も容易に手を出せない。そうして逃げればよかったのだ。

 

 

 必死に走る早人くんの小さな身体が、衝撃で宙を舞う。

 

 

 ぽつぽつと、雨が降り始めた。

 

 

 俺は地面に投げ出されて痛む身体のまま、早人くんの姿を探して辺りを見回した。

 

 

 徐々に雨脚は強くなっていく。

 

 

 そうして、見つけたものは。

 

 

 血溜りに伏せる、少年の――。

 

 

「全く、最近の子供は油断ならないな。手癖も悪い、どういう躾をしているのか」

 

 

 嘆かわしいな、と呟く吉良の声が遠くで聞こえる。

 

 俺はどうにか身体をずりながら、早人くんの所に移動をした。おそるおそる首元に手を当てると、弱弱しいが鼓動が感じ取れる。

 

 

 まだ生きている。だが――時間がない。

 傷口からの出血も酷い、仗助くんがこれないのなら早く病院につ入れていかなければならない。

 

 

 そのために必要なものは、すでに揃っている。この場を抜け出す最後の手段を、躊躇する余裕はなく……拒否するつもりもない。

 

 

 俺は彼の血を手で拭い、血に濡れた指を口に――。

 

 

「さっきから花火で遊んでんのはおめえかぁ~!? ボンボンうるせェし、近所迷惑だろォがよお~ッ!」

 

 

 ――入れる直前、聞こえてきた声に顔をそちらへと向けた。

 

 見れば柄の悪そうな男が吉良に向かって苛立たしげに近づいていた。せっかくの息抜きがと文句を言い続けている男は、近所の住人なのだろうか。

 何はともあれ、非常にまずい。このままではこの男まで吉良に攻撃されてしまう。

 

 焦る俺が血を口に入れようとした時、大きな手のひらが俺の左手を止めた。

 

 

「あまり近づかないほうがいい、アレッシー……どうやら承太郎が言っていたスタンド使いのようだ」

 

 

 大きな手の持ち主は、柄の悪い男に声をかけながら俺の身体を抱えあげる。落ち着いた声に上を向くと、視界に映ったのは赤みの強い髪の毛。

 

 穏やかな表情で俺を見る、年を重ねた――典明の姿。

 

 

「久しぶりですね、平馬さん」

 

 

 典明は俺ににこりと微笑んでから、早人くんを見て険しい表情を浮かべ、憤りが見て取れる強い目で吉良を睨みつけた。

 

 

「子供まで巻き込むとは……聞きしに勝る外道のようだな」

 

「……スタンド使い、か」

 

 

 典明の刺さるような視線を受けて、吉良の表情が変わる。典明の背後に浮かぶハイエロファントグリーンは、戦闘も得意なスタンドだ。

 この街のスタンド使いは若く、命を賭した戦闘の経験は少ない。承太郎とも戦っていない吉良にとって、初めて出会う経験豊富なスタンド使い。

 

 俺の封印によって身体能力とスタンドを封じられ、さらには赤ん坊の俺を片手で抱えたまま接近戦をするしかなかったディオとは、選べる手数も豊富だ。

 

 ……改めて考えると、俺は足手まといの度合いが酷すぎる。爆弾郵送の際に二人の邪魔になっていたため、二人の戦闘能力上昇と移動速度も考えて赤ん坊姿を選んだが、これならいっそ自分で逃げられる青年姿のほうがまだよかったくらいだ。

 

 

「へーま、って……も、もしかしてこのガ、い、いえ……この坊ちゃんがDIO様の仰っていた、ヘーマ……様~ッ!? ど、どォ~してこんなところにィッ!?」

 

「いろいろ事情があってね。本来なら隠すべきなのだろうが……今は非常事態、殺人鬼を拘束することの方が優先だよ」

 

 

 典明は落ち込んだ俺の右腕を掴み、アレッシーに見せるように少し上に向ける。見ないようにしていた無残な傷口が俺の視界に映る。う、直接見ると視覚のショックで痛みが増したような気がする。

 

 アレッシーは俺の傷口を見た後、なにやらぶつぶつと呟いている。

 

 それよりも早く吉良から離れたほうがいいのではないだろうか。

 

 

「何を言っているのか聞き取れないが……どうやらスタンド使いで間違いがないようだ。なら、始末しないといけないな」

 

「もう少し上乗せを……ん?」

 

「アレッシー!」

 

 

 吉良のスタンドがアレッシーに手を伸ばす前に、緑色の帯が彼の身体を中に浮かせる。だがハイエロファントグリーンがアレッシーを引き寄せる前に、彼を捕まえた帯が途中で爆発し、千切れた。頭の上からかすかに呻く声がする。

 ヒィィィィ、と情けない声と表情で後ずさって離れようとするアレッシーの姿を、吉良が興味のなさそうな顔で見ている。

 

 直接戦闘の力のないスタンドと考えたのか、吉良が典明に目線を移した瞬間、アレッシーの影が動いた。

 

 すぐに気づき、慌てて離れる吉良をじっと見ていたアレッシーが、にまにまと笑いながら立ち上がった。

 

 

「おたく、いくつぐらいかなァ~? 見たところ三十歳は過ぎているかな、ヒヒヒヒ。セト神の影と交わった時間によると、大体十歳前後まで戻るだろうぜェ……」

 

「なッ!?」

 

 

 少しずつ、吉良の背丈が縮んでいく。能力を止めようとスタンドを動かす彼に向かって、典明のエメラルドスプラッシュが襲う。

 やむなく迎撃する吉良のスタンドであったが、吉良が十代半ばの外見になると同時に、スタンドのヴィジョンが消えた。驚愕の表情を浮かべながら、エメラルドスプラッシュによって吹き飛ばされる吉良。

 

 

「な、なぜ私の……僕のキラークイーンが、消えて」

 

「どうやら、キミは生まれつきのスタンド使いじゃあなかったようだねェ~。ウヒヒヒヒヒ、スタンドを覚えた年齢よりも子供に戻ればァ、当然使えなくなるのだよ」

 

「ぐ……僕のスタンドが」

 

「理解できたようだね……えらいねぇ~」

 

 

 起き上がろうとする吉良の身体を、ハイエロファントグリーンの緑の帯が縛り上げる。そうして殺人鬼の吉良の拘束が、完了していた。

 

 

 なにこれ、アレッシーのセト神超凄い。典明のハイエロファントグリーンも凄い。

 

 ぽかんとした反応しか返せない俺。いや、だって、その、戦闘経験の差もあるだろうが……俺、あまりにも情けなくないか。

 

 早人くんの手当てをした後、承太郎に連絡をしている典明の横で、俺はピクテルに抱えられながら落ち込んだ。俺、もっと強くならなきゃあな……。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。