吉良が行方を晦ませてから数日が経過した。その期間の全てをホテルで絵を描いて過ごした俺とは違い、仗助くんたちはなかなかに忙しい毎日だったようだ。
写真の爺さん――吉良の父親だと判明した――が、弓と矢で素質を目覚めさせたスタンド使いを味方につけて、仗助くん達を襲撃していたのだ。
なぜ彼らは仗助くんを襲うのか。
恐らく、彼が瀕死状態からも回復可能なスタンド能力を持つことを知ったのだろう。手足が欠損したはずの俺が五体満足な姿を、写真の爺さんが見たのかもしれない。生命線である彼を先に潰そうとしたのか。
ただ、彼は容易く潰されるような青年ではない。きっちり返り討ちにしていたと、昨日ホテルに来た康一くんが教えてくれた。
そしてスタンド使いの襲撃が仗助くん達に向かったからといって、俺に何もなかったというわけではない。
端的にいうと、部屋に爆弾を送りつけられた。
ある日承太郎宛の名義で、部屋に荷物が届いた。
差出人はSPW財団となっており、クール便で届いたため冷蔵庫に入れようと開けたのがいけなかった。箱の中には敷き詰められた保冷財と、キャタピラの付いた小さい戦車のラジコンのようなものが入っていた。
なんだこれと疑問に思ったとき、ミニ戦車が突然箱から飛び出してきた。俺は咄嗟に左手でそれを掴み、しばらく持ったままでいたらそれがいきなり爆発する。
左腕が吹き飛んでようやく吉良のスタンドかもしれないと察したが、爆発してもなおミニ戦車のスタンドは健在であった。
素早いスピードで的確に俺を狙ってくるスタンドに、ピクテルがディオとジョナサンを出すが、何故かスタンドは遠くにいる俺しか狙わず、二人には見向きもしない。
ピクテルのキャンバスを使おうにも、本体がピクテルに好意を持っていないと閉じ込めることができない。ディオとジョナサンがスタンドを殴っても、ひび一つ入らないそれに俺が焦り始めた時。
ホテルのドアを開けて億泰くんと形兆くんが入ってきた。
きょとんとした表情の彼を見て、思い出したのはそのスタンド能力。右手で掴んだものを削り取る、触れられれば逃れられないその力。
咄嗟に俺は億泰くんに向かって、その戦車を右手で消してくれと大声をだせば、億泰くんは反射的に自身のスタンド、ザ・ハンドを出現させて右手でその戦車に触れる。
ガオンという音と共にスタンドの姿が消えたことを確認してから、俺はその場に座り込んだのだった。
まさかスタンドを郵送してくるとはまったく考えておらず、盛大に肝を冷やすことになった。
届いた荷物は昼間の時間を指定されていて、承太郎が調査のために不在で、ジョセフが散歩で街に出ており、俺が部屋にいるだろう時間帯を知られていた。
もしかしたら、俺がディオを封印していることも知っているのかもしれない。
俺が死んで封印が解けた場合、カーテンを閉めていない日当たりの良い部屋は、吸血鬼のディオにとって非常に動きにくい。
あの追尾するスタンドが俺が死んだ後どう動くかはわからないが、もしかしたらディオを狙うように動いたかもしれない。
本当に、億泰くんが来てくれてよかった。
その後、億泰くんのスタンドにディオが興味を持ったり、近づこうとするディオを形兆くんが牽制したりとひと悶着あったが、ピクテルが強制的にディオを絵に放り込んだため鎮火した。
スタンドとしての力関係は、やはりキャンバスに封印されたディオ達よりもピクテルのほうが上らしい。もしかして俺が二人に叱られているとき、ピクテルも負けているのは俺の精神状態のせいか?
なにかと精神力が重要な要素のスタンド能力であるから、あながち間違いではないと俺は思う。対策無いけれど。
そんなこんなで爆弾テロは億泰くんの活躍にて無事に終了した。左手だって仗助くんに治して貰った、ジョセフにこれ以上怪我するならシーザーに言いつけるからなと断言されたが。
やめてくれ、そんなことされたらシーザーの過保護がぶりかえして、無意識の女性扱いされてしまうだろうが。抗議する俺にジョセフは、なに、怪我をしないよう気をつければ良いことじゃとニヤニヤ笑っていた。この野郎。
数日前のことを思い出してため息をつく俺を、辛気臭いとディオが一喝する。
悪い、と謝罪する俺にディオは紅茶のカップを差し出した。香りを吸い込み、どうにか心を落ち着かせようと努める。
「なかなか連絡が来ないから、ちょっと苛立っているのかもしれない」
『待つのは苦手だったか?』
お前にしては珍しい、とカップに口をつけるディオの横で、ジョナサンも落ち着きがないね、と頷いている。
待つことは苦手じゃない。だが、今回ばかりは気がはやってしまう。
今日、アレッシーという年齢を退行させるスタンド能力者が、杜王町に着いた。そしてそのまま虹村家に向かい、以前話に上った検証を行うことになっていた。
俺達はその場に同席はしない。十年前ディオ側についていた残党が、彼を通じて俺に気づくのを防ぐためだった。彼らの主が俺のスタンドに封印されており、俺を殺せばディオは復活する。
知れば彼らは俺を狙い始めるだろう。
それを危惧した、承太郎の采配だった。
分かっているんだけどな、とぼやく俺を、ジョナサンが微笑んで大丈夫さ、と言った。
『事前の検証ではうまくいったんだろう? もう少し信じてもいいと思うよ』
「信じる……仮定が正しいことをか?」
『彼らがやり遂げることをだよ』
ジョナサンの言葉に、俺は言葉を返すことができなかった。
指摘されるとおり、俺は自分の中で思考を繰り返すばかりで、ジョセフ達がそれをやり遂げることを信じていなかったのかもしれない。
きっと無理だろうと、どこかで諦めていたのだろうか。
可笑しいことだ、自分の能力が必要な場面であれば、いくらでも賭けることができるというのに。とれる方法に手を貸せるものが自分になければ、不安で仕方がないとは。
これは、ジョセフ達に知られたら相当怒られるな。
「ありがとう、ジョナサン。少し正気になった」
『どういたしまして』
にっこりと笑うジョナサンに、俺も笑い返した。
*
承太郎達からの連絡を待っている間に、早人くんが俺を訪ねてきた。
なんでも、以前ウンガロ達と作ったマフィンが母親に好評だったので、また作ってあげたいとのことだ。
彼と話をする端々に、家族同士がうまくいっていないことが察することが出来ていた。母親に疎まれているかもしれない、ともウンガロ達に相談していたとも聞いている。
それでも彼は、ママが笑って食べてくれたんだと、嬉しそうに話した。
「『アンタ、明るくなったわね』って、ママに言われたよ」
ウンガロ達に引きずられたみたいだ、と照れた様子で話す早人くんに、彼が話した以前は内気で暗い性格だったとは到底思えない。
少しずつ、少しずつ早人くんから歩み寄った結果、母親が彼を気にかける素振りを見せたからかもしれない。
マフィンを作りながら、今度ママと庭に植える花を見に行くんだと語る彼は、幸せそうに見えた。
お礼を言って帰っていく早人くんを見送って、俺はベッドに転がる。土足を嫌ったのか、ピクテルが俺の姿を赤ん坊に戻した。別に、いいけどさ。
『うまくいくといいね』
『あの子供も、お人好しな部類だ。それなりの結果に落ち着くだろう』
どこか眩しそうに思い出すように話す二人。
ジョナサンは赤ん坊のときに母親を亡くしている。ディオは幼いころ、やはり母親を亡くしている。
彼らは、母親が健在な早人くんのことを羨ましく思っているのだろうか。
俺も両親は不明だが、偲江さん達という存在がいる。前世の両親の記憶もある。だからこそ、今の二人の気持ちを完全に察することはできない。
それでも、ただ寄り添うことはできる。
彼らは俺のスタンドであり、傍に立っているのだから。
向かって伸ばした俺の両手は、すぐに気づいた二人に握られた。
どうした、とディオが聞く。何か欲しいのかい、とジョナサンも聞く。
反応を返してくれる二人に妙に嬉しくなって、俺はにっこりと笑顔を贈った。
その日の夕方、承太郎から連絡があった。
肉の芽の除去の成功と、明日……彼らがホテルに来るということだった。
「あと少しだなあ、ピクテル」
後ろから腕を回して抱きつく彼女は、明日を思ってとても上機嫌だ。
ちゃあんとお返しはしないとな、と呟く俺の横で、ピクテルはクスクスと笑った。