彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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導火線に火をつけた

 

 

 俺の「吉良吉影」に関する見解と能力の推定について皆に話し、かの家に弓と矢があったことを伝え終わった後。

 

 仁王立ちするジョナサンとディオの前で俺は正座をしていた。地面が砂で大変助かります。

 

 

『あの世界でのお前のストーカーといい、今回の件といい……平馬、お前自身も危機察知能力に欠けていることは実感しただろう』

 

「え、そんなに無くは」

 

『……どうやら、全く、実感していないようだね』

 

『やれやれ、頭が痛いことだ……これではあの娘もさぞ苦労しただろうな』

 

 

 おや、選択肢を間違えたらしい。二人から感じる威圧感がさらに重くなった。

 

 だが、いまこのやり取りを続ける時間的余裕はない。俺が立ち上がって砂を払うと、まだ終わっていないとディオが苛立たしげに俺の腕を掴む。

 

 

「後にしろ」

 

『ッ! ……ヘーマ』

 

 

 掴まれた手を振り払った俺に、ディオは目を見開き、ジョナサンは息を呑む。

 

 

 ああ……驚かせたか。悪いな、今は二人とも邪魔をしないでほしい。

 今は時間が惜しいんだ。

 

 

 こちらの雰囲気がおかしいことに気づいたのか、少し離れた場所で話し合いをしていたジョセフ達が弾かれるように振り向いた。

 

 そして同じように息を呑む。

 

 

「あの雰囲気は……キレそうになっている平馬だな」

 

「承太郎も見たことがあるのかッ、わし、十年前あれで怒鳴られてマジで怖かったんじゃが」

 

「俺は向こうにいたときだ。確か、ストーカー……いや、祖父の絵に関することだったか?」

 

 

 承太郎とジョセフの会話を聞いたジョナサンが、何かに気づいたようにはっとした表情を浮かべた。そしておずおずと俺に問いかける。

 

 

『もしかして、吉良にスケッチブックと画材道具、証拠を消すために処分されたこと、怒っていたり』

 

「するに決まってんだろうがッ!」

 

 

 突然声を荒げた俺は拳を握り締めて近くにある岩を殴りつけた。

 

 

「手ぇ切られたことも拷問されたことも、気にしちゃいねぇんだよッ! どうでもいいッ! だがあの野郎……俺が折角書き溜めたスケッチとウンガロ達に贈られた画材一式、俺の目の前で爆破しやがったッ!

 ここまで丁寧に喧嘩売られて、頭にこねぇわけねえだろうッ!」

 

 

「……素手で殴って岩割れたぞ」

 

「も、もしかして平馬さんって、単独でも強い人なんじゃ」

 

「……あの人、赤ん坊になって弱ってるんじゃあねーのかよ……」

 

 

 二十年生きた世界でも、俺の絵を隠したりわざと破いたりする奴はいた。ただし俺が気づく前に美喜ちゃんが鉄槌を相手に下していたため、直接相手をすることは無かった。

 

 

 今は美喜ちゃんはいない。つまり、俺が直接買ってよい喧嘩というわけだ。

 

 承太郎の横を通りながら、俺は苛立たしげに舌打ちをする。

 

 

「逃がしはしねぇぞ、あの変態が……ッ!

 承太郎、杜王町にいるスタンド使いを把握しろ、あちらの味方につかれると面倒だ。 ジョセフは公的機関に手を回せ、しょっ引くだけの材料はあんだろ。怪我は完治してっから拉致監禁のみになるが、生きた被害者がいるからよ」

 

「わかったが……何処に行くつもりだ平馬」

 

「あ? クソ野郎の家だ。隠しているもんがまだあるかもしれねぇ……うっかり会えたらお礼参りもできるってもんだろ」

 

「なるほど、全く冷静じゃねえな」

 

 

 歩き出した俺の背に承太郎が声をかけるが、振り返ることなく進む俺の腕を左右から掴まれた。犯人はディオとジョナサンである。

 

 

「離せ、よぉぉぉお!?」

 

『よくやったピクテル』

 

『まったく……大人しいくせに直情的なんだから』

 

 

 二人に掴まれその場に固定された俺は、足元に出現したキャンバスにあっけなく飲まれる。温い暗闇に浸かった後に引っ張り出された俺は、赤ん坊の姿に戻されていた。

 

 なんで邪魔するんだと俺を抱えるディオを叩くが、赤ん坊の力では叩くというより押しているだけという情けなさ。憤る俺をディオが鼻で笑う。

 

 

『ヘーマはこの通り抑えておく。貴様らは先ほどコイツが言ったことを済ませて来い』

 

「頼む」

 

「しかし、ぽやーっとしておっても戦闘力はあるのじゃなあ。これ、壊れんよ普通」

 

『暴走しているからだろうがな。十三歳の時とはいえ、あっさり私とジョジョ二人を無力化する程度には荒事になれているぞ』

 

『だからと言って一人で行かせないけれどね。ちゃんと行動の軽率さも嗜めておくから任せてくれ』

 

 

 ぐぐぐ、ピクテルまで俺を止めるなんて。お前は絵と画材道具を壊されて怒ってないのか。お前の絵に対する情熱はその程度か!

 

 恨めしそうに俺がピクテルを見ていると、彼女はくるりとミニスケッチブックを俺に向けた。

 

 

 それには『あの猫っぽいスタンドが欲しい』と書かれている。

 

 

 ……ピクテル、お前、あれも欲しいのか。そのために俺を止めたのか。散々痛めつけられたスタンドだというのに。

 

 次のページに『多少の傷より欲しい絵が大事! それ以外は些細なこと』と真剣な顔で書いたピクテルに、俺の怒りはしゅるしゅると萎んでいった。

 

 

 うん、お前はほんとーに俺のスタンドだよ、ピクテル。

 

 

 ちなみに吉良本体は……いらない? 女性に対する態度がなってない? お前の仮面姿じゃあ、あまり性別は分からないと思うぞ。

 ただそこはきっちり根に持っているんだな。

 

 

 

 すっかり毒気の抜けた俺はペシペシとディオの胸元を叩く。眉をひそめたディオだが、俺の表情が落ち着いていることに気づいたのか、ジョナサンを呼んでその場に座り込む。

 

 

『なんだ、すっかり落ち着いてるじゃあないか。先ほどまでの人を殺しそうな目はどうした?』

 

『ディオは言い過ぎだけれど、物凄く物騒な目じゃあなくなったね』

 

 

 俺の顔を覗き込む二人は口々に人を犯罪者のように言う。そんな顔をしていたのか俺は。

 

 しかし、俺が絵のことになると周りが見えなくなるのはいつものことだったが、毎回美喜ちゃんがストッパー役をやっていたのだな、と過去を振り返って納得する。

 

 

 大抵俺が暴走する前に、鉄拳制裁が常だったが。そのせいで美喜ちゃんには逆らえなくなったのだけれど。

 

 

 俺は彼らにピクテルが吉良のスタンドを欲しがっていることを伝える。反応は呆れと苦笑いだったが、お前達らしいと言われた。

 

 

『まあ、それはそうとまずは説教だ。落ち着いたなら丁度いい……ピクテル、ヘーマを正座が出来る程度の年齢で出せ』

 

『その後はピクテルも一緒に正座しようね』

 

 

 瞬く間に成人の姿に戻される俺。俺よりも二人の指示に従うのは、保身かねピクテルや。

 立ち尽くす俺の横に、ピクテルがおどおどした様子で浮かんでいる。ねえ、俺このまま逃げちゃだめかな。だめ?

 

 

『どうやらヘーマ……君には小さい子供に教えるように言わなくてはいけないみたいだね。気づかないで悪かったよ』

 

『安心しろ。俺とジョジョがお前の危険察知能力の足りなさを懇切丁寧に教えてやろう。小学生でも分かるようにな』

 

 

 わぁい、二人とも目が笑ってない。背中に冷や汗を感じながら、俺はディオが口を開く動きを何故かスローに感じていた。

 

 

 数時間後、ディオとジョナサンに伏して謝罪する俺とピクテルの姿が砂浜にあったという。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 次の日の夕方、ホテルの部屋に承太郎が戻ってきた。

 

 

「仗助や康一くんに知っているスタンド使いや、不可思議な現象について聞いて回ってもらったんだが……一人、行方が分からなくなっているスタンド使いと疑わしい人物がいる」

 

 

 戻るなり報告を始める承太郎は、メモを捲りながら鉄塔に住んでいた奴なんだが、と難しそうな顔で言う。鉄塔って、住むことが出来るほどのスペースはあっただろうか。これも漫画に出てきていたかと俺は頭を悩ませる。

 

 住居となっていた鉄塔に、今朝から姿が見えないとその人物を知っていた小学生が言っていたとのこと。

 

 

「好奇心旺盛な子供で、そいつにいろいろ話を聞いていたようだ。

 俺が気になった点だが……どうやら住みだす前は映画などで使う特殊メイクを学んでいたようでな、そいつ自身も常に人間そっくりのマスクを被っていたらしい」

 

「なんだその変質者候補」

 

「同感だがそこじゃあない。特殊メイクの技能を持った人物が、行方不明になっている。妙にきな臭くないか」

 

 

 容姿から住居まですべて正体が判明した吉良は、未だに所在がつかめていない。これをまだ一日ととるかもう一日たったと考えるかはともかく、見つからないということは恐らく変装をしているのだろう。

 

 

「吉良の家に行ったが……部屋にあった賞状などを見る限り、非常に器用で広い範囲で才能を持つ人物だ。特殊メイクなどの技術も、すぐに習得してしまうかもしれん」

 

「その、いなくなった鉄塔の住人のスタンドは?」

 

「鉄塔そのものだ。誰か一人を栄養に生きているようでな、中に入れば出られなくなるようだ。子供に先に聞いておいてよかったぜ」

 

 

 自立型、と言えばいいのだろうか。スタンドが存在することが、本体が生存していることを証明するとは限らない。俺の爺さんの例もある……スタンドは時折、存在する為に本体を必要としない。

 

 

「闇雲に探し回っても見つからないだろう、奴は顔を変えられると考えたほうがいい」

 

「ふふ……探す方法を準備しないといけないな」

 

 

 そういって俺は笑う。突然笑った俺に怪訝な顔をした承太郎だが、続けた俺の言葉に頷いた。

 

 

 さてと、揃うまで俺は絵でも描いていよう。ピクテルが微笑む横で、口元だけを吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 


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