彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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忘れてはいけないこと

 

 

 透明な赤ん坊に俺が使用していたベビー服をとりあえず着せ、ベッドに寝かせてからウンガロ達に経緯を尋ねた。

 

 遊びに出かけたウンガロ達だが、ラジコンを持って走っていたドナテロが早人くんを巻き込んで転び、喧嘩になりかけたが和解。その後一緒に遊ぶこととなって広い場所を探して町の中心から離れたところ、赤ん坊の声に気づいたリキエルが裸で座っていた赤ん坊を見つけた。

 

 近くに母親の姿もなく、服も着ていないことから自分のパーカーで赤ん坊をくるみ、大人に相談しようとホテルに戻ってきたとのことだった。

 

 

 俺はそんなくだりを漫画で読んだ気がする。ただし、見つけたのはジョセフ達だったような。

 

 

 仗助くんに貰ったガラガラで赤ん坊をあやしながら、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 見つかった赤ん坊がいたところは杜王町の中心部から離れた郊外、高速道路の入り口も近い見渡す限り草原が広がる区域だとのこと。

 

 そんなところに、赤ん坊が一人で――しかも裸でいるなんて、不自然にも程がある。

 

 

 服さえ着ていれば、誰かが見つけたかもしれない。服だけが動いているとしてお化けと勘違いするだろうが、見つかりはするだろう。

 

 

 だが、赤ん坊は一人で服も着せられずにいた。

 

 まるで……見つからないことを望むかのように。

 

 

 ウンガロ達もいるから、言葉に発することはしないが、この赤ん坊はおそらく……捨てられたのだろう。

 

 

 一般人の親にとって、スタンド能力というものは恐ろしいものだから。

 

 

「なに集まっておるんじゃ?」

 

「あ、ジョセフじいちゃん! 俺達、赤ん坊を拾った!」

 

「む?」

 

 

 帰ってきたジョセフと後ろを着いてきている仗助くんに、ドナテロ達が身振り手振りで説明をしている。いま思い出したが、スタンドのことを知らないはずの早人くんの順応速度がすごい。

 

 横にそれがちなドナテロの言葉を、うまい具合に横から補足をして話の流れを戻している。

 

 

 なにこの子、現代版承太郎か? 冷静さが半端ない。

 

 

「なあ、早人くんってスタンド使いじゃあないんだよな?」

 

「あ……そのはずだけど……気にしてないね」

 

「冷静だよねぇ」

 

 

 横にいるウンガロにそっと聞いてみるが、そんなそぶりはないと彼は首を振る。リキエルも俺からガラガラを受け取り鳴らしながら、のんびりとした口調で頷いている。

 

 ジョセフの後ろにピクテルを出してみるが、ドナテロは気づいても早人くんは少しも視線を向けない。うーん、やはり見えてはいないようなのだけれど。

 

 

 世の中にはすごい小学生もいたもんだ、と感心しつつ俺はピクテルを戻した。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ジョセフに買出しを頼み、ウンガロとリキエルと一緒に出て行った後、部屋に残るのは俺とドナテロに赤ん坊、そして仗助くんとなった。

 

 オムツの後始末をしている俺の横で、仗助くんとドナテロが並んで赤ん坊を覗きこんでいる。じーっと覗き込んでいる姿は良く似ていて、そういえば承太郎達もウンガロを覗き込んでいたなと微笑ましい気持ちになった。

 

 

「そういえば、今日はジョセフと出かけたんだろう? どうだった」

 

「……あー……どうだったつー、言われても。俺の母親を一目だけ見にいっただけッスから」

 

 

 顔を曇らせる仗助くんを見て、ジョセフとの会話がうまくいっていないことを悟る。

 

 

「仗助兄ちゃんは、ジョセフじいちゃんのこと嫌い?」

 

「嫌いっつーか、嫌いって程知らねーというか、興味ねーというか……」

 

 

 ドナテロの問いに、ぶっちゃけどう対応すればいいかわかんねーッス、と彼はしかめっ面で言った。

 

 別に会いたくなかったからか、と俺が尋ねると気まずそうな表情で仗助くんは頷いた。

 

 どうしたものか、と悩む俺をよそに、不貞腐れた顔をしていたドナテロが仗助くんの腕を引き、びしりと指を突きつけた。

 

 

「知らないっていうなら、俺が仗助兄ちゃんにジョセフじいちゃんのことを教えてやる!」

 

「は?」

 

「いいから聞く! まずは、ジョセフじいちゃんはコーラが好きだ。いつもこっそり大量に買ってくるから、スージーおばあちゃんに怒られてるんだ」

 

 

 あっけに取られている仗助くんを気にも留めず、ドナテロはジョセフについて知っていることをあれこれ話していく。ときには恥ずかしいものも含まれており、知らずに暴露されているジョセフに憐憫の情を抱いた。

 アイツ、息子の前では格好付けたがっていたのに哀れな。

 

 一生懸命話すドナテロに少し心が絆されたのか、仗助くんも眉間にしわを寄せた顔から一転し、口元を緩めているのを見て、俺は安堵した。

 

 

「あとは、えーとえーと……」

 

 

 他にはないかと記憶を探っているドナテロだったが、その表情が突然陰る。どうしたんだよ、と声をかける仗助くんに、ドナテロは俯いたまま言葉をつむいだ。

 

 

「ジョセフじいちゃんの右足……あれは、俺のせいなんだ」

 

 

 ぽつりぽつりと彼は話し始める。

 

 ドナテロのスタンド能力が、記憶を掘り出すというもののこと。スタンド能力が完全に目覚めておらず、制御ができないこと。

 

 制御を離れたスタンド能力によって、交通事故の記憶を掘り出してしまい、ジョセフが庇うことによって命は無事だったこと。

 

 救急車が到着するまでの間、ジョセフは自分の怪我のほうが重傷であるにも関わらず、ドナテロの治療を優先したこと。

 

 その結果、ドナテロには傷一つない状態となり、ジョセフは右足を失うことになったこと。

 

 

 ジョセフじいちゃんは、いつも自分を最後にしちゃうんだとドナテロは震える声で言う。

 

 

「俺達、ジョセフじいちゃんのおじいちゃんの仇の子供なのに……助けてくれたんだよ」

 

 

 落ち込みながらも話してくれたドナテロの言葉に、俺は目を見開いた。

 

 彼らは知っていたのだ、自分が誰の息子であるかも、ジョースター家とどういう縁があるのかも。

 

 ジョセフ達が話したわけじゃあない。彼らが話しているなら、ドナテロ達が仇の子供なんて認識をしているはずがない。

 父親がディオだとは伝えているだろうが、それに関わる因縁など幼い子供に話すわけがない。

 

 誰から聞いたと尋ねると、SPW財団の人だと彼は答えた。

 

 

 推測になるが、その教えた人物はディオによって何らかの被害を被ったのだろう。恨みを持っていると言ってもいい。

 

 だが……だが!

 何故当時赤ん坊だったこの子達に、それを向けるのか。

 

 

「ジョセフじいちゃんはそんな人なんだ。だから、仗助兄ちゃんとも仲良くなってほしい」

 

「仲良く……」

 

「無関心なのは、寂しいんだよ」

 

 

 そう言って制服を掴むドナテロを、仗助くんはそっと抱きしめた。話してみると呟きながら。

 

 

 

 

 

 その後買い物から帰ってきたジョセフの腕を引き、ウンガロ達に後を任せながら部屋をでて俺達はロビーに出た。

 

 

「どうしたんじゃ、ヘーマ」

 

「ドナテロ達にディオのことについて話した人物……心当たりはあるか」

 

 

 耳元で尋ねた俺の言葉に、ジョセフは目を開いたあと苦みばしった顔をした。

 

 

「ああ……知っておるわ。両親がDIOの信奉者だった男じゃ」

 

「SPW財団の人間だと聞いた。ジョースター家に関わりのある部署にいるのか?」

 

「超常現象を研究する部門じゃからな……父親が肉の芽を植え付けられておる、元に戻す研究をしておったはずじゃ」

 

 

 話を聞いて俺は経緯は理解した。父親を治すためにSPW財団に入ったのか、元々そうだったのかは分からないが、恨みがあるということは間違いないらしい。

 

 ドナテロ達はジョセフの庇護下にいる、そのため直接的には手を出していないようだが、今後もそのままだとは限らないだろう。

 

 

「やはり研究は進めないといけない、か」

 

「少し承太郎から話を聞いておる。DIOの元部下のスタンドと、仗助くんのスタンドがキーだということじゃが」

 

「今のところ、その手段しかない。まだ当のスタンド使いとは連絡がとれていないしな、気長に進めていくつもりだったが……」

 

 

 そうもいかないようだ、と呟いた俺の肩をジョセフが宥めるように手を置く。

 

 

「焦ってはいかん。あの子らがSPW財団と関わるときは、必ずわしか承太郎、それにシーザーとレオーネの誰かが付き添うことになっておる。これ以上は早々手を出せんじゃろう」

 

「わかっている」

 

 

 分かってはいるんだ、と俺は俯く。

 

 幸せであれとどんなに願っても、それは結局俺が考える幸せでしかないのだろうか。

 

 ディオのこともジョナサンのことも、ウンガロ達のことも……立場が違えば、憎悪の対象となるべき存在になるということを、俺は忘れていたのかもしれない。

 

 承太郎やジョセフがあまりにも優しいから、忘れようとしていたのかもしれない。

 

 億泰くんや形兆くんの親父さんのこともあるのに、彼らの優しさに甘えすぎていたのだろう。

 

 

 俺は、吸血鬼であるディオを封じる者。

 命ある限り、吸血鬼となっても永遠に彼を封じ込める存在。

 

 

 それだけは、忘れてはいけないことだった。

 

 

 

 

 

 


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