彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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二日目 午後

 

「ヘーマ、絵を見せてもらってもいいかな」

 

 

 昼食を取り終え、ディオから渡されたメモの品々を買いだしに行こうと出かける準備をしていると、ジョナサンがたずねてきた。

 

 

「俺の描いた絵、のこと?」

 

「そう。実は、あまりすることがないんだ」

 

 

 困った様子のジョナサンに、忘れてたと俺は頭を抱えた。

 ディオはどこから発掘してきたのか、英語版の児童書を読んで暇をつぶしているようだったが……ジョナサンは家捜しするタイプじゃない。それは暇だったろう。

 

 

「ごめん、配慮不足だった」

 

「ううん、お世話になっているのは僕のほうだから。それで、いいかい?」

 

「構わないよ。好きなだけ見てくれ……ディオにも言っておいてくれな。

 アトリエの場所は、二階の端にある部屋だから」

 

「ありがとう!」

 

 

 楽しみだ、とばかりに輝く笑顔のジョナサン。よし、なにか暇をつぶせるようなものを買ってこよう。ボードゲームやトランプさえも家にはないのだ。

 それか第二回、平馬君の特別授業・日本語講座編を開設すべきか。何でも出来るようにやってみようか。

 

 買い足しする品々を脳内メモに追加しつつ、見送るジョナサンに手を振りながら俺は昼間の住宅街に足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買出しを終え、家に着いたのは午後四時過ぎだった。おやつの時間に間に合わなかった……。

 

 想定より時間が掛かってしまったのは、右手に抱えた大量の肉の塊の提供者のせいだ。偲江さんめ、差し入れは嬉しいけど毎回量が豪快すぎるよ。

 

 少年が二人泊まりに来ているなんて、言わなければ良かったのか。じゃあいっぱい食べるわよね丁度注文ミスで多く仕入れちゃったのよ大丈夫向こうのミスだからタダよ、なんて押し付けてくれちゃって。

 

 夜は和食にするつもりだったのに、せめて薄切り肉であればすき焼きとかに出来たのに……!

 

 ブロック肉の調理方法に頭を悩ませながら、玄関のドアをくぐる。購入物を台所に置き、ブロック肉を冷蔵庫に押し込んで一息ついた。

 

 

「あー、疲れた。ちょっと一服しよう……」

 

 

 電気ポットに水を入れ、電源をつける。急須に茶葉を入れ、湯飲みと買ってきた饅頭を準備すると、ジョナサンとディオを呼ぶために二人の部屋の扉をノックするが……返事がない。

 

 何度かノックをした後ドアを開けてみるが、二人は部屋にいなかった。はて。

 

 もしかしてアトリエか、と二階の奥の扉を開けてみると、椅子に座ってこちらに背を向けている二人の姿が目に入った。

 

 

「ジョナサン、ディオ」

 

 

 声をかけると二人は肩をはねさせ、勢いよくこちらを振り返った。その表情は驚きに満ちている。

 

 

「あ……ヘーマ」

 

「ただいま。二人とも絵を見てたのか?」

 

「ああ……そうだ」

 

 

 驚きつつもどこかぼんやりとした表情で、俺を見つめるジョナサンとディオ。様子のおかしい二人に何かあったのかと問いかけようとしたとき、ジョナサンが勢いよく俺の手を掴んだ。

 

 

「すごいっ!すごいよヘーマ!」

 

「いや、あの、ジョナサンっ」

 

「僕、こんなに絵で感動したの初めてだ!思わずディオも引きずってアトリエに連れてきちゃったほどさ!」

 

「お、落ち着け」

 

「落ち着けジョナサン。ヘーマが苦しそうだぞ」

 

 

 興奮しているジョナサンは俺の手を握り、勢いよく上下に振り続けている。ちょ、なんかこの子興奮すると力が強くなってない?ていうか、ディオを引きずったのか、ジョナサンが。その場面見たかった。

 

 引っ張られてガクガクしている俺を見かねたのか、ディオが止めに入ってくれた。

 

 

「あ、ゴメン」

 

「まったく、君は妙に力を発揮するときがあるな。

 そしてヘーマ、僕も君の絵に感動を覚えたよ。稀有な才能だな、まさか絵に心を奪われるような体験をすることになるとは思わなかった」

 

 

 そういうディオも興奮しているのか、少し頬が上気している。

 

 ――二人とも、ほめ方率直過ぎない?外国人のデフォルト?

 

 祖父が亡くなって三年、それ以来俺は誰にも絵を見せたことがない。元々、見せる相手も祖父しかいなかったし、ご近所の皆さんも俺が絵を描いているなんて知らない。

 

 爺さんが画家だったということは知っていても、だ。

 

 つまり、俺は自分の絵をほめられることに慣れていない。

 

 後から後から湧き出てくる気恥ずかしさに、二人から目を逸らしながら俺は小さい声でありがとうと言った。

 

 

 途端にニッコリ笑ったジョナサンとニヤリと笑ったディオを見る限り、聞こえないようにしたそれはばっちり届いていたらしい。チクショウ。

 

 

 

 

 一時間遅れのお茶の後、なぜかデッサン大会が始まっていた。どうやら絵に興味を持ったらしい。

 

 どうせなので描く対象はばらばらにして、俺→ディオ→ジョナサン→俺の組み合わせで描くことになった。

 

 シャッシャッと紙の上を鉛筆が滑る音と、うんうん唸るジョナサンの声が交じり合って少し面白い。きっとディオはやりにくかろう。

 

 

「こうして見るとさ、ヘーマって結構綺麗な顔しているよね」

 

 

 休憩のつもりかそれとも飽きたのか、ジョナサンが手を止めてまじまじと俺を見ていた。きっと飽きたんだろうなぁ。

 

 

「前髪とメガネであまり分からないけど、鼻筋は通ってるし唇の形が綺麗だし、僕なんかの絵のモデルにするにはもったいないくらいだよ」

 

「おい、ジョナサン動くんじゃない」

 

「ちょっとだけだって」

 

 

 椅子から立ち上がったジョナサンにディオが苛立った声を出す。ディオは完璧主義っぽいから真面目にデッサンしていたようなのに。

 

 ジョナサンは俺の前に立つと、俺の目元に向けて手を伸ばす。

 

 

「ほら、メガネを取れば…………」

 

 

 ジョナサンがメガネを外したので、極度の近視である俺の視界はぼやけて全く見えない。目の前にあるはずのジョナサンの表情さえ見えないから、なんで黙ったのかも分からないままだ。

 

 

「ディオ、こっちに来てくれないかな」

 

「僕はさっさと君に椅子に戻って欲しいんだけどな」

 

「いいから」

 

 

 いつになく強い口調のジョナサンに、面倒くさそうにディオが立ち上がり近寄ってくる気配がする。

 

 傍に来たかな、と感じたときに、ジョナサンが俺の前髪をかきあげた。

 

 

「!」

 

「……やっぱり、君にそっくりだよディオ」

 

 

 顔を上に向けられ、ぺたぺたと触られたりつねられたりする。いや、地顔ですから。

 

 それよりも俺の顔がディオにそっくりってどういうことだ。十九年生きてて自分の顔が整ってるだなんて思ったこと……ない以前に見えてねぇや。俺、小さい頃から目がすごい悪かったわ。

 

 見えないから目を細める癖があって、目付きも悪かった。なにガン飛ばしてんだガキ、って因縁つけられたのが爺さんとの出会いだったわ、そういや。

 

 

「ヘーマ、ディオを見て気づかなかったのかい?」

 

「俺、目がすごい悪いんだよ。俺のメガネのレンズを見ろよ。自分の顔なんてまともに見たことないし、メガネかけると度数高くて人相変わるから」

 

「ああ、なるほど」

 

「そろそろメガネ返してくれ」

 

 

 手を差し出すとそっと手のひらに何かが置かれる。形と重さから俺のメガネと判断して、長年の定位置にかけなおした。

 

 視界に入るのは、わくわくした顔のジョナサンと無表情のディオ。え、ディオどうした?

 

 

「本当にそっくりだよ。ディオの髪と目が黒になって、少し成長したみたいだった」

 

「世の中には似た人間が三人はいるとかいうけど、初めてだなぁ」

 

 

 人生初のそっくりさんが漫画の世界の住人とは。いや、ここは現実なんだけど。

 

 じ、っとディオを見つめていると、無表情だった彼は嫌そうな表情に変わった。うん、なんで嫌そうな顔になったのかは気になるが、無表情よりはいいかな。

 

 

「ヘーマは日本人だよね、両親のどちらかにイギリス人がいないかな?」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「だってそうなら、ヘーマ、君はディオの子孫かもしれないじゃないか」

 

 

 ここは百年以上あとの未来なんだろう?

 

 

 ジョナサンのその一言は、妙に俺の中に残った。

 

 この世界にはあの漫画はない。つまり、そういうことなのか――?

 

 


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