彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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明らかになる事実1

 

 

 

 どうして小柄な十代前半の姿で、威圧感を出せるのだろうか。

 

 俺はよく美喜ちゃんの後姿を見ながらそう考えたものだが、その威圧感を受ける側になったことはあまりない気がする。精々、俺が彼女をからかったときくらいだ。

 

 

「正次さん」

 

「へいッ!」

 

 

 美喜ちゃんが名前を呼んだだけで、おっちゃんの背筋が鉄棒でも入ったようにしゃっきり伸びた。

 

 おっちゃんもしかして、美喜ちゃんを怒らせたことがあるのか。脂汗が酷いというか、ディオのときよりも反応が激しいのが俺、とっても気になる。

 

 怖いから聞きたくはないけれど。

 

 

「随分と元気に叫んでいたけれど、いったい何があったのかしら」

 

「いえッ! ちょっぴりトラウマな坊主と遭遇して挙動不審になっていただけです!」

 

「……確かに挙動不審ね、いまも」

 

 

 軍の上官に報告するかのように言うおっちゃんに、美喜ちゃんは呆れた視線を寄こした。

 

 

「おっちゃん、何があった」

 

「後生だから聞かないでくれッ!」

 

 

 好奇心に負けて尋ねた俺の言葉で思い出したのか、ガタガタと震えるおっちゃん。それを見ながら、ディオが軟弱な、とつまらなさそうに呟いた。まあ、ビビリ過ぎではあるけど、俺は人のこと言えないから黙っておく。

 

 そんな俺達を美喜ちゃんは顔を顰めて眺め、口を開いた。

 

 

「ねえ、正次さん。さっきから()()()()()()()()

 

「え? 誰って……兄ちゃんに決まってるじゃねぇか」

 

 

 驚くおっちゃんの顔を見てから、美喜ちゃんはリビングを見渡す。

 

 

「そう、平馬がいるのね。でも……私には見えないわ」

 

 

 美喜ちゃんの言葉を理解するのに、時間が掛かった。

 

 

 俺が、見えていない。

 

 これは、俺がこの家から出られなくなったことと関係しているのだろう。あの世界に行く数日前まで、俺は美喜ちゃんと会話をしていた。きっかけなんか、それぐらいしかない。

 

 

「この部屋に、何人いるのかしら。正次さん以外に三人……それに分かりにくいけれど、もう一人いる気がするわ」

 

「……本当に嬢ちゃん見えてねぇのか? 当たりだ、兄ちゃんと金髪の坊主に黒髪の坊主、それと兄ちゃんにそっくりな良い女がいるよ」

 

 

 相変わらず美喜ちゃんの気配察知能力は素晴らしいな。彼女は生まれる世界を間違えているのではないだろうか。美喜ちゃんなら大型生物が跋扈する世界でも、狩人として生きていけると俺は思う。

 

 半笑いを浮かべる俺の肩を、ディオが叩いてきた。

 

 

『気づかないのかヘーマ』

 

「何を?」

 

『その男、ピクテルが見えているぞ。――スタンド使いだ』

 

 

 ディオの指摘に俺は勢い良くおっちゃんを振り返る。

 

 そういえば、家に来る彼らを見たことがあるのはおっちゃんだけだ。その期間に来客がなかったこともあるが、別の空き巣犯は除いても美喜ちゃんしか家に入っていない。

 

 そして美喜ちゃんには、承太郎達は見えていなかった。

 

 おっちゃんと美喜ちゃんの違いは、スタンド使いかどうか――。

 

 

「おっちゃんさ、最近身の回りに不思議なこととか起きてない?」

 

「不思議なことぉ?」

 

「いつもとは違うことが起きた、とかでもいいから」

 

 

 俺の問いにおっちゃんは唸りながら心当たりを探している。あまりにもウンウン唸っているので、思い当たらなければいいと止めた。

 もしかしたら、目覚めかけている状態かもしれないし、特別困っていないなら急く必要もない。

 

 

「どうやらおっちゃんは幽霊を見えるようになったようです。おめでとう。墓参りのときは特に気をつけて」

 

「それはめでたいのか!? ……幽霊って、兄ちゃんもしかして」

 

「死んでない、まだ死んでない」

 

 

 表情が青ざめ始めたおっちゃんの肩を叩いて宥める。まあ、人間では無くなってはいるが、生きているのは間違いない。

 

 俺の手を掴みながらおっちゃんは脈拍を測っている。まだ中途半端な吸血鬼でよかった。完全に吸血鬼になっていたら、体温がとても低いから更なるおっちゃんの混乱――多分ゾンビ扱い――を生んだだろう。

 

 安堵した様子のおっちゃんをちらりと見て、美喜ちゃんは『正確に』俺のいる場所に視線を移した。あの、本当に見えてないんだよね、美喜ちゃん。

 

 

「とりあえず平馬、正座」

 

「はいッ」

 

「に、兄ちゃん……アンタもか……!」

 

 

 美喜ちゃんの言葉に即座に従い、その場に正座する俺。その様子を見ておっちゃんが同士を見るような目を俺に向けている。ピクテルも俺の左隣で同じく正座をしている……顔が強張っているのは俺の影響だろうか。

 ディオとジョナサンについては背後にいるので分からない。でもきっと呆れられていると思う。

 

 すまない二人とも、俺は美喜ちゃんに対して完全に反抗心が折られているんだ。

 

 おっちゃんの視線の位置によって俺が正座したことを把握したのか、美喜ちゃんが一つ頷いてポケットから携帯を取り出した。

 

 そのままどこかに電話をし始めた彼女をぼんやりと見ていると、ジョナサンが俺の横に移動してきた。

 

 

『彼女は友達?』

 

「あー……血の繋がっていない姉。一緒に暮らしたことは殆どないけど」

 

 

 俺は戸籍上で偲江さんの養子のため、美喜ちゃんとは義理の姉弟となる。引き取られて早々に爺さんと生活を始めたので、同じ家の内で生活をしたことはほぼない。

 感覚的には幼馴染のお姉さんが近い。背は小さいけど。

 

 

「平馬」

 

「すみませんでした!」

 

「お母さん達今からくるから、キリキリ吐いてもらうわよ」

 

 

 ……よかった、内心がばれたのではなかった。そして声も聞こえなくてよかった、自ら暴露するところだった。

 

 だからおっちゃん、わざとらしく俺から視線を逸らすのはやめてくれ、美喜ちゃんにバレるから。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「あらまあ、ここに平馬ちゃんがいるの? 見えないわねぇ」

 

 

 店を臨時休業し、急いできたのか多少息が弾んでいる偲江さんが、おっとりと言った。全然動じてない。

 

 

「ごめんなさいね、お父さん出かけていていなかったのよ」

 

「何時もの逃亡?」

 

「そうなのよ。あとでお願いね」

 

「わかったわ」

 

 

 恐らくパチンコ屋という逃亡先にいるであろう、昇一さんの無事を祈る。せめて逃げなければいいのに、どうして彼は目を盗んで出かけるのだろうか。パチンコ屋に行くのは禁止していないというのに、不思議なものである。

 

 

「さ、正次さん。平馬ちゃんの他に誰がいるか教えてちょうだいな」

 

 

 偲江さんに促されて、おっちゃんはソファーのどこに誰が座っているのかを伝えていく。順番としては左からピクテル、ジョナサン、俺にディオだ。

 

 

「ピクテルちゃん、ジョナサンくん、平馬ちゃんにディオくんの順ね。まあ、はじめましての子ばかりね、おばさんは偲江というの。平馬ちゃんの養母よ」

 

 

 平馬ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね、と偲江さんは微笑む。偲江さん、俺は小さい子じゃない。ディオとジョナサンも困惑しているというか、ディオは眉間にしわを寄せている。ちょっと我慢してくれ、こういう女性なんだ。

 

 二人は俺の話し合いということで、とりあえず黙って聞く方針をとるようだ。正直傍にいてくれるだけで、今の俺には心強く感じる。

 

 偲江さんは俺達の座っている位置をじっと見ていたかと思うと、困った顔をして頬に手を当てた。

 

 

「ねえ、美喜ちゃん。ピクテルちゃんと平馬ちゃんって、同じ気配をしていないかしら」

 

「お母さんもそう思うのね。同じというよりも、平馬の一部が分離しているって感じじゃない?」

 

「あ、そうそう。そんな感じねぇ」

 

 

 疑問が解決してすっきり、といった表情の偲江さん。美喜ちゃんの気配察知は、偲江さんからの遺伝なんですね。そしてスタンドは見えなくても気配は感じるとはどういうことだ。

 爺さんがスタンド使いだったとすると、血縁である偲江さんと美喜ちゃんが素質を持っていても全くおかしくはないが。

 

 

「でも不便ねぇ、ちゃんとお顔を見て話せないなんて」

 

「二人とも幽霊が見える素質があるから、気合で見れるかも」

 

「おいおい……」

 

「正次さん、どうしたの?」

 

「いや、兄ちゃんがお二人も俺みたいに幽霊が見える素質があるとか言ってます。気合で見れるかもなんて冗談言ってますけど」

 

 

 おっちゃん、冗談なんだから通訳しないでよろしい。

 だいたい、そんな簡単にスタンドが見れるようになるわけじゃない。見えたら見えたで、生命力と闘争心が足りなければ、俺みたいにぶっ倒れることになるのだから。

 

 ……二人については問題ないだろうけど。

 

 

「気合ねぇ……思い込めばいいのかしら」

 

 

 おっちゃんと偲江さんが笑っている横で、妙にやる気になっている美喜ちゃん。いや、確かにスタンドってそれが出来ると信じることは大切だけど、そう気合でできるものじゃ……。

 

 

「どうして平馬の目が赤いの、カラコン?」

 

 

 ……うん、なんかそんな気がしていたよ。美喜ちゃんならやってやれないことはないって。ホント美喜ちゃんって何者だろうね?

 

 気合で見るだけとはいえ素質を開花させた義姉に、俺は遠い目をするしかなかった。

 

 

 

 


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