彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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第五章 新たな道
やって良いこと悪いこと


 

 

 俺が長年生活し住み慣れた居心地の良いリビングに、重苦しい雰囲気が充満している。

 

 気まずそうな顔のジョナサン、むすっとした表情のディオ、二人の様子に頭を抱える俺と、ウキウキと満面の笑みのピクテル。

 

 

 まずは君が楽しそうで何よりだよ、ピクテル。

 

 

「それでは第一回中野家会議を始めます」

 

『不参加』

 

『僕も同じく』

 

「なにも即答で断らなくても良いだろ……」

 

 

 鬱蒼としている雰囲気を和ますちょっとした冗談のつもりだったのに、二人にバッサリと両断されて俺は落ち込んだ。

 

 

 なんだよ、お前ら仲良いじゃんかよ。そのままおしゃべりとか始めちゃえよ。

 

 

 内心不貞腐れるが、二人はそのまま話しだすこともなくまた黙り込む。

 

 これは埒あかないな、と俺は現状に判断を下し最終兵器を呼び寄せる。

 

 

 ピクテル、やっておしまい。

 

 

 二人を指差す俺にニンマリと笑顔を浮かべ、ピクテルは頷いた。

 

 

 彼女はまず何十匹も大小様々な猫ゴーレムを、二人が見えない位置に実体化させた。わあ、リビングの一角だけ凄くもふもふだ。

 

 次に何やら粉のようなものが入ったボウル程度の器を取り出した。何をするのかと眺めていると、ピクテルはそれを二人に向けてぶちまける。

 

 

 次の瞬間だった。のんびりしていた猫ゴーレムたちが、一斉にジョナサンとディオに向かって殺到した。

 

 

『うわぁぁッ!?』

 

『猫ッ!?くそ、まとわりつくなァッ!』

 

 

 一瞬でもふもふに埋もれる二人。どうやら粉の正体はマタタビらしい。呆然と俺がその光景を眺めていると、横でピクテルが親指を立てた。うん、確かに沈鬱な空気はぶっ壊れたけどさ、他に方法は思いつかなかったのかい?

 

 ピクテルに尋ねると、マタタビに群がる猫を一度見てみたかったとのこと。確かに一見の価値あるスゴイ光景だけどな、どうやって止めるつもりなんだ、この惨状を。

 

 頷いた彼女が指を鳴らすと猫ゴーレム達は瞬く間に消え去り、そこにはヨレヨレの二人だけが残されていた。本当にお疲れさまです。

 

 

「元気?」

 

『後で、殴る……絶対にッ』

 

『僕も……手伝う』

 

 

 あ、まずい。ディオだけでなくジョナサンまで怒らせたようだ。鋭い光が宿った目を俺に向ける二人に、思わず顔が引きつる。お茶を淹れてくると言い残し、俺は台所へ駆け込んだ。念のために確かめたいこともあったからだぞ、けして逃げたわけではない。

 

 

 

 お茶を淹れてからリビングに戻ってきた俺に、ディオとジョナサンは笑みを向けてきた。うわ、なんだろう怖い。お湯を沸かしている間に笑い声が聞こえてきたから、大丈夫だと思ったのに。

 

 

『悪戯が過ぎるようだ……年上としてしっかりと躾けないといかんな』

 

 

 慄いて足を止めた俺を、ディオが腕を引いて促す。多少強引にソファーに座らされると、目に入るのは覚悟を決めたような凛々しいピクテルの顔……俺がいない間に何があったのか。

 

 

 そうやってピクテルに意識が向いていたため、迫る不穏な影に気づくこともなく……俺はやすやすと頭部に衝撃を受けた。

 

 割れそうなほど痛む頭頂部を押さえて見上げると、口の端だけを吊り上げたディオの笑み。その右手は強く握られている……多分、俺は拳骨を受けたのだろう。

 ピクテルもソファーに座りながら頭を抱えて涙目になっている。そういえば、スタンドと本体は感覚を共有するのだったか。先ほどの決心した顔はこの痛みに対してなんだな。

 

 

 満足そうなディオと、涙目のピクテルをみてやり過ぎたかと困った顔になったジョナサンに、俺は苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 ――まあ、気まずい空気が無くなってなによりだ。

 

 

 

 

 冷めてしまう前にとお茶を飲んでクッキーを頬張る。同じく食べている最中のディオとジョナサンに、このクッキーの製作者は承太郎達だと伝えると、微妙な顔と驚きつつも嬉しそうな顔を返された。ディオよ安心しろ、そのとき彼らはミニマムサイズだ。

 

 

「落ち着いたところで、俺から発表がある」

 

 

 顔を上げて怪訝な表情を浮かべる二人に、俺は大したことはないけどな、と前置きをする。

 

 

「俺も家の外に出れないみたいなんだ」

 

『……』

 

 

 なんともいえない視線が俺に突き刺さる。

 

 

『それは重要じゃないのか?』

 

『僕達と違ってヘーマは生身なんだから、食料がないと生きていけないんじゃ』

 

「そうなんだけどな。本題は俺がこの世界に、異物として認識されてるということのほうが重要かな」

 

 

 俺は二人に爺さんが本体だと思われるスタンドとその能力について教える。

 二十年間受けていたスタンド攻撃だが、ジョナサン達の状況を顧みると俺もいずれ元の場所に戻る可能性が高い。爺さんの亡きいま、スタンドは徐々に力を失っているため、壊せばすぐに戻ると予想できる。

 

 だから餓死の心配はない、と俺が告げると二人がほっとした表情を浮かべた。

 

 

 ……なんか心配されるっていいなぁ。

 嬉しくなって二人の頭を撫でようと手を伸ばしたが、すげなく叩き落とされた。つれない。

 

 

『やめろ、俺達は百をとっくに超えているんだぞ』

 

『孫どころか玄孫までいるんだからね?』

 

「改めて感じる年月の差……」

 

 

 目の前にいるのは十代前半の少年であるのに、実際は俺の倍以上……。改めてピクテルはなんでこのサイズに設定したのだろうか。横でお茶を飲むピクテルに聞いてみると、嵩張るからと返答された。それは酷い。

 

 

 のんびりとティータイムを楽しんでいると、玄関のドアが開く音が聞こえた。入ってきた人物はそのまま廊下を進んでいるらしい足音が聞こえる。

 

 やべ、鍵を閉めていなかったと俺が構えると、ディオとジョナサンもそれぞれすぐに動けるような体制になった。あ、これ大丈夫だ。何があっても俺は無事だな。

 

 

「……うおぅッ!? なんだいるじゃねぇか!」

 

 

 頼もしい二人を爺くさい気持ちで見ていると、リビングに入ってきたその人物は俺を見て驚いた。

 

 

「おっちゃんじゃん」

 

「ひぃッ! よく見るとこの前のガキ共!? また来たのかよ!」

 

「怯えない怯えない。二人とも、このおっちゃんとは和解しているから睨まないで」

 

 

 ディオとジョナサンを見て青ざめた顔で逃げ腰のおっちゃんを宥めながら、二人に向かってひらひらと手を振る。二人は俺を一瞥した後、浮かしていた腰をソファーに下ろした。

 

 一触即発状態は回避したけれど、なぜおっちゃんが俺の家にきたのだろうか。

 

 しかもジョナサン達が見えているし……いや、そういえば前もピクテルが出した猫ゴーレムは、美喜ちゃんも見えていたな。二人はいまピクテルが能力で出しているから、おっちゃんには見えているのだろう。

 

 

「で、おっちゃん何の用?」

 

「何の用って、兄ちゃん家に電話が繋がらねぇからだろう。ずーっと通話中でおれぁ、てっきりまた倒れているものかと思ってなぁ」

 

「通話中? ――あ、電話線抜いたままだった。心配させてごめん」

 

 

 そういえばあの人から電話が来て抜いたままだった。おっちゃんに経緯を説明すると哀れみの目を向けられた。どうやら俺の事情は誰かから聞いているようだ。

 

 

「兄ちゃんも災難だな。おれは嬢ちゃん……偲江さんの娘さんな、あの娘に聞いたんだけどよ、随分と厄介な女に惚れられてるらしいじゃねぇか」

 

「早く諦めてくれないかねぇ」

 

「その顔じゃ難しいだろ」

 

『厄介な女? ヘーマ、もしかして前の封筒の手紙か?』

 

「うっひょおおおッ!?」

 

「おっちゃん落ち着け、身構えるなって。そういやディオは封筒を見ていたか。あれ、俺のストーカーだったらしいよ」

 

 

 しみじみ頷くおっちゃんだったが、俺の後ろからディオが声を掛けた途端に跳びあがり、玄関側の壁に張り付いた。あらま、おっちゃんに対する脅しが効きすぎてるのか。ここまで怯えられると悪いことをした気分になる。

 

 

「……し、心臓に悪いっての」

 

「おっちゃんはビビリすぎ。近づかなければ噛まないって」

 

「そっちの坊主は猛獣か……?」

 

 

 この坊主は鬼門だ、と後ずさりしてリビングのドアから廊下に出ようとするおっちゃん。

 

 しかしそんなおっちゃんを、リビングのドアが勢いよく開くことによって突き飛ばした。

 

 

「いでぇッ! な、なにするんだよ嬢ちゃん!」

 

「……あら、人を待たせている事をすっかり忘れているのかしら?」

 

「あ」

 

 

 成人男性を突き飛ばせるほど勢いよくドアを開ける人物など心当たりが一つしかない。

 

 

 小さな体躯に威風をたたえて、美喜ちゃんがそこに仁王立ちしていた。

 

 

 


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