彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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第四章 再会
暗闇の中で


 

 

 俺が目を覚ますと辺りは真っ暗だった。身動きしようとするとズキリと後頭部が痛む。あいたた、これはたんこぶになっているだろうな。

 

 起き上がろうと手をついた下から軋むような音がする。これは、ベッドのスプリング?俺は床に転がっていたはずなのだが、どうしてベッドに。

 

 疑問に首をひねっていると、部屋に喉を鳴らすような笑い声が響く。……誰かいるのか。

 

 

「起きたか、ヘーマ」

 

 

 聞こえてきた声に馴染みはなく、俺の名前を呼ぶイントネーションに微かな既視感を覚える。

 声の方向を振り向くと、暗闇の中で僅かに見える金と赤。

 

 

「……ああ、見えないのか。これならどうだ」

 

 

 蝋燭の火によって暗闇に沈んだ部屋が浮かび上がる。洋風の壁、窓枠にカーテン。そして豪奢な一人掛けの椅子に座る男がひとり。

 

 金色(こんじき)の髪に白磁の肌、爛々と輝く紅の眼とそれらを見覚えのある場所に配置されている容貌。

 

 

「ディオ……か?」

 

 

 記憶にある姿よりも成長し、どこか退廃的な色香を纏うその男は、俺の呟きに口角を吊り上げた。

 

 

 

「驚いたぞ、お前が私の屋敷に転がっていると報告を受けたときは」

 

「……やっぱり、ディオの屋敷なのかここ」

 

「そうだ。そしてお前がいた時代よりも二十年近く昔になるな」

 

 

 会いに行く手間が省けたと、ディオはくつくつと笑う。こいつ後二十年待つつもりだったのか……多分、俺のいた世界はこことは異なるはずなんだけどな。俺が来なかったら、どんなことになってたんだろう。

 

 苦笑いを浮かべる俺に何を思ったのか、ディオは俺が座り込むベッドに近づいてくる。俺に向けて伸ばされる腕をじっと見ていると、首筋をそっと触られた。

 

 

「もう少し寝たままだったら、私と同じものにしたのだが」

 

 

 つまり俺は血を吸われる危機だったと。危ねぇ、起きてよかった。

 もう半分くらい吸血鬼だろうが、太陽の下を歩けなくなるのは痛い。俺は世界をまだ旅する夢があるんだ。

 

 

「まだ完全に吸血鬼になるつもりはないから、やめてくれ」

 

「完全に? どういう意味だ」

 

「俺、皮膚の下は吸血鬼みたいでな。太陽の光を浴びても問題はないが、波紋は身体が傷ついた」

 

 

 分かったのは事故なんだけど、と頬を掻きながら俺が言うとディオは目を丸くした。おお、驚き顔は変わらないな、昔の面影が十分にある。

 

 

 目の前でひらひらと手を動かしてみると、不快だったのかベシリと払いのけられた。ひどい。

 

 ディオは黙ったままなにやら考え込んでいると思えば、おもむろに俺の手を取った。左手で俺の手を掴んだまま、右手の爪をナイフのように尖らせ……っておいまてや。俺は慌ててディオの右手を掴んだ。

 

 

「なにをする」

 

「こっちの台詞だ。ディオお前今何しようとしている」

 

「ちょっと切るだけだろう」

 

「手首をか!? 勢いよく血がでるだろうが!」

 

「ついでに食事もしようと思ってな。腹が減ってるんだ」

 

「そっちが本音だろうが! やめんか!」

 

 

 似たようなやり取りを一ヶ月ほど前にした覚えがあるんだが。あの時と違うのは止めに入ったジョナサンがいないことと、俺とディオの腕力的な力関係。

 

 

「ぐぬぬ……!」

 

「おやおやぁ~? どうしたヘーマ、私はまだ少しも本気を出していないぞ、ン?」

 

「にっくたらしい楽しそうな顔しやがってぇ……!」

 

 

 ニヤニヤ笑うその顔を殴りたい。以前ならともかく、今のディオは俺よりも遥かに体格が良く、かつ完全に吸血鬼でもあるため力も強い。

 

 俺は奮闘するが、あえなく力負けしてベッドに背をつけることとなる。悔しそうな俺を見て晴れやかに笑い、ディオは俺の手を離した。どうやら勝ったのが相当嬉しいらしい。邪気のない笑みに気が抜ける。

 

 

 なんだ、ディオはやっぱりディオのままだ。

 

 俺が知っている部分のディオが失われていないことに安堵する。

 

 

「私の勝ちだな」

 

「お前まさか初日に取り押さえられたこと、まだ根に持ってたのか?」

 

「……さて、夕食はまだだろう?テレンスに用意させよう」

 

「わざとあからさまに逸らすなよ……」

 

 

 鼻歌を歌い出しそうなほど、機嫌の良い様子に苦笑する。これは、俺との再会を喜んでくれている、ってことで良いんだよな。

 

 

「それとも血の方がいいか? ならば見繕ってくるが」

 

「一般の食事で! 俺まだ血はいらないから!」

 

「ほう、それは妙な現象だな。半分は吸血鬼という状態も不可解だ。ふむ……少しばかり切ってもかまわんな?」

 

「かまうわ! まだ諦めてないのか!」

 

 

 見繕ってくるってあれか、誑し込んでいる……自分から寄ってきている女達のことか。ディオの女の趣味って見た目は良さそうだけど、性格面で多分俺ついていけない。いやいや、それ以前に血を摂取とか無理ですから。

 

 伸ばされる手を避けるためにベッドから降りると、ディオの隣に立つ。……こいつでかいな、いや身体自体はジョナサンのものなんだが。首の太さとかよく合ったと思うほど、マッチョだ。

 

 

「テレンス」

 

「――は、ここに」

 

「客人だ、夕食の準備を。私も一緒にとる」

 

「かしこまりました」

 

 

 ディオの声に静かに扉が開き、一人の男が入ってくる。逆光でよく顔が見えないが、恐らく若い男だろう。ディオの指示に一礼をすると、こちらに視線を向けずに部屋を出て行った。

 

 

「さて、料理ができるまで時間もある。それまで今までのことを話そうではないか」

 

「俺はともかく、ディオは話すことが多そうだな」

 

「そうでもないさ。大半の時間は眠っていたからな」

 

 

 ベッドに腰掛け肩をすくめるディオの視線を受けて、俺も同じように腰掛ける。

 

 俺にとって、離れている時間は一か月程度。それでも随分といろんなことがあった。ディオもきっと、俺が知らないいろんなことがあったはずだ。吸血鬼になった、スタンドが目覚めた……あの時と違っていることなんて多くてしょうがない。

 

 

 これから、どうなるかはわからない。俺がこの世界に来てしまったことで、さらに世界が変わっていくかもしれない。

 

 

 でも今は。今だけは――俺の隣で、笑う彼と共に。

 

 おだやかに時が過ぎるのを、楽しむことができればいい。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 暗めの食堂で、ディオと夕食をとることになった。

 

 

「今度は私からマナー講座でもしてみるか」

 

「う、食べ方が下手なのは自覚している。つーか、当時のマナー重視のイギリス貴族と比べるな」

 

「では決まりだな。今日は目こぼしするが、明日からは覚悟しておけ」

 

 

 ディオが目を付けたのはやはり俺の洋食のマナー。ほとんど食べたことないから、テレビなどで紹介されていたことをあやふやに実行しているに過ぎない。完璧主義のディオにとっては非常に気になるらしく、明日からスパルタを覚悟せねばなるまい。

 

 ディオ自身?もちろんとても優雅に食事を続けている。

 

 

「食事は気に入ったか?」

 

「ああ、美味しいな。さっきの、テレンスって人が作ったのか」

 

「あまり人を入れるわけにもいかん。テレンスには執事も任せているが、料理も作れるので兼任してもらっている」

 

 

 その仕事の配分はあんまりじゃあないだろうか。執事の仕事内容を理解しているわけではないが、多忙だろうということは俺でも予測できる。本人が納得しているのなら差し出口をすることもないが、今度こっそり聞いてみようか。

 

 

 ディオはワイングラスを傾けながら、楽しそうにデザートと格闘する俺を見ている。なんか物凄く見られているんだが、そんなに俺のマナーは拙いんだろうか。……拙いんだろうなぁ。

 

 グラスの中身がワインというには色が不透明というところは見ないふりをする。

 

 

「なあ、ディオ」

 

「ン、なんだ?」

 

「俺がこの屋敷で発見されたとき、お前の子供――ウンガロが俺と一緒にいなかったか?」

 

 

 俺がすっ転んで気を失う前、小さなウンガロを抱えたままだった。それも、落ちているところを庇っていたものだから、しっかりと抱えていたのだ。

 もしかしたらそれが原因でこの屋敷に俺が引き込まれたのではないかと考えると、ここにウンガロもいるはずだ。

 

 ディオは俺の問いに首を横に振った。

 

 

「テレンスにはこの屋敷の一角にお前が倒れているのを見つけた、としか。そもそもこの屋敷には私の子は住んでいないのだ」

 

「そう、なのか」

 

「ああ、育てるのに良い環境でもない。生まれた子は母親の親族の元へ預けている」

 

 

 まあそうだよなぁ。ディオは夜しか行動できないし、執事の人が料理人も兼任しているくらいだ、人手も足りないのだろう。

 

 泣いていたあの子が心配だが、屋敷から離れているのであればSPW財団の人たちが見つけてくれるかもしれない。承太郎、ジョセフ……頼むぞ、人任せになるが本当に頼りにしてるからな。

 

 

 

 そうして俯いていた俺は、ディオが笑みを深めたことに気付かなかった。

 

 

 

 


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